2012年から2015年に亡くなった芸能人・著名人まとめ

芸能界やスポーツ界、財界などで活躍する芸能人・著名人の訃報が流れると、世間では大きな衝撃が生まれて、その人物の特集記事やコーナーが組まれることが多く有る。本記事では「2012年」から「2015年」の間になくなった芸能人・著名人の情報を、その方の生前の活躍ぶりと共にまとめて紹介する。

出典: 2chradio.net

牧伸二

ウクレレ漫談家(本名は大井守常)。
4月29日、亡くなったことが判明。78歳。4月29日午前0時、東京都大田区の丸子橋付近の多摩川に「男性が飛び込んだ」との通報があり、警察官が駆け付けたところ川に浮いている男性を発見。病院に搬送されたが、間もなく死亡し、家族が牧さんと確認した。
60年代から70年代に「あーあ、やんなっちゃった、あーああ、驚いた」のフレーズをウクレレに乗せて、社会を風刺した「やんなっちゃった節」が人気を博した。63年から現テレビ朝日の「大正テレビ寄席」の司会となり、番組は15年続いた。
02年に脳出血を患い療養していたが、最近でも舞台に立つなど仕事に復帰していた。

大脇照夫

大脇照夫

元プロ野球国鉄投手。
4月28日午前5時20分、肺炎のため愛知県犬山市の病院で死去、83歳。
52年から国鉄(現ヤクルト)でプレーし、56年に無安打無得点試合を達成した。7年間の通算成績は223試合に登板し、35勝71敗だった。

岡村新太郎

出典: www.at-s.com

岡村新太郎(写真右)

元日本代表コーチ。
4月26日午前、心不全のため横浜市内の病院で死去、65歳。
選手として静岡・藤枝東高で1966年度に国体、高校総体、全国高校選手権優勝。80年から90年にかけて日本ユース代表監督、日本代表コーチを務めた。

ジョージ・ジョーンズ

出典: www.cnn.co.jp

ジョージ・ジョーンズ

米国カントリーミュージック界の巨匠。
4月26日、テネシー州ナッシュビルのヴァンダービルト大学病院で死去。81歳。
ジョーンズさんは1931年、テキサス州サラトガで生まれる。幼少期は貧しかったが、独学でギターを学び、10代前半に路上やクラブで歌い始めた。
短い最初の結婚と海兵隊での兵役の後、ジョーンズさんはスターデイ・レコードの共同経営者パピー・デイリー氏に見出され、1954年に「No Money in This Deal」でデビュー。1959年の「White Lightning」で初の1位を獲得した。

田端義夫

出典: www.myspace.com

田端義夫

ギターを抱えた独特のスタイルで歌謡曲を歌い、「バタヤン」の愛称で親しまれた、昭和を代表する歌手。
4月25日午前、肺炎のため東京都内の病院で死去。94歳。
昭和14年、「島の船唄」でデビュー。「大利根月夜」や「別れ船」などのヒット曲を連発。戦後まもなく発表した「ズンドコ節(街の伊達男)」が大ヒットした。「バタヤン」の愛称で親しまれた。
田端さんが収録した曲は合わせて1200曲。平成7年から8年間日本歌手協会の会長を務め、その後、名誉会長として後進の育成に力を注いだ。

今野東

出典: www.k-azuma.gr.jp

今野東

前参院議員、前民主党宮城県連代表。
4月24日、特発性間質肺炎のため死去、65歳。
平成12年の衆院選で宮城1区から出馬し初当選。2期目に、選挙違反事件の連座制適用をめぐる判決を受けて辞職した。その後、参院選比例区で初当選し、24年には野田内閣で復興副大臣に就任。同年12月の衆院選で宮城2区からくら替え出馬したが、落選した。

匣咲いすか

出典: 2ch-m.net

匣咲いすか

ヤングガンガン(スクウェア・エニックス)にて「キャタピラー」を連載していた漫画家。
27歳。
2012年3月に初連載となる「キャタピラー」を開始。本人も意欲的に作品作りに取り組んでいた矢先の出来事だったという。なお現段階で「キャタピラー」の連載については中止。

パット・サマーオール

出典: www.nfljapan.com

パット・サマーオール

スーパーボウルの中継などの実況を務めた米国の名アナウンサー。
4月16日、心不全のためテキサス州の病院で死去。82歳。
サマーオール氏は現役引退後に、アナウンサーに転身し、これまで16回のスーパーボウル中継に携わった。1964年から1993年まではCBS、その後はFOXの中継に関わり、ジョン・マッデン氏との名コンビによる中継は、フットボールファンからも愛され、人気を博した。2002年のスーパーボウルの中継を最後に、第一線を退いていた。

西沢利明

出典: www.weblio.jp

西沢利明

俳優。
4月11日午前3時8分、肺がんのため東京都世田谷区の病院で死去、77歳。
「宇宙刑事ギャバン」「水戸黄門」などテレビの刑事ドラマや時代劇のほか、舞台「ラ・マンチャの男」にも出演した。

三國連太郎

出典: www.jcp.or.jp

三國連太郎

「飢餓海峡」「神々の深き欲望」など数々の映画で重厚な演技を見せ、「釣りバカ日誌」シリーズではコミカルな役柄で親しまれた俳優。本名は佐藤政雄=さとう・まさお。
4月14日死去。90歳。
51年、木下恵介監督の「善魔」でデビュー。「警察日記」「ビルマの竪琴」「異母兄弟」「にっぽん泥棒物語」「復讐ふくしゅうするは我にあり」など、市川崑、今村昌平ら様々な名監督の作品に出演。65年の内田吐夢監督「飢餓海峡」では、過去に殺人事件を犯した実業家役を熱演し、映画賞を総なめにした。
西田敏行さんとコンビを組んだ「釣りバカ日誌」では、上司の社長スーさん役を演じ、シリーズは22作を数えた。

竹田文雄

竹田文雄

元大相撲立行司の第30代式守伊之助。
4月14日午前3時4分、胃がんのため東京都中央区の病院で死去、77歳。
井筒部屋に所属し、定年前の00年秋場所と九州場所で、最高位の行司の一人である式守伊之助として勝負を裁いた。

大友工

大友工

1950年代に、巨人の「第2期黄金時代」を主力投手として支えた。
4月12日、急性白血病のため東京都内の病院で死去。88歳。
大阪逓信講習所を卒業後、神戸中央電信局員、但馬貨物を経て49年に巨人入り。軟式出身ながら強い足腰で横手投げに変え、51年からローテーションの一角に座った。鋭いシュートとスライダーを武器に、52年7月26日松竹戦でノーヒットノーラン達成。53年には27勝で最多勝となり、MVP&沢村賞に輝いた。60年に近鉄を最後に現役を引退。その後、近鉄、中日の投手コーチも務めた。

下条進一郎

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