町山智浩の『桐島、部活やめるってよ』の解説書き起こし文まとめ!作品ラストについて言及
映画評論家・町山智浩による映画『桐島、部活やめるってよ』の解説を書き起こしてみました。ここに掲載しているのは、作品のラストに関するもの。「桐島は、みんなの理想とする生き方の象徴」や「人生に何の意味があるのかを考えさせる映画」といった町山の解説はとても素晴らしく、作品に対する理解をより深めることができます。
失恋を芸術に昇華させる二人
で、この二人、亜矢ちゃんと前田くんはふたりとも失恋しますね。ところがその失恋した想いっていうものをそれぞれの打ち込んでいる芸術に昇華させていきますよね。
亜矢ちゃんはローエングリンっていう曲を吹奏楽部で吹くんですけども、あれは結婚式のテーマなんですね。そこも非常に象徴的ですけども。で、それが会心の出来で、失恋することによって彼女はですね、悲しい気持ちとかそういったものをですね、芸術に昇華させたんですね。
前田くんも全く一緒で、かすみちゃんにフラれっていうか、まあフラれるってなにも前田くんも亜矢ちゃんも二人とも告白もしていないんですけども、勝手に失恋するんですが、その気持ちをですね前田くんはゾンビ映画の中で、自己実現していくという形ですね。
大逆転の瞬間
そこでですね宏樹くん、生きる意味を失ってしまった宏樹くんと、前田くんが屋上で出会うんですけども、宏樹がですね、カメラを触らせてくれないかと言うんですね。で、どうしてかっていうと、つまり俺は生きる意味がわからなくって辛いのに、なんで前田っていう男はカメラを持って楽しそうにしてるんだろうと、このカメラに特別な力があるんじゃないかっていう感じで、不思議そうにカメラを触るんですね。あれが面白いんですね。ここに魔法があるんじゃないかと思うんですね、宏樹くんは生きる意味の。
で、そこでカメラでもって、持ってですね前田くんにインタビューをするんですね。あのインタビューはふざけているようで、本当のことを聞いていますね。つまり何で映画とってるの?映画監督になりたいの?女優と結婚したいの?アカデミー賞が欲しいの?って聞きますよね。あれは何を聞いてるのかというと、結果はどうなの?と、君たちが求めている結果は?目的は?目標は?意味は?って聞いてるんですね、前田くんに。
そしたら前田くんは照れながらですね、いやー、映画撮っていると、好きな映画とつながっているような気がして、としか答えないんですね。あれは、意味とか、結果とか、目標とか考えたことなくて、俺好きでやってるんだけど。って言ってるんですね。
その後ですね、前田くんの持ったカメラのフレームの中でですね、宏樹くんがものすごく悲しそうな顔をするんですね、夕日に照らされた宏樹くんの顔が悲しそうになるんですね。このシーンについて吉田監督ははっきりとこう言ってます、あれは大逆転の瞬間だと。あれは大逆転なんだと。どういうことかって言うと、宏樹くんは全てにおいて完璧で勝利者だったんですね。なんでも出来た。ただたった一つ持っていなかった。それは意味だったんですね、目的だったんですね。で、それで前田くんはですね、意味とか関係ないし、やりたいことがあるからやってるんだしと答える所で、前田は勝ったんですね。
全てを持っている宏樹に前田は勝ったんですよ。勝った瞬間ですね、あれね。好きなことやってるやつは勝ちなんですよ。それで上手くいかなくたって別にいいんだもん、好きなことやってるんだから。それで上手くいきゃないけど、なんか結果がなきゃ、なんか意味がなきゃと思っているから、勝ち負けって言うことがそこに出てくるんですね。
でももう好きなことやってるんだから、その段階で勝ってるわけですよ、前田は。だから宏樹くんは泣きそうになるんですよ。「かっこいいね」って言われて、あの時宏樹くんがはっきりと言葉で返すんだったら、「俺なんかかっこよくないよ。ほんとにかっこいいのは前田、お前だよ」っていうことでしょうね。「だって、お前やりたいこと好きにやってんじゃん、お前の勝ちだよ!」ってことだと思いますよ。
お前のほうがかっこいいよ!と、で、その後宏樹くんは学校を出てですね、まだしつこく桐島に電話をしようとしますね、携帯で。桐島から電話がかかってくるんですね。あれは神からのお呼びみたいなシーンですけども。その電話を取らないで、話さないでですね、携帯の蓋を閉じるんですね。なぜかって言うと、彼の目には一生懸命野球をやっている仲間が見えるんですね。桐島っていうのは意味の誘惑ですよ。
桐島っていうのは、どうやって生きていくの?意味あんの?目標は?みたいなね中心にあるもの、基軸みたいなもの、そういったものですよね。それに蓋を閉じちゃったんですね、最後宏樹くんは。
あのあと、本当に野球をやるのかどうかはわからないまま映画は終わってますけども、そっから先はみんながそれぞれ考えるということですね。
全ての物語っていうのは自分自身にたどり着くまでの話なんです
