
『ねじ式』とは、つげ義春原作の短編漫画。1968年刊行の『月刊漫画ガロ』6月増刊号『つげ義春特集』に掲載された。同作品は、とある海岸でメメクラゲに左腕を噛まれた少年が、医者を求めて漁村を彷徨い不思議な体験をする短編漫画である。何度も単行本化されており、つげの代表作の1つに数えられている。また、1998年に浅野忠信主演の実写映画版が公開された。つげは、『ねじ式』発表までは叙情的な作風の漫画家だったが、同作品以降はシュールで前衛的な作品を多く執筆している。
メメクラゲに左腕を噛まれた少年は、出血多量で死んでしまうことをひどく怖れていた。そして、一刻も早く手術を受けるべく医者を捜すこととなる。しかし、不案内な土地だったため、医者を見つけることが思いのほか難航した。少年は、ロイド眼鏡の男に藁にも縋るような気持ちで医者がどこにいるのか尋ねた。すると、男は「きみはこう言いたいのでしょう。イシャはどこだ!」と返答したのである。全く意味不明で不毛なセリフであり、それ故に『ねじ式』という作品の不条理さを際立たせる名言だと高く評価された。
少年「いやこの場合テッテ的というのが正しい文法だ」

「テッテ的」に医者を捜している少年
少年は、狐のお面を被った少年の運転する蒸気機関車に乗ったが、機関車は隣村へ行かずに元の漁村へと戻ってしまう。落胆する少年だったが、彼は諦めずに漁村で医者を捜す決意をする。その時、「徹底的に村中を捜すぞ」と言った後で、何故か「いやこの場合テッテ的というのが正しい文法だ」と言い直した。この「テッテ的」という言葉は、つげ義春の造語だと言われており、詳しい意味などは不明である。同作品のミステリアスな部分を代表する名セリフだと言われている。
少年「なるほどポキン金太郎」/老婆「ポキン金太郎」

金太郎飴の断面を老婆に向ける少年
医者を捜し続ける少年は、金太郎飴を売る老婆と出会った。そこで彼は、金太郎飴ビルに女医が経営する産院があることを教えられ、さらに老婆と金太郎飴について語り合った。金太郎飴は、桃太郎の絵が描かれていてもあくまで金太郎飴であり、その証拠に老婆は「ポキン金太郎」と飴を折る。すると、少年が「なるほどポキン金太郎」と返し、さらに老婆がまた「ポキン金太郎」と返して2人は別れの挨拶を交わした。全く意味不明なシーンだが、どこか牧歌的でユーモアが感じられると言われており、『ねじ式』の奇妙な魅力に一役買っている。
『ねじ式』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
つげ義春の作風を一変させたシュールな作品『ねじ式』

『ねじ式』小学館文庫版表紙
つげ義春は、『ねじ式』を描く以前は叙情的な作風の漫画家として知られていた。また、所謂「旅もの」を得意としており、自身が旅行をした場所や経験を巧みに作品に取り入れてきた。『沼』や『チーコ』、『海辺の叙景』そして『紅い花』といった短編作品群は、白土三平の影響を感じさせる描線で少女や女性キャラクターが描かれており、ストーリー性の高さと相まって熱狂的なファンを獲得している。そのような状況下で、つげは『ねじ式』を世に送り出した。シュールで難解なストーリー、コラージュを多用した作画、そして不気味さをも彷彿させる絵柄は瞬く間にコアな漫画好きの間で評判を呼んだ。そして、つげは『ねじ式』以降、シュールな『ゲンセンカン主人』や絵柄がガラリと変化した『やなぎ屋主人』、『夢の散歩』などを発表している。
少年の顔が描き直されたバージョンが存在する『ねじ式』

左:雑誌掲載版の少年/右:後に描き直された少年
『ねじ式』には、2つのバージョンが存在することが判明している。『月刊漫画ガロ』6月増刊号に掲載されたオリジナル版と、その後の単行本に収められた少年の顔が描き直されたバージョンである。つげ義春は、元のバージョンの絵が下手であることを理由に少年の顔を何シーンか修正した。しかし、後年になって変えない方が良かったと自己評価している。因みに、上の画像は左側がオリジナル版、右が修正版である。
「メメクラゲ」や「眠科」など誤字・誤植が存在する『ねじ式』

左:「眠科」と書かれた『ねじ式』の1シーン/右:「眼科」に訂正された同シーン
『ねじ式』においては、「メメクラゲ」が「××クラゲ」の誤植というエピソードがあることは先述した。その他にも、字が間違っている箇所がある。それは、少年が医者を捜している時、眼科しか見つからず苛立っているシーンで見られた。雑誌掲載のオリジナル版では、背景の「眼科」が「眠科」と書かれているのだ。これは、後に「眼科」に改められたが、青林工藝社版『ねじ式 つげ義春作品集』など、「眠科」のままで読める単行本も存在する。
実は多くの元ネタがあることで知られる『ねじ式』

