
『ビフォア・ミッドナイト』とは、2013年に公開されたアメリカの恋愛映画である。監督はリチャード・リンクレイター。主演を務めるのは前作に引き続きイーサン・ホークとジュリー・デルピー。2人は本作でもリンクレイターと共に脚本を手がけている。本作はビフォアシリーズ3部作の完結編であり、出会ってから18年が経過したジェシーとセリーヌの結婚後の様子が描かれている。非日常の時間であっても、出会った当時とはまるで異なる夫婦の会話。ロマンティックさを求める時は過ぎ去り、見つめなければならない現実があった。
ジェシーとセリーヌが2人で宿泊するホテルに向かう道中で立ち寄った聖堂。その聖堂は聖オディリアという視力の守護聖人のために建てられたものであった。視力を取り戻すために世界中から人々が訪れている。聖堂内部には日本の僧侶を彷彿とさせる絵が描かれており、ジェシーはそこから"諸行無常"を感じていた。描かれている僧侶の目が盲目に見えるのは、占領したトルコ人が故意に行ったものであるとジェシーは話す。
ジャンゴ・ラインハルト(1910 - 1953年)
家事のグチが止まらず、自分もジェシーのように歌とギターで創作がしたいと言うセリーヌ。彼女に対しグチや不満を言うエネルギーの1/8でも創作にエネルギーを費やすようジェシーは促した。そうすればジャンゴ・ラインハルトのようになれると彼は言う。ラインハルトは1900年台の有名なベルギーのギターリストである。ヨーロッパ初の偉大なジャズ・ミュージシャンとしても有名な人物であり、43年という短い人生の中で数々の名作を生み出した。
『ビフォア・ミッドナイト』の名言・名セリフ/名シーン・名場面
ナタリア「この世に姿を現し消えていく。誰かにとってとても大事な存在…なのに過ぎ去っていくのよ。」
別荘に滞在している人たちが集まって食事をした際、ナタリアは亡くなった夫との思い出話を始めた。その時に彼女は「この世に姿を現し消えていく。誰かにとってとても大事な存在…なのに過ぎ去っていくのよ。」と言う。ナタリアは夫がいなくなり時間が経つにつれて、彼がどんな人物であったか薄らいでいくと話している。彼がいなくなってもナタリアの日常生活は続いており、彼女は夫と過ごした時間が彼女の中から消えつつあることを自覚していた。抗おうとしても、時間は流れていく。毎日すれ違うたくさんの人が、誰かにとっての大切な人であり、自分にとっての大切な人ともいずれ別れる時がくる。循環し流れていく縁の中で、その時々目の前にいる人との時間や記憶が鮮明に思い出せることが当たり前でないことを告げていた。そんな彼女にグラスを掲げ、一同は過ぎ去る人生に乾杯をした。
セリーヌ「2人の喧嘩に私は美しく弾ける活力を見る。誰にも何も奪わせない強さがある。2人の喧嘩は希望の証よ。」
セリーヌは怒りを肯定する人物であることをジェシーは理解していた。娘たちが喧嘩をした際の様子を、人間の醜い嫉妬とわがままが割り込んできたと表現していたジェシー。彼は喧嘩の起きる前の楽しそうにしていた2人の様子が美しいと話している。一方でセリーヌは2人の喧嘩をする姿を醜いと感じたのはジェシーが鬱であるからだと言い「2人の喧嘩に私は美しく弾ける活力を見る。誰にも何も奪わせない強さがある。2人の喧嘩は希望の証よ。」とジェシーとは正反対の意見を述べた。彼女にそのような一面がある分、ジェシーはできるだけ穏便に済むよう冷静に話し合おうとする。しかしセリーヌにはジェシーの言葉の奥に脅しのようなものを感じ、話はややこしくなるばかりであった。攻撃的になる背景には自身を守ろうとする防衛本能が働いている。育児に追われ好きなことに打ち込めない悔しさや怒り、ジェシーへの嫉妬と、母親であることの間で苦悩するセリーヌがいた。
ジェシー・ウォレス「真実の愛を求めるならここにある。完璧ではないがこれこそ本物だ。」
宿泊したホテルで喧嘩が始まったジェシーとセリーヌ。口論の末にセリーヌはジェシーを残し部屋を出て行ってしまった。暫くして彼女と和解をするためにジェシーは未来から来た彼のフリをして、彼女に話しかける。そこで82歳からのセリーヌの手紙を読み終えた後に本心を打ち明けた。
ハンクの電話からジェシーとセリーヌは口論になり、2人でいることに耐えきれず部屋を出たセリーヌ。彼女を追いかけてテラスに出たジェシーは、セリーヌと和解しようとしていた。しかし彼女の機嫌は一向に良くならない。セリーヌはここにくるまでジェシーに散々怒りをぶつけてきが、解決策を話し合おうとはしなかった。ジェシーとの夫婦関係は、セリーヌにとって最悪のものなのだろう。しかし目の前にいるジェシーが彼女の夫であり、良い夫婦関係が築けるよう話し合うことでしか、彼女の不満が解消されることはない。ジェシーはセリーヌの最高な面と最悪な面のどちらも愛している。どんな彼女でも愛しているからこそ「真実の愛を求めるならここにある。完璧ではないがこれこそ本物だ。」と彼女を説得しようとした。ロマンティックな愛を育みたければおとぎ話の中でするべきであり、現実では様々な問題が起きる。そこから逃げずに一緒に乗り越えていけるのが本物の夫婦であった。
