紅い花(つげ義春)のネタバレ解説・考察まとめ

『紅い花(あかいはな)』とは、つげ義春原作の短編漫画。『月刊漫画ガロ』1967年10月号に掲載された。つげの代表作の1つとして知られており、小学館文庫版全1巻をはじめ何度も単行本化されている。また、メディアミックスとして3度実写化された。同作品は、とある土地へ川釣りに来た青年を狂言回しにして、大人の階段を上り始めた少女と彼女の変化に戸惑う少年を描いた情緒的漫画である。つげのもう1つの代表作『ねじ式』の対極にある作風にて、多くの熱狂的なファンを獲得した。

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『紅い花』の概要

『紅い花』とは、つげ義春原作の16ページに及ぶ短編漫画。『月刊漫画ガロ』1967年10月号に掲載された。同作品が収録された単行本は多く、小学館文庫版『紅い花』(1976年刊)全1巻、小学館文庫版『紅い花』(1994年刊)全1巻、ちくま文庫版『つげ義春コレクション 紅い花/やなぎ屋主人』全1巻、講談社コミッククリエイト版『つげ義春大全 第十五巻 紅い花 李さん一家』全1巻、双葉社版『つげ義春カラー作品集 紅い花』全1巻、双葉社版『漫画アクション版つげ義春カラー作品集 ねじ式 紅い花』など様々なバージョンが存在する。1994年刊行の小学館文庫版と講談社コミッククリエイト版が、電子書籍化された。各単行本の『紅い花』以外の収録作品には相違がある。また、双葉社版の2種類では、『漫画アクション』に掲載された2色カラー版を読むことができる。

『紅い花』はメディアミックスが展開されており、2度の実写テレビドラマ化と実写映画化が行われた。実写ドラマ版は、1976年にNHKで放映された『土曜ドラマ』枠内の『劇画シリーズ』の1本と、1998年にテレビ東京系で放映された『つげ義春ワールド』の1本が存在する。実写映画版は、石井輝男監督・佐野史郎主演の長編映画『ゲンセンカン主人』の1エピソードとして制作された。1998年実写ドラマ版と『ゲンセンカン主人』はソフト化されており、さらに1998年ドラマ版はAmazon Prime Videoで視聴可能である。1976年実写ドラマ版は、ソフト化されていないが、『NHKアーカイブス』などで再放送が行われたことがあり、1977年のエミー賞フィクション部門や第31回文化庁芸術祭大賞を受賞するなど国内外で高く評価された。

『紅い花』の大きな特徴は、つげ義春の作風である情緒的な描写が前面に押し出された点にある。狂言回し的な存在にしてつげの分身と推察される青年の目を通して、貧困に喘ぐ少女キクチサヨコと彼女を好いていながら好きの裏返しでついじめてしまう少年シンデンのマサジとの交流が描かれた。また、初潮を迎えた少女の心情の移ろいと、そのことを理解できない少年の心境が「紅い花」という暗喩を用いて表現されており、多くの読者やファンに強烈なインパクトを与えている。さらに、同業者にも多大な影響を与えており、次々とフォロワーを生み出した。

『紅い花』のあらすじ・ストーリー

キクチサヨコという少女

『紅い花』のストーリーは、とある山間部の土地の描写から始まった。季節は夏で、大木に止まったミンミンゼミが鳴いている。土地の峠には小さな茶屋があり、そこでキクチサヨコという少女が汗を流しながら硬貨を数えていた。しかし、勉強があまりできないようで、「みっつ」以降の数が浮かんでこない。そこでサヨコは自分に近づいてきたカブトムシにちょっかいをかけるなどして現実逃避しているようだった。また、サヨコは下腹部に痛みや違和感を抱えている様子が窺え、浴衣を着ている自らの腹を右手でトントンと叩いている。

釣りに来た青年と彼を案内する少年シンデンのマサジ

下腹部の違和感を拭えないサヨコは、茶屋の前を通り過ぎようとする青年を発見した。久しぶりの客人だったようで、彼女は青年に店を利用するように積極的に声掛けをする。青年は釣り道具を持っていて、良い釣り場がないかサヨコに問いかけた。彼女は、自分の同級生である少年シンデンのマサジならば穴場を知っていると言い、彼が来るまで店で待つように段取りをした。サヨコはその後、川へ水を汲みに行くが、そこで浴衣の裾を竹の棒で捲られる。このいたずらの犯人こそシンデンのマサジだった。彼女は、マサジのいたずらを青年に言いつけてやると話しながら、2人を引き合わせた。そして、青年はマサジの案内で釣りの穴場へと向かうのであった。道中マサジは、サヨコが実は自分よりも2歳年上であることと、彼女の父親が病人で家が貧乏であることを青年に話した。

