町山智浩の『風立ちぬ』の解説が深い!ラジオで語った内容を紹介

TBSラジオ『たまむすび』でスタジオジブリの『風立ちぬ』について語っていた映画評論家・町山智浩。否定的な感想が多かった作品に対し「なぜそのように感じたのか」を解説しました。「全てを語らない」「分かってくれる人だけ分かってくれというタイプの作品」であることを熱弁。作品に対する考えが変わる、興味深い話をたっぷりと紹介していきます。

www.tbsradio.jp

書き起こしました。

町山)よろしくおねがいします。『風立ちぬ』を観るために帰ってきました。僕の友だちが大絶賛なんですよ。「観ろー」とか「泣いた」っていう話でね、「特にお前のようなやつは観ろ」みたいな話があって。

赤江)実は私観たんです。正直、ん?っていう所が多くて、でもねこういう巨匠の作品を「わからん」って言うと馬鹿だと思われると思って、黙っておこうみたいなぐらい、正直ん?これどう捉えたらいいんだろう?みたいな感じだったんです。

町山)評判はあんまり良くないんですよ、一般的には。

山里)僕も観に行った友達から、あんまりだったみたいな話を聞いて、それで観に行ってないんですよ。

町山)そう。一般観客の評判はあまり良くないんですよ。そうだろうなと思いましたよ。というのはクライマックスがないんですよ、はっきりした。物語の目的がわからないんですよ。主人公は何に向かっていて、何を解決しなきゃいけないのかという、一般的な物語って必ずそれがあって、それを解決してみんな終わるわけじゃないですか。それがないから、どう観たらいいかわからないって人が多いですね。

宮崎監督の妄想なんですよ

『風立ちぬ』

後ね、もうひとつはね、これはどういった話かっていいますと、宮崎駿監督がずっとプラモデル雑誌に連載していたマンガの映画化なんですよ。

『モデルグラフィックス』っていうプラモデル雑誌があって、それにずーっと昔からマンガを連載しているんですよ。その映画化なんですが、実際の人物についての映画化でもあるんですね。

小説『風立ちぬ』

堀越二郎さんていう零式戦闘機を設計した人と、全然関係ない名前だけ1文字だけ同じの堀辰雄っていう小説家がいまして、その人は自分の奥さんが、奥さんっていうか婚約者が結核で若くして死んだっていう実際の体験を書いた小説で『風立ちぬ』っていう小説があるんですね。

それをごっちゃにしたものなんですよ。一緒くたにしてて、しかも婚約者っていうか、中では結婚しているんですけども、奥さんが死んだっていう話は全然堀越二郎さんの話とは無関係なんです。勝手にこの人の奥さん死んだって話にしちゃってるんですよ。笑

赤江)それを知らずに観ている人は、堀越二郎さんの奥さんはこういう感じだったのかなって思いますよね。

町山)そう思っちゃう人もいますよね。実際に現実の人物だった堀越二郎さんの実話と、堀辰雄さんの実話を元にした小説をごっちゃにしたんですよ。全然関係ない二人の人物の体験を一人の人にしちゃっているんですよ。

これいいのかなって思ったら遺族の方が許可を出したらしいですけど。これは妄想なんですよ。宮崎監督の妄想なんですよ。宮崎さんの原作のマンガにははっきりと妄想と書いてるんですよ。これは私の妄想であるってちゃんと書かれているんです。

赤江)だからね映画の中にわりと夢が出てきますよね。夢のシーンが多いですよね。

町山)そうなんですよ。これは主人公の堀越二郎さんが、何かを見るたびに自分の飛行機のいろんな設計のアイデアと結びつけて妄想するんですよ。次々と想像してハッと現実に戻るっていうのを繰り返すんですよね。

だから昔の映画で『虹をつかむ男』っていう映画がアメリカの映画がありまして、それは主人公が常に妄想してて、なにか見ると妄想してっていうのが現実として映画の中では映像化されるから、観てるほうはどこまでが夢でどこまでが現実なのかわからないっていう映画があるんですけど、それに近い、『虹をつかむ男』系の映画なんですよね。

山里)『中学生円山』もそういうような映画ですよね。

町山)そうそうそう!『中学生円山』もクドカンのやつも主人公の中学生が、すぐにあいつはスパイじゃないかって思うと、スパイ・アクションが展開したり、あいつはなんかクンフーの達人じゃないかって思うと、クンフーアクションになったり、中学生の妄想をそのまま映像の中に入れちゃってるんですよね。それをアニメでやってるんですよ。

自分の考えていること、決して口に出して言わないんですよ。

これね、1番わかんないのが、主人公の堀越二郎さんが自分の考えていること、決して口に出して言わないんですよ。寡黙なんですよ。で、最近の日本映画って特にそうですけど、主人公たちが全部自分の思っていることを言って、ディスカッションするんですよ。そういう映画ばっかりなんですよ。ひどいことになってるんですよ。

