天穂のサクナヒメ(ゲーム)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『天穂のサクナヒメ』とは、同人ゲームサークル「えーでるわいす」が制作し、マーベラスから発売されたアクションRPG。PS4、Nintendo Switch、PC版が発売されている。戦神であり豊穣神でもある主人公・サクナヒメが鬼の蔓延る島「ヒノエ島」で稲作に従事しながら鬼を退治し、島の秘密を解き明かしていく物語。ゲームは稲作とアクションの2つのパートに分かれて進行する。稲作パートの本格的な作りこみから「農林水産省のHPが攻略wikiになる」と話題になった。

田んぼの再生に大きく貢献したココロワヒメだが、ゆいの機織り小屋、きんたの鍛冶小屋の再建にも大いに力を尽くす。
ゆいには扱いを得意とする糸があったが、これまでの機織り機では切れてしまって、織ることができなかった。ココロワヒメは特殊な仕掛けを施した機織り機を開発し、ゆいはこれまでよりさらに多くの着物を作れるようになった。ココロワヒメは車輪と発明の神。複雑な仕掛けならお手の物だ。
また、きんたは従来の炉では火の温度があまり上がらないために、作れない物があった。ココロワヒメは自身も使っている特殊な炉の仕組みをきんたに提供し、サクナヒメが集めてきた材料で新しい鍛冶小屋が出来た。機織り小屋と鍛冶小屋が新しくなったことで、サクナヒメの服や鬼退治に使う武器もよりよい物が作れるようになった。
また、田んぼに放すための鴨を入れておいた家畜小屋も再建することになるが、かいまるの要望で大きな部屋を付け足すことになる。建て直してすぐは大きな部屋は空だったが、あるときかいまるが峠の外から牛を連れて戻ってくる。驚き慌てるサクナヒメだが、ココロワヒメが牛につける鋤を作ったことで、田起こしを牛に任せられるようになった。

兎鬼の行方

峠を壊滅させた兎鬼を許すサクナヒメ。鬼を退治するのではなく、鬼を許すことで鬼の立場から解放した。

ある日、ミルテが食べ物の減り方がおかしいという相談を持ち掛ける。獣に荒らされたような形跡はなく、誰かが持ち出しているのではないかと言う。その話を聞いていたゆいは、近頃かいまるの様子が妙だと証言する。
河童のときのようにかいまるの身に何かが起こってはいけないということで、かいまるが採集に出かける日、サクナヒメはこっそり後をつけた。かいまるは峠からほど近い洞穴の中へ入っていく。中へ入ると、いつか峠で匿われていた兎鬼が、かいまるから食べ物を受け取っているところだった。
サクナヒメが激怒すると、兎鬼は地面に頭を擦り付けて激しく震えはじめた。こいつのせいで大事な家を失い、危うく死人まで出るところだったと怒り心頭のサクナヒメを、タマ爺が厳しくいさめた。兎鬼を家に匿ってほしいと人間たちに請われたサクナヒメが折れたとき、タマ爺は危険すぎると忠言した。それを聞き入れず、家に兎鬼を置くと決めたのはサクナヒメ自身だ。
兎鬼には、新しい傷が増えていた。サクナヒメたちを嵌めたとはいえ、長く人と関わりすぎた兎鬼は、鬼の仲間には戻れなかったのだ。
すでに報いは受けているのではないかと言うタマ爺に、サクナヒメは「そんなことはわかっている」と苦々しく返す。峠に来たことだって兎鬼の意思ではなく、ただ石丸のいいように使われただけだということも、サクナヒメはわかっている。サクナヒメは、兎鬼に食べ物を渡した。お前のしたことは忘れられるものではない、だがこれ以上は恨まない、お前を許すから、もうすこし生きてみろ。そう言い残し、かいまるを連れてサクナヒメは洞穴を立ち去る。
残された兎鬼が貰った食べ物を食べ始めると、その体が白く光り輝き、兎鬼は1匹の小さな野兎に変じた。兎は飛び跳ねて洞穴を去っていくのだった。

