カミーユ・ビダン（機動戦士Ζガンダム）の徹底解説・考察まとめ

グリーンノア宇宙港で、ファが「カミーユ」とその名を呼んだ声を、ジェリドが聞きつけた。
名前の響きから女がいると思って、ごく軽い興味から視線を向けたというだけだったが、しかし目に映ったのがカミーユであったので「なんだ男か」と吐き捨てる。
しかし、それが全ての元凶となってしまった。カミーユはジェリドの吐き捨てた言葉を、最大級の侮蔑だと捉えて激昂したのである。
その勢いは即時といえる反応速度であり、ジェリドへ向かって鉄拳と共にこの言葉を飛ばした。

カミーユがグリプス戦役に参戦し、そして戦争終結と共に精神を崩壊させる事つながる第一歩である。
また、ジェリドがティターンズのエリートという立場から、カミーユに連戦連敗する事でそのプライドを打ち砕かれ、あまつさえジェリドの同僚・仲間達もカミーユに撃墜され次々と殺されてしまう悲劇への第一歩でもある。

カミーユ「命は、命は力なんだ。命は、この宇宙を支えているものなんだ。それを、それを、こうも簡単に失っていくのは、それは……それは醜い事なんだよ！」

ティターンズのヤザンとの戦闘の一幕。
戦う事そのものに喜びを見いだし「戦う相手が敵ならば殺戮はなんの罪悪でもなく、悦楽」だと認識するヤザンに対して、カミーユは怒りを爆発させる。
以下はその一連のやりとりである。

カミーユ「貴様、人が死んだんだぞ、いっぱい人が死んだんだぞ！」
ヤザン「お前もその仲間に入れてやるってんだよ！」
カミーユ「遊びでやってんじゃないんだよお！」
ヤザン「なんだと？ あ、あ、あれは？」

カミーユ「命は、命は力なんだ。命は、この宇宙を支えているものなんだ！ それを、それを…こうも簡単に失っていくのは、それは、それは、酷いことなんだよ！」

ヤザン「こ、こいつ……何だ！？」
カミーユ「何が楽しくて、戦いをやるんだよ？ 貴様のような奴はクズだ！ 生きていちゃいけない奴なんだ！ 」

その言葉と共に、カミーユのΖガンダムはビームサーベルの刃を巨大化させてハンブラビを切り裂いた。
だが生命力と悪運の強いヤザンは、機体を捨てて脱出したのだった。

ガンダムシリーズにおいて「マシンが人間の意志に反応して、超常的な力を発揮した最初のシーン」として有名である。

カミーユ「大きな星が、点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……彗星かな」

怒りによってニュータイプ能力を極限まで発動させたカミーユは、Ζガンダムと己の肉体に死者の力を集め、シロッコを撃破した。
しかし、シロッコもまた死の間際、怨念をカミーユに放ち、ギリギリのところで耐えていた彼の心を、地獄への道連れにするという呪いの言葉を吐いて死んでいった。
そして、抜け殻のようになったカミーユはΖガンダムのコクピットで、まるで幼児のような反応を見せ始める。

カミーユ「大きな星が、点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……彗星かな。いや違う、違うな。彗星はもっとバーって動くもんな。暑っ苦しいなココ。ん……出られないのかな？ おーい。出して下さいよ！ ねぇ！」

カミーユの異常に気づいたファが、メタスでΖガンダムを回収しに来るも、時すでに遅かった。
カミーユは命だけは助かったものの、もはや、まともな人生を送る事はできないほどに心が壊れてしまっていたのである。

カミーユ・ビダンの裏話・トリビア・小ネタ／エピソード・逸話

「キレやすい若者」代表

カミーユの人格は『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイに近いものとしてデザインをされているが、そのアムロが滅多な事では激怒しない、どちらかといえば穏やかな性格をしていた事に対し、非常に激烈で神経質な少年となっている。

自身の名前へのコンプレックスが激しく、それを侮蔑されたと感じただけで突然ジェリドを殴るなど、暴力行為に出ることをいとわない。
あまつさえ、ガンダムMk-II強奪時には自分を逮捕したMPが暴力を振るってきた事を根に持って（その要因は、自身が最初にジェリドを殴った事だったにも関わらず）そのガンダムMk-IIの「対モビルスーツ用のバルカン」でMPを砲撃し、踏みつぶそうとするなど、神経質という言葉だけで片付けてしまうには問題がある言動が見受けられる性格付けとなっている。

