
『雑貨店とある』とは、上村五十鈴による雑貨店での人々の交流を描いた漫画作品である。『週刊漫画TIMES』で2023年まで連載していた。お人好しな店長・守澤智己が営む小さな雑貨店には優しい時間が流れている。コンプレックスや小さな悩みを抱える客達は、守澤が提供する季節のメニューによって元気を取り戻す。大好きな祖父を亡くしたアルバイトの越湖裕介も、守澤と過ごす日々の中で少しずつ悲しみを受け入れていく。単行本は2020年に1巻が発売され、2023年に発売された5巻で完結を迎えた。
『雑貨店とある』の概要
『雑貨店とある』とは、上村五十鈴による町の小さな雑貨店を舞台にした漫画作品である。『週刊漫画TIMES』で連載され、2023年6月9日号で完結を迎えた。単行本は芳文社から2020年3月16日に第1巻が発売され、2023年7月13日に最終巻となる5巻が出版された。
お人好しな店長・守澤智己(もりさわ ともき)が営む小さな雑貨店「とある」には、時折コンプレックスや小さな悩みを抱える客達が訪れる。彼らは守澤が提供する季節のメニューと、そのメニューに使われている食材の持つパワーや歴史を知り、今の自分と重ねたり共感したりすることで元気を取り戻して帰って行く。
「とある」で働く高校生アルバイトの越湖裕介(えちご ゆうすけ)は、3年前に大好きだった祖父を亡くした悲しみを未だに心の中に抱え続けている。そしていつも笑顔の絶えない守澤もまた、3年前に親友の小野寺誠(おのでら まこと)を亡くした過去を持つ。だが、守澤からは悲しみを感じることがない越湖は、守澤が笑顔でいられることを不思議に感じている。さらに越湖は自分が人から好かれるような人間ではないと思っている節があり、自身もあまり他人に関心を示さずに過ごしていた。だが、いつでも笑顔で誰とでも楽しそうに話す守澤と過ごす中で、越湖自身も少しずつ明るい方へと変化していく。
1話ごとのタイトルにはスイーツや食材の名前が使われており、作中でも守澤が手掛けるメニューとして登場する。更には材料となる食材にまつわる栄養や歴史の説明が守澤や越湖の台詞の中で語られ、それが客達の心に響くこともある。
基本的には越湖の目線でストーリーが展開していくが、常連客達のストーリーも単発または数回に分けて描かれている。越湖以外では、人気者の親友と自分を比べてしまう女子高生の野原しおり(のはら しおり)や越湖が子供の頃通っていた道場の孫娘である明神櫻子(みょうじん さくらこ)のストーリーも描かれる。不器用でも完璧じゃなくても、いつでも自然体でありのままを受け入れる守澤の明るさは、客や越湖の心に無意識に寄り添いながら、どんな存在でも誰でも受け入れ背中を押してくれる。「自分の事が好きではない」と感じている登場人物や悩み、心の奥に悲しみを抱える人々が、徐々に「ありのままの自分」を受け入れていく姿は読者の心を掴む。
『雑貨店とある』のあらすじ・ストーリー
優しい空気が流れる古民家風の雑貨店
失ったものを埋める場所
男子高校生の越湖裕介(えちご ゆうすけ)がアルバイトをしている「雑貨店とある」はお人好しの店長・守澤智己(もりさわ ともき)が提供する季節のメニューが人気の古民家風カフェ。
店を訪れる客達には密かな悩みやコンプレックスを抱えている者もいるが、それもまるごと包み込む優しさがこの店の魅力である。癒し系で優しい店の雰囲気を作り出しているのは、店長・守澤のおおらかさだ。お人よしすぎる守澤は、時にしっかり者の越湖に叱られながらもマイペースに店を切り盛りする。
そんな守澤と越湖には「過去に大切な人を亡くした」という共通点がある。親友だった小野寺誠(おのでら まこと)を亡くしたあとも悲しさを全く感じさせない守澤と、大好きな祖父の死から3年が経っても未だに向き合うことができず思い出さないようにしている越湖。そんな越湖にとって、守澤の明るさは不思議なものだった。
越湖は祖父の死後、それまで打ち込んでいた剣道を突然辞めて「とある」でアルバイトを始めた。のんびりと穏やかな店で働く様子は、過去に越湖が通っていた道場の孫娘の明神櫻子(みょうじん さくらこ)からは剣道から「逃げた」と非難され、弟の越湖逸(えちご いち)にも不思議がられた。越湖自身も自分がなぜ竹刀を振っていたのかがわからなくなってしまったのが理由だった。越湖自身も気づいていないが、「とある」が越湖の心に空いた穴を埋める役目を果たしている。
