無能の人(つげ義春)のネタバレ解説・考察まとめ

『無能の人』とは、つげ義春原作の連作漫画。1985年から1986年まで『COMICばく』に掲載された。同作品は、竹中直人監督・主演の映画版や『つげ義春ワールド』の1エピソードとしてのテレビドラマ版がある。『無能の人』は、『ねじ式」や『紅い花』と並ぶ、つげ義春の代表作の1つに数えられている。人生に行き詰った中年男性の助川助三を主人公にして、彼と彼の家族の悲哀をリアリティとユーモアを交えて描いたストーリーによってコアなファンを獲得した。

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助川助三の妻「あんたにはマンガしかないのよ」

石屋に拘る助川助三を叱責する彼の妻

助川の妻の苛立ちの最大の原因は、夫がまともに働かないからだと思われていた。それも一因ではあったようだが、彼女の真意は別のところにあった。助川の石が、オークションで全く売れなかった際に、妻は「あんたにはマンガしかないのよ」と泣きながら訴えかけた。彼女は、助川に漫画家として再起してほしかったのだ。そして、中古カメラ屋や石を売る行為は、夫が自らを貶めているように見えたのだ。そのような妻のやり切れなさが、読者に刺さった名言だと高く評価されている。

助川助三「いいじゃねぇか俺たち3人だけで」

宇宙に浮かんだ助川一家のイメージ

助川一家は、臨時収入が入ったことで、石探しを兼ねた家族旅行に出かけた。助川がそこでも失敗を重ねたことで、すっかりテンションが下がった状態で彼らは甲州のひなびた旅館に泊まることとなる。虚無僧を迎え入れて、彼の尺八を聴き、よりダウナーな気分で一家は床についた。すると、助川の妻が、ボソッと「なんだか世の中から孤立してこの宇宙に3人だけみたい」と呟く。それを聞いた助川は、「いいじゃねぇか俺たち3人だけで」と返答した。先行きの不安を訴える妻に、それでも構わないと返す夫、それぞれの考えのすれ違いが如実に表れた名セリフだと言われている。

『無能の人』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

短編の多いつげ義春作品中異色の連作となった『無能の人』

『無能の人・日の戯れ』(新潮文庫)表紙

つげ義春は、『ねじ式』や『紅い花』、『ゲンセンカン主人』など多くの傑作短編漫画を世に送り出した。その彼が、珍しい連作に挑戦したのが、『無能の人』である。身を持ち崩した中年男性の助川助三を主人公にして彼とその家族、そして彼の周りの人々を描いた。つげは、同作品が連作になるだろうという予感を持ちながら、はっきりと連作とは位置付けずに執筆したことを後に語っている。最初に妻の顔を出さなかったところに、その辺りの曖昧さが表れていると分析するファンや識者もいた。また、つげ作品の主な発表媒体だった『月刊漫画ガロ』ではなく、日本文芸社刊行の漫画雑誌『COMICばく』に連載された点も、彼の作品としては異色である。

『無能の人』執筆後に休筆したつげ義春

『無能の人』(日本文芸社)表紙

『無能の人』を執筆したつげ義春は、その後長い休筆期間に入った。漫画を描かなくなったつげは、定期的に再刊行される自作品の印税で生計を立てていることを明かしている。また、漫画を描くつもりはないようで、2017年に第46回日本漫画家協会賞大賞を受賞した際には1週間ほど行方をくらましたほか、「一刻も早くこの世から消えたい」や「今後も描くということは考えていない」などのコメントを発表した。

ちなみにつげ義春の1人息子の正助は、父親のマネージャーを務めており、講談社から刊行されたつげ義春の全作品を網羅した『つげ義春大全』の企画と出版に尽力した。

原作者つげ義春の人生を描いたのではないかと考察された『無能の人』

『つげ義春大全 第十九巻 無能の人 別離』(コミッククリエイトコミック)表紙

『無能の人』は、メインキャラクターが助川助三(父)と彼の妻、そして1人息子の三助であることから、一部のファンの間で家族構成が同じである原作者のつげ義春一家がモデルではないかと考察されている。つげは、実際に中古カメラ屋「ピント商会」を営んだことがあり、助川に通じる部分もあるが、あくまでフィクションとして同作品を執筆したという趣旨の発言をインタビューなどで行った。また、つげの息子の正助は、自身が喘息持ちではないことを明かした上で、「父の作品には虚構も交じっている」と語っている。

竹中直人監督・主演で大ヒットした映画版『無能の人』

映画版『無能の人』パンフレット表紙

『無能の人』は、1991年に映画化された。監督と主演を務めたのは、つげ作品のファンを公言している俳優の竹中直人である。竹中は、『無能の人』に他のつげ作品『退屈な部屋』や『日の戯れ』などを加えて、長編映画として完成させた。映画版『無能の人』は、第65回キネマ旬報ベスト・テン第4位や第48回ヴェネツィア国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞し、内外で高評価された。また、竹中自身も第34回ブルーリボン賞主演男優賞、第6回高崎映画祭若手監督グランプリを受賞するなど、俳優や監督としての実績を残している。

映画版『無能の人』は、漫画版に忠実に映画化されているが、「美術石のオークションで助川の石が売れる」や「物語の終盤で助川が漫画を描く意欲を見せる」など、救いようのない漫画版とは違う希望の部分も描かれた。

『無能の人』の主題歌・挿入歌

映画版『無能の人』メインテーマ:ゴンチチ『無能の人』

映画版『無能の人』の音楽を担当したのは、アコースティックギター・デュオのゴンチチ(GONTITI)である。メインテーマ及び劇伴は、映画本編のほか彼らのアルバム『無能の人 サウンドトラック』で聴くことができる。同作品の音楽は、いずれもゴンザレス三上とチチ松村が奏でるアコギの素朴でいてどこかもの悲しさが漂っている。また、メインテーマは後に竹中直人が詞を付けており、彼のボーカル入りバージョンが同作品のビデオソフトの特典映像として収録された。

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