正欲（小説・映画）のネタバレ解説・考察まとめ

『正欲』の概要

『正欲』とは朝井リョウによる、心理フィクション小説、およびそれを原作とした岸善幸による実写映画作品である。
朝井リョウは『桐島、部活やめるってよ』でデビューし、『正欲』は2021年3月26日に発売された。朝井リョウデビュー10周年記念は2冊あり、2020年10月に「白版」とされる『スター』が出版され、本作は「黒版」という位置づけである。第34回柴田錬三郎賞受賞、第3回読者による文学賞受賞、2022年本屋大賞にノミネートされている。

実写映画にあたってはテレビプロデューサーでもある岸善幸が監督を務め、2023年11月10日に全国の劇場で公開された。
制作は「正欲」製作委員会。配給はビターズ・エンド。
主題歌は作詞、作曲、アレンジを全て自分でこなし、デザインや映像もディレクション、セルフプロデュースするマルチアーティストであるVaundy。
また、監督・編集は岸善幸である。
岸善幸はテレビプロデューサーとして活躍し数々の賞を受賞した。2016年に映画『二重生活』で監督デビューし、第14回ウラジオストク国際映画祭最優秀監督賞を受賞した。続く『あゝ、荒野』、『前科者』でも多くの賞を受賞し代表作となった。主要キャストに水に対し性的興奮を覚えるという、特殊な性癖を持つOL役に新垣結衣が起用され大きな話題を呼んだ。本作は第36回東京国際映画祭において最優秀監督賞を受賞したほか、第66回ブルーリボン賞や第1回モントリオール日本映画祭などで評価された。

横浜に暮らす検事の寺井啓喜（てらいひろき）は、息子が不登校になり教育方針を巡って妻と度々衝突している。広島のショッピングモールで働く桐生夏月（きりゅうなつき）は、水に対し興奮するという性癖を持つため人との関わりを極力避け、実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している。ある日、中学のときに転校していった佐々木佳道（ささきよしみち）が地元に戻ってきたことを知る。佳道が転校する直前、夏月と佳道は共に水を浴びた仲であった。ダンスサークルに所属し、準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也（もろはしだいや）。学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画した神戸八重子（かんべやえこ）はそんな大也を気にしていた。住む場所も育ってきた環境も違い、性の対象もそれぞれ違う5人の人生が少しずつ交差していく。そしてある事件をきっかけにそれぞれの価値観の違いがぶつかっていき、普通に生きるとは何かを考えさせられる群像劇である。

『正欲』のあらすじ・ストーリー

寺井啓喜と不登校の息子

寺井啓喜（てらいひろき）は横浜で働く検察官である。妻の由美（ゆみ）と10歳の息子、泰希（たいき）と3人で暮らしている。不登校である泰希は、ある日啓喜にユーチューバーになりたいと相談してきた。啓喜は「普通じゃなきゃ」と言い反対する。週末、啓喜は由美に誘われNPO団体が主催する不登校児の集いに泰希とともに参加した。楽しそうに遊ぶ泰希の隣には同年代の富吉彰良（とみよしあきら）がいる。彰良の様子を見て涙する彰良の母、富吉奈々江（とみよしななえ）は同じ境遇の由美と意気投合する。ユーチューバーになりたいと言う息子に対し、どのような対応をしたら良いか悩む二人。二人の会話を聞いていたNPO団体の職員である右近一将（うこんかずまさ）はユーチューバーになることは難しくないと話す。その話を聞き啓喜は難色を示すが、泰希は彰良とYouTubeのチャンネルを開設し活動を始めた。視聴者からのコメントに応える形で徐々に登録者数を増やし、泰希や由美は右近の支援のもと元気を取り戻していた。しかしある日YouTubeの規制により未成年が出演しているチャンネルが一時的に止められる。これを機に啓喜はYouTubeを辞めてはどうかと由美に話すが、息子を理解しようとしない態度の啓喜に由美は怒りをぶつける。

桐生夏月と佐々木佳道の再会

桐生夏月（きりゅうなつき）は広島のショッピングモールの寝具売り場で働くOL。夏月は水に対して興奮するという特殊な性癖を持つ。そのため人との関わりを極力避けるよう、地元に残り結婚もせずに実家暮らしをしていた。ある日職場で買い物に来た中学時代の同級生に声をかけられる。同級生が結婚するため、同窓会も兼ねて結婚式に出席してほしいとのことであった。乗り気ではない夏月だが、「佐々木も来る」と聞き顔色が変わる。佐々木佳道（ささきよしみち）は中学時代、途中で転校した。佳道が転校する直前、取り壊しの決まった水道を佳道が破裂させ夏月と共に水を浴びた思い出が蘇る。会話はなかったが同士かもしれないという繋がりを感じた瞬間であり、夏月の記憶に強烈に刻まれている。
一方佐々木佳道は普通の会社員。佳道もまた、水に対し特別な感情を持つ一人であり、職場の仲間たちとの関わりを避けて生きていた。ある日警察から連絡があり、両親が交通事故で亡くなったと知らせを受ける。実家がある広島に帰った佳道は、同じく中学時代の同級生の結婚式に呼ばれ夏月を見かける。
年末、夏月は職場の同僚とうまくいかず言い合いになった。また両親にも反発した夏月は車に乗り家を飛び出す。自分自身の性格と性癖による生きづらさに、自暴自棄になり車のエアバックを外した夏月は自殺を試みる。スピードをあげてT字路に突っ込もうとしたその時、自転車に乗った佳道が出てきて咄嗟にハンドルを切った夏月。佳道もまた自殺をしようとホテルの部屋を借り、道具を買出しに出ていたところであった。佳道が借りたホテルの部屋に案内され、夏月と佳道は自分たちが抱える生きづらさについて語り合い打ち解ける。
佳道は夏月に結婚という形で世間に溶け込み、一緒に暮らしていく提案をした。夏月は佳道の提案に乗り、横浜での同居生活がスタートする。

