糸（映画）のネタバレ解説・考察まとめ

『糸』の概要

『糸』とは、シンガーソングライターの中島みゆきが作詞作曲した「糸」をモチーフに、プロデューサーの平野隆が原案・プロデュースを手がけた恋愛映画である。監督は瀬々敬久で、主演は菅田将暉と小松奈々。その脇を榮倉奈々や斎藤工、松重豊など、主役級の豪華俳優陣がかためる。撮影は北海道や沖縄、シンガポール等で2019年7月から12月の間に行われた。第44回日本アカデミー賞の優秀主演男優賞（菅田将暉）や優秀主演女優賞（小松奈々）、優秀音楽賞（亀田誠治）を受賞した。はじめは2020年4月に公開予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて8月に公開延期となった。公開から1カ月半経った10月には、大感謝舞台挨拶が行われている。
平成元年に生まれた高橋漣（たかはしれん）と園田葵（そのだあおい）は、共に北海道美瑛町の中学校に通っている。美瑛町の花火大会で出会った2人は惹かれ合い、将来の夢を語り合う。しかし家庭の事情により葵は突然美瑛を離れてしまう。葵が虐待を受けていたことを知った漣は葵を連れ出すが、大人たちの手により引き裂かれてしまう。お互いを忘れられないまま大人になって2人は再会するが、すでに別々の人生を歩むには十分な時が経ちすぎていた。「世界に挑戦したかったが地元にとどまることになった漣」と「普通に生きたかっただけだったが世界へ飛び出した葵」の2人は、出会ってから18年でようやく互いの手を取るために動き出す。この物語は幼い頃に出会った2人が紆余曲折を経ながらも、平成最後の日に結ばれる軌跡を壮大なスケールで描いた作品になっている。

『糸』のあらすじ・ストーリー

漣と葵の出会い

平成13年の北海道美瑛（びえい）町。中学生の高橋漣（たかはし・れん）は友人の竹原直樹（たけはら・なおき）とともに花火大会へ向かって必死に自転車を漕いでいた。到着した頃には花火大会は終わってしまっており、観客はまばらになっていた。すると漣は勢い余って自転車ごと土手から滑り落ちてしまう。負傷した漣の前に園田葵（そのだ・あおい）という少女が現れる。葵は友人の後藤弓（ごとう・ゆみ）とともに花火大会に来ており、腕に怪我をしていた。葵は滑り落ち、怪我をした漣に絆創膏を貼ってあげる。これをきっかけに漣と葵は仲良くなり、放課後に二人で美瑛の丘で話をする関係になる。
ある日、漣のサッカーの試合があり、葵は漣に手作りのお弁当を作ってあげる。お弁当を完食した漣は、お弁当を縛っていた紅白の紐をもらってミサンガにすると言い、腕に結ぶ。試合が終わって美瑛の丘に来た二人は将来について語り合う。「将来は国立競技場でサッカーがしたい。世界で活躍したい」という漣に対して葵は「普通の生活がしたい」と言う。漣は決心したような顔になり、「俺、葵ちゃんが好きだ！」と告白をする。驚く葵だったが、やがてにっこり笑って「うれしい！」と喜ぶ。漣と葵は二人並んで帰路についていた。葵の家が近づくと、葵は漣のシャツの後ろをつかみ「帰りたくない」と言う。漣は不思議に思いながらも「また明日会えるから。父さんと母さんが心配する」と返す。葵はうつむき漣のシャツの裾を離し、家に駆けだしていってしまった。その後姿に、漣は「また明日！美瑛の丘で！」と声をかけるのだった。
しかし次の日、葵が丘にやってくることはなかった。気にかけて葵の家に向かう漣は同じく心配して様子を見に来ていた弓と合流し、葵の家を訪ねるも誰もいない。家の近くの葵がよく世話になっているという定食屋「むらた」を訪ねると、店主の村田節子（むらた・せつこ）から、葵が母親の恋人（父はすでに他界）から虐待を受けていたことを知る。

