ダンサー・イン・ザ・ダーク(Dancer in the Dark)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』とは、2000年公開のデンマーク映画。監督はラース・フォン・トリアー。世界的に知られる歌手・作曲家のビョークが主演を務めた事で話題になった。どこまでも救いようの無いストーリー展開とショッキングなラストも相まって、公開後10年以上経った今も尚「後味悪い系、鬱映画」の代表として君臨し続けている。また、作中の楽曲もビョークが手掛けており、その中でも「I've Seen It All」はゴールデングローブ賞、アカデミー賞ともにノミネートされるなど高評価を得た。

ビルが絶命した後に歌われる楽曲。この曲以降、セルマの空想と現実の対比がより一層顕著なものとなる。息子ジーンもミュージカルに参加し「母さんは仕方なくやっただけ」と歌い、不可抗力であったと自分自身に言い聞かせているようである。空想の中でビルが蘇生し、リンダもミュージカルに参加しており、セルマに対して逃げるように促している。セルマ自身が犯してしまった過ちに対する現実逃避をも見て取れた。

In the Musicals

セルマ逮捕時と法廷のシーンで流れる。それぞれ絶体絶命とも言えるシチュエーションにも関わらず、それでも尚ファンタジックな空想を繰り返すセルマの天真爛漫さに、鑑賞者は焦燥を覚える事になる。空想と現実の乖離がますます深刻化し、セルマの空想で事態が好転する事も無く、あれよあれよという間に判決は極刑に傾く。

107 Steps

刑務所での日々を過ごすうち、セルマも自分の死期が日に日に近づいているのを悟っているかのようにも見えた。そして、ついに刑の執行日、刑務官に手を引かれ、絞首台へと向かおうとするセルマであったが、あまりの恐怖で足がすくんでしまう。女性刑務官の優しさにより、「107歩で絞首台に向かう」と諭され、セルマは空想でこの曲を歌い踊りながらあっという間に辿り着いてしまうのだった。
もう逃れようのない悲惨なクライマックスに向かうに相応しい楽曲。鑑賞者は緊迫感・絶望感に襲われる事となる。

最後から二番目の歌

楽曲は3:20から

セルマを襲う不条理に最後まで救いは無かったように思えた。首にロープを巻かれ、死を目前にした恐怖で絶叫するセルマの元にキャシーが駆けつける。手術が成功した事を告げたのだ。セルマは最期の最期で息子の無事を悟った。それがセルマにとって、最後に訪れた唯一の救いであった。落ち着きを取り戻したセルマは、初めて空想ではなく、この曲を歌った。絞首台の下で見守る人々を前に歌うその姿は、さながらミュージカル女優であった。彼女の空想が初めて現実となったのだ。しかし、それはあまりにも遅過ぎた。歌の途中、無情にも刑が執行され、息絶えるセルマを見届けつつ、その場に居た刑務官、見物客、ひいては鑑賞者、誰もがやりきれない思いを抱えたまま、そのミュージカルは幕を閉じる。

主演であり作曲者のビョークは、当初は音楽のみでの参加予定であった。しかし、楽曲制作を進めるにつれ、「セルマは自分が演じるべきなのではないか」と考え、セルマ役を務める運びとなった。彼女の本職はあくまで歌手・アーティストであるが、刑の執行シーンはまさに鬼気迫る迫真の演技である。

New World

本作のエンディングを飾る楽曲。「最後から二番目の歌」は、この楽曲が元になっていると捉える事が出来る。とんでもない結末を見させられ、途方に暮れているであろう鑑賞者にこの楽曲が耳に届くわけだが、「New World」というタイトルも相まってどこか希望に満ちているかのような楽曲にも聴こえる。これは、息子・ジーンの手術が成功したと言う唯一の救いに対しての希望であり、絶対的バッドエンドではないと認識する事もできよう。

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

息子も失明すると分かっていながら何故子供を産んだのか

セルマの逮捕後、ジェフが面会にやって来るシーン。セルマの死刑が決定した後も、ジェフは最後まで温かい言葉をセルマに投げかけている。その代表的シーンが、「息子も失明すると分かっていて、何故子供を産んだんだ?」と問いかけた場面である。セルマは、自分が息子を出産する事で、目の病気が息子にも遺伝する事を知っていた。つまり、息子・ジーンが産まれた時点で、彼も母親と同じく将来的に失明する運命にあったのである。この問いかけに対し、セルマは「抱きたかったの。赤ちゃんをこの手で…」と答えた。ジェフはやり切れない思い、またはセルマに対する哀れみからか「愛してる」と最後に囁きかけるのだった。自ら子供を産み、かけがえの無い宝物を自らの手で抱き締める。これは親となる者に与えられるこの上ない喜びであり、セルマもこの願いを叶えたかったのだ。