祖父の死を受け入れた越湖の涙
学園祭で英語劇の「ロミオとジュリエット」でジュリエット役を演じることになった越湖は、海外の大学に通っていた守澤に台本の読み合わせをお願いする。読み合わせの成果もあり、越湖の英語の発音は、ロミオ役を演じる帰国子女の山口(やまぐち)からも褒められるほど上達していた。だが、監督の横川チサ(よこかわ ちさ)には、自分にとって神と崇めるほどの好きな人の存在を意図してみながら演じてほしいと告げられる。越湖にとってのそういう存在はやはり祖父だった。祖父のことを思い出しながらの演技は大絶賛され、学園祭当日も越湖のクラスの英語劇は大盛況となった。
もともと女子から手紙をもらうことも多かった越湖だが、学園祭以後は更に声をかけられることが増えたが、自分が人から好かれるようなタイプではないと思い込み、他人とは距離を保ってきた。だが、横川からは孤高の存在と思われている越湖にみんな憧れ、仲良くなりたいのだと聞かされる。自分の思い込みと周囲の評価の違いに戸惑いながらも、越湖は素直に感謝を述べた。
学園祭から少し時が経った「とある」の新しい季節のメニューは「カスタードプリン」。貼り紙を眺める越湖はプリンのことを「プディング」と呼んでいた祖父のことを思い出していた。そしてその日、店を訪れた男性客は亡くなった祖父にそっくりの年配男性。男性客の姿や彼の語る思い出が祖父の姿と重なり、突然涙が止まらなくなってしまった越湖は店の裏へ駆け出した。心配して様子を見にきた守澤の前で、越湖は3年間抑え込んでいた祖父への想いを爆発させ、裏庭で大声で泣き叫んだ。
落ち着きを取り戻した越湖は、越湖を気遣い店を後にした男性客の後を追い、涙を流しながらも深々と礼をした。祖父にそっくりな男性客は越湖に笑顔を向け、お礼を伝えて去って行った。頭を下げながら、越湖はもう一度祖父と過ごした日々のことを思い出し、ようやく祖父への想いが悲しみや淋しさから一緒に過ごした安らぎと幸せな思い出に変わっていった。ようやく祖父の死を受け入れることができた越湖は少し微笑んだ。
別れを受け入れた後の変化
別れと新しい出会い
祖父の死を受け入れることができた越湖は少しずつだが明るくなり、他人への接し方も柔らかくなっていった。店の夏休みの期間に仕入れのための旅行に同行することになった越湖は、守澤と共に一緒に旅行先の「奥村」へ向かう。だが、2件目の訪問先からキャンセルの連絡が入る。緊急でもない理由での断りに腹を立てることもなく、守澤はあっさりと受け入れた。越湖はそんな守澤に珍しく怒る様子を見せ、守澤の人の良さが、逆に周囲を甘やかしたり、利用されることにもなりかねないとはっきり伝えた。更に、自分もいつまで店にいるかわからないと告げたところで言葉を止めた。これまで他人に興味を示さずに過ごしてきた越湖だが、守澤のことを実は気にかけていたのだ。そのことに越湖自身も初めて気づき、少し戸惑った。夏が終われば越湖は受験を迎える。越湖にもこの先のことを考える時期が来ていた。そのことを知ってか知らずか、怒ったことを謝る越湖に守澤はそのままで良い、店にいたいだけいていいと告げるのだった。
時は流れ、越湖が高校を卒業して2年後。久しぶりに越湖は「とある」を訪れ、店に立つ守澤の姉の和歌(わか)と守澤の親友の妻である小野寺千代(おのでら ちよ)に再会する。そこに守澤の姿はない。守澤はある日突然、旅に出てしまったのだ。そして、その後守澤からの連絡は一度もなかった。
守澤から辞めることを告げられた日、越湖は祖父の死で感じた喪失感と同じ感覚を味わった。だが、不思議と「大丈夫」と思えたのだ。
守澤と出会うまでの越湖は、自分はずっと1人でいいと思っていたが、それは「孤独」を恐れていたためだった。そんな越湖が怒りや悲しみを見せることが出来たのは、守澤に心を開いていたから。そして、子供の頃からじっとしていなかった守澤が長い期間「とある」に留まることができたのは、越湖を1人の人間として大切に想い、見守っていたからだった。越湖には守澤との出会いが「かけがえのないもの」だと分かっていた。祖父の死の悲しみが優しい思い出に変わった時のように、守澤との出会いも新しい何かとの出会いに繋がると信じ、感謝を込めて守澤を送り出したのだった。
その日、家に戻った越湖の元に一通の手紙が届く。新しい店を開く準備をしているから人手が欲しいと書かれたその手紙の差出人は守澤。別れた時に感じた、いつか出会うであろう「思いもよらない新しい何か」が訪れた瞬間だった。
