羊たちの沈黙(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『羊たちの沈黙』とは、1991年にアメリカで製作されたサイコ・スリラー映画で、アカデミー賞主要5部門を獲得した大ヒット作品である。トマス・ハリスの同名小説をジョナサン・デミ監督が映像化した。ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスが主演を務める。連続殺人事件の調査として、FBIは実習生クラリス・スターリングを抜擢。収監中の猟奇殺人犯で、元精神科医のハンニバル・レクターに捜査の協力をさせるべく派遣する。クラリスはレクターとの奇妙な関係を築く一方、自らの過去と対峙してゆくことになる。

以前は一般的なオーディオ機器だった

テープレコーダーとは、磁気テープと呼ばれるテープ状の記録媒体に信号を記録する装置である。一般的には音声を記録する為に使用されるが、機器によりコンピューターのデータを記録することも可能である。また、スピーカーなどで再生する機能も備わっている場合が多い。
第二次世界大戦後の1950年頃から世界的に普及し、MDやデジタル記録装置が登場するまでは最も一般的なオーディオ製品であった。

作中ではクラリス・スターリングがバッファロー・ビル事件の犠牲者を検視する場面で、検視内容を口頭で記録する際に使用している。また、後半でハンニバル・レクターが警官2名を殺害した直後、血まみれのままでテープレコーダーから流れるクラシック音楽に酔いしれるという、常軌を逸した場面が描かれている。

インスタントカメラ

クラリスは撮影された直後の写真をその場で確認し、手掛かりを発見する

インスタントカメラとは、撮影後に自動で現像を行うフィルムを使ったカメラのことである。撮ったその場で、写真の内容を確認することができるのが最大のメリット。デジタルカメラの普及でほとんど見られなくなったが、即時性と改ざん防止の観点から医療現場や法執行機関などでは現役で使用されているという。

また、ポラロイド社が開発したフィルムを使用したカメラが爆発的に普及した経緯があり、こうしたカメラを指してポラロイドカメラと呼ぶ場合が多い。日本では富士フイルムが開発したインスタックス(チェキ)というインスタントカメラが知られている。

作中ではクラリス・スターリングがバッファロー・ビル事件の犠牲者を検視する場面で、同行した別の捜査官が遺体を撮影する際に使用している。クラリスは撮影された写真をすぐに確認し、犠牲者の喉に異物が詰められていると指摘する。そして、その異物は珍しいスズメガのサナギと判明し、事件解決の手掛かりとなった。

赤外線暗視スコープ

バッファロー・ビルが使用した赤外線暗視スコープ

赤外線暗視スコープとは、暗視鏡、ナイトビジョンスコープとも呼ばれ、赤外線を照射することで暗闇の中でも遠くまで視認可能とする装置である。元々は軍事技術として開発・発展したものだが、1980年代後半から天文用としても注目された。
また、一般的な用途にも応用されており、野生動物の観察やアウトドア活動、監視カメラなどの分野でも商品化されている。

作中ではバッファロー・ビルが使用しており、7番目の被害者キャサリン・マーティンを夜間に襲う場面と、クラリス・スターリングを暗闇で追い詰める場面で装着している。

『羊たちの沈黙』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

クラリス「そうね、あなたは食べた」

レクター博士のカニバリズムを指摘するクラリス

ファーストコンタクトで彼の異様なまでのオーラを感じ取ったクラリスは、極度に緊張する。暇つぶしもあったのだろうがレクターは聡明なクラリスに興味を持ち、いくつか言葉を交わし始める。
信頼されたと感じたクラリスだが、書類を取り出し質問事項に答えるよう依頼すると「くだらない心理分析などお断りだ」と言って、レクターはそれを拒んだ。しかも「学生を寄越すくらいだから、どうせクロフォードは新入りの殺人鬼バッファロー・ビルの捜査に忙しいのだろう」と、彼女の評価として「学生」という言葉を使い不快感を覗かせた。

続けて、「なぜ犯人のことをバッファロー・ビルと呼ぶんだ?」とレクターは尋ねた。それを受けクラリスが「犯人は必ず、殺害した女性の皮膚を剥ぐから」だと説明すると、レクターは「なぜヤツが皮を剥ぐか分かるか?」と、まるで力量を試すかのように分析を促した。
クラリスが「興奮するからでは?」と答え、「連続殺人犯のほとんどは記念品を欲しがる」と教科書通りの話をすると、レクターは「私は違う」と鋭い眼光をクラリスに向けた。しかし、クラリスは物怖じすることなく「そうね。あなたは食べたわ」と返した。

