十二国記(ラノベ・アニメ)のネタバレ解説・考察まとめ

『十二国記』とは、小野不由美による小説、及びそれを原作とするアニメなどのメディアミックス作品である。女子高生の中嶋陽子は、人の顔色を気にして生きてきた。そんな陽子の前に、麒麟の景麒を名乗る青年が現れ彼女を王と呼ぶ。陽子は本来の故郷である十二国世界へ渡り、様々な戦いを経て王になる覚悟を決めるのだった。ある者は権力とそれに伴う責任に向き合い、ある者はコンプレックスに向き合って成長を遂げる。古代中国風の異世界を舞台にした異世界ファンタジーでありながら、不思議なリアリティを持つ作品である。

身寄りのない子供や他国からの難民などが暮らす施設。『風の万里 黎明の空』では祥瓊(芳国の公主)が一時身分や名前を隠してここに匿われた。ここでは、どんな身分の者でも一般的な農民と同じく田畑を耕し、生活をする。陽子は自国の里家で良き王となる為、正しい政治を行う為に遠甫から道理などの教えを請いに行っている。
芳国の里家にいる孤児は、皆王による厳しい法で親を処刑された子ばかりである。

『十二国記』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

「世界も他人も関係ない。私は優しくしたいから優しくするんだ。信じたいから信じるんだ」(中嶋陽子)

出典: www.netflix.com

蒼猿との戦い。

『月の影 影の海』より。十二国世界で裏切られ続けた陽子は、巧国から逃げる際、すさんだ心を癒してくれた楽俊をも疑い見捨てる。その際、「斬り殺してしまおう」との選択肢が陽子の中にはあった。蒼猿は「楽俊だっていつか陽子を裏切る」と言ったが、陽子は「それでもいい」と言い切り、それまで人の意見に流されるばかりであった自分と決別するように、自分の意思で楽俊を信じると決め、蒼猿を斬るのだった。

「楽俊の心が遠のいたんだ。楽俊は私が胎果でも差別しなかったのに王だと差別するのか。私たちの間には、たった二歩しかないじゃないか」「違う。おいらには三歩だ」(中嶋陽子・楽俊)

出典: bibi-star.jp

陽子の言葉を受け入れて改めて友人となった楽俊。

陽子が景麒にひざまずかれた王だと知り、楽俊は逃げるように陽子の前から姿を消す。そんな楽俊を追った時の陽子と楽俊のやり取り。
十二国世界で生まれ育った楽俊にとって、王とは自分からかけ離れた存在でしかない。陽子が胎果であっても差別することなく接し友人にまでなったが、本当は馴れ馴れしくしてはいけない人物だと知って退いた。しかし、それは陽子からすれば一種の差別でもあった。景麒がひざまずいたとて、楽俊と出会って過ごした時間が変わることはない。
王という立場が一度二人を遠ざけたが、陽子の「私たちの間には、たった二歩しかないじゃないか」との言葉が二人の間に生じたわだかまりを取り払った。蓬莱育ちの王である陽子と、十二国世界で差別されて育った楽俊が、立場を受け入れその上で真の友人になった瞬間である。歩幅の差が、それぞれの立場を示している。子供の背丈しかない楽俊にとっては、三歩の距離。それで二人は歩み寄ることができるというシーン。楽俊の砕けた口調が、友人になったことを表している。

「自分を可哀想だっていうのはさ、ガキの涙だよ」(清秀)

自らの経験から、涙は二種類あると語る清秀。

『風の万里 黎明の空』で100年間、梨耀の下でこき使われ耐え忍んできたと自分の境遇を語る鈴に対し、清秀が「自分を可哀想だっていうのはさ、ガキの涙だよ」と言っている。
清秀は子供であり、よく泣くことがあったと語る。自分の村が焼かれた時清秀は、涙には二種類あることを知った。一つは周りに助けや同情を求める涙、一つはただ哀しくて出る涙である。清秀は、前者は何もできないガキの涙だと称した。鈴がよく泣くのを、気持ちよく苦労や悲しみに浸り、同情を乞うガキの涙だと称したのである。

「大事なのは相手の意図をくみ取ろうと努力をすること」(采王)

