夕凪の街 桜の国(こうの史代)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『夕凪の街 桜の国』とは、こうの史代により2004年に発表された漫画作品。「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」の3部作である。
また、映画化、ノベライズ化、テレビドラマ化など、数々のメディアミックスが展開されている。
原爆によって苦しめられながらも、幸せを感じながらたくましく生きてきた戦後の人々の暮らしに焦点が当てられており「悲惨な戦争の物語」にとどまらない優しく温かい雰囲気が魅力である。

『夕凪の街 桜の国』の概要

『夕凪の街 桜の国』とは、こうの史代により2004年に発表された漫画作品。「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」の3部作であり、それぞれ広島市への原爆投下から10年後、40年後、60年後が描かれている。「夕凪の街」は2003年に休刊直前だった『WEEKLY漫画アクション』に、「桜の国(一)」は翌2004年に『漫画アクション』に掲載され、書き下ろしの「桜の国(二)」を加えて2004年に双葉社アクションコミックスより単行本が刊行された。
原爆がテーマの作品は雑誌掲載に難色が示される傾向が強い中、本作は雑誌掲載時から大きな反響を呼び、刊行された単行本は2004年に「文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」、2005年に「手塚治虫文化賞新生賞」を受賞し、高く評価された。また、2007年には佐々部清監督により映画化、2017年には蒔田陽平によるノベライズ化、2018年にはNHKによるテレビドラマ化など、数々のメディアミックスが展開されている。
「夕凪の街」では、原爆投下から10年後の広島市を舞台に、復興していく街のほのぼのとした日常の中にふとよぎる生き残ったことへの負い目や原爆投下直後の惨状が描かれている。一方「桜の国(一)(二)」では「夕凪の街」の子世代に焦点を当て、いつまでもついてまわる原爆症への恐怖と、周囲からの偏見に苦しむ被爆2世の姿が描かれている。
3部作を通して「一般庶民にとっての原爆」が真正面から描かれているが、原爆を扱う他作品と比較して原爆投下当日の描写が少ないのが特徴である。
原爆によって苦しめられながらも、幸せを感じながらたくましく生きてきた戦後の人々の暮らしに焦点が当てられており、「悲惨な戦争の物語」にとどまらない温かい雰囲気が魅力である。

『夕凪の街 桜の国』のあらすじ・ストーリー

「夕凪の街」のあらすじ・ストーリー

被爆10年後の広島で暮らす皆実とフジミの母娘

原爆投下から10年が経った1955年の広島で、平野皆実(ひらの みなみ)は母・平野フジミ(ひらの ふじみ)と共に原爆スラムのあばら屋で暮らしていた。皆実は建設会社「大空建研」で働き、フジミは自宅で洋裁業を営みながら、慎ましい生活を送っていた。節約の理由は、学費を援助してくれた伯母への学費返済と、疎開先の水戸で伯母夫婦の養子となった弟・石川旭(いしかわ あさひ)に会いに行くための旅費を貯めるという目標があるからだった。
皆実は靴底が減らないように通勤の途中から裸足で歩いたり、近所に生える野草を調理して食べたりと、貧しい中でもたくましく日々を過ごしていた。
しかし平穏な日々の中にも、ふとした瞬間に10年前に被爆した日の記憶が蘇る。皆実は銭湯で、今でも火傷の痕が残る女性たちの背中を眺めながら「ぜんたいこの街の人は不自然だ。誰もあのことを言わない。いまだにわけがわからないのだ」と考え込む。

同僚の打越からの求愛と蘇る過去の記憶

そんなある日、皆実は職場からの帰り道で同僚・打越豊(うちこし ゆたか)から「好きな人にあげるプレゼントを見立ててほしい」と頼まれ、ハンカチを選ぶ。先に店を出た皆実を追いかけてきた打越は、祖母が編んだという草履と一緒にさっきのハンカチを皆実に渡す。以前から打越に好意を抱いていた皆実は「いまのハンカチ返さんよの?」という打越の言葉に「うん…ありがとう」と笑顔で答える。そのまま打越に抱き寄せられた皆実だが、途端に原爆投下直後の街の様子がフラッシュバックしてしまう。打越に求愛された同じ橋の下で無数の死体が浮かんでいたこと、綺麗な死体から下駄を盗んで履いたこと、姉と一緒に死体に瓦礫を投げつけたことなどが思い出され、皆実は打越を置いてその場を走り去った。皆実は、多くの人を見殺しにして自分が生き残ってしまったことに罪悪感を覚え、幸せを感じるたびに「自分が幸せになるわけにはいかない」という想いに苛まれていた。
皆実は原爆で父・天満(てんま)と妹・翠(みどり)を亡くし、姉・霞(かすみ)も被爆から2ヶ月後に病で亡くなっていた。当時フジミは火傷で目が開かなかったため、広島の当時の惨状は目にしておらず、弟の旭も疎開しており被爆から免れていた。皆実は「わたしが忘れてしまえばすむことだった」と何度も自分に言い聞かせる。