7年の月日

時は平成20年に飛び、青年となった漣は美瑛のチーズ工場で働いていた。しかし、漣には元気がなく、常に何かに苛立っているような様子だった。昼食を終えた漣はポトリと自分のミサンガが外れたことに気づく。そのミサンガは漣が葵からもらった紅白のミサンガだった。何かを考えしゃがみ込む漣の背中にどんぐりが投げつけられる。どんぐりを投げたのは同僚の桐野香（きりの・かおり）で、彼女は漣を何となく気にかけていた。香と他愛も無い会話を交わした後、漣は携帯のバイブに気づく。それは友人の竹原からのメールで「弓との結婚が決まった」という報告だった。
平成21年、漣は竹原と弓の結婚式に向かっていた。生まれて初めて東京に来た漣はひとり物珍しいものを見るようにキョロキョロしている。結婚式会場に着いた漣は竹原と合流する。それと同時に漣は竹原から、結婚式に葵も来ることを聞くのだった。
平成13年の冬、札幌の大通公園を漣はメモを頼りに歩いていた。しばらく歩くと一軒のアパートにたどり着く。窓から中をのぞくと、部屋の中は足の踏み場もないような散らかりようだった。漣が諦めて帰ろうとすると、葵が買い物袋を下げてアパートに近づいてくる。このアパートは、美瑛を出た葵が住んでいるアパートだった。葵は漣に気づき、「漣君？」と声をあげる。その顔の片目には眼帯がつけられており、眼帯にはおさまらない程のケガを負っていることがわかる。漣は「行こう。こんなとこいちゃダメだ」と葵の手を引いて歩き出す。次第に2人は小走りになり、そのまま電車に乗りこんだ。夜になっても電車に乗り続け、あるコテージにたどり着く。漣がコテージの窓を割って2人で中に入る。ランプに火をともす。葵は「漣君、こんなのやっぱり…」と心配そうに言う。そんな葵に漣は「青森にリンゴ農園やってるおじさんがいる。あのおじさんならなんとかしてくれる。函館まで行って、フェリーで青森まで行こう」と言う。漣は「葵ちゃんは俺が守る」と告げ、2人は見つめあい、キスをする。朝になり漣と葵がコテージから出ると、一台のパトカーがやってくる。パトカーから降りた警察官は漣と葵を捕まえようとする。続いて葵の母とその交際相手の男もパトカーから降りてきて、2人は捕まってしまう。葵の母親は「心配したんだから！」ともっともらしいことを言うが、葵を抱きしめその耳元で「それ（目のケガ）、あんた転んだことにしなさいよ」と小声で忠告するのだった。それを聞いた葵は、顔をゆがませ漣とともに逃げようとする。しかし警察官に2人は引き離されてしまう。漣は力の限り葵を呼ぶが、それから2人が再会することはなかった。
竹原の結婚式の会場では、漣が自分の席から葵の姿を探していた。するとそこに葵が入ってくる。少し離れた席に着いた葵も、漣に気づき2人は互いにぎこちなく会釈をする。披露宴の終盤に差し掛かり、テラスでデザートバイキングを楽しむ時間になっていた。漣はいくつかケーキを皿にのせ、1人でいる葵の元を訪れる。2人の間にぎこちない空気が流れ、会話は続かない。すると急に葵が漣に近づき「曲がってる」と漣のネクタイをなおす。そんな葵に漣は驚いて動けない。その時葵の携帯電話が震え、携帯電話を確認した葵は「行かなきゃ」と足早に去って行ってしまう。葵は「漣君に会えて良かった」とだけ言い、手を差し出す。漣はその手を取ることができなかった。葵は振り向き路肩に停められている白い高級車に走り寄る。その車から降りてきた男が助手席のドアを開け、葵は車に乗り込む。この男は、葵の交際相手の水島大介（みずしま・だいすけ）だった。漣は走り去る車を見送ることしかできなかった。

