伊藤くん A to E（小説・ドラマ・映画）のネタバレ解説・考察まとめ

『伊藤くん A to E』の概要

『伊藤くん A to E』とは、柚木麻子の恋愛ミステリー小説を原作とするテレビドラマおよび映画である。
”伊藤”をめぐる女たちの無様な恋愛と成長が描かれた原作小説は、『GINGER L.』にて「2011 WINTER 05号」から「2012 WINTER 09号」まで連載され、2013年9月27日に幻冬舎より単行本が出版された。
ドラマ版は木村文乃を主演とし、TBSほか一部同系列局で放送されている「ドラマイズム」枠で2017年8月21日〜10月2日にかけて全8話が放送された。2018年1月12日には、同キャストによる映画版が公開された。映画版はドラマ版よりもオリジナル要素が強い作品となっており、岡田将生と木村文乃がW主演となっている。また監督は、ドラマ版の総監督・廣木隆一が務めた。
落ち目の女性脚本家（女性E）が開いたトークショーに訪れた女性A〜Dが、「伊藤くん」のことを相談していくという物語。クズ男に振り回される女性たちのリアルな心理描写と最後に明かされる伊藤くんの意外な正体が見どころである。

『伊藤くん A to E』のあらすじ・ストーリー

恋愛相談を脚本のネタにしようとする矢崎莉桜

矢崎莉桜（やざき りお）は32歳の脚本家。5年前にドラマ「東京ドールハウス」の脚本を手がけ大ヒットを果たすが、その後はヒット作に恵まれず、現在はシナリオスクールの講師として働いていた。
伊藤誠二郎（いとう せいじろう）は、脚本家の夢を追って莉桜のスクールに通う生徒の1人だが、実は4人の女性を股にかけるプレイボーイだった。
ある日莉桜は、自身のヒット作「東京ドールハウス」をもとに執筆したエッセイ本の出版記念トークショーを開催することになる。そのイベントでは、かつて「東京ドールハウス」でタッグを組み、恋人どうしでもあったやり手プロデューサー・田村伸也（たむら しんや）が企画した恋愛相談イベントも用意されていた。
田村は、ヒットから遠ざかっている莉桜のために、新しい脚本のネタになるようにと恋愛相談イベントを企画したのだった。莉桜は「くだらない」と感じながらも、抽選で選ばれた女性4人、島原智美（しまはら ともみ）、野瀬修子（のせ しゅうこ）、相田聡子（あいだ さとこ）、神保実希（じんぼ みき）をそれぞれ女性ABCDとして設定し、話を聞いていくことになった。
その中で莉桜は、4人の話に登場する男性が、全員「伊藤」であることに興味を持つ。莉桜は知るよしもなかったが、この4人こそ、莉桜のスクール生である伊藤が股をかけて遊んでいる女性たちだった。

伊藤くんにぞんざいに扱われるAの女

1人目の相談者である島原智美（女性A）は、デパートの高級カバン店に勤務する才色兼備の女性である。
伊藤くんとは5年前に合コンで知り合い、それ以来付き合っているはずなのだが、今まで身体の関係は一度もなく、どれだけ尽くしても、デートの行き先は安い定食屋ばかりだった。
ある日、伊藤とラーメン屋に出かけた智美は、伊藤に暴言を吐かれ続けた後、「バイト先に好きな人ができた」と告げられ、店に置き去りにされる。後日ライブに誘われるが、会場に伊藤の姿はなく、宮田真樹（みやた まき）と名乗る見知らぬ女性から、「このチケットは伊藤が好きな女性と行くために用意されたものだったが、その女性がライブをキャンセルしたために自分たちに回ってきたのだ」と説明される。あまりにもぞんざいに扱われる智美に、莉桜も同情する。
しかしその後、再び伊藤に呼び出された智美は、好きだった相手に嫌われてしまったという伊藤から「やっと自分をそばで評価してくれる女性だと気付いた」と告げられる。ようやく恋が実ったかと心を踊らせる智美だったが、自己啓発セミナーへの入会金、20万円を貸してほしいと懇願される。莉桜は智美にアドバイスを求められ、「20万で恋が実れば安いと思うか、高いと思うかで決めればいい」と答える。智美は20万を用意して伊藤に貸そうとするが、伊藤は頑なにそれを受け取ろうとしない。ついに智美も伊藤に愛想を尽かし、伊藤のことを諦める決心がついたのだった。

自分の殻に閉じこもるBの女

2人目の相談者である野瀬修子（女性B）は、塾の受付でアルバイトをしている24歳の女性である。塾の仕事は「学芸員になる」という夢を叶えるまでの繋ぎであり、あまり熱心なわけではない。しかし、その塾の同僚・伊藤にストーカー行為を受けて困っているのだと言う。
伊藤は塾長の甥のため下手に邪険にもできず、修子がどれだけ距離を取ろうとしても付きまとってくる空気の読めなさに、修子は恐怖さえも覚えるようになっていた。莉桜は脚本のネタになると考え、「根に持たれないよう、程よい距離感を保ちつつ関係を継続するように」とアドバイスする。
修子は、伊藤から誘われていたライブにルームメイトの宮田真樹（みやた まき）を送り込む。しかし、修子の他力本願な態度に苛立った真樹は、部屋を出て行ってしまう。さらには伊藤くんが塾長に圧力をかけたのか、修子はバイトをクビになってしまった。
どん底に立たされた修子は、再起をかけて自己啓発セミナーに参加するが、その会場で伊藤と鉢合わせする。そこで修子は、自分と伊藤が、自己啓発セミナーに頼るような同レベルの人間であることを自覚する。そして、不器用な自分を正当化し酔いしれている自分と決別するため、学芸員の仕事への応募に邁進するようになった。
一方、恋愛相談の内容をもとに脚本執筆を進める莉桜は、女性A・Bの話に登場する伊藤が同一人物であることに気づく。これを知った田村は、この企画にますます乗り気になり、ヒットから遠ざかっている莉桜と、莉桜の後輩にあたる脚本家・久住健太郎（くずみ けんたろう）を天秤にかけ始める。

