羊たちの沈黙(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『羊たちの沈黙』とは、1991年にアメリカで製作されたサイコ・スリラー映画で、アカデミー賞主要5部門を獲得した大ヒット作品である。トマス・ハリスの同名小説をジョナサン・デミ監督が映像化した。ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスが主演を務める。連続殺人事件の調査として、FBIは実習生クラリス・スターリングを抜擢。収監中の猟奇殺人犯で、元精神科医のハンニバル・レクターに捜査の協力をさせるべく派遣する。クラリスはレクターとの奇妙な関係を築く一方、自らの過去と対峙してゆくことになる。

ハンニバル・レクターという特異なキャラクターを演じ、強烈な印象を残したアンソニー・ホプキンス。しかし、意外にも彼の今作における登場シーンは118分の総上映時間のうち、たったの16分(12分という説もあり)ほどだという。
このため、米カルチャーサイトMental Flossの「20分以下の出演でアカデミー賞を受賞した、またはノミネートをものにした俳優12人」に彼も選定されているのだが、この短い出演時間で主演男優賞を獲得したアンソニーの偉業は際立っている。彼ともうひとり(『旅路』(1958)のデビッド・ニーブン)を除き、他の選定者は助演男優賞候補者及びその受賞者ばかりであることから、いかに困難なタイトルであるかが分かるだろう。それは、アンソニーが取り組んだ並々ならぬ努力の成果だと言える。

役作りに当たり、アンソニーは過去に起きた数々の猟奇殺人事件の研究を行った。資料を読み漁り、実際に刑務所を訪れ受刑中の殺人鬼の分析までしている。さらに、そうした事件の裁判に立ち会い、傍聴したという。

レクターとクラリスが最初に面談するシーンで、クラリスを演じたジョディ・フォスターは心底からアンソニーに震え上がったらしい。クラリスを分析して田舎なまりを揶揄する一連の場面で、アンソニーはレクターになり切り、アドリブを交えた怪演を披露している。それがあまりにリアルだったため、ジョディは「本当に自分の内面を追求されていると感じた」と語っている。それ故、あの時のクラリスの極度に緊張する様子や不安そうな表情は、ジョディの素晴らしい演技ではあるが、アンソニーが引き出したとも言えるだろう。

また、レクターが特設の檻に収容される後半のシーンで、彼は白いシャツとズボンを着用している。これは人々が不安や緊張を感じた現体験の象徴として、歯科医の白いコスチュームからインスピレーションを得たからだという。当初はオレンジ色の囚人服を着る予定だったが、アンソニーが監督のジョナサン・デミを「このほうが観客の不安感を引き出せる」と説得してあのような白い服になった。

そして極め付きは、拘束され顔半分を覆うマスクを着用させられたレクターが、鋭い眼光でギョロリと辺りを見回すシーンだ。もちろん、他の場面でもアンソニーの眼力は特異であるが、これら目の演技についても彼なりの工夫があるという。参考にした人物として、アンソニーはロンドンに住む友人の存在を挙げている。その友人はほとんど瞬きをしない人物だったらしく、周囲の人々はその様を見て恐がったのだとか。不自然なまでに目を見開いたまま淡々と話すレクターの強烈で異様な存在感は、アンソニーが取り入れた目の演技に負うところが大きいだろう。

ジョナサン・デミ監督の不安を吹き飛ばしたジョディ・フォスターの演技力

ジョディ以外のクラリスはどう描かれただろうか

クラリス役の起用についてはこんな話がある。実はジョナサン・デミ監督は、ジョディの起用を最後まで渋っていたらしい。それは、彼女が小柄過ぎてあまり強そうに見えなかったからだ。彼が最も相応しいと考えていたのは、ジョディより10cmほど背の高いミシェル・ファイファーだった。ところがミシェルがオファーを断ったので、次の候補としてメグ・ライアンやジーナ・デイビスの名を挙げていたという。しかし、配給会社からの要請に加え、周囲からの強い勧めがあり、結局ジョディがクラリス役に決まった。デミ監督の構想にあった幻のクラリス像は、どうやら本作のものとは違い力強い女性になる予定だったようだ。

デミ監督は撮影が始まってもなお、ジョディが演じるクラリスに不安を感じていた。脚本では素朴な田舎なまりが残るクラリスなのだが、これを標準語で演じているジョディをデミ監督はとがめた。 しかし、彼女は「クラリスのなまりはレクターに指摘されて初めて分かるくらいの、些細なものがいいと思う。でも、どうしてもなまらせたいならそうしますけど」と言い、次のテイクでは完璧なウエストバージニアなまりを再現して見せたという。

また、クラリスがレクターに過去のトラウマを告白する、後半の印象的なシーンにまつわるこんな裏話がある。彼女が話す告白とは、子羊たちが悲鳴を上げながら殺される様子を少女時代のクラリスが目撃するという内容だ。当初、監督は子役を配した再現映像を挿入する予定だった。しかし、「ジョディの表情がすべてを物語っている」と感じ、最終的にはほぼ編集せずそのまま使うことになった。ジョディの演技力の高さと、女優魂を感じさせるエピソードである。

バッファロー・ビルのモデルは3人の殺人鬼

出典: zozozo.jp

容姿端麗・頭脳明晰な殺人鬼テッド・バンディ(実際の写真)