これらの言動から、ガンダムシリーズ随一の「キレやすい若者」としてファンからは認知されている。
また、ゲームなどで時空を超えて一年戦争期のアムロ・レイと共闘する時も、アムロが融和的に語りかけてくるのに、カミーユは攻撃的な態度で返すやりとりがあるなど、やはりキレやすいという性格が強調されている。

思いが昂じるがゆえの矛盾した言動

カミーユという人物の持つ基本的な理念は「命を大切にする」「大人は世の中に責任を持つ」「邪悪は排除されるべき」という三つのものである。
この中でやや問題になるのが、先のふたつ対する最後のひとつ「邪悪は排除されるべき」とする思想だ。

カミーユの考える「邪悪」は必ずしも全ての人間にとっての「邪悪」ではないため、状況次第ではカミーユは「命を大切にしろ」と叫びつつも「お前は生きていてはいけない」と、特定の命は否定したりするなどの矛盾する言動を取ってしまう。

とはいえ、これは「犯罪を犯す人間は、多少なりともその自由を奪って拘束する事は、大多数の無辜の民に被害が出る事を防ぐためにやむを得ない処置である」というような、社会平和を実現するうえでの基本理念を、カミーユなりに表現しているに過ぎない。
つまり、彼が自身の気にくわない人間を否定するために、免罪符的に邪悪の概念を振り回している訳ではない。

カミーユはまだ10代であり、現実と理想の折り合いをつけずとも許される少年だ。
そして、瑞々しい感性と高いニュータイプ能力が理想への思いを昂じさせるが、それを表現するための技術たる弁舌が未熟なため、一見して矛盾する言動を取ってしまうのである。

精神崩壊を防いだ劇場版カミーユ

カミーユは『機動戦士Ζガンダム』のラストにて、精神崩壊を起こすという凄惨な結末を迎える悲劇の主人公であった。
これは同作の制作者であり、その指揮を執った富野監督の考えによるものだ。
富野は『機動戦士Ζガンダム』の当時「皆殺しの富野」などと呼ばれ、登場人物がことごとく悲惨な目に遭う作風で有名だったのだが、その流れで、カミーユも被害に遭ったキャラクターの一人であった。

しかし、後年になると加齢と共に富野の作風は落ち着くようになっていく。
そして『機動戦士Ζガンダム』のリメイクとして、2005年に制作された劇場用アニメ『機動戦士Ζガンダム A New Translation』では、テレビアニメ版よりも精神的に少し成熟した風に描かれ、ラストにおいても精神崩壊を起こさないように物語が変更された。

モデルはカミーユ・クローデル

カミーユのモデルは、実在の人物でフランスの彫刻家「カミーユ・クローデル」である。
この女性はオーギュスト・ロダンの愛人だった。
同時に、彼女の作品までもがロダンのものだとされてしまった事で、心を病み、その半生を精神病院で過ごしている。

カミーユ・ビダンのモデルになったのは名前だけではなく、クローデルという人物そのものなのだと『機動戦士Ζガンダム』のLDライナーのインタビューにて、監督の富野自身が答えている。

以下はその抜粋。

庵野（インタビュアー）「カミーユ・クローデルって、その後映画にもなりましたけど、その頃は誰も名前知らない人ですよね。半生を精神病院で過ごした女性（ひと）で。カミーユも最終回で精神をやられちゃいましたが、それもクローデルに影響を受けて？」

富野「もちろんです。あの時は『エルガイム』の反動で本能的にクローデルみたいな人をモデルにしたんだけど、今ならうまく説明できる。カミーユ・クローデルにとっての師ロダンの位置づけが、カミーユ・ビダンにとってのΖガンダムだってっていう。
その構造が僕にとって一番シンプルにとらえられる。
クローデルとロダンの関係というのは、愛人関係でありながら、じつはロダンの半分くらいの作品を彼女が作ってたんじゃないかという。
でも世間的には、クローデルの作品もロダンが作ったんだと見なされて、失意の中で彼女は精神をやられる。反対にロダンという人はそのおかげで美術史に残っていったわけ。
でもひとりの人間として考えると、ロダンが自分ひとりで成立していったかといえば決してそうではない。
クローデルみたいな人もいたんじゃないか。
と同じように、ガンダムだけで『ガンダム』が出来るわけではない。要するに「表現される人と物の関係」を、クローデルとロダンの関係は象徴的に表しているサンプルだったんです。だからカミーユに惚れこんじゃった。」