男に愛されることを夢見るCの女

3人目の相談者である相田聡子（女性C）は、タルト店の販売員として働く23歳の女性である。可愛い自撮りをSNSにアップすることを日課とし、恋人も途切れたことのない、いわゆる「リア充女子」だった。
しかし聡子には、「男性と一度もきちんと交際したことがない」という悩みがあり、一夜の関係ではなく、男性に心から愛されることを夢見ていた。
聡子には神保実希という性格が正反対の親友がいた。実希は3年間大学時代のサークル仲間・伊藤に片想いを続けており、最近になってその恋が実りそうになっていた。伊藤のために処女を守り続け、キラキラと輝きを増す実希の姿に焦りと寂しさを感じた聡子は、思わず自ら伊藤に近づく。聡子は伊藤との関係をどうしてくべきか莉桜に相談するが、脚本執筆のためにドラマチックな展開を期待した莉桜は、言葉巧みに聡子を誘導し、聡子は伊藤と一夜を共にするに至った。
後日、伊藤から振られてしまったという実希を聡子は慰めるが、逆に実希の気に障ってしまう。聡子は実希との関係が最も大切なものだったと気づき、伊藤と関係を持ったことを後悔するのだった。
そんな折、莉桜は実希が久住の知り合いであることに気づく。

高学歴で鉄壁のDの女

4人目の相談者である神保実希（女性D）は、伊藤に振られて落ち込んでいた。振られた原因について、「自分が処女で重い女だと思われたのではないか」と思い当たった実希は、はやく処女を捨ててしまおうと自暴自棄になる。そこで実希は、大学時代のサークル仲間である久住に声をかける。学生時代から実希に密かに想いを寄せていた久住は、軽いノリながらも実希のために高級ホテルを予約し、実希を優しくエスコートしてくれるのだった。
しかし、実希が直前に伊藤に電話をかけてしまったことで、実希が伊藤に処女を捧げようとしたその瞬間、ホテルの部屋に伊藤が押しかけてきた。「別れるなんて言ってないだろ」「聡子と寝たからこそ、君といるのが辛くなった」などと弁解する伊藤に、実希は怒りを覚える。しかしそれと同時に、自分も久住を利用し傷つけた点では、伊藤と同類であることにも気づいたのだった。
その頃田村は、4人の女性の恋愛相談に登場する伊藤が、莉桜のシナリオスクールに参加している伊藤誠二郎であることを突き止めていた。

伊藤との脚本勝負に敗北する莉桜

莉桜は4人の女性の恋愛相談をもとに執筆した脚本を田村に提出する。久住の脚本と天秤にかけられることを覚悟していた莉桜だったが、なんと採用されたのは莉桜でも久住でもなく、自分のスクールの生徒である伊藤の脚本だった。
伊藤は自身の恋愛経験をもとに『伊藤くんA to E』という脚本を書き上げていた。A〜Dの女性のエピソードは莉桜の脚本と内容が被っていたが、伊藤の脚本には女性Eのエピソードが付け加えられており、Eにあたる5人目の女性は、なんと莉桜のことだった。
4人の女性たちの話からはどうしようもない男に見えていた伊藤だが、実は恋愛でも仕事でも、意識的に勝負の土俵に立たないで済むよう巧妙に立ち回っていた策士であることが明らかになる。その結果、伊藤はこれまで負けたことがなく、負けた人の気持ちも理解できず、周囲を傷つけ続けていたのだ。
伊藤は、元恋人との企画にも関わらず、結局はスクールの教え子に横取りされてしまった莉桜を嘲笑する。しかし莉桜は、脚本家とは評価に晒され続ける職業だと釘をさし、今回の勝負には負けたが、脚本家としては自分は伊藤に劣らないと胸を張った。
莉桜は次回作の執筆に取り掛かることにし、脚本家としての次のステージに一歩を踏み出したのだった。

『伊藤くん A to E』の登場人物・キャラクター

主要人物

伊藤誠二郎（いとう せいじろう／演：岡田将生）

28歳のフリーター。矢崎莉桜（やざき りお）が主催するシナリオスクール（ドラマ研究会）に参加し、脚本家になることを目指している。
容姿端麗で実家が資産家であることから女性には人気があるが、本人は自意識過剰で無神経、口先ばかりで行動が伴わない「どうしようもない男」である。
原作およびドラマ版においては作品の狂言回しという役回りで、物語の終盤まで登場しない。一方映画版では、原作およびドラマと同じ出来事が伊藤の視点からも描かれている。

矢崎莉桜（やざき りお／演：木村文乃）

32歳の落ち目の脚本家。かつては自身が脚本を手がけたテレビドラマ「東京ドールハウス」が大ヒットとなり、売れっ子脚本家として活躍していたが、最近は新作がまったく書けなくなってしまった。
やり手のドラマプロデューサー・田村伸也（たむら しんや）とは「東京ドールハウス」を共に手がけ、かつては恋人同士であった。現在は破局しているが、莉桜の方は今でも未練を残している。
シナリオスクールを主宰しており、伊藤誠二郎はそのスクール生である。