2012年から2015年に亡くなった芸能人・著名人まとめ

芸能界やスポーツ界、財界などで活躍する芸能人・著名人の訃報が流れると、世間では大きな衝撃が生まれて、その人物の特集記事やコーナーが組まれることが多く有る。本記事では「2012年」から「2015年」の間になくなった芸能人・著名人の情報を、その方の生前の活躍ぶりと共にまとめて紹介する。

出典: news.goo.ne.jp

ドナルド・リチー

黒澤明監督や小津安二郎監督らの作品を欧米に紹介した映画評論家。
2月19日午後1時26分、東京都文京区の病院で死去。88歳。米オハイオ州出身。
終戦直後に来日。進駐軍の新聞や米国の新聞で日本映画を紹介。ニューヨーク近代美術館の映画部門主事も務め、日本映画の海外上映などに尽力。黒澤明、小津安二郎、溝口健二ら各監督の作品の魅力を欧米に伝えた。

ジェリー・バス

出典: jp.reuters.com

ジェリー・バス

米プロバスケットボール協会(NBA)レーカーズの名物オーナー。
2月18日に死去。80歳。死因は腎臓不全。
バス氏は1979年にレーカーズを買収し、NBAファイナルを10回制覇。80年代にはカリーム・アブドゥルジャバーやマジック・ジョンソン、90年代後半から2000年代にかけてはシャキール・オニール、コービー・ブライアントら、スーパースターを数多く擁してNBAを席巻し、球団の価値を高めた。

本郷功次郎

本郷功次郎

俳優。
2月14日、心不全のため死去、74歳。
大映映画で活躍後、特撮映画「ガメラ」シリーズやテレビドラマ「特捜最前線」などに出演した。

東条由布子

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東条由布子

東条英機元首相の孫、本名岩浪淑枝。
2月13日、間質性肺炎で死去、73歳。
保守派の論客として知られ、靖国神社のA級戦犯の分祀に反対する立場から発言。07年参院選東京選挙区に無所属で立候補したが、落選した。

桜井郁三

桜井郁三

元自民党衆院議員。
2月10日、多臓器不全で死去、68歳。
1996年、衆院神奈川12区で初当選し、当選3回。

鳩山安子

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鳩山安子

鳩山由紀夫元首相の母。
2月11日午後9時15分、多臓器不全のため、都内の病院で死去。
ブリヂストン創業者の故石橋正二郎氏の長女で、初代自民党総裁の鳩山一郎元首相の長男・威一郎元外相の妻。大量の同社株を保有し、物心両面から、長男の由紀夫氏や次男の邦夫元総務相の政治活動を支えた。
09年に由紀夫氏の元公設秘書が在宅起訴された偽装献金問題では、02年頃から09年5月まで毎月1500万円を、由紀夫氏に提供していたことが発覚。

西ゆうじ

西ゆうじ

作家・漫画原作者。本名は西祐治。
2月6日、胃がんのため死去。59歳。
福井県出身。漫画「あんどーなつ 江戸和菓子職人物語」(「ビッグコミックオリジナル」連載中)などの原作を手掛けた。

国松達也

出典: yamiutsu.exblog.jp

国松達也

映画プロデューサー。2月2日、食道がんのため死去、52歳。東映Vシネマ作品や映画「北のカナリアたち」「ツレがうつになりまして。」などを手がけた。

山岡ミチコ

山岡ミチコ

広島で被爆、渡米してやけどの治療を受けた「原爆乙女」の一人で、被爆証言者として平和の尊さを訴え続けた女性。
2月2日、肺炎のため広島市中区の介護施設で死去。82歳。
学徒動員に向かう途中、爆心地から約800メートルで被爆。顔や手に重いやけどを負った。1955年、米国の作家、故ノーマン・カズンズ氏らの招きで渡米し、ケロイドの手術を受けた。「生き残って申し訳ない」と被爆の話を避けていたが母の死をきっかけに被爆証言の活動を始め、広島を訪れる修学旅行生や海外からの観光客に原爆の恐ろしさを伝え続けた。
被爆50年の95年にも米国を訪れ学生らに被爆体験を語り、やけどを治療した米国人執刀医と再会を果たした。

杵屋五三郎

出典: www.emo.or.jp

杵屋五三郎

長唄三味線方で人間国宝。本名は増田元弘。
2月2日、肺炎のため死去、94歳。
長唄三味線の第一人者として長年活躍し、1989年に重要無形文化財保持者(人間国宝)。長唄協会会長も務めた。

山形基夫

山形基夫

女優鈴木杏樹の夫で、駿河台日本大学病院勤務の外科医。
2月1日、米国の病院で死去した。56歳。
75年に日本大学医学部に進学。81年の卒業後は母校の板橋病院に勤務。その後、米国留学で内視鏡治療を習得し、消化器がんを研究テーマにしていた。テレビ番組で“がんの若き権威”として紹介されたこともあった。
鈴木杏樹さんと山形さんとの出会いは98年。司会を務めるフジテレビ「ミュージックフェア」出演中に腹痛を訴え、同病院に入院。山形さんの執刀で手術を受けた。パソコンが同じ趣味だったことから意気投合。退院後にメール交換をしているうちに交際が始まり、交際4カ月で婚姻届を提出した。

塩路一郎

出典: pub.ne.jp

塩路一郎

元自動車労連〈現日産労連〉会長。
2月1日、食道がんのため死去、86歳。
1962年から86年まで自動車労連会長。日産自動車の経営にも大きな影響力を持った。日産の英工場進出を巡り、会社側と対立。事実上解任された。72年からは自動車総連の会長を務め労働戦線統一に尽力したほか、国際労働機関(ILO)の理事などを歴任。

2013年1月

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