『風の万里 黎明の空』で采王が鈴に贈った言葉の一つ。
蓬莱から流されてきた海客である鈴は、言葉が通じず笑われることを苦痛と感じ、初めて話が通じた梨耀に泣きついて彼女の僕となった。仙籍に入り言葉の苦労はなくなったが同時に悪口も理解できるようになってしまった。下働きの立場や、ことあるごとに嫌味や叱責を受け、100年間鈴は苦しんできた。梨耀の下から逃げ出さなかったのは、逃げれば仙籍から外されると思ったためである。鈴は、言葉が分からなくなることを怖れていた。
采王に呼ばれた梨耀は鈴の一件を問い詰められるも、まったく意にも介さない。梨耀はむしろ、鈴が言葉が通じなくなることを怖れていると聞き、言葉よりも心が通じないことをの方が辛く、虚しいとほのめかすように口にした。言葉こそ通じていても、誰も梨耀の心情まで知ろうとはしていなかった。梨耀の思いを知った采王は、鈴が人の気持ちを汲み取ろうとしていないことを悟り自分で引き取らなかったのである。

「この世は嬉しいこと半分、辛いこと半分できている」「その人が幸せなのは、恵まれているからではなく幸せであろうと努力をしたから」(采王)

『風の万里 黎明の空』で采王が鈴に贈った言葉。
鈴は100年間梨耀の下で苦しんできたが、それは鈴が自分を憐れみ不幸に浸っていたためである。采王は鈴を仙籍から外さないことを約束し、旅費を与えて慶国に行かせた。「この世は嬉しいこと半分、辛いこと半分できている」「その人が幸せなのは、恵まれているからではなく幸せであろうと努力をしたから」との言葉は、鈴を旅に送り出す時に口にしたものである。
鈴は「苦しみ」を梨耀の下にいた時点で味わい尽くしたと思い、采王に救いを求めたこと自体を努力だと思い込んでいた。才国を出る時の鈴は、まだ采王の言いたいことを理解していなかったのだ。

「努力なしで物を与えられるってことは、それだけの働きを要求されるってことなんだ」「アンタは知ってなきゃいけなかったんだよ」(楽俊)

出典: www.nicovideo.jp

祥瓊を諭す楽俊。

『風の万里 黎明の空』にて、楽俊が祥瓊に言ったセリフ。
祥瓊は母から「何もしなくていい、何も知らなくていい」と言われ30年遊び暮らしていた。しかし本来、公主や公子には王を助け、国をよくする義務があると楽俊は語り、見出しの言葉を口にした。「聞きたくない」と耳を塞ぐ祥瓊だが、最終的にはこの言葉を受け入れて、公主だったが為に知る「国の中枢の実態」を元に慶国の内乱を治めるのに一役買うのだった。
『風の万里 黎明の空』では、他にも楽俊、供王などが王の責務の重さについて語っている。陽子は自分が休むためだけの建物が40近くもあることに半ば呆れて、使わない建物は取り壊すか、臨時の病院や宿にしてはどうかと家臣たちに提案するも「主上が天帝から授かったもの」として聞き入れられなかった。

『十二国記』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

『十二国記』は同著者の小説『魔性の子』の続編であり本編

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『魔性の子』は、小野不由美による小説作品である。『十二国記』は『魔性の子』の続編にして本編となる。(*)
『魔性の子』は日本(十二国世界でいう蓬莱)を舞台とし、ホラー色の強いファンタジー小説として発表された。高校生の高里要こと泰麒に関する事柄が描かれている。要の他、廉麟、白汕子や傲濫が登場するが、要のクラスに来た教育実習生の広瀬の目線を主軸としており、要が帰るべき異世界(十二国世界)のことはその片鱗がほのめかされる程度であった。
小野は『魔性の子』を単発の作品として執筆しながら、十二国世界の世界観や地図、年表に至るまで作り、作品の担当編集者に話したところ、その世界を舞台としたファンタジーを書くことを勧められた。結果として『十二国記』が作られるに至った。

アニメ版『十二国記』に登場する杉本優香は、自分のいる世界ではなく異世界に焦がれるといった側面を持ち、『魔性の子』における広瀬に近い役割となっている。『魔性の子』に登場する広瀬とは、要の高校の卒業生で、高校時代から人との関わりを嫌っていた。幼少期に臨死体験をした影響から異世界に憧れる人物として描かれる。

*「『十二国シリーズ』が『魔性の子』の続編で短編である」ことは、『月の影 影の海』(講談社文庫ホワイトハート版)の後書きに記されている。

原作小説とアニメの違い

塙麟の死因が病死から塙王による殺害に変更

えどのゆうき
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