夕凪の街 桜の国(こうの史代)のネタバレ解説・考察まとめ

『夕凪の街 桜の国』とは、こうの史代により2004年に発表された漫画作品。「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」の3部作である。
また、映画化、ノベライズ化、テレビドラマ化など、数々のメディアミックスが展開されている。
原爆によって苦しめられながらも、幸せを感じながらたくましく生きてきた戦後の人々の暮らしに焦点が当てられており「悲惨な戦争の物語」にとどまらない優しく温かい雰囲気が魅力である。

「桜の国(一)(二)」の主人公。1976年生まれで「夕凪の街」の旭の娘、皆実の姪、フジミの孫にあたる。「桜の国(一)」では小学5年生、「桜の国(二)」では28歳の会社員の頃が描かれている。
男勝りな性格で、小学校時代は少年野球チームでショートを守っていた。広島東洋カープのファンで、名字が「石川」であることから、ニックネームは「ゴエモン」だった。親友の東子のようなおとなしい女の子に憧れ、転校先ではおとなしい女の子を演じようと試みるがすぐに頓挫する。父・旭からは、皆実の面影があると言われている。

石川凪生(いしかわ なぎお)

七波の1〜2歳年下の弟。「桜の国(一)」で描かれる小学生時代は体が弱く、喘息で入院しているが、「桜の国(二)」では健康になり研修医となっている。赴任先の病院で再会した東子と恋仲になるが、東子の両親からは反対されてしまう。手紙を書いて東子に別れを告げた凪生だったが、事情を知った七波から強引に呼び出されたことがきっかけで、再び東子と向き合うことを決める。

平野フジミ(ひらの ふじみ)

七波と凪生の祖母で、皆実と旭の母。息子の旭が結婚したのを機に、皆実と暮らしていた原爆スラムを離れ桜並木の街に転居した。夫と3人の娘を原爆で亡くし、自分だけが生き残ってしまったことに罪悪感を抱いている。
旭と京花の結婚については、京花のことは気に入りながらも「これ以上知り合いが原爆症で亡くなるのを見たくない」という理由から反対していた。1987年、孫の凪生を看病する日々の中で発病し、80歳でこの世を去った。最期の日々では、七波を末娘・翠の友人と混同して「なんであんたァ助かったん?」と発言し、七波の中にしこりを残した。

石川旭(いしかわ あさひ)

七波と凪生の父で、皆実の弟、フジミの息子にあたる。疎開先の石川家に養子縁組されたことで、その後も石川姓を名乗り続けている。
大学では広島に進学し、その際にフジミとともに原爆スラムでの生活をスタートさせる。のちに妻となる京花とはそこで出会い、結婚を機にフジミも連れて桜並木の街に転居した。
「桜の国(二)」ではすでに定年退職しているが、携帯電話の通信料が増えていたり、数日間家を空けたりすることがあり、七波に怪しまれて尾行されてしまう。のちに、実は何度も広島に通って皆実の生前の様子を知るために知人を回っていたことが分かる。
彼氏ができる気配のない七波を心配しながらも、亡くなった姉の面影を残す娘の幸せを誰よりも願っている。

石川京花(いしかわ きょうか)

七波と凪生の母で、旧姓は太田。赤ん坊の頃に被爆しており、兄と共に皆実・フジミと同じ原爆スラムに暮らしていた。フジミから見て「ちょっととろい子」であったが、手先が器用であったためフジミの洋裁直しの仕事を手伝うようになる。その後は、洋品店に就職して住み込みのお針子として働いていた。旭からの求婚を受けて、旭、フジミと共に桜並木の街に移り住む。1983年、吐血して倒れているところを小学校から帰宅した七波に発見され、その年に亡くなっている。七波は母親の死について「原爆症かどうかは誰も教えてくれなかった」と語っている。

利根東子(とね とうこ)

七波の同級生。石川家が住む団地の向かいの一軒家で暮らし、小学時代はピアノが得意なおしとやかな少女だった。性格が正反対の七波とは親友だったが、七波が引っ越してからはその後17年間、一度も会うことはなかった。
「桜の国(二)」では看護師となり、研修医として赴任してきた凪生と恋仲になる。しかし凪生が被爆2世であることと幼少期に喘息を患っていたことが原因で、両親からは交際を反対され、凪生本人からも手紙で別れを告げられる。
凪生に会いに行く途中で偶然七波と再会し、一緒に広島に向かうことになる。広島では初めて見た平和資料館の展示で気分を悪くするも、広島の街や石川家の過去を理解し、凪生たちが被爆したという現実を受け入れようと決意する。

『夕凪の街 桜の国』の用語

原爆スラム

皆実とフジミが暮らし、のちに旭と京花が出会うことになるスラム街。
広島市中区元町の本川に沿って広がっていた不法バラック群で、もとは師団司令部や陸軍病院などの軍事施設が多い一角であったが、原爆投下直後は焼け野原となった。
暮らしていたのは皆実とフジミのように原爆で生き残った者や、旭のように疎開から戻ってきた者や引揚者などで、焼け残ったトタン板や板切れでバラックを建てて暮らしていた。皆実とフジミも、雨漏りに悩む描写がある。
「夕凪の街」では1955年の原爆スラムが描かれているが、その前年の1949年には民家100軒と商店約500軒が全焼する大火災が起きており、広島市は住民に不法バラックからの立ち退きを要求していた。住民は反発して交渉は難航し、皆実の帰宅シーンでは「立退き反対!!」「立退き絶対反対」と書かれたポスターがバラックに貼られている様子が描かれている。
これらの不法バラックは1969年から1974年にかけて撤去され、今では8階~20階建ての高層住宅が建ち並ぶ一角となっている。

原爆症

被爆後2ヶ月で霞の、被爆後10年以上経ってから皆実や京花の命を奪った原爆の後遺症。原子爆弾が爆発する際の放射線によって発症する障害を指す。
発症は被爆直後の場合もあれば、皆実や京花のように10年以上が経過してからの場合もある。多くの場合、体にだるさを感じた後、視力が失われたり体中に痛みを感じたりしたのちに死に至る。皆実は体にだるさを感じた後立ち上がれなくなり、血を吐くようになってから目も見えなくなって死亡した。当時はまだ医療者たちでさえ放射線の知識がなく、皆実を診療した医者は、皆実の症状について判断しかねていた。
「桜の国」では、京花とフジミが被爆から20年以上経過してから病を得て亡くなっており、2人の死に関して七波は「母と祖母の死因が原爆症かどうかは誰も教えてくれなかった」と語っている。

原水爆禁止世界大会

1955年8月6日に広島市公会堂で開催された大会で、前年のアメリカ合衆国による水爆実験で第五福竜丸が被爆したことを受けて、449万人に及ぶ署名運動が行われたことで実現した。1955年夏に亡くなった皆実は、ちょうど同大会が開催されていた時期に息を引き取ったと推測される。
皆実の死後「原水爆禁止世界大会」のビラが風に舞っているシーンが印象的だが、冒頭の皆実の帰宅シーンにも「原爆10周年 みんなの手で原水爆禁止大会を成功させましょう」という看板が登場している。
作者のこうの史代が「夕凪の街」のラストシーンで同大会のビラを描いた意図として、現代史研究者の森下達は「皆実が死ぬまで原爆禁止の市民運動との関わりを持つことができなかったことを表現するため」だと考察している。

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