石丸の最後

黄泉神となり、サクナヒメに倒された石丸のもとに、鬼だった兎が現れる。自分を利用して捨てた石丸の最期の姿を、兎は黙って見送った。

北の谷にいた大鯰も、ヨモツホムスビによって黄泉神となり復活していた。田んぼを再生したことで力を取り戻しつつあるサクナヒメは、これを難なく退治する。すると、大蝦蟇のときと同じように光り輝くものが亡骸から現れ、どこかへ飛び去っていった。
大鯰のいた湖よりもさらに奥、谷の最も深い場所には巨大な滝があった。島中の水が集まり、滝となって地中へと流れ落ちているその滝は、かつてタケリビに下された大龍が開けた大穴だった。地中から海へ逃げたものと誰もが思っていたが、水害の神である大龍は島中の水が集まるこの場所を頼りに地中へと逃れ、再起のときをじっと待っていたのだ。
その後、また黄泉神が現れたという報せを受けたサクナヒメは、西の砦に赴く。鬼たちが建てた城の最上階にいたものは、黄泉神となった石丸だった。峠から逃げ出した後、アシグモ族の黄泉神に憑り殺され、自らも黄泉神になっていたのだ。サクナヒメに倒されてなお、「憎い、憎い」と怨嗟を吐き続ける石丸の前に、一匹の野兎が現れた。サクナヒメが許したあの兎だ。兎は何も語らないが、黄泉神となった石丸が消えていくのをじっと見送るのだった。

サクナヒメの決意

大龍と戦う決意をするサクナヒメ。それはタマ爺との別れの決心でもあった。

石丸の最期を見届けたサクナヒメはタマ爺と共に家路につく。考えてみれば石丸は哀れな男で、戦にすべてを奪われたがために人から奪うことに執着し、その妄執に自ら縛られたために命を落としてしまったのだった。今、サクナヒメにとって大切な島での生活、支えてくれる仲間を失えば、サクナヒメも石丸のようになってしまうのかもしれない。皆を失うわけにはいかないサクナヒメはとうとう、大龍と戦うことを決心する。それはタマ爺との別れを意味した。
豊穣神であるサクナヒメは刀ではなく農具を武器とする。タマ爺、つまり「星魂剣」を他の鉄と混ぜて農具に打ち直せば、タマ爺の心は消えてしまう。
サクナヒメはタマ爺に深い謝罪と感謝を伝え、タマ爺は素晴らしい主を二人も持てた自分は幸せ者だと笑った。
こうしてサクナヒメは島を守るため都を頼ることなく自ら大龍に立ち向かうことを決め、火山に陣取って黄泉神を増やし続けるヨモツホムスビを退治した暁には、タマ爺は農具となって消えることが決まったのだった。