『雑貨店とある』の登場人物・キャラクター
『雑貨店とある』の店員
越湖 裕介(えちご ゆうすけ)
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「雑貨店とある」でアルバイトをしている男子高校生。何でも淡々とソツなくこなし、感情もあまり表には出さないが人当たりは悪くない。成績優秀で学年トップ。幼い頃から剣道を習い、その強さは周囲からも認められており「白い龍神」という異名を付けられるほどの存在だったが祖父の死を期に、突然剣道をやめてしまった。高校に入学してからは守澤が営む雑貨店「とある」でアルバイトをしている。たまに店に来ては店の事を手伝う不登校の少女・梅には自分の方が先に「とある」を知っていたという理由からライバル視されている。守澤や守澤の姉・和歌からの信頼は厚い。
剣道を辞めた理由を櫻子から問われたことがあるが、越湖自身も説明ができなかった。越湖本人は気づいていないが、「とある」は祖父の死や剣道を辞めた後の越湖の心の拠り所のような場所になっている。
文化祭で『ロミオとジュリエット』の英語劇ではジュリエットを演じたことがきっかけとなり、それまで思い出さないようにしていた祖父の死について思い出すことが増える。3巻では店を訪れた年配の男性客の姿が祖父にそっくりだったことから、作中で初めて感情を爆発させるシーンがある。この出来事以後、ようやく祖父の死を受け入れることができたことで、徐々に本来のありのままの自分で過ごせるようになる。
1人になることを恐れて他人を受け入れない、自分は好かれないと思って周囲と壁を作りがちだったが、実は周囲からは孤高の存在として憧れられていた。文化祭以後は少しずつクラスメイトたちとも打ち解ける様子を見せる。
なお、学園祭のジュリエット役があまりに美しかったことで、学校の内外問わずファンが増えた。同級生横川の姉・ミトもその1人で、越湖に会うために横川と共に「とある」を訪れている。高校の人気投票ではミスターではなくミスの部で優勝した。ジュリエットを演じる前から自身の誕生日でもあるバレンタインデーには大量のチョコレートをもらっていたが、文化祭の後には更にもらう量が増えた。だが、本人は甘いものが苦手。
「とある」でのアルバイトは、雨の日に袋が破れて夏みかんをばらまいてしまった守澤に出会い、傘をさしかけて店まで同行したのがきっかけ。和歌からさりげなくスカウトを受けたが、はじめは断っていた。理不尽な出来事も笑ってやり過ごす守澤の人の良さにはやや苛立ちを感じつつも、信頼を寄せており、いつの間にか心を許せる存在になっている。
守澤 智己(もりさわ ともき)

「とある」の店長守澤。いつでも笑顔で明るく誰にでも気さくに接する。
「雑貨店とある」の店長。とにかくお人好しでいつも笑顔。料理上手で「とある」のメニューは守澤が考えて作っている。いつも笑顔を絶やさず、初対面の客などにも気さくに接する。不登校の少女・梅も気を許しており「トモブー」と呼ばれている。商店街の寿司屋の飼い犬サブローも、本当の飼い主以上に守澤に懐いている。本人が意識してか無意識かは不明だが、嘘のない「大丈夫だよ」という言葉によって梅や越湖の心を救う人物でもある。
3年前に親友の小野寺を亡くしているが、越湖が見る限り悲しむ様子を見せたことはない。小野寺に対しては亡くなってしまったことへの悲しみよりも、出会えたことに対する感謝の気持ちの方が強い。自分の感情をあまり出さない越湖とは異なり、いつでも常に自然体のありのままで生きている。そのため、占い師のミトにも「無防備」「波動が異次元でつかめない」と言われていた。
子どもの頃からじっとしていない子であり、気が付くとどこかへ行ってしまうような少年だった。海外の大学に進学し、学生の頃は親友の小野寺と共にあちこちを旅してまわっていた。越湖がアルバイトとして店にいることによって「とある」に長くとどまっており、姉の和歌いわく同じ場所に守澤が長くいることは珍しく、それが出来ている理由は越湖のことを大事にしているからだとされている。とにかく器が大きく、越湖が祖父のことで感情を露わにした際には、感情のままに殴り掛かってくる越湖を止めることもせずに受け入れた。
