夕凪の街 桜の国(こうの史代)のネタバレ解説・考察まとめ

『夕凪の街 桜の国』とは、こうの史代により2004年に発表された漫画作品。「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」の3部作である。
また、映画化、ノベライズ化、テレビドラマ化など、数々のメディアミックスが展開されている。
原爆によって苦しめられながらも、幸せを感じながらたくましく生きてきた戦後の人々の暮らしに焦点が当てられており「悲惨な戦争の物語」にとどまらない優しく温かい雰囲気が魅力である。

被爆2世

本人は原爆投下後に生まれたが、両親または両親のどちらかが被爆者である人のことを被爆2世と呼ぶ。作中では、被爆者である京花を母に持つ七波と凪生の姉弟が被爆2世にあたる。
現状、医学的には「原爆による放射線が遺伝によって影響する」とは認められておらず、凪生も手紙に「僕のぜんそくですが環境のせいなのか持って生まれたものなのかは判りません」と記している。しかし、現実には多くの被爆2世が健康被害を訴えており、広島市では年1回無料の健康診断を提供している。
こうした健康被害に加えて、被爆2世は結婚や出産において差別や偏見を持たれることがある。これらの差別や偏見は広島や長崎からの距離が遠くなるほどに拡大すると言われており、凪生も東京で出会った東子との交際を東子の両親に反対されている。

『夕凪の街 桜の国』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

打越豊「いまのハンカチ返さんよの?」

打越が皆実に求愛するシーンで打越が皆実に言ったセリフ。打越は「好きな人にあげる」としてプレゼント選びを皆実に手伝ってもらっており、ハンカチを選んだ皆実は「ふられてつっ返されてもこれで泣きゃええが」と打越をからかっていた。しかし、実は打越は皆実のためにプレゼントを購入しており、「いまのハンカチ返さんよの?」と言うセリフは、皆実の気持ちを確認するためのものである。それに対して皆実も笑顔で「うん…ありがとう」と返答しており、直接的な言葉ではないものの、打越の皆実に対する気持ちを表す重要なセリフである。

打越豊「生きとってくれてありがとうな」

大勢を見殺しにして生き残ってしまった罪悪感を抱えている皆実に、打越がかけたセリフ。打越の求愛を受けるも、被爆直後の広島の様子がフラッシュバックしてしまった皆実は、自身を抱き寄せてきた打越を拒んで走り去ってしまう。逡巡の後、皆実は自身の被爆体験を打越に打ち明けることにする。「うちはこの世におってもええんじゃと教えて下さい」「そうしたら打越さんに逢うた事とかを姉や妹やみんなにすまんと思わんですむかも知れん」と語る皆実に、打越は「そうじゃないか思うた」と皆実が被爆したことを察した上で想いを告げたと打ち明ける。打越の「生きとってくれてありがとうな」というセリフは、自身の経験を「忘れてしまえばすむこと」と考えていた皆実を丸ごと受け入れることを示す言葉である。

石川七波「そして確かに、このふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」

被爆2世という現実から目を背けてきた七波が、自身の出自を肯定し受け入れた時のセリフ。母と祖母を失った辛い過去から、桜並木の街での思い出をすべて忘れたいものと考えていた七波だが、それは原爆の負の記憶を広島に押し付けることと同義だと気が付く。広島から戻り桜並木の街を再び訪れた七波は、咲き誇る桜の中に若い両親が幸せそうに寄り添う姿を思い浮かべる。「母からいつか聞いたのかもしれない。けれどこんな風景をわたしは知っていた」と、この光景は生まれる前に見た両親の姿に違いないと考えた七波は「そして確かに、このふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」と心の中で呟く。このセリフは、「被爆した家族と自分をつなぐものは原爆ではなく両親の愛だ」と気づいた七波が、被爆した一家から生まれたという事実を受け入れたことを示すセリフである。

『夕凪の街 桜の国』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

作者のこうの史代は広島出身

作者のこうの史代は広島出身であり、双葉社の漫画編集者・染谷誠から「ヒロシマを題材に漫画を描いてほしい」とオファーを受けたことが創作のきっかけであったと語っている。染谷は少年時代に読んだ『はだしのゲン』を原点としており、「現代を生きる広島出身の漫画家にとっての原爆」をテーマとして、以前より親交のあったこうのに創作を打診した。こうのは「広島出身というだけで軽々しく扱えるテーマではない」と逡巡したが、図書館で文献資料を徹底的にあたり、最終的には1年かけて「夕凪の街」を描き上げた。

タイトルに隠された意味

『夕凪の街 桜の国』というタイトルは、広島出身の作家・大田洋子による原爆スラムのルポルタージュ的小説作品『夕凪の街と人と』と、同作家によるデビュー作『櫻の國』が元となっている。
『櫻の國』は1940年に発表された戦意高揚小説であり、戦後を生きる人々を描く『夕凪の街と人と』とは対照的な作品である。
このことから、文学者・批評家の中田健太郎は「同作家の両面的な作品のタイトルを引用することで、戦争における被害者と加害者の境界を単純化させまいとしている」と考察した。

登場人物の氏名は広島市内の町名から

『夕凪の街 桜の国』の登場人物の氏名の多くは、広島市内の町名が由来である。例えば「夕凪の街」の主人公・平野皆実の「平野」は広島市中区平野町から、「皆実」は広島市南区皆実町からきている。そのほかにも「打越」は広島市西区打越町、「旭」は広島市南区旭など、それぞれ由来となった広島市内の地名がある。

『夕凪の街 桜の国』の劇中歌

劇中歌:春日八郎『お富さん』

1954年に発売された春日八郎の歌謡曲。「夕凪の街」で皆実が亡くなるのは1955年のため、その前年に発売された曲である。
「夕凪の街」の冒頭で皆実が「しんだはずだよおとみさんー」と歌っているが、その直後、見知らぬ少女が「待ってみどりちゃん」ともう1人の少女に声をかけるシーンがある。皆実はその様子を見ながら「いきていたとはおしゃかさまでもしらぬほとけのおとみさん〜〜」と歌を続ける。「みどり」とは原爆投下直後に行方不明になりついには戻ってこなかった皆実の妹と同名であり、皆実が亡くなったであろう妹を思い浮かべたことが暗示されている。

劇中歌:菅原都々子『月がとっても青いから』

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