鍛冶師きんた

密かな夢だった、最高の刀を打ちあげたきんた。この刀が新たな騒動を引き起こす。

ある日、きんたは鍛冶小屋で一振りの刀を打ちあげていた。ずっと作りたかった最高の刀が、長い苦労の末に出来上がったのだ。峠の誰にも言わずにやり遂げたきんたは、柄や鞘をつけてから皆に自慢しよう、と打ちあがった刀を鍛冶小屋にしまう。
翌日、きんたが鍛冶小屋の中でひどく落ち込んでいるところをサクナヒメが見つける。しまっておいたはずの刀が鍛冶小屋から消えてしまったのだという。峠で使い道のない人殺しの道具をきんたが作っていたと聞いて驚くサクナヒメ。武家の生まれの田右衛門は、使い道はないものの家宝の業物を腰に佩いている。きんたは鍛冶師として、その田右衛門の刀をどうしても超えてみたかったのだ。
タマ爺は鍛冶小屋の中に神の力、神気をかすかに感じると言う。きんたは刀の材料に木魄(こはく)を使ったのだ。木魄とは神の力の宿った石で、都では通貨にもなり、また多く集まれば神そのものの魂にもなるという物質だ。ヒノエ島に巣くう鬼もまた神であるため、退治された後には木魄が残る。きんたはアシグモの手を借りて島を歩き回り、木魄を拾い集めて鉄に混ぜ、刀にしたのだ。神の元を使って打ちあげた刀はもはやただの刀ではなく、神である可能性が高かった。とんでもないことをしてしまったとしょげるきんた。
何はともあれまずは峠を探してみることになり、3人が連れ立って家に入ると、田右衛門が何やら頭を傾げている。その前には、刀身が真っ二つに折られた田右衛門の刀があった。絶句するきんたをよそに、朝起きたら何故か刀が真っ二つになっていた、どうせ使い道のないものだが一応実家の家宝なので、父に知られたらと思うと恐ろしい、と田右衛門はのんびりしている。
タマ爺は鍛冶小屋に残されたものと同じ神気を田右衛門の刀から感じると言うので、間違いなく下手人はきんたの刀だった。しかし人を斬るでもなくなぜ田右衛門の刀だけを狙ったのかがわからない。その理由は、きんたが刀を打つときにこめた念にあった。きんたは刀に、どんな刀より鋭くなれ、何者にも負けない力となれ、と念じて打っていたのだ。まるで石丸と同じだった。きんたは石丸に害されてはいるが、石丸の言葉は正しいと感じていた。弱ければ食われる。善悪ではなく、世の理として正しいときんたは考えていた。きんたは石丸のような強い力に憧れて、鍛冶を始めたのだった。しかし、無心で鉄を叩いているうちに、そんな暗い気持ちは忘れ、ただよいものを作りたい一心だったときんたは語った。
刀がきんたの念に沿って動いているのなら、自身が唯一無二の刀であることを示そうとして田右衛門の刀を斬ったのだと思われた。その後は、さらに自分の強さを示すため、他の刀を探しに行ったのだと考えられた。ただ、石丸や鬼たちが使っていた刀は田右衛門のものと比べようもない鈍らで、きんたの妖刀がわざわざ狙うとは考えにくい。しかし、ヒノエ島で他に業物と言える刀には誰も心当たりがない。
サクナヒメは島での探索を続けながら、きんたの刀探しも続けることになった。

星魂剣(ほしだまのつるぎ)

サクナヒメとヨモツホムスビの二度目の対決。

やっとのことで再び火山の火口に辿りついたサクナヒメ。そこには以前戦ったときとは比べ物にならないほど強大になった黄泉火産霊(ヨモツホムスビ)が待ち構えていた。しかし、田んぼが復活し、各地の黄泉神との戦いをくぐり抜けてきたサクナヒメの敵ではない。
再び倒されたヨモツホムスビの骸から、また光り輝く何かが飛び立とうとする。今度こそとばかりに羽衣で捕まえるサクナヒメ。すると光の中から現れたのは、タマ爺こと「星魂剣(ほしだまのつるぎ)」の刀身だった。
タマ爺はタケリビと大龍の決着の際に折れ、その刀身は砕けてなくなってしまったものと思われていたが、ヒノエ島に残っていたのだ。ヨモツホムスビは星魂剣の刀身を依り代とし、倒されても蘇るほどの力を得ていたのだった。
刀身の発見はサクナヒメにとってこの上ない幸運だった。柄だけでなく刀身も使って打ち直せば、星魂の農具となってもタマ爺の心は消えずに済む。サクナヒメはタマ爺と抱き合って涙を流し、今生の別れが未来へ延びたことを喜び合うのだった。
無事ヨモツホムスビ退治を終えたサクナヒメが峠に帰ると、きんたが出迎えてくれる。サクナヒメがタマ爺を農具に打ち直す件を頼もうとすると、鋭い何かが飛来し、地面に突き刺さった。ひとりでに浮遊しサクナヒメにその切っ先を向けたのは、行方不明となっていたきんたの刀だった。妖刀となった刀はまるで誰かに振るわれているようにサクナヒメに迫り、サクナヒメはとっさに星魂の刀身をかざした。鋭く高い音が響き、きんたの刀はまっぷたつに折れて動かなくなった。
きんたは折れてしまった刀を前に、今回のことはひとえに自分の未熟が招いたことだ、とサクナヒメとタマ爺に深々と頭を下げる。田右衛門の刀を超えた、鍛冶の道を極めた、と浮かれていたが、上には上がいるものだ、と語るきんたの顔つきは清々しい。苦労して打ちあげた刀が折れてしまったことは惜しいが、この道にまだ先があるとわかって嬉しい、きんたはそう言って星魂剣の柄と刀身を預かり、タマ爺は再び大龍を討ち取るため、星魂の農具に生まれ変わったのだった。