クラリスとレクター、最初の遭遇シーンである。若く、美しいうえ聡明なクラリスにレクターは興味を持ち、クラリスもまた真摯に向き合った。それはまるで教授と生徒の授業(セッション)のような趣があり、一進一退の攻防が繰り広げられる戦闘のようでもある。

能力を品定めするようなレクターの言葉に対し、クラリスは怯むことなく返してゆくが優秀だとはいえ、所詮は学生であった。だから「私は違う」と言ったのは、(そんなことでは私を理解できないぞ)とレクターは彼女をたしなめたのだ。それに対し、クラリスは彼の表層的な一面である「食人(カニバリズム)」を指摘することで、言わばお茶を濁すような言葉を返した。しかし、レクターはこの返答に不満を持ったようである。

レクター「そいつの肝臓を豆と一緒に食ってやった。ワインのつまみにね」

異様な言動をするレクター博士

当初はクラリスの聡明さに興味を持ったレクターだったが、一連のやり取りで「所詮は優秀なだけの学生さん」との評価を下す。彼は急に態度を変え、質問事項の書類を受け取った。しかし、答える気など無さそうにパラパラとめくるだけだ。そして、今度は挑発するようにクラリスの分析を始める。「バッグは高級な品だが、靴は安物。田舎娘が都会風を気取っているだけで、野暮な格好だ。両親は貧困層の出で、君が必死に消そうとするのはウエストバージニア訛りだな?君は常に男の目を引き、つまらない恋愛にうんざりしていた。だから、そんな環境から抜け出すためにFBIに飛び込んだ。違うか?」
クラリスは衝撃を受けた。なぜなら、レクターの言うことはことごとく当たっていたうえ、彼女にとって不愉快極まりない指摘だったからだ。まるで「お前に用は無い」と言われているようで、つい腹立ち紛れに「その強力な洞察力をご自身に向けてみたらどう?恐くて出来ないでしょ」と、クラリスは健気にも言い返してしまった。だが、あくまでも冷静な態度で、レクターへの礼儀を失することはしなかった。

このやり取りでレクターは「お門違いだ。もう帰れ」と促している。それに対し、クラリスはカニバリズム(食人)の指摘に続き、さらに失敗を重ねる。「その強力な洞察力を……」のセリフは、まるで痴話喧嘩で恋人にやり返す時のような言葉だ。強く反撃しているように見えて、自らの愚かさと弱さをさらけ出しているだけである。クラリスも当然そのことは自覚しているはずだが、感情に流されどうにもならなかった。

しかし、すぐにレクターは「昔、国勢調査の職員が来た。私はそいつの肝臓を豆と一緒に食ってやったよ。ワインのつまみにね」と言い放ち、威嚇するように歯をむき出し「ツツツツ」と舌をすするような音を立てた。その異常な言動に、クラリスは背筋の凍るような恐怖を感じたに違いない。そして「学生さんはもう学校へお帰り」と言われ、レクターに背を向けられてしまったクラリスは立ち去るほか無かった。終始レクターのペースであしらわれ、取り付く島も無かった。優秀な彼女がこれまで味わったことの無い、完全なる敗北感であった。

レクターのセリフ「昔、国勢調査の職員が……ワインのつまみにね」は、まるで講義の終わりを告げ、シャッターを勢いよくピシャリと下ろすようでもある。また、異様で恐ろしい場面として観る者に強烈な印象を残した。
ちなみにこのセリフは、AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)が2005年に選出した、「名セリフベスト100」の21位に選出されている。

レクター「勇敢なクラリス。子羊の悲鳴が消えたら知らせておくれ」

クラリス(左)に触れるレクター博士(右)の指

バッファロー・ビルに囚われたキャサリン・マーティンを救うため、クラリスは厳重警戒態勢が敷かれたシェルビー郡裁判所で一時収容されているレクターに会いに行く。犯人の本名を聞き出すためだ。しかし、レクターはこれまでの会話でまだ明かされていない話の結末を聞きたがり、止む無くクラリスは交換条件として過去の辛い経験を告白し始める。
それは幼い頃に子羊の悲鳴を聞いて明け方に目を覚まし、納屋で行われていた子羊の「と殺」を目撃した体験であり彼女の強烈なトラウマであった。幼いクラリスは必死の思いで1匹の子羊を救おうと連れ出したが、それは果たせず終わったのだ。