葵と漣の誓い

葵と水島はキャバクラで出会った。水島はとある企業の社長で、葵はキャバ嬢という関係だった。何となく惹かれ合ったふたりは交際を続けていた。一方チーズ工場で働く漣は葵との件で沈んでいた。ある日の仕事終わり、再び香にどんぐりを投げつけられ、彼女の話を聞く。香は10年間付き合った男に振られた話をし、涙を流す。漣は「しっかりしろよ！」と自らも葵との関係を思い出し、泣きながら香を叱咤激励するのだった。
ある日、水島は事業に失敗し、行方をくらませる。心当たりがあった葵は単身沖縄へ向かい、水島と再会する。葵は「今度は私があなたの世話をする」と宣言する。東京での結婚式から一年が経過した。竹原と弓はたった一年で離婚をしており、竹原は山田莉子（やまだ・りこ）という女性と交際していた。一方漣は同僚の香と交際しており、幸せな生活を送っていた。ある日、香と同棲するために役場に来ていた漣は、母親に会うために北海道にやってきた葵と再会する。母親を探す葵に協力し、漣は函館にいるという葵の親戚を訪ねることにする。函館で親戚に会うと、葵の母親は肝臓を患って他界していたことを告げられる。母のことを思い出し涙する葵を漣は抱きしめる。別れ際、二人は今後について話す。漣は「北海道で普通に生きていく」と宣言し、葵は「世界中を飛び回る」と宣言する。中学生の時とは真逆になった二人の姿がそこにはあった。葵が沖縄に帰ると、水島が姿を消していた。水島は金と一通の手紙を残していた。「お前の居場所はここじゃない」、手紙にはそう書かれていた。

シンガポールでの成功と香との別れ

平成23年、葵はシンガポールに到着する。シンガポールではキャバクラ時代に世話になった友人の高木玲子（たかぎ・れいこ）と冴島亮太（さえじま・りょうた）が葵を待っていた。玲子と冴島はシンガポールのネイルサロンで働いており、葵は二人に誘われシンガポールにやってきたのだった。一方北海道の漣は「チーズ国際コンクール」のサイトを見ていた。漣は美瑛のチーズでこのコンクールを受賞することを目標とし、奮闘を始める。
ある日、ネイルが注文と違うということをきっかけに、玲子が客と揉める。結果玲子は仕事をクビになる。諦めて絶望する玲子だったが、葵は「日本人ネイリストを派遣する会社を立ち上げよう」と言い出す。こうして葵、玲子、冴島の三人はシンガポールで「ネイリスト派遣 アオイ＆レイ」を起業し、新たな出発を図るのだった。そんな矢先、日本で東日本大震災が起こる。
東日本大震災のニュースが流れる中、妊娠し身重になった香は漣に「腫瘍がみつかった」と告げる。漣と香の両親は腫瘍を摘出するべきだと言うが、香は手術はしないと言う。結局、腫瘍を摘出すること無く、漣と香の娘である結（ゆい）が生まれる。幸せな日々を過ごす家族だったが、病魔はゆっくりと確実に香を蝕んでいた。ある日、漣が香の病室に向かうと、香の元彼が来ていた。香は今までの人生で出会った人ともう一度会いたかったのだという。香は「運命の糸って、私はあると思う。でもその糸はたまにほつれる。そして切れることも、ある。でもそれはまた何かにつながる」と言う。香は漣に結を託し、自分のことはもう良いから行け、とどんぐりを投げつけるのだった。
その後、美瑛の葬儀場で香の葬式が行われる。泣き崩れる香の両親に結は抱きつく。香は結に「泣いている人や悲しんでいる人がいたら、抱きしめてあげられる人になりなさい」と教えていた。漣はひとり呆然と立っているしかなかった。
それから漣と葵の夢はどんどん大きくなっていく。漣はチーズコンクールに受賞することを目指し、チーズを作り続けていた。葵も会社が軌道に乗り、規模を大きくしていた。すべては順風満帆かに思えた。
しかしある日、シンガポールの葵の事務所に銀行から何度も電話がかかってくる。なんと玲子が会社の金を不動産に投資して騙されたという。さらに勝手に銀行に借金をしており、明日までに返済しないと会社が危ういという状況だった。玲子はひとりシンガポールから逃げ出し、葵はかつて沖縄で水島からもらったお金で返済をする。