ゆいの恩返し

UFOのようなどんぶりのような「訪れしもの」。佇んでいる鶴は真の姿のゆいだ。

ゆいはいつも機織り小屋で機を織っているが、その姿を誰にも見せることはなく、頼まれても頑として断っていた。
あるとき、どうしてもゆいが機を織っているところを見たくなったサクナヒメは、ゆいが強く拒絶するのも構わず機織り小屋に押し入ってしまう。すると、一羽の鶴が小屋から出てきたと思うとどこかへ飛び去り、ゆいは行方不明になってしまう。夜になっても日が変わっても、ゆいは戻らない。途方に暮れたサクナヒメは、きんたが「鶴が北の谷の方へ飛んで行った」と話すのを聞いて北へ向かう。
北の谷には、機織り小屋で見た鶴がいた。この鶴こそがゆいだと確信したサクナヒメは必死に話しかけるが、鶴は答えない。すると辺りが白い光に包まれ、見たこともない浮遊する物体が2つ現れた。その浮かぶものから声が響き、「その者はもう話すことはない、契約により元の姿に戻った」と言う。サクナヒメが何者かと問うと、それらは「私たちは滅びに瀕した故郷を救うため、創世樹によって繋げられた世界を渡るもの。故郷においては『双星の女神』、この二つ世においては『訪れしもの』と呼ばれています」と答え、サクナヒメの羽衣を作り、トヨハナに与えたのも自分たちだ、と言う。タマ爺が神の気配をまったく感じないそれらは、間違いなく頂の世の神ではなかった。
ゆいは、もとは一羽の鶴で、強い願いにより人に変化していたのだ。「訪れしもの」はゆいに「糸を紡ぎ、人と繋がる力」を与え、その対価として「正体を誰にも見られないこと」を求めた。それをサクナヒメが破ってしまったため、契約が解かれ、もとの姿に戻ってしまったのだ。ゆいに人の姿を再び与えるということは人と繋がる力を取り戻すこと、ゆいと人との繋がりを示すことができたなら、新たな対価を以って再びゆいを人の姿に変える、と言いおいて「訪れしもの」は姿を消した。ゆいとの繋がりを示すことは、禁を破る原因となったサクナヒメではできないことだった。
峠に戻ったサクナヒメは、ゆいを取り戻す役目をきんたに任せることにする。
谷にきんたを連れていくと「訪れしもの」が姿を見せるが、きんたには見えていない様子だった。きんたは鶴を見ると、麓の世で自分が逃がした鶴だ、と言う。ゆいがきんたを「命の恩人」と言っていたのはこのことだったのだ。きんたにゆいの正体を言うわけにもいかず、サクナヒメはきんたがゆいをどう思っているか強引に喋らせることにする。きんたはしぶしぶ口を開いた。
付きまとわれてうんざりしたこともあるが、自分が一緒にいていちばん落ち着くのもゆいかもしれない。故郷を遠く離れたこのヒノエ島で同じ訛りを話してくれるのは存外ありがたいものだ。麓の世でずっとひとりぼっちだった自分だが、ゆいのおかげで寂しい気持ちにはならない。ゆいに綺麗な櫛を作ってやる約束をしたから、似合うかどうか見てもらわなければならない。ゆいが帰ってこなければ皆寂しがるから、はやく戻ってくるといい。
きんたとゆいの約束を大きな繋がりと見なした「訪れしもの」は、ゆいに再び人の姿になるための対価を求める。ゆいは人の姿に変じる力に見合った対価を差し出したが、それはゆいと「訪れしもの」しか知らないことだった。
こうして、ゆいは人の姿に戻った。きんたは鶴が消えたと騒ぎ、ゆいの正体には思い当たらないようだった。
峠に帰る道すがら、きんたは「あの鶴また逃がした、捕まえて食いたかったのに」と零した。幸い、ゆいの耳には届いていない。サクナヒメがきんたを問い詰めると、麓の世でも罠にかかった鶴を食べようとしたが、締める前に罠を外して逃げられてしまった、とのことだった。サクナヒメは「その話をゆいの前でしたら殺す」ときんたを脅し、固く口封じをするのだった。