本作では、連続猟奇殺人犯としてバッファロー・ビルというキャラクターが描かれる。ビルの人物像は、実際に存在した殺人鬼3人を組み合わせて作られたと言われている。その3人とは、 30人以上の女性を殺害したテッド・バンディ、連続監禁・殺人犯ゲイリー・ハイドニック、そしてエド・ゲインだ。彼は人間の死体を解体し、ベルトや衣類を作った。
このような犯罪者が存在した事実も恐ろしいが、この殺人鬼3人を組み合わせるという発想そのものが常軌を逸している。

また、テッド・レヴィン演じるバッファロー・ビルが半裸で踊り狂うシーンは、犯人の動機を垣間見る重要な場面だ。非常に気味が悪くビルの狂気を感じさせるが、性器を股に隠すなどのディテールはテッド・レヴィン自らのアイデアである。
しかし、このシーンは公開後に差別を助長すると言ってゲイやレズビアンの団体から批判が噴出した。デミ監督は後になって「このシーンについては後悔している」と語っている。
ちなみに、殺人鬼テッド・バンディを題材にした映画『テッド・バンディ』が2019年に製作されている。主人公を演じたザック・エフロンがテッドに似過ぎていると話題になった。

ふたりの映画界レジェンドがカメオ出演

画面の右奥でトランシーバーを持つ男性がジョージ・A・ロメロ監督だ

本作にはふたりの巨匠がカメオ出演している。どちらもジョナサン・デミ監督の恩師と言える人物であり、彼の熱烈なオファーにより出演が実現している。

ひとり目はロジャー・コーマンで、FBI長官役としてジャック・クロフォード捜査官と電話で会話するワンカットのみの出演だ。彼は1950年代から映画製作を始めており、監督・プロデューサーとして「低予算映画の王者」「B級映画の帝王」と呼ばれた。その作品群は、主にドライブインシアターなどに配給される。ドライブインシアターとは、車に乗ったまま野外に設置されたスクリーンで映画を鑑賞できる施設である。

ふたり目の巨匠はジョージ・A・ロメロだ。後半でレクターが特設の檻に収容されている場面で、クラリスが追い出される際に警官たちと同行していたヒゲの人物が彼である。設定はメンフィスのFBI捜査官だという。
ジョージ・A・ロメロは、ゾンビ映画の第一人者でありホラー映画やカルト映画の鬼才として知られている。1968年製作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や、1978年の『ゾンビ』が有名だ。

ふたりとも映画界のレジェンドとも言える人物であり、デミ監督は彼らに学び本作を作り上げたのである。

数多く製作された続編・スピンオフ

出典: otakukart.com

クラリスの実像に迫るドラマ『Clarice 』

本作の成功により、トマス・ハリスの小説を元にした「ハンニバル・レクターシリーズ」と呼ばれる続編映画が製作された。また、スピンオフとしてTVドラマシリーズも製作された。

『ハンニバル』(2001年)は、本作から数年後の物語である。あまりに猟奇的過ぎるのと、原作が「生理的に不快」との理由でジョディ・フォスターは出演を拒否した。いわく付きの作品である。また、『レッド・ドラゴン』(2002年)は、レクターがクラリス・スターリングと出会う直前までの物語だ。レクターを逮捕したFBI捜査官、ウィル・グレアムを主人公として描かれた作品である。
前述2作品とは異なり、アンソニー・ホプキンスの出演しない『ハンニバル・ライジング』(2007年)は、幼少期から青年期までのレクターを描いており、彼の複雑で狂気に満ちた人格がいかに形成されたかが解明される。

TVドラマの『ハンニバル』(2013年)は、トマス・ハリスの小説「レッド・ドラゴン」を元に製作されたドラマシリーズである。原作とは異なり、時系列が2013年時点の現代に置き換えられているため、レクター博士の生い立ちそのものが根本から書き換えられている。

また、TVドラマ『Clarice』(2021年)は、FBI捜査官クラリス・スターリングに焦点を当てたアメリカのドラマシリーズである。『羊たちの沈黙』の物語から1年後の1993年を舞台に、語られる事の無かったパーソナルなクラリス像を描く。
主演はオーストラリア出身の女優、レベッカ・ブリーズが務める。彼女は、ドラマ「オリジナルズ」や「プリティ・リトル・ライアーズ」、ボリウッド映画『ミルカ』(2013年)など、ジャンルを問わず様々な作品に出演している。
ちなみにボリウッド映画とは、インド・ムンバイのインド映画産業全般につけられた俗称である。ムンバイの旧称「ボンベイ」のボとハリウッドを掛け合わせた言葉だ。

続編やスピンオフとは異なるが、本作をモチーフとしたコメディ映画として『羊たちの沈没』(1994年)という作品も存在する。イタリアとアメリカの合作映画だという。

『羊たちの沈黙』の主題歌・挿入歌

挿入歌: Howard Shore『Main Title』

挿入歌: Howard Shore『Quid Pro Quo, Yes or No』

挿入歌: Howard Shore『Lecter Escapes』

挿入歌:Tom Petty & The Heartbreakers『American Girl』

挿入歌:Colin Newman『Alone』

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