神戸八重子の初恋は諸橋大也

大学生の神戸八重子（かんべやえこ）は男性恐怖症である。少し男性の体が触れるだけでも過呼吸になり、その場から動けなくなってしまうことがあった。そんな中、八重子は偶然触れた諸橋大也（もろはしだいや）にはいつもの症状が出なかった。大也は人を寄せ付けないように生きており、そんな大也に心を惹かれる八重子。大也もまた水に対して特別な感情があるが、周囲に悟られまいと人との関わりを断って生きていた。その感情をぶつけるようにダンスに打ち込む大也は「スペード」というダンスサークルに入っており、インスタグラムなどで情報を発信していた。八重子はスペードが運営するSNSをチェックし、大也のことを追っていた。八重子は学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画する。近づこうとする八重子を突き放す大也だが、八重子は男性恐怖症であること、それでも大也を好きになったことを伝える。大也は自分の根幹がおかしいから近づくなと返すが、八重子は「それでも理解したい」と感情をぶつけ大也の心を動かす。その言葉を聞いた大也は八重子の気持ちを受け止めつつも、もうすぐ自分も繋がれそうだから大丈夫と八重子に伝え、二人は別れた。

それぞれの人生が交わる時

共に生きていくと決めた夏月と佳道は、同じYouTubeのチャンネルを観ていた。それは泰希と彰良のチャンネルであり、水を使った企画に必ずコメントをつける「フジワラサトル」という人物が気になっていた二人。フジワラサトルは夏月たちが中学生の頃に捕まった水道の蛇口を盗んだ犯人の名前である。フジワラの供述に「水を出しっぱなしにするのが嬉しかった」とあり、水に対して特別な思いを抱く同士のように感じていた夏月と佳道。夏月は佳道がフジワラだと思っており、また佳道も夏月がフジワラだと思っていた。佳道はフジワラサトルにダイレクトメッセージを送りコンタクトを試みる。
公園で水の動画を撮るため集まることを決めた佳道とフジワラサトルは、もう一人服が水に濡れているのが好きだと語る矢田部陽平（やたべようへい）の3人で集まることになった。フジワラサトルは大也であった。偶然居合わせた子供たちと一緒に水遊びをし動画を撮る佳道たちは楽しい時間を過ごした。小学校の教師であった矢田部は、警察に囲まれ児童買春容疑で逮捕された。警察が矢田部の自宅を捜査すると、佐々木と大也と一緒に撮った動画が押収される。夏月が買い物から帰ると佐々木が警察に連行されるところであった。

啓喜は佳道たちに事情聴取を行う。啓喜は佳道や大也に対し、買春をしていたという証言を取ろうとしていた。子供に興味はなく、ただ水が好きなだけだと話す二人の言動や思考が理解できない啓喜。啓喜は佳道の妻である夏月と対面する。昔の新聞記事でフジワラサトルという人物が捕まったことで異常性愛というものがあるという情報を手に入れていた啓喜は、夏月に対し「水に対し性的な感情があるのか」と問うがすぐに「そんなことはありえない」と話す。夏月はあなたが信じなくても私たちはここにいると啓喜に話し、そして佳道に伝えようとしていた「いなくならないから」という夏月の言葉を聞き、啓喜は何も言えなかった。

『正欲』の登場人物・キャラクター

主要人物

寺井啓喜（てらいひろき／演：稲垣吾郎）

横浜地方検察庁に勤務する検察官。妻で専業主婦の由美、小学校4年生で不登校の息子・泰希をもつ。
「普通じゃなきゃ」が口癖であり、学校に行こうとせずYouTubeで動画を投降する泰希やそれを支える由美の行動が理解できず反対する。

桐生夏月（きりゅうなつき／演：新垣結衣／中学時代：滝口芽里衣）

広島のモールにある寝具売り場で働く。水に性的な感情を持ち、周りとの感覚が違うと感じていたため人付き合いに距離を置く。
同じ性癖を持つ佐々木佳道と契約し、人並みに世間に溶け込めるよう結婚という形をとり横浜で佐々木とともに暮らすことを決める。

佐々木佳道（ささきよしみち／演：磯村勇斗／中学時代：斎藤潤）

会社員。両親が事故死したため、実家がある広島に帰り夏月と再会する。
夏月と同じく水に対し性的な感情を持つ。夏月と手を組み、横浜で同居する。YouTubeにコメントを寄せている「フジワラサトル」に会うが、一緒に集まったメンバーに児童買春容疑で逮捕された人がおり、同罪で逮捕された。

神戸八重子（かんべやえこ／演：東野絢香）