残るか帰るか

ヒノエ島での生活を愛し、しかし自身の夢を捨てられないミルテの言葉。この言葉をきっかけに、峠の者それぞれが自身の身の振り方を考えていくことになる。

アシグモと河童たちの力も借りて、母屋と納屋の立て直しが完了した。さらに、ココロワヒメの力を借りて水車小屋を建て、粉ひきや籾摺りを自動で行えるようになった。
峠での生活はすっかり新しくなったが、ミルテの様子がおかしい。日がな一日考え込み、囲炉裏のそばで祈ってばかりいる。訳を聞いてみると、田右衛門が来年の話をしているのを笑って聞いている自分が恐ろしくなったと言う。ミルテはフォロモス教の神の僕であり、神の言葉を世界中に広めるという夢があった。それを忘れかけていた自分に恐ろしくなったのだ。いつか、サクナヒメは勅命を果たす。頂の世と麓の世を繋ぐ天浮橋も、いつかまたかかる。そのとき、自分たち人間はヒノエ島を離れ、苦しいことばかりの麓の世に帰るのか、それとも残るのか。それを思い悩んでいたというミルテの言葉に、峠の人間たちはそれぞれの未来について考え始める。
ある晩、ミルテと田右衛門はふたりきりで話し合っていた。田右衛門は、麓の世には帰らないことに決めた。戦から逃げた身で父のもとには帰れず、山賊の一味もとうに離散してしまっている。田右衛門を待つものは、麓の世にはない。このヒノエ島以上に田右衛門を満たす生き場所が見つかることもないだろう。この頂の世で稲作に従事しながらサクナヒメに仕える。それが、田右衛門のやりたいことだった。
ミルテは、麓の世に帰ることを決めていた。海を渡って見聞きした様々なことは、ベンタニアのフォロモス教にはないことで、それもまた神の光だとミルテは考えるようになっていた。それを故郷だけではなく、世界に伝えたい。それがミルテの夢だ。特にヤナトで見聞きしたことはフォロモスの教えでは説明のつかないことばかりで、フォロモス教に足りないものがあるならば正さなければいけない。フォロモス教の上層部は厳しく保守的で、新たな解釈を決して認めようとしない。フォロモス教に新しい考えを持ち込もうとして火あぶりになった者もいる。ミルテは恐らく教会を敵に回し、ひとりで戦うことになるだろう。それでも、ミルテには知りたい気持ち、伝えたい気持ちが止められない。それはきっと、ミルテの信じる神へと繋がっている。何年かかるかも、生きて帰れるかもわからない。それでも、ミルテはいつか夢を叶えてこのヒノエ島に戻ってくる、と約束した。ミルテと田右衛門の約束はもうひとつあったが、それはふたりしか知らないことだった。

かいまるの未来

サクナヒメと話すミルテ。かいまるが自分の生まれた世を知るべきだという意見はふたりの間で一致した。

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