『ビフォア・ミッドナイト』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
登場人物と俳優の実際の年齢が同じスピードで進んでいくシリーズ作品
ビフォアシリーズの1作目から2作目、3作目の撮影はいずれも9年ほど空いており、ストーリーもそれぞれ9年の歳月を経たジェシーとセリーヌの姿が描かれている。映画の登場人物と俳優の年齢が同じシリーズ作品は非常に珍しく、それが話題となった。3作目のストーリーは普通の日常を描く予定でいたが、リンクレイターの判断で非日常を描くストーリーに変更されている。非日常的な環境によるロマンティックさと、そこから生まれる本音や葛藤が曝け出されることにより、ロマンティックとリアリティを融合させる重要な部分となった。10週間かけて脚本の執筆をし、その後15日かけて300万ドルの予算で撮影は行われた。
パトリック・リー・ファーマー卿がモデルと考えられている老作家パトリック
パトリックの別荘は英国の旅行記作家であるパトリック・リー・ファーマー卿(1915 - 2011年)が生前に使用していたギリシャのカルダミリの近くの居宅が使用されている。ファーマー卿はカリブ海やギリシアの辺境の地誌を華麗な文体で書いていた。本作に登場するパトリックは、どことなくファーマー卿と似た雰囲気を持っている人物となっている。そういった点から老作家パトリックはファーマー卿をモチーフにした人物であると考えられている。
アドリブの一切無い映画
ビフォアシリーズ3作品のほとんどが会話によって進行していく。中でもイーサンとジュリーの会話は流れるように進んでいき、演技であることを忘れるような自然体であることが高く評価されていた。しかしそこにアドリブは一切無い。撮影に至るまでにはセリフのすべてを書き起こし、綿密なリハーサルが重ねられている。またリンクレイターはリアリティに強いこだわりを持って撮影に臨んでいるため、できるだけカットを入れず、自然な流れを大事にしていた。そうすることで一度に覚える台詞の量は必然的に増えるのだが、こうした難関もイーサンとジュリーはクリア。彼らの影の努力はその演技があまりに自然体であるために、鑑賞者が気付くことは難しい。
『ビフォア・ミッドナイト』の主題歌・挿入歌
主題歌:ハリス・アレクシウ「Gia ena tango」
ハリス・アレクシウは1950年ギリシャ・ティーヴァ生まれのギリシャで最も有名な歌手の1人であり、ギリシャのレコードレーベル「Estia Recordings」の創設者としても知られている。本作ではハリスの1997年にリリースされた「Gia ena tango」がエンドロールで使用されている。
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目次 - Contents
- 『ビフォア・ミッドナイト』の概要
- 『ビフォア・ミッドナイト』のあらすじ・ストーリー
- 破局の始まり
- 老作家パトリックの別荘で過ごす時間
- 過去の不満や怒りが爆発した2人の旅行
- 『ビフォア・ミッドナイト』の登場人物・キャラクター
- ウォレス家
- ジェシー・ウォレス(演:イーサン・ホーク)
- セリーヌ(演:ジュリー・デルピー)
- ハンク(演:シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック)
- エラ(演:ジェニファー・プライア)
- ニナ(演:シャーロット・プライア)
- 別荘に集まった人々
- パトリック(演:ウォルター・ラサリー)
- ナタリア(演:ゼニア・カロゲロプールー)
- アキレアス(演:ヤニ・パパドプロ)
- アナ(演:アリアン・ラベド)
- アリアドニ(演:アティーナ・レイチェル・トサンガリ)
- ステファノス(演:パノス・コロニス)
- その他
- ソフィア(演:セラフェイム・ラディ)
- ホテル受付(演:ヨタ・アギロポウラス)
- 『ビフォア・ミッドナイト』の用語
- アポロ神殿
- 聖オディリア聖堂
- ジャンゴ・ラインハルト(1910 - 1953年)
- 『ビフォア・ミッドナイト』の名言・名セリフ/名シーン・名場面
- ナタリア「この世に姿を現し消えていく。誰かにとってとても大事な存在…なのに過ぎ去っていくのよ。」
- セリーヌ「2人の喧嘩に私は美しく弾ける活力を見る。誰にも何も奪わせない強さがある。2人の喧嘩は希望の証よ。」
- ジェシー・ウォレス「真実の愛を求めるならここにある。完璧ではないがこれこそ本物だ。」
- 『ビフォア・ミッドナイト』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
- 登場人物と俳優の実際の年齢が同じスピードで進んでいくシリーズ作品
- パトリック・リー・ファーマー卿がモデルと考えられている老作家パトリック
- アドリブの一切無い映画
- 『ビフォア・ミッドナイト』の主題歌・挿入歌
- 主題歌:ハリス・アレクシウ「Gia ena tango」