皆実の発病と死

逡巡の末、皆実は自身の被爆体験を打越に打ち明けることを決意する。「十年前にあったことを話させて下さい。そうしたらうちが死なずに残された意味がわかるかも知れん」と話す皆実に、打越は「そうじゃないか思うた」と応じる。打越は叔母を原爆で亡くしており、皆実が被爆したであろうことを察した上で求愛していたのだった。皆実の手を取って「生きとってくれてありがとうな」という打越の言葉を聞き、皆実は安堵するのだった。
しかしその後、皆実の体調は急激に悪化する。会社を休んだ翌日には立ち上がれなくなり、翌日には食事ができなくなる。思い出されるのは、被爆してから2ヶ月後に倒れ、そのまま亡くなった姉・霞のことだった。皆実が倒れてからは、皆実もフジミも霞の話をしなくなった。
皆実の病状は悪化の一途をたどり、血を吐き激痛に苦しみ、ついには視力も失われる。皆実は死にゆく中で「原爆を落とした人はまた1人殺せたと喜んでいるだろうか」と考えながら「てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思ったのに」と嘆く。皆実は夕凪の後の風を感じながら、打越からもらったハンカチを握りしめたまま息絶える。街には「原水爆禁止世界大会」のビラが風に舞っていた。

「桜の国(一)」のあらすじ・ストーリー

七波・東子・凪生の友情

凪生(右)のベッドに桜の花びらをまき散らす七波(中央)と、楽譜を持つ東子(左)

1987年の東京都、小学5年生の石川七波(いしかわ ななみ)は、家族と共に桜並木の街の団地で暮らしていた。祖母は喘息で入院する弟の見舞い、父は仕事で家を空けがちだったが、七波本人も野球の練習に明け暮れていたため寂しさはあまり感じていなかった。また、七波には利根東子(とね とうこ)という親友もいた。男勝りな七波とは対照的に、東子はおしとやかなピアノ少女だったが、学校のクラスが離れてからも2人の交友は続いていた。
ある日、七波は野球の練習中に鼻血を出し、監督から休憩を命じられる。しかし七波はこっそり練習を抜け出し、入院中の弟・石川凪生(いしかわ なぎお)のお見舞いに行くことを思いつく。道中で偶然行きあった東子を誘い、2人は電車に乗って病院へ向かう。季節はちょうど桜が満開の時期だった。
凪生の病室で、七波は集めてきた桜の花びらを凪生のベッドの上に散らす。東子はピアノの楽譜をちぎって花吹雪にした。外に出られない凪生を励ますための行動だったが、やってきたフジミに怒られてしまう。

フジミの死と石川一家の引っ越し

その年の夏、フジミは病を得て亡くなる。実は七波と東子が凪生のお見舞いに訪れた春の日、フジミは別室で検査を受けており、その結果が思わしくなかったのだ。
フジミの死後、凪生は退院したがその後も通院する必要があった。凪生の通院が楽になるようにと、石川家はその秋に桜並木の街を離れることになった。七波と東子は離れ離れになり、その後は会うこともなかった。
転校先の学校で、七波は東子のようなおとなしい女の子になることを目指すが、冬にはすっかり本性がバレてしまっていた。

「桜の国(二)」のあらすじ・ストーリー

父・旭の不審な動きと東子との再会

2004年、28歳になった七波は、このところの父・旭の行動に不審感を抱いていた。行き先も告げず何日も家に戻らなかったり、電話料金が妙に高額だったりすることが続いていたのだ。ある日の夜、またしてもぶらっと家を出た旭の後を尾けていた七波は、偶然かつての親友・東子と再会を果たす。17年ぶりの再会にも関わらず、七波の心には母と祖母を喪った桜並木の街での記憶が蘇り、複雑な心境になる。
東子と共に旭の尾行を続ける七波だったが、朝日は広島行きの夜行バスに乗り込む。「お金もないし」とこれ以上旭の後を尾けるのを躊躇する七波だったが、東子に強引に誘われてあれよあれよという間に広島に到着してしまう。

広島を訪れる七波と東子

広島で七波と東子は別行動することになり、七波は旭の尾行を続行し、東子は原爆資料館を訪れることにした。
旭の後を追った七波は、父の生家である平野家の墓を訪れたり被爆体験をもつ親戚まわりをしたりするうちに、自身が被爆を経験した一家の生まれであることを再確認させられる。また、ひょんなきっかけから、弟の凪生が今でもその事実に苦しめられていることを知ってしまう。別れ際に東子から借りたジャケットのポケットに、凪生からの手紙が入っていたのだ。研修医になった凪生と看護師の東子は同じ病院に勤務しており、恋仲となっていた。しかし凪生が被爆2世であることを理由に東子の両親から交際を反対され、凪生は手紙で東子に別れを告げていたのだった。

桜並木の街と石川家の過去の回想

物語は現在と、旭や七波の回想を交えながら進んでいく。
姉・皆実の死後、大学入学とともに広島に戻った旭は、近所に住む少女・太田京花(おおた きょうか)に勉強を教えてあげることになる。京花は出生直後に被爆しており、そのせいで「足らんことなってしもうたんと」と語る。勉強が苦手で少しとろいところのある京花だったが、裁縫が得意だったことからフジミの仕事を手伝うようにもなり、旭は次第に京花に惹かれていく。時は流れ、34歳で東京への転勤が決まったことを機に、旭は京花に求婚しフジミも連れて3人で桜並木の街に移り住む。フジミも最初は「これ以上家族が原爆症で死ぬのを見たくない」と、被爆した京花と旭が結婚することに難色を示していたが、東京行きが決まったことで「(京花に対して)同じ心配するなら、そばに居てした方が全然まし」と2人の結婚に了承したのだった。
結婚後、京花は七波と凪生を出産するも38歳の若さで血を吐いて倒れ、亡くなってしまう。またフジミも病に倒れた際に意識が混濁し、七波を末娘・翠の友人と勘違いして「なんであんたァ助かったん?」と生きている七波を妬むような発言をした。七波の中で、桜並木の街は長い年月を経て母と祖母の死の記憶と結びつき、東子との思い出も含めて忘れたい過去となっていたのだった。

凪生と東子の明るい未来を確信する七波

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