たださっき好きなことやってればいいっていう話をしたんだけども、先ほど言ったサルトルの『嘔吐』のラストっていうのはですね、実はすごく人間には意味が無いんだってことを悩んで、悩んで、悩んで、辛くなって、もうどこに行ったらいいかわからなくなってしまった主人公が最後に見出すのは、物を書くことなんですね。物を書いてみんなに読ませると、自分の考えを書いて読ませたいと思うんですね。そういう時に初めて、良かった、俺は生きていこう!と主人公は思うんですね。
これは全く、桐島の中に出てくる吹奏楽部の亜矢ちゃんと映画部の前田くんと同じ結論ですね。意味とかいいよ、とりあえず俺はやるべきことをやると、何か形にしてみんなに伝えると、自分というものを残すと、つまりこれは何かって言うと、自己を実現するってことですね。
自分の中にある自分自身を実現する、自分自身になるってことですね。芸術っていうのは自己実現っていうのはそういった意味だったんですね。それで、『ショーシャンクの空に』で、主人公が自分の独房に穴を掘っていって、向こう側に突き抜けるっていう話もそういう話なんですね。
つまり自分自身の中にある自分自身の一番深いところ、自分自身の本当にやりたい本質的なもの、本質っていうのはないんですから、好きな事がないってことなんですね、逆にいうとね。さらに、意味のない牢獄のような人生から突き抜けて、向こう側に行けるんじゃないかと、向こう側っていうのは、自分自身にたどり着くってことですね。
実は全ての物語っていうのは自分自身にたどり着くまでの話なんですね、哲学にしても、小説にしても、全ての物語は自分自身に帰ってくる、自分自身が見えなくなっちゃった、自分自身が見えない、自分自身に帰れっていう話なんですね、それを探すんだという話になっているんだと。
で、この桐島っていうのは、青春の物語にして、それを非常にリアルに、作り物っぽくなくですね、非常に残酷なまでにリアルに描きながら、ただ徹底的にリアルに描くと、現実ですからやっぱり普遍的な学校生活を超えた人生みたいなものに突き抜けていくんだということがよく分かるかと思います。
ラストシーンの野球に行くかどうかに関してもナレーションを入れてませんね、ちゃちな映画だと宏樹くんの気持ちを入れちゃうわけですよ、そこに。絶対ナレーション入れたでしょう。俺は前田みたいに打ち込めるものあるんだろうかみたいなね、おれにとっては野球なんだろうかとかね、そういうこと入れたかもしれないですね。
桐島は俺にとって何だったんだとか、そういうナレーション入れたかもしれません。でもそれをやってませんね。これはすごいと思いますよ。っていうのは、この原作小説っていうのは、逆に登場人物たちの独白、心の声だけで出来ているんです。それを今回映画化した時に、心の声を一切聞かせないと。これ逆のことやっているんですよ、原作と。これはほんとすごいことだと思いますよ。
前田勝ち!映画秘宝勝ち!
この映画でいろいろ悲しいシーンがあったんですけど、一番悲しいのは、普通の人たちは、前田くんが教室に戻ったら、かすみちゃんがパーマ野郎といちゃいちゃしているところを目撃してしまうというシーンが1番悲しいという人が多いと思いますけど、僕が悲しかったのは、ゾンビ映画を撮っているという話をした時にですね、吹奏楽部の女の子の亜矢ちゃんがですね、「それ、遊びですか?」って言うんですね。「いや、そうじゃないんだけど」って前田くんは言うんですけど、どう聞いても遊びにしか聞こえないよと、これはねえ、僕は人生の中で何度も言われました。
僕がゾンビ映画の話をしたり、ゾンビ映画を観たりですね、そういう雑誌を作ったりしてる中でですね、いろんな人に、「楽しそうにやってていいね」って、「遊んでんの?」とかね、いろんな人っていうかね、いろんなかみさんといかですね、娘とかですね、妹とかいろんな人に「怪獣とか、ブルース・リーとか楽しそうでいいね、遊んでんの?、いいね」って言われましたね、同級生とかね。「遊んでんの?」って、「遊んでるんじゃないんだけど、仕事なんだよ!」っていうふうにも言い切れないしっていう、非常に難しいところがあるわけですけども。そこで前田くんがはっきりと反論できないところが、まるで自分をみているようでしたけども。
でもね、遊びと仕事が一緒になってるんだから、一番いいんじゃないかっていう気もしますよ。これは最高なんじゃないかってね、これ勝ってねえかっていう気がするわけです。前田勝ち!映画秘宝勝ち!っていう気が非常にして。ただ映画秘宝を落とすやつが、ともひろっていうやつなんですね!
ともひろ、どうしようもないですね、童貞で、映画秘宝たたき落として!ともひろ、いいかげんにしなさい!笑
ってことで、『桐島、部活やめるってよ』でした。
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