レクターは「連れ出した子羊はどうなった?」と、問いかける。クラリスは「殺されたわ」と答え、悲しい目をした。そして、「今でも子羊の悲鳴が聞こえるか?」と聞かれたクラリスが頷くと「もしキャサリンを救えたら、明け方に悲鳴を聞いて目覚める事は無くなると思うか?」とレクターは尋ねる。クラリスはさらにひどく悲しそうな表情を見せ「分からないわ」と、戸惑うように同じ言葉を繰り返した。それを聞き、レクターはそれまでとは違う穏やかな声で「ありがとう。教えてくれて。ありがとう」と、このやり取りを終わらせた。

ここで警備の人間らに制止され、クラリスは追い出されてしまう。ついに犯人の本名を聞き出すことは叶わなかったのだ。「勇敢なクラリス。子羊の悲鳴が止んだら知らせてくれ」連れ出されるクラリスに、レクターは声をかける。そして「資料を返す」と言いながら、バッファロー・ビルの資料を掲げた。その声に合わせるように、クラリスは連行しようとする警官の手を振り払い、レクターのそばまで駆け寄る。その時、資料を受け取ろうと差し出したクラリスの細い指の背を、まるで愛撫するかのような動きでレクターの指が滑る。ふたりが物理的に触れ合うのは、これが初めてである。キャサリンを救うためとはいえ、忘れたいはずのトラウマであった過去の忌まわしい記憶を、クラリスは正直に教えてくれた。ハンニバル・レクターは精神に異常性を抱える殺人鬼ではあるものの、そんな彼女のひたむきな行動を「勇敢」だと賞賛した。ささやかな愛撫は、その気持ちの現れだろうか。否それ以上に、クラリスに対する何らかの感情が芽生えたのかもしれない。それは「尊敬」か、あるいは「愛情」なのか、彼以外に誰も知る由は無い。

『羊たちの沈黙』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

ポスターに隠された秘密

出典: canalize.jp

ポスターのスズメガを拡大するとドクロはトリックアートだと分かる

本作のポスターは、ジョディ・フォスター演じるクラリスの口元にスズメガが配置されたものがよく知られている。非常に印象的で美しい画像だが、実はちょっとした秘密が隠されている。スズメガは「人面蛾」と呼ばれ、背の部分がドクロ模様なのだが、ポスターをよく見るとコラージュになっているのが分かる。これはサルバドール・ダリが制作したトリックアートを合成したものである。フランスの写真家フィリップ・ハルスマン作品「In Voluptas Mors」(1951年)の中で、ダリが7人の裸婦をドクロに見立てて作ったアート作品だ。一緒に写っている洒落たヒゲ姿の男性がダリである。

スズメガは本作において重要な要素となっており、このコラージュにはいくつもの意味が込められている。殺人鬼バッファロー・ビルの変身願望、紳士的で穏やかに見えたレクター博士の狂気の変貌、少女時代のトラウマを経て大人の女性へと成長したクラリスなどがそれである。蛾が象徴するのは「変身」というキーワードなのだ。
また、7人の裸婦はバッファロー・ビル事件の被害者と同じ人数であり(キャサリン・マーティンが7番目の被害者)、それが口元に配される意味は「死」を示唆していると受け取れる(物が言えない=死んでいる)。しかし、7番目のキャサリンは生還しているので、死の恐怖を乗り越えた存在だ。それは、本作のタイトル『羊たちの沈黙』ともオーバーラップする。鳴き叫ぶ被害者(羊)を救い(沈黙=静かになった)、トラウマを乗り越えたクラリスの物語を彷彿とさせるのだ。
芸術性の高い映像へのこだわりも含め、言葉の綴り遊び(アナグラム)や、レクターの描く絵画や好んだクラシック音楽など、本作は全編を通しアートや隠された要素がちりばめられている。そうした視点で鑑賞するのも一興である。

アンソニー・ホプキンス(レクター博士)の強烈な存在感

ほとんど瞬きせず目を見開いたままのレクター博士

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