サヨコの心身の変化とマサジの戸惑い

青年は、マサジに釣り場へと案内された途中で、川辺に見事に咲いている大量の紅い花を見つけた。紅い花についてマサジに尋ねるも、彼は花の名前は知らないと答え、イワナが花を食べることがあるとも付け加えた。釣りの穴場に着いた青年は、マサジに駄賃を渡して別れる。マサジは戻る際に、川へ向かうサヨコを発見した。サヨコの様子がただならぬことを感じた彼は、岩の影からじっと彼女を見ていた。すると、サヨコはおもむろに尻を出してしゃがみ込み、川に向けて何かを出した。マサジには、それが紅い花に見えた。紅い花の正体はサヨコの経血で、彼女はこの日偶然にも初潮を迎えたのだった。下腹部の違和感が消えないサヨコを心配して近づくマサジだったが、彼女は彼の助けを拒む。訳が分からなくなってしまったマサジは、一旦その場から逃げ出した。茶屋に戻って休んでいるサヨコの前にマサジが現れ、青年からもらった駄賃をサヨコにも分けると、彼女の家の経済的困窮を自分の父親に話して何とかしてやろうと申し出る。しかし、サヨコの直近の心配事は自身の生理のことであり、2人の思いは若干のすれ違いを見せた。釣りを終えた青年は、サヨコをおんぶしてどこかへと向かうマサジを見つけた。青年は2人が仲直りしたのだと安堵する。マサジがサヨコに眠るように語りかけた場面で、『紅い花』のストーリーは完結したのだった。

『紅い花』の登場人物・キャラクター

青年(演:草野大悟(1976年テレビドラマ版)/佐野史郎(映画版)/田辺誠一(1998年テレビドラマ版))

『紅い花』における狂言回し的な役割を果たす男性。氏名や年齢、職業などのパーソナルデータは一切明らかにされていない。麦わら帽子に柄物の半袖シャツ、半ズボン、そして釣り道具という出で立ちでとある土地に渓流釣りへとやって来た。その道中、峠の茶屋で店番をしていたキクチサヨコと知り合い、釣りの穴場を教えてもらう相手としてシンデンのマサジを紹介してもらった。釣り場へ向かった時、マサジからサヨコの境遇を聞かされて彼女に同情すると同時に、彼女を馬鹿にしてはいけないとマサジを窘めた。釣りを終えて戻る際、マサジがサヨコをおんぶしているところを発見し、2人が仲直りしたと安堵した様子を窺わせていた。この青年のモデルは、多くのファンや識者の間で原作者つげ義春自身だと考察されている。

キクチサヨコ(演:沢井桃子(1976年テレビドラマ版)/久積絵夢(映画版)/邑野未亜(1998年テレビドラマ版))

『紅い花』におけるヒロインであり、実質的な主人公ともいえる少女。おかっぱ頭が特徴的な美少女で、浴衣に草履といういで立ちをしていた。とある土地の渓流の峠にて茶屋を営んでいる男性の娘で、母親の存在は不明。年齢は13~14歳と推察されるが、家が貧困なため満足に学校に行かせてもらえないようで、年下のシンデンのマサジと同じ小学6年生である。マサジのことを、自分をいじめるいけすかない奴だと青年に語っていた。青年が釣り場に来た日に偶然初潮を迎えたらしく、お腹への違和感を訴えていた。初潮に対して満足な対策ができず、川に経血を流す。その後、マサジから彼の家による経済的な支援を申し出られたことが示唆され、彼におんぶしてもらって彼の家へ行ったようだ。

シンデンのマサジ(演:渡部克浩(1976年テレビドラマ版)/荻野純一(映画版)/佐藤和紀(1998年テレビドラマ版))

『紅い花』のもう1人の主人公ともいえる少年。小学6年生であることが判明しており、年齢は11~12歳だと推察される。「シンデン」が名字であるかは不明。軍帽と白いランニングシャツに、半ズボンといういで立ちで、青年を釣り場へと案内した時は竹の棒を持っていた。キクチサヨコによると、根性曲がりでいけすかなく、いつも自分のことをいじめていると酷評されている。しかし、その実はサヨコのことが好きなようで、彼女をいじめるのは好きの裏返しであることが示唆された。また、サヨコが茶屋へと誘った青年について、最初は嫉妬していたもようで、どのような性格の男性か彼女に尋ねている。青年を釣り場へ案内した後、彼から駄賃をもらったことと軍帽を褒められたことで機嫌を良くしていた。サヨコの初潮の現場を偶然目撃してしまい、心配して声をかけるも、その異様さといつもとは違う彼女の雰囲気に狼狽してその場を去る。その後、サヨコ一家の経済的な困窮を手助けすることを親に相談すると言い、彼女をおんぶして自宅へと連れて行ったようだ。

『紅い花』の用語

紅い花(あかいはな)

紅い花を見ている青年とシンデンのマサジ

つげ義春原作の短編漫画『紅い花』における同単語は、2つの事柄を指すと言われている。1つ目は、文字通りの紅い花弁を有した植物のことである。同作品内では、シンデンのマサジが青年を釣りの穴場へと案内した際に、川辺に咲いていた。紅い花の名前についてはマサジも知らないようで、明らかにされていない。マサジは、青年にイワナが時折紅い花を食べていることを話しており、通じを良くするために食べているのだという推論を展開している。また、イワナは何でも食べるいやしい魚だと付け加えていた。

もう1つの紅い花とは、キクチサヨコの初潮の隠喩である。ストーリー内で、初潮に伴う下腹部の違和感を訴えていたサヨコは、川に経血を流した。その様子を偶然見ていたマサジが、彼女の尻から紅い花が流れ出たと感じたのだ。あまりにも突然の出来事に狼狽えてしまう少年少女の姿を、紅い花という隠喩を用いて巧みに表現されている。

釣り(つり)

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