再会

香を失い傷を負った漣と、親友を失い傷を負った葵だったが、ふたりは再起の道を歩き始める。漣は作ったチーズが評判になり、有名レストランで使ってもらえるほどになっていた。東京でネイルの仕事をしていた葵は、冴島から「またシンガポールでエステの仕事をしないか」と誘われていた。
シンガポールに向かおうとする葵だったが、偶然スマートフォンのニュースの一つの記事が目についた。「子どもたちに温かい食事を無償で提供し続ける北海道の子ども食堂のさきがけ」という記事でそこにはかつて世話になった食堂「むらた」の店主・節子が映っていた。葵はシンガポールから急遽行き先を変え、北海道へ向かう。北海道の「むらた」に着くと節子は葵に「おかえり」と言う。葵は久々に「むらた」で食事をし、涙を流す。帰る場所など無かったはずの自分がこの場所のこのご飯が一番おいしいと感じたのである。泣く葵をひとりの少女が抱きしめる。少女は「泣いている人がいたら抱きしめてあげなさい」と母から教わったという。少女は漣と香の娘の結だった。結は父の作ったチーズを配りに来ていたのだった。そこに漣が現れ、結は父に駆け寄っていく。結の父が漣だと気づいた葵は駆け寄ろうとするが、節子に「あの娘のお母さん、亡くなったんだよ」と聞き、足を止めてしまう。漣は結から「さっき泣いているひとがいたから抱きしめてあげたの」と聞く。結を褒める漣だったが、結の「おばさん（節子）がおかえりと言っていた」という言葉を聞き、葵が帰ってきていることに気づく。漣は結をチーズ工場に託し、再び「むらた」へと向かう。
急いで節子のもとにむかった漣だったが、節子は「（葵は）帰ったよ」と言う。そして「函館から一度フェリーに乗ってみたいって言ってたわ」と言うので、漣は函館へと向かう。その頃葵はフェリー乗り場でチケットを購入していた。この日は平成最後の日で、その日も終わりに近づきカウントダウンイベントが盛り上がりを見せていた。平成が終わるまであと10分という時、葵はフェリーに乗り込む。漣もフェリー乗り場に到着し、車から降りて葵を探す。漣が葵を探している間、2人の脳裏には思い出が駆け巡っていた。美瑛の丘で隣同士に座る漣と葵や、竹原の結婚式の後水島の車の中で泣く葵。家に帰り切れたミサンガを捨てる漣など、互いに伝えきれなかった想いが駆け巡る。葵は結局漣への想いを捨てきれず、船から降りてしまった。漣も船から降りた葵を見つけ、「葵ちゃん！！」と叫ぶ。しかし葵には届いていない。漣は葵を見失ってしまった。船は出港し、漣は立ち尽くす。その漣の手を、葵が後ろからつかんだ。漣を見つけ走ってきたのか、息が上がっている。そんな葵を見て漣は「大丈夫？」と声をかける。葵は漣に抱き着き、漣も葵をきつく抱きしめ返す。漣の背後に上がる花火は、クライマックスを迎えようとしていた。
物語のエンディングでは、漣と葵の結婚式の様子が映し出される。2人の結婚式には、竹原や香の両親も出席している。そして最後に、結を真ん中に3人で笑顔を浮かべ幸せそうな漣と葵が映し出されるのだった。

『糸』の登場人物・キャラクター

主人公

高橋 漣（たかはし れん／演：菅田 将暉）

北海道美瑛町で生まれ育つ。高校を卒業してからはチーズ工房で働き、次第に自分の作ったチーズを世界で有名にしたいと思うようになる。しかしチーズ工房で働き始めた動機は、新車で買った車が廃車になり、その残ったローンを支払うためだった。葵と引き裂かれてからは何をするにも無気力で、頑張っていたサッカーもやめてしまう。常にどこか葵のことが心の中にあり、それを香にも勘付かれていた。しかし香と結のことは大切に思っており、香の病気に涙する。

園田 葵（そのだ あおい／演：小松 菜奈）

中学校の途中まで、美瑛町で育つ。札幌などに転居しながら、東京で大学に入学する。大学入学時点で母の真由美とは決別していたため、キャバクラ等で学費を稼ぐ。キャバクラで水島と出会い、交際を始める。水島と別れた後はシンガポールに渡り、キャバクラ時代の友人の玲子とともに派遣ネイリスト業を開業する。しかし玲子によって会社が立ち行かなくなると、学生時代に水島に渡されていたお金で銀行に返済をする。再度シンガポールで事業を進めようとするが、結局美瑛に向かい漣と再会して結婚することになる。

漣に関係する人物

中学生の高橋 漣（演：南出 凌嘉）