女性刑務官が見せた優しさ

セルマに対して慈悲を示したのはジェフやキャシーだけではなかった。物語終盤に登場する女性刑務官・ブレンダもその一人である。彼女は刑務官という立場でありながら、セルマに対しては同じ女性である事や、セルマ自身がそれまでに受けたあまりにも悲運な境遇もあってか、常に優しさを見せていた。ミュージカルが好きなセルマに通気口から音楽が聴こえる事を教え、刑の執行日に足がすくんでしまうセルマを励ましもした。刑の執行直前、受刑者には目隠しをするのが決まりとなっており、セルマもその例に漏れず目隠しをされるのだが、セルマが怯えて狂乱するのを見かねて、「彼女は失明しているの」と言って目隠しを外すよう懇願した。彼女の計らいのおかげでセルマは目隠しを免除され、更にキャシーが手術の成功を伝えた事で平静を取り戻し、セルマは初めて安堵の中で最期を迎える事が出来たのである。ブレンダはセルマに刑が執行された時、セルマを直視する事が出来ず、顔をうずめて泣く事しか出来なかったが、ブレンダらの計らいのおかげで、それまであまりにも悲運だったセルマにやっと安堵が訪れたのである。
終盤にのみ登場する人物であるが、刑務官という立場にも関わらずセルマに理解を示す数少ない人物として極めて印象に残る人物である。

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

ラストシーンの考察ともうひとつの結末

どこまでも救いの無い本作の唯一の救いと言えるのは、やはり息子・ジーンの手術の成功だろう。しかし、これも本当に成功したのかどうかは疑問が残る。処刑場でキャシーがセルマにジーンの手術成功を告げるが、その場にジーンが居るわけではないため、キャシーが彼女を安心させるために善意の嘘をついた可能性も考えられる。その点は、鑑賞者の想像に委ねているのだろう。手術は本当に成功し、セルマに訪れた最後の救いと捉えるか、或は失敗していた、または手術は行われていなかったと捉える事も出来よう。
実はこのクライマックスは、当初予定したものとは異なっていたのだという。ラース・フォン・トリアー監督が当初構想していたのは、刑の執行直前に、ジーンの手術失敗が発覚し、絶望のふちに叩き落されて狂乱したままセルマが絶命する、というものであった。ラース・フォン・トリアー監督であれば思いつきかねないクライマックスであるが、ビョークがこれに嫌悪感を示したらしく、少なくとも表面上は手術が成功した、という終わり方になっている。
どちらであって欲しいかの判断は、鑑賞者次第と言える。

どこまでも恐ろしい現実と美しい楽曲達。

前述の通り本作は公開時、鑑賞者に多大なるトラウマを植え付け、評価も賛否両論で真っ二つだったという。カテゴリとしては「ミュージカル映画」とされているが、一般的にイメージされるファンタジックなミュージカルのそれでは決してない。ミュージカルはあくまで主人公の空想に過ぎず、ミュージカルが進めば進むほど事態はますます悪くなる一方で、救いなどない物語である。
しかし、救いのない内容の中に美しさを孕んでいるようにも感じられ、多くの鑑賞者を惹きつけているのは、やはり劇中歌の存在が大きいだろう。
電車の音や機械音、ラジオのノイズ等をサンプリングした壮大かつ暗鬱な楽曲陣は、革新的な音楽を追求し続けるアーティスト、ビョークだからこそ産み出せたものであり、ゴールデングローブ賞、アカデミー賞の歌曲部門ノミネートにも必然性を見出す事が出来るだろう。
ストーリーのみならず楽曲にも耳を傾ける事で、不条理極まりないセルマの現実と空想の対比に鑑賞者は皆絶望するのである。
また、本作の劇中歌はサウンドトラックにて収録されている。I've Seen It Allの男性歌唱がRadioheadのトム・ヨークに変更されている等、映画との相違点はあるものの作中の世界観を存分に味わう事が出来る。

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@yukariina1221s9

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