イタリアサッカーチーム「インテル・ミラノ」歴代ユニフォームまとめ
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イタリアのプロサッカーチーム「インテル・ミラノ」は、日本出身の長友佑都が在籍していたことで知られているチームだ。ここではインテル・ミラノの歴代ユニフォームを古い順にまとめている。黒と青を基調としたユニフォームが特に有名だ。
1976-1977年モデル(2nd)
1976-1977年は、1stが継続使用のため2ndのみデザイン変更されている、最大の特徴は肩に初めて施された「黒/青」のカラーパネル
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:白
特徴:肩に「黒/青」のカラーパネル
1976-1977年当時の様子
1977/78年のユニフォーム
1977-1978年モデル(1st)
1975-1977年モデル(1st)から継続デザインだが、最大の特徴は“初の”「プーマ提供」モデル
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:細い「青/黒」縦ストライプ(センター青)
特徴:細い縦ストライプ
提供:プーマ
1977-1978年モデル(2nd)
1st同様、1976-1977年モデル(2nd)から継続デザインだが、こちらも最大の特徴は“初の”「プーマ提供」モデル
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:白
特徴:肩に「黒/青」のカラーパネル
提供:プーマ
1978/79年のユニフォーム
1978-1979年モデル(1st)
1977-78シーズンに2回目のコッパ・イタリアを制したが、長年クラブを支えたジャチント・ファッケッティが引退し、名実共に「グランデ・インテル」は終わりを告げ、新生インテルのスタートとなったシーズン
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:青/黒」縦ストライプ(センター青)
特徴:コパ・イタリア
提供:プーマ
1978-1979年モデル(2nd)
1977-1978年モデル(2nd)からの継続デザイン、胸にコパ・イタリア
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:白
特徴:コパ・イタリア
提供:プーマ
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出典: interfc.it
1979/80年のユニフォーム
1979-1980年モデル(1st)
10代目となる“ビッシオーネ・エンブレム”を胸に施した「襟付き」モデル、「青/黒」縦ストライプが細くなっている
首元:Vネック、襟付き(黒)
配色:細い「青/黒」縦ストライプ(センター青)
特徴:黒い「襟付き」モデル
ビッシオーネ・エンブレム
提供:プーマ
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出典: www.hdicon.com
“Bissione(ビッシオーネ:大蛇の意味)”のエンブレム
“Bissione(ビッシオーネ)”は、13~15世紀にかけてミラノを支配していたヴィスコンティ家の紋章である「大蛇」に由来するもので、これはアルファ・ロメオもフロントグリルの一部に使用している。
このエンブレムは1979/80年シーズンから、1990/91年シーズンまで使用された。
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出典: www.flickr.com
ヴィスコンティ家(Visconti)
ヴィスコンティ家(Visconti)はイタリアの貴族の家系。13世紀には一族からローマ教皇グレゴリウス10世(1210年 - 1276年、在位1271年 - 1276年)を出し、都市国家であったミラノの支配権を確立、1395年にはジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティが皇帝に認められてミラノ公になった家である。
映画監督ルキノ・ヴィスコンティもこの一族の流れである。
ハンニバル・レクターも…
ハンニバル・レクター(英: Hannibal Lecter)は、『羊たちの沈黙』等、作家トマス・ハリスの複数の作品に登場する架空の人物。精神科医にして連続猟奇殺人犯。殺害した人間の臓器を食べる異常な行為から「人食いハンニバル」(Hannibal the Cannibal、ハンニバル・ザ・カニバル)と呼ばれる。
ヴィスコンティ家の血筋であるという設定。