こないだ飛行機に乗ってこっち来るときにですね、『藁の楯』っていう映画観てたんですけど、それで松嶋菜々子さんが刑事で、連続殺人鬼の藤原竜也君をずっと連行する話なんですけども。藤原竜也君がいきなり松嶋菜々子さんをぶっ殺すんですよ、突然。その時に「何で殺したんだ!」って言うと、「このババア、くせーんだよ!」って言うんですけど、なんてひどいことを言うんだって思いますけど、こんなこと言うかーッて思うんですけど、全員が全員が思っていることをぶちまけあうんですよ、日本映画って最近。全部説明するんですよ。「私はこういうこと思ってますよ」とか「俺はそうは思わない」とか。それに慣れると『風立ちぬ』っていう映画はわからないんですよ。

なんにも言わないんですよ、この人。で、これは戦争が起こり始めてるっていうか戦争に向かい始めているんですけども、それに対して彼は武器を作るっていう仕事をしてるわけですね、戦闘機を作るっていう。その葛藤があるだろうとみんなは思うんですけど、葛藤に関して主人公は何も言わないんですよ。だからやっぱり、それを言ったほうがいいんじゃないのって他の日本映画だったら言っちゃうんですよ。会話でねディスカッションしたりするんですよ、「戦争というのは」とか言って。

言わないんですよ、これは。

山里)「俺はこんなために作ってるんじゃない」みたいなこと。

町山)そうそうそう!そういうこと言うんですよ。「俺はホントは空を飛ぶのが好きで」とか言って、「でも戦争は良くない」とかね。

言わないんですよ!言うのは下品ですよ、やっぱそれは。当時の人達は思っていても言えなかったんだろうし。

わかってくれっていう映画

ユンカース博士

だからこれね、でも言ってるっていうね、すごくわかる人だけに言ってるっていうか、わかってくれっていう映画なんですね。

例えばユンカースっていうドイツの航空機会社に視察に行く所あるんですね、この堀越二郎が。で、ユンカースっていう人が作った爆撃機を見るんですけども、それだけなんですよ。それで突然警察みたいのが出てきたり、軍隊観たいのが出てきて、謎の行動が周りで行われているらしいんですけども、一体それが何かわからないんですよ、映画観てると。

で、それはどういうことかって言うと、まずユンカースっていう人は戦争に反対していたんですね。ユンカースっていう博士がいて、爆撃機とかを開発した人なんですけども、爆撃機とかを作りながらもすごいナチスに逆らってて、最後はナチスに監禁されて死んでいくんですよ。そういう人生をたどった博士で、偉大な航空工学家なんですけども、その人の人生って、まさに戦争に反対しながらも兵器を作るっていう人の代表ですよね。

それを出すっていうことで、わかってくれよなんですよ。説明はないんですよ。一瞬なんですよね。

あと、途中でドイツ人が出てくるんですよね、謎の。軽井沢に行くと、軽井沢に主人公が行く理由もほとんどわからないんですけが、軽井沢に行くと、ドイツ人がいて、友情ができるんですね。でね、いい曲がかかるんですけど、今かけていただけますか。『ただ一度だけ』という歌。『ただ一度だけ』という主題歌なんですよドイツ映画の『会議は踊る』という映画の。それを全員で、ビアホールみたいなところで合唱するシーンがありますね。

www.youtube.com

ゾルゲ

あのドイツ人っていうのは何かって言うと、あのドイツ人は「ドイツは戦争に向かっている」「日本は戦争に向かっているよ」と、「我々は破滅するよ」と堀越二郎に言うんですけど、そうすると堀越二郎はそれを受けいれるんですよね、「そうですね」って言うんですね。「そうじゃない!」って言うべきじゃないですか、その頃の日本じゃ。「日本は絶対勝つ」とか言うべきじゃないですか。言わないんですよね。受け入れるんですけど、あのドイツ人は誰かって言ったら、あれはソ連のスパイですよ。おそらく。
逃げてるでしょ。逃げるシーンがあるでしょ。あれはゾルゲでしょおそらくは、ソ連のスパイ。

赤江)あー!そうなんですか!

町山)セリフには出てこないし、わからないですけど、たぶんゾルゲのような人物であって、ドイツや日本の戦争をやめさせようとか思っているドイツ人で、軽井沢に潜入してきただろうというところがあるんですが、何もそれを言わないんですよ、この映画は。

赤江)そうだ!ほんとにそう!

モネのタッチで描いてある

町山)そういうことをね、ずーっとやってるんです。例えばすごく印象的な絵柄でですね、初めて主人公が菜穂子さんに合うっていうシーンがあるんですけど。菜穂子さんっていうのは『風立ちぬ』の主人公の名前をそのまま使ってるんですけども、丘の上に立ってパラソルを持ってですね、絵を書いてるっていうシーンで、これで出会うんですけども、この絵っていうのが最初のモチーフになってるんですね、『風立ちぬ』っていう原作の。

*菜穂子は「風立ちぬ」のヒロインの名ではなく、堀辰雄の「菜穂子」のヒロインです。後に訂正されてます。

パラソルを持った夫人

これって一体何かっていうとクロード・モネの絵なんですよ、元々。
有名な『パラソルを持った夫人』なんですよね。こういったいろんなイメージが中に出てきて、特にクロード・モネの絵のイメージっていうのは全体に散りばめられていて、例えば関東大震災のシーンはすごいですけども、あれで雲がぶわーって広がるところもモネのタッチで暗雲を描いてるんですね、爆煙とかを。これすごいことをやってるんですよね、結構。

