雑貨店とある(漫画)のネタバレ解説・考察まとめ

『雑貨店とある』とは、上村五十鈴による雑貨店での人々の交流を描いた漫画作品である。『週刊漫画TIMES』で2023年まで連載していた。お人好しな店長・守澤智己が営む小さな雑貨店には優しい時間が流れている。コンプレックスや小さな悩みを抱える客達は、守澤が提供する季節のメニューによって元気を取り戻す。大好きな祖父を亡くしたアルバイトの越湖裕介も、守澤と過ごす日々の中で少しずつ悲しみを受け入れていく。単行本は2020年に1巻が発売され、2023年に発売された5巻で完結を迎えた。

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常に冷静な越湖が初めて自分の感情を爆発させるシーン。祖父への想いをずっと1人で抱え込んでいた。

3巻で祖父とそっくりな男性客が「プディング」を注文したことをきっかけに、越湖がずっと抑えていた感情を爆発させる場面。
プディングは子供の頃、祖父がよく喫茶店で頼んでいたメニューであり、越湖にとっては思い出深いスイーツでもある。店頭の貼り紙を見た年配の男性客は、越湖が目の前に祖父が現れたと錯覚するほどそっくりだった。更には貼り紙で「カスタードプリン」と書いていたにも関わらず、男性客はプリンのことを「プディング」と言った。その様子が祖父と全く同じだったため、動揺を隠せない越湖は珍しくピッチャーから注ぐ水をこぼしてしまうなど、守澤を心配させるようなミスをした。プディングを提供した際、男性客が口にしたのは「孫」の存在だった。男性客にとっては、自分のような世代の男性が甘いものを頼むというのが体裁が悪いように感じており、孫といる時だけ頼んでいたことを語った。何もかもが越湖の祖父と全く同じであり、越湖の中で祖父との思い出が蘇るのと同時に、思い出さないようにしていた祖父が亡くなった時のことも思い出させた。
亡くなった祖父の顔を思い出した越湖は、急に涙が止まらなくなってしまい店の裏へ出て行ってしまう。突然のことに驚き、いつもは飄々としている守澤も戸惑いながら越湖の後を追いかけた。
越湖は大声で泣き喚き、心配して様子を見に来た守澤にも殴り掛かるほど、感情をむき出しにしていた。祖父が自分を置いていなくなってしまった淋しさや悲しみを、越湖はこの3年間ずっと1人で抱え込んだまま、心の奥にしまい込んでいたのだ。守澤は越湖の気が済むまで泣かせ、少し落ち着いた頃に先に店内へと戻っていった。
守澤が店に戻ると、男性客は越湖を気遣う様子を見せた後、プディングの感想と孫との思い出を嬉しそうに話した。更に帰り際、自分を抑え込んで生きていた自分と越湖を重ねて「彼にはもっと楽に生きてほい」と告げて店を後にした。
越湖は帰って行く男性客を追いかけ、再び涙をこぼしながら深々と頭を下げた。その様子に少しだけ驚いた様子を見せた男性客だったが、すぐ笑顔で礼を言い、帰って行った。男性客を見送る越湖の中には、さっきまでの悲しみや淋しさではなく、祖父といた時に感じていた安らぎや救われていた時のことが思い出されていた。ようやく自分の中に残っていた悲しみを認めることができた越湖は、祖父に素直に感謝し「またきっと会いましょう」と天国の祖父へ伝えるのだった。
閉店後、守澤が用意してくれたプディングをひと口食べた越湖は、自分が食べるよりも越湖が食べている時の方が嬉しそうにしていた祖父を思い出し、静かに微笑んだ。

これまで頑張ってきた自分を誉める櫻子

節子の助言通りに自分と向き合った櫻子。鏡の中の自分は嬉しそうに櫻子を抱きしめる。

剣道を辞めた越湖に対して怒りを露わにしていた櫻子。同時に越湖には憧れも抱いていた。だが学園祭でジュリエット姿の越湖を見て以後、更に越湖と接することに緊張するようになってしまった。1人で「とある」を訪れたものの中に入れずにその場にしゃがみこんでいたところで、偶然にも越湖の祖母である節子に出会う。道端でしゃがみ込んでいたために節子から体調不良と間違われ、一緒に店内へ入ることになる。
節子の素直で可愛らしい様子に好感を抱いた櫻子は、同時に可愛げがなく周囲を明るくすることもできない自分のことを「何の魅力もない」と感じていた。
櫻子は節子に、祖父に才能を見込まれていた越湖に嫉妬していたこと、自分が持っていないものを持っているにも関わらず、越湖があっさりと剣道を手放したことが許せなかったことを打ち明けた。
剣道をやめた越湖に腹を立てていた櫻子は、自分が道場を守らなくては、男に負けちゃだめだと背負い込んでいた。そのため、本当は自分が剣道から逃げたかったのに簡単にやめることを考えられなかったのだ。そのせいで越湖に対して八つ当たりのような態度をことをとってしまったことを後悔していた。
その日の帰り、節子から手鏡をプレゼントされた櫻子は、もらった手鏡を眺めながら店での光景を思い出していた。剣道から退いて「とある」でアルバイトをしている越湖は、自然体でありのままに過ごしていたのだ。
櫻子は、そんな越湖を見て「自然体でありのままの自分でいる」ということが一番幸せなことなのだと感じていた。
手鏡を覗き、櫻子は鏡の中の自分に向かってこれまで自分の気持ちをわかってあげられなかったことへの謝罪と、頑張ってきた自分への感謝を伝えた。
鏡の中の櫻子が嬉しそうに自分のことを素敵だと伝えてくれたような気がした櫻子は涙ぐみながら、改めて自分に「ありがとう」と伝えるのだった。
ずっと意地を張り続けてきた櫻子が、ようやく自分のことを認めることができた場面である。