1979-1980年モデル(2nd)
1978-1979年モデル(2nd)からのマイナーチェンジ、襟のカラーリングが、「黒/青」から「黒/青/黒」に
首元:Vネック、襟付き(黒/青/黒)
配色:白
特徴:「黒/青/黒」襟付き
提供:プーマ
1979-1980年当時の様子
1980/81年のユニフォーム
1980-1981年モデル(1st)
1979-1980年モデル(1st)からのマイナーチェンジしたデザイン、単色の黒襟が「黒/青」襟になり、胸のエンブレムが前シーズンに獲得した12回目のスクデットが
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:細い「青/黒」縦ストライプ(センター黒)
特徴:スクデット
提供:プーマ
1980-1981年モデル(2nd)
1978-1979年モデル(2nd)に“回帰”した2nd、胸の“ビッシオーネ・エンブレム”がスクデットに
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:白
特徴:スクデット
提供:プーマ
1980-1981年モデル(3rd)
1970-1971年以来の3rdモデル、初の「蛍光イエロー」デザイン
首元:Vネック、襟付き(黒/青)
配色:蛍光イエロー
特徴:蛍光イエロー
提供:プーマ
1980-1981年当時の様子
1981/82年のユニフォーム
目次 - Contents
- インテル・ミラノとは
- インテル・ミラノ 歴代ユニフォーム
- 1908/09年のユニフォーム
- 1909/10 - 1914/15年のユニフォーム
- 1919/20年のユニフォーム
- 1921/22 - 1923/24年のユニフォーム
- 1924/25 - 1927/28年のユニフォーム
- 1928/29年のユニフォーム
- 1929/1930年のユニフォーム
- 1930-1931年のユニフォーム
- 1931/32年のユニフォーム
- 1932/33 - 1935/36年のユニフォーム
- 1936/37年のユニフォーム
- 1937/38年のユニフォーム
- 1938/39 - 1939/40年のユニフォーム
- 1940/1941 - 1946/47年のユニフォーム
- 1947/48年のユニフォーム
- 1948/49 - 1951/52年のユニフォーム
- 1952/53年のユニフォーム
- 1953/54 - 1954/55年のユニフォーム
- 1955/56年のユニフォーム
- 1956/57年のユニフォーム
- 1957/58年のユニフォーム
- 1958/59 - 1959/60年のユニフォーム
- 1960/61年のユニフォーム
- 1961/62年のユニフォーム
- 1962/63年のユニフォーム
- 1963/64 - 1972/73年のユニフォーム
- 1973/74年のユニフォーム
- 1974/75年のユニフォーム
- 1975/76年 - 1976/77年のユニフォーム
- 1977/78年のユニフォーム
- 1978/79年のユニフォーム
- 1979/80年のユニフォーム
- 1980/81年のユニフォーム
- 1981/82年のユニフォーム
- 1982/83年のユニフォーム
- 1983/84 - 1985/86年のユニフォーム
- 1986/87年のユニフォーム
- 1987/88年のユニフォーム
- 1988/1989年のユニフォーム
- 1989/1990年のユニフォーム
- 1990/91年のユニフォーム
- 1991/92年のユニフォーム
- 1992/93年のユニフォーム
- 1993/94年のユニフォーム
- 1994/95年のユニフォーム
- 1995/96年のユニフォーム
- 1996/97年のユニフォーム
- 1997/98年のユニフォーム
- 1998/99年のユニフォーム
- 1999/00年のユニフォーム
- 2000/01年のユニフォーム
- 2001/02年のユニフォーム
- 2002/03年のユニフォーム
- 2003/04年のユニフォーム
- 2004/05年のユニフォーム
- 2005/06年のユニフォーム
- 2006/07年のユニフォーム
- 2007/08年のユニフォーム
- 2008/09年のユニフォーム
- 2009/10年のユニフォーム
- 2010/11年のユニフォーム
- 2011/12年のユニフォーム
- 2012/13年のユニフォーム
- 2013/14年のユニフォーム
- 2014/15年のユニフォーム
- 2015/16年のユニフォーム
- 2016-17年のユニフォーム
- 2017-18年のユニフォーム
- 2018-19年のユニフォーム
- 2019-2020年のユニフォーム