どんなに危険なときにも妄想をやめない

あそこでこう、煙が、ものすごい火災が起きて、大震災で。すると煙が舞い散るところで、主人公の堀越二郎は、突然妄想を始めて、飛行機が飛んでる妄想をするんですね、爆撃の妄想みたいなものを。この人はどんなに危険なときにも妄想をやめないんですよ。これはね、僕の友達の映画監督たちがみんな、「俺だよ!」っていうんですよ、彼らは。みんな「あれは俺だ!」って言ってるんですよ。

どんなに自分が危険な状態にあっても、常に自分の妄想の中に入っていくんですよ。これは映画監督とか、シナリオライターをやっている人たちとか、撮影とかやってる人、アニメーターとかはみんなそんな人達ですよ。

道を歩きながらビルを見上げて、ビルの向こうから怪獣が出てくるのを想像するんですよ、彼らは。それこそ大震災であるとか、大変な事件があって悲劇が起こっても、どう撮ろうか、どう表現しようかってことばっかり彼らは考えるんですよ。頭のなかに絵コンテがバーって出てくるんですよ。

そういう人たちなんですよ。そういう人種なんですよ。それは非常に不謹慎な人たちですよ、はっきり言いとね。けど、そういうものなんですよ。ものを作る人達っていうのはそういうところがあるんですよ。

で、この人はまさに戦争の道具である戦闘機を作るんだけども、戦争そのものに対して責任はどうなのかっていう事を問うているわけですね、この作品の中で。で、宮崎駿さん自身がそういう人で、とにかく戦闘機とか戦車が大大大好きな人なんですよ。でも、反戦映画を撮っているでしょ。戦争はいけないんだっていうことを映画の中で言うじゃないですか。でもその割には戦闘シーンをめちゃくちゃ快感で撮ってるじゃないと。あんた戦争の道具大好きでしょうと。大好きですよ、でも戦争は絶対いけないと思うと。そうした矛盾した気持ちっていうのを持ってるのが、こういった物をつくってる人たちなんですね。

オッペンハイマー

アニメーターである宮崎さんは、そういった形で戦争の快楽っていうのを描きながらも、それは悲劇であると同時に訴えると。で、こういった技術者の人たちは、戦争に反対しながらも兵器を作る。具体的にはオッペンハイマーという人がいまして、その人は原爆の父なんですけども、原爆を作ったんですけども、原爆の使用には反対してたんですよ。死ぬまで核戦争とか、そういったものに反対し続けて、平和主義者だったけども、だけど技術者としては原爆を作りたいわけですよ、作れるんだもん俺には。できちゃったよ、でも使わないで。っていうまさにそういうところですよね。

だから零戦を作ったってところで、零戦っていうのは何百機も何千機も作られましたけども、乗った人は全員死んだんですよ。これは大変なことで、自分が作ったもので何百人、何千人っていう人が死んだってことで、ものすごい辛い罪を背負ったわけですけども、まさしくオッペンハイマーと同じですよね。

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火垂るの墓(ジブリ映画)のネタバレ解説・考察まとめ

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『火垂るの墓』とは、自身の戦争体験を題材にした野坂昭如の短編小説を元に、監督と脚本を高畑勲、新潮社とスタジオジブリが製作した劇場用長編アニメーション映画。1988年4月16日から東宝系で公開された。第二次大戦下の兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、父の出征中に母が亡くなってしまった14歳の兄・清太と4歳の妹・節子が、終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとする姿を描いた物語。

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かぐや姫の物語(ジブリ映画)のネタバレ解説・考察まとめ

かぐや姫の物語(ジブリ映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『かぐや姫の物語』とは、日本最古の物語と言われている『竹取物語』を題材に、高畑勲が14年ぶりに監督を務めたスタジオジブリ制作のアニメーション映画。2013年11月公開。キャッチコピーは「姫の犯した罪と罰」。竹から出てきた娘・かぐや姫が美しく成長し、男性たちからの求婚をかわし、やがて月に帰って行くという『竹取物語』の筋書きはそのままに、何のために地球に来てなぜ月に帰ることになったのか、誰も知ることのなかったかぐや姫の「心」と、物語に隠された真実を描き出す。

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猫の恩返し(ジブリ映画)のネタバレ解説・考察まとめ

猫の恩返し(ジブリ映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『猫の恩返し』とは、2002年に上映されたスタジオジブリのアニメーション映画作品。監督は森田宏幸。本作は、同じくジブリ作品である「耳をすませば」の主人公「月島雫」が書いた物語という、ジブリでは珍しいスピンオフ作品。主人公「住吉ハル」は車に轢かれそうになった猫を助けた事が原因で、猫の国へ連れて行かれる事になってしまう。ハルが助けを求めたのは猫の事務所の主「バロン」であった。

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