身近な人たちの愛に気付いたしおり

平凡で注目されない自分のことも、きちんと見守ってくれていた親友たちの存在に気付いたしおり。

いつでもありのまま、外見も可愛くどこへ行っても愛されるキャラクターの持ち主のミソラと平凡な自分を比べて落ち込んでいたしおり。学園祭でのコンサートをきっかけに、ミソラ達の計画に則って動画配信をするなどしながら、アイドル活動らしきことは続けていた。大晦日はコンテンツとして配信している『銀ダンゴ』の生配信が決まっていたが、その台本は当日に全て変更になった。ミソラの計画により、生配信は「しおり自身がつくっていく物語」になると明かされる。「とある」の2階にある座敷でしおりを見守るのはミソラとみどり、あかねの3人。城山にロケ地となる「奥村」へ連れて行かれたしおりは、その場でドッキリさながらのミッションを告げられ青ざめる。ミソラから課されたのは「廃校の小学校のステージで自ら観客を集めてカウントダウンライブをすること」だったからだ。
極寒の夜、人気のない道を1人で震えながら歩くしおりの心の中には「辛い・淋しい・逃げたい・もう無理」という想いと「誰も期待なんかしていない」という卑屈な想いだった。これまではミソラや他の皆がいて、自分も注目してもらえたのであって、自分ひとりで輝くことなんかできないとしおりは思い込んでいた。だが、歩きながらしおりが思い出したのは、ずっと卑屈なままの自分のこともミソラ達がいつでも「ステキ」と言い続けてくれていた姿だった。しおりの背中をずっと押し続けてくれた仲間達を思い出したしおりは、他の人が見てくれなくてもミソラ達が見ててくれることを信じて一人でも歌う決意をし、廃校のステージに辿り着いた。
だが、ステージには新メンバーとして参加することになった木月と日野が待っていた。予想外の流れに驚くしおりの元に、ミソラとみどりも駆けつける。感動的な場面のはずが、いつもしおりが予想しないオチがついてくる。しかし、結局しおりを一人ぼっちにすることはないミソラ達の愛情も伝わる場面である。

『雑貨店とある』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

『雑貨店とある』の始まりは臨時の連載

『雑貨店とある』は臨時の依頼から連載となった作品だったことを、2巻の巻末にある「とあるのこばなし」内で作者が明かしている。
作者の前作『星の案内人』の次の作品の構想を練っている中、なかなか進められずにいたところ、担当から空いたページが出たために急遽依頼が入ったことがきっかけ。次の作品が深遠な話だったことと、とにかく時間がなかったことから、空いた10ページには「雑貨店」「古民家」「カフェ」と作者が大好きなものをとことん詰め込んだ。これにより『雑貨店とある』が完成した。この空いた10ページ分で作られた『雑貨店とある』はもともと単行本に載せる予定はなかったが、カバーデザイナーからの助言により、1巻の「プロローグ」として掲載されることになった。

「とある」は守澤の祖母の店

「とある」はもともと守澤の祖母の店である。これは、2巻巻末のおまけ漫画で明らかになっている。守澤は祖母の近所に住んでいたため、子供の頃から「とある」にはほぼ毎日通いつめており、中学生になった頃にはほとんど住んでいる状態になった。そのうち少しずつ店番もやるようになり、後に店長となった。
祖母が他界した後は、守澤が海外の大学に通っていたため、その間は姉の和歌が店長を勤めていた。最終回でも旅に出た守澤の代わって和歌が店長となり、千代もスタッフとして働いており、店は変わらず引き継がれている。

明神道場の跡取りにされかけた越湖

越湖はもともと櫻子の祖父の道場である「明神道場」で剣道を習っていたが、越湖の祖父が明神道場を辞めさせ、別の道場に移った経験がある。実は祖父が道場を変えた理由は、櫻子の祖父が越湖を道場の跡取りにしようとしていたためだった。明神家の孫娘は5人姉妹であり、その末っ子である櫻子の婚約者にしようと櫻子の祖父が紋付袴で越湖の祖父の元を訪れたというエピソードが5巻で祖母・節子の口から明かされている。越湖の祖父はこれに猛反対し、喧嘩に発展。そのため、越湖が明神道場を辞めることになった。
それから数年が経ってから櫻子は「とある」へ来店し、守澤がいないためにスイーツを提供できないということにクレームをつけた後、越湖に果たし状を送って道場へ来させた。そこで、道場を辞めてから挨拶にも来ない越湖を非礼だとして、自分との試合に勝ったら道場に入るようにと申し出た。結局その試合は越湖に同行していた逸が請け負ったが、途中で止めが入り終了した。その後、姉である明神薫子(みょうじん かおるこ)と共にクレームと果たし状の件で謝罪に訪れている。この時に薫子の口から越湖が婚約させられそうになった話を聞いた櫻子が焦る様子を見せたことから、櫻子も祖父が自分と越湖を婚約させようとしていたことは知っていた模様。
ちなみに、越湖は当時の櫻子のことは全く覚えておらず、果たし状をもらって道場へ行った時にようやく櫻子のことを思い出した。これも越湖に対して怒りを抱いていた櫻子が更に腹を立てる原因となった。

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