攻殻機動隊 SAC_2045(アニメ)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『攻殻機動隊 SAC_2045』とは、Netflixで配信されているSFアニメシリーズ。『攻殻機動隊』シリーズでは史上初となるフル3DCG作品である。各メンバーが卓越したスキルを有する内務省元公安9課の「少佐」こと草薙素子はアメリカで傭兵となっていた。AIの急速進化の反動で世界的に持続可能性を追及した産業戦争’サスティナブル・ウォー’が勃発する中、驚異的な身体能力を持つ新人類’ポスト・ヒューマン’が出現。少佐たち元9課のメンバーは、新人類の謎に迫るうち、部隊再編を余儀なくされていく。

シーズン1の最終回のサブタイトルは「郷愁」を意味する「NOSTALGIA」であるが、これはシマムラが中学生時代に読みふけっていたジョージ・オーウェルの『1984年』におけるキーワードである。『1984年』においては、重要なモチーフとなっているのは「過去」である。同作の世界では、思想警察により、歴史や過去というものは「ビッグブラザー」である体制側・支配者に都合の良いように簡単に改ざんされていき、大衆は何が本当の過去で歴史なのかということが分からなくなっていく。次第に思想警察によって作り出された’常識’の真偽を疑うことをしなくなり、体制側が作り出した偽の「過去」が恰も疑いようのない真実かのように受け入れられていく恐ろしさが描かれている。こうした中で、同作おける主人公ウィンストンにとって「郷愁」という概念は、思想警察からの洗脳めいた価値観から逃れるためのきっかけとして機能していた。彼は古き良き時代や時には悲惨な歴史に想いを馳せ、その懐かしい原始的感覚を維持することによって、「ビッグブラザー」である体制への疑念を深めていき、体勢を転覆させようと考えるに至っている。

本作のシーズン1最終話において、京都の片田舎の所在するシマムラの実家をトグサが捜索した際、シマムラの作り出したコードの影響でまさしく「郷愁」の念を駆り立てられて昏倒している。その後、バトーには見えていない電脳世界のシマムラについていく形で、トグサは失踪してしまった。シマムラは目的遂行のために「NOSTALGIA」の頭文字をとった「N」という集団を組織していたが、新東京に拠点を置く「N」に自ら足を運んだ難民たちも、その多くがトグサと同じように「郷愁」の念に駆られてそのような行動に出たものだと考えられている。シマムラは、名もなき市井の一般人が、体制側に一矢報いる手段として「シンクポル」を開発したが、あっさりとそのコードを放棄してしまっている。その理由は、「シンクポル」(Thought Police:思想警察)という名前に象徴される通りで、あのコードが普及した未来のビジョンは、他でもない「ビッグブラザー」が支配する『1984年』の世界だったからである。

「シンクポル」による失敗を経たシマムラは、ウィンストンが目覚めたように、「郷愁」の念や過去や歴史から教訓めいたものを人々に示し、目を覚まさせることによって反体制派へと移行させようと試みたものだと考えられている。ちなみに『1984年』の本編の後においては、1984年よりさらに昔の時代から「ビッグブラザー」による統治体制が転覆したことを「過去形」で記した『ニュースピークの諸原理』という解説文が掲載されている。このような『1984年』をベースとした本作の世界観やシマムラの行動原理として見て取れるものは、「過去」に希望を見出し、「過去」に関する真実に気づかせて無意識下に刷り込まれた「現在」の常識に疑念を生じさせることで、「現在」の変化に繋げていこうという観点である。

ビッグブラザー・リトルピープルと「N」

本作は、『1984年』の世界観に影響を受けるとともに、実は村上春樹の『1Q84』にも影響を受けている。本作中に登場する人工知能であるコード「1A84」は、まさしく『1Q84』のタイトルを捩ったネーミングである。この『1Q84』においては、「リトルピープル」という概念が登場する。この「リトルピープル」とは、『1Q84』の世界においては自在に自らの背丈を変えられる特性を持った小人たちとして位置づけられている。そして、常に「リトルピープル」直訳すれば小さな人たちという複数を指す言葉となり、常に集団で行動している小人という特徴をとらえた名称となっている。これを言い換えるならば、弱い大衆の集合意識ともとることができる。

そして現実世界、特に学校等の閉鎖社会においては、先生や教諭といった存在が絶対的な権力を握っており、時には実力行使によって生徒を服従させる関係にあった。この状態は『1984』にいう「ビッグブラザー」すなわち強い支配者が体制を整えている状態である。しかし、SNSやインターネットが普及した現代においては、こうした支配関係は薄まりつつある。先生や教諭はもはや絶対的な権力を握っておらず、SNSやネットを通して大衆による監視にさらされることで一方的に実力行使できる場面は少なくなり、クラス単位で構成される生徒の集合意識にすぎなくなっている。

本作においては、シマムラは個人のヘイトの集合体である「シンクポル」というプログラムを開発していたが、これは上記のような状況を可視化したものといえる。AIの急速的進化と校内におけるネットの普及により、今までより生徒たちを含めた大衆の集合意識が強い力を持つようになり、教員はそれに準じる存在となっていた。つまり、「ビッグブラザー」である強い支配者が君臨していた時代から、「リトルピープル」である弱い者の集合意識が強大な力を持つ時代へと移り変わったのである。こうした、ネットの普及によるビッグブラザーからリトルピープルの時代への移行というシンギュラリティを描いた『1Q84』では、AIの普及によって次のシンギュラリティは2045年に起こるであろうことが示唆されていた。本作では、これを意識して、2045年の世界同時デフォルトによる世界的経済破綻という事象が掘り下げられているとされる。

上記を前提として、プリンが少佐に向けて放った、核ミサイルはある人にとっては発射され、ある人にとっては発射されていない旨の発言は、それぞれがそれぞれの電脳世界の支配者、すなわち「リトルブラザー」になったことを意味しているものとされる。本作は、強い支配者が世界に君臨する「ビッグブラザー」の時代から、ネットの普及により大衆意識の集合体が強い力を持つ「リトルピープル」の時代へ、さらに弱い大衆の個人個人の意識がAIによる電脳世界を構築する「リトルブラザー」の時代へと移行していく様を描いているのだ。こうしたパラダイムシフトを意識している点も、本作を形作る中核となっているといえる。

『攻殻機動隊 SAC_2045』の主題歌・挿入歌

OP(オープニング):millennium parade × ghost in the shell『Fly with me』(第1話 - 第12話)

作詞ermhoi、作曲・編曲Daiki Tsuneta。

OP(オープニング):millennium parade『Secret Ceremony』(第13話 - 第24話)

作詞ermhoi、作曲・編曲Daiki Tsuneta。

ED(エンディング):Mili『sustain++;』(第1話 - 第12話)

作詞Cassie Wei、作曲・編曲Yamato Kasai, Yukihito Mitomo, Shoto Yoshida, Cassie Wei。

ED(エンディング):millennium parade『No Time to Cast Anchor』(第13話 - 第24話)

作詞ermhoi、作曲・編曲Daiki Tsuneta。

挿入歌:Scott Matthew『Don’t Break Me Down』(第13話 - 第24話)

作詞・作曲 戸田信子、陣内一真。

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