客のクレームを受け入れたり「とある」に来た客にも「試食」という理由からスイーツの代金をとらないこともあり、越湖から怒られることもしばしば。人が良すぎるために越湖からは「自ら貧乏くじを引きに行っている」と叱られたこともある。越湖の剣道の先輩・鮫島からも「見るからに和む人」「後ろから切りかかられても笑ってそう」と評されている。
最終話では突然店長を辞めると言い出し、また旅に出てしまった。しばらくの間は音信不通となっていたが、越湖にはハガキを送り、新天地での雑貨店オープンのスタッフとして誘いをかけた。
越湖の周囲の人々
越湖 逸(えちご いち)

ぼんやりして見えることも多い逸だが、剣道の腕は兄からも認められている。
越湖の弟。中学生。真っ黒な髪で、兄とも両親とも似ていない。越湖のことを「ゆう君」と呼び、とにかく兄が大好きで尊敬し、目標にしている。ややブラコンの傾向が強く、どこへでもついていこうとする。兄と剣道以外にはあまり興味がなくマイペース。兄の同級生・加持からも「コミュ障」と言われているが、自分には兄がいるから大丈夫だと信じ込んでおり、そんな様子は兄からも密かに心配されている。
幼い頃は体が弱くてよく風邪をひき、越湖を心配させていた。ハロウィンに悪い子やいらない子がオバケに連れて行かれるという迷信を信じており、誰にも似ていない自分が他所の子供で、どこかへ連れて行かれてしまうのではないかと泣いたことがある。兄や両親とは似ていないが、曾祖父によく似ている。
成績優秀な兄とは違い、あまり勉強が得意ではない。剣道の腕は兄も認めており、周囲からは「小さな黒獅子」と呼ばれている。過去には兄弟で全国大会に出場したこともあるが、逸自身は兄には敵わないと思い込んでいる。
兄とは違い、甘いものも好き。年始の稽古の後に出たおしるこは甘いものが苦手な越湖の分まで食べていたが、本当は和菓子より洋菓子派。
剣道のつながりで加持とも交流がある。越湖に文化祭に行くことを拒否された時は、加持に頼んでこっそり文化祭を覗きに行った。
加持(かじ)
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目次 - Contents
- 『雑貨店とある』の概要
- 『雑貨店とある』のあらすじ・ストーリー
- 優しい空気が流れる古民家風の雑貨店
- 失ったものを埋める場所
- 祖父の死を受け入れた越湖の涙
- 別れを受け入れた後の変化
- 別れと新しい出会い
- 『雑貨店とある』の登場人物・キャラクター
- 『雑貨店とある』の店員
- 越湖 裕介(えちご ゆうすけ)
- 守澤 智己(もりさわ ともき)
- 越湖の周囲の人々
- 越湖 逸(えちご いち)
- 加持(かじ)
- 鮫島(さめじま)
- 明神 櫻子(みょうじん さくらこ)
- 山口(やまぐち)
- 横川 チサ(よこかわ ちさ)
- 越湖 節子(えちご せつこ)
- 守澤の周囲の人々
- 和歌(わか)
- 梅(うめ)
- 小野寺 千代(おのでら ちよ)
- 小野寺 誠(おのでら まこと)
- 沙良(さら)
- 浜(はま)
- 「とある」を訪れる客達
- サラリーマンの男性
- 片山カナ(かたやま かな)
- 海童 コウ(かいどう こう)
- 野原 しおり(のはら しおり)
- 朝倉 ミソラ(あさくら みそら)
- 城山(しろやま)
- みどり
- あかね
- 木月(きづき)
- 日野(ひの)
- 横川 ミト(よこかわ みと)
- ヒロ
- 『雑貨店とある』の用語
- 季節の貼り紙
- ロミオとジュリエット
- 銀河宇宙系ゆるっと戦隊ゴショクダン
- 『雑貨店とある』の名言・名セリフ/名シーン・名場面
- 守澤智己「大丈夫 君はきっといい実になるよ」
- 日野「楽しい事って一番人を癒やすんだって 木月君の言葉も きっと皆の薬になるよ!!」
- 越湖裕介「時に人には命よりも守るべき大切な事があると カジ君見てたら思い出した」
- 越湖節子「鏡の中の自分にいっぱいいっぱいありがとうって言ってみて きっと必ずその自分は もっとあなたを素敵にしてくれるわよ」
- 祖父の死を受け入れた越湖の涙
- これまで頑張ってきた自分を誉める櫻子
- 身近な人たちの愛に気付いたしおり
- 『雑貨店とある』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
- 『雑貨店とある』の始まりは臨時の連載
- 「とある」は守澤の祖母の店
- 明神道場の跡取りにされかけた越湖