『ねじ式』に登場するロイド眼鏡の男の元ネタとなった写真『知里高央』(撮影:木村伊兵衛)
『ねじ式』で描かれているシュールな場面には、多くの元ネタ写真があることが明かされている。2018年2月に発行された『スペクテイター』第41号では、元の写真とつげ義春が描いたシーンの両方が公開された。以下の9点である。
・少年が目の描かれた眼科の看板の立ち並ぶ街並みを歩くシーン:王双金『目』(1962年発表)と朱逸文『目』(『フォトアート』1963年5月号掲載)
・地面に横たわる少年の側を4人のラッパ吹きが通り過ぎるシーン:エリオット・アーウィット『メキシコ』(『アサヒカメラ』1965年1月号掲載)と青野義一『緩慢な殺人』(『アサヒカメラ』1962年12月号掲載)
・ロイド眼鏡の男が左手にスパナを持って胡坐をかいているシーン:木村伊兵衛『新・人間』より『知里高央』(『アサヒカメラ』1965年7月号掲載)
・「当然静脈は切断された」のモノローグに合わせて描かれた朽ちた流木:掛川源一郎『アイヌの祭り』より『熊のシャレコウベ』(『フォトアート』1965年4月号掲載)
・少年が干された多くの洗濯物の間を歩シーン:藪出直美『干し物のある浜』(『カメラ毎日』1963年11月号掲載)
・少年が医者捜している際にと老人会話するシーン:鹿島忠一『祭礼の日』(『フォトアート』1965年4月号掲載)と千田光芳『祭礼の日』(『カメラ毎日』1965年3月号掲載)
・少年が乗り込んだ蒸気機関車の大ゴマ:慶應義塾大学鉄道研究会『写真紀行 台湾の汽車』より『阿里山森林鉄道』(『鉄道ファン』1966年8月号掲載)
・産婦人科女医の初登場シーン:高木尚雄『壁画のある家』(『フォトアート』1964年4月号掲載)
・少年がモーターボートに乗り込んで左腕をかざすラストシーン:北井三郎『しぶきとかぜ』(『日本カメラ』1963年7月号掲載)
後の漫画作品に多大な影響を与えた『ねじ式』

『Dr.スランプ 』に登場したねじしきくん
『ねじ式』は、難解極まりないシュールなストーリー展開、実験的な手法で描かれた独特の絵柄などで多くのファンを獲得し続けている作品である。そして、他の漫画家にも多大な影響を与えた。同作品のパロディ漫画には、『バカ式』(長谷邦夫)、『おざ式』(赤瀬川源平)、『さん式』(蛭子能収)、『わたせの国のねじ式』(江口寿史)などがある。また、パロディキャラクターの代表格に、鳥山明原作の『Dr.スランプ』に狐のお面を被った少年を模したキャラ「ねじしきくん」が登場した。

『マカロニほうれん荘』に登場した『ねじ式』の少年
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目次 - Contents
- 『ねじ式』の概要
- 『ねじ式』のあらすじ・ストーリー
- 『ねじ式』漫画版
- 重傷を負って彷徨う少年
- 左腕の血管がねじ式になった少年
- 『ねじ式』映画版
- ツベと国子の別離
- つべとコバヤシチヨジ
- ツベと「やなぎ屋」の娘
- ツベと女医
- 『ねじ式』の登場人物・キャラクター
- 『ねじ式』漫画版
- 少年
- ロイド眼鏡の男
- 狐のお面を被った少年
- 老婆
- 女医
- 『ねじ式』映画版
- ツべ(演:浅野忠信)
- 国子(くにこ/演:藤谷美紀)
- 看護婦(演:藤森夕子)
- 木本(きもと/演:金山一彦)
- もっきり屋の少女/コバヤシチヨジ(演:つぐみ)
- やなぎ屋の娘(演:藤田むつみ)
- ヌードの女(演:青葉みか)
- 女医(演:水木薫)
- 村の飲み客(演:杉作J太郎、海原由樹)
- 娘の母(演:三輪禮子)
- ロイド眼鏡の男(演:原マスミ)
- 村長(演:高野慎三)
- セパード/小次郎(こじろう)(演:広崎哲也)
- 医師(演:三木秀則)
- 金太郎飴売り(演:清川虹子)
- 駅員(演:砂塚秀夫)
- 家主(演:丹波哲郎)
- 『ねじ式』の用語
- メメクラゲ
- 金太郎飴ビル(きんたろうあめビル)
- 〇✕方式(まるばつほうしき)
- 『ねじ式』の名言・名セリフ/名シーン・名場面
- 少年「まさかこんな所にメメクラゲがいるとは思わなかった」
- ロイド眼鏡の男「きみはこう言いたいのでしょう。イシャはどこだ!」
- 少年「いやこの場合テッテ的というのが正しい文法だ」
- 少年「なるほどポキン金太郎」/老婆「ポキン金太郎」
- 『ねじ式』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
- つげ義春の作風を一変させたシュールな作品『ねじ式』
- 少年の顔が描き直されたバージョンが存在する『ねじ式』
- 「メメクラゲ」や「眠科」など誤字・誤植が存在する『ねじ式』
- 実は多くの元ネタがあることで知られる『ねじ式』
- 後の漫画作品に多大な影響を与えた『ねじ式』