『アス』とは2019年に公開されたホラー映画である。監督は1作目の『ゲット・アウト』(2017年)でアカデミー賞脚本賞を受賞したジョーダン・ピール。舞台は1986年のアメリカ。幼いアデレード・ウィルソンは両親とサンタクルーズの遊園地を訪れていた。その際アデレードは自身と瓜二つの姿をした少女に出会う。それから月日が経ち大人になったアデレードは家族4人で再びサンタクルーズを訪れ、休暇を楽しんでいた。そこでのある晩、ウィルソン一家は彼らと同じ姿をした赤い服の4人と出会い、巨大な陰謀に巻き込まれていく。
『アス』の用語
ハンズ・アクロス・アメリカ
監督であるジョーダン・ピールが幼少期に恐怖を感じたという「ハンズ・アクロス・アメリカ」。この時目にした光景からインスピレーションを受け、大勢のテザードが手を繋いで並ぶシーンが撮影された。「ハンズ・アクロス・アメリカ」は1986年5月25日にアメリカで実際にあった運動のことである。アメリカの西海岸から東海岸までを手を繋いだ人によるヒューマン・チェーンで繋ぐというもので、アメリカ国内の貧困・飢餓から救済するために企画された。この企画に参加するためには10ドルの寄付金が必要であった。数百万の人々が15分間手を繋ぎ「ウィ・アー・ザ・ワールド」、「アメリカ・ザ・ビューティフル」、「ハンズ・アクロス・アメリカ」を歌った。参加者数はAP通信の調査では約4,924,000人、『タイム』では600万人以上とされている。ヒューマン・チェーンの長さは4,152マイルに及んだ。
エレミヤ書
三大預言書の一つであり、聖書の中で最も長い書物とされている。預言者エレミヤによる数々の預言と、一つの史実を弟子のバルクが記録補修したもの。さばきと回復という2つのテーマに沿って書かれている。エレミヤはヨシヤ王の第13年(西暦前647年)に南王国のユダに差し迫った滅びの警告をする役目を担い、預言者に任命された人物。
テザード
政府により秘密裏に製造されていたクローン人間。地下での生活を強いられているが地上の人間と繋がっているため、同調し同じことをするという特徴がある。同じ姿をしていながら、異なる生活を強いられる人間とテザードの関係性はアメリカの富裕層と貧困層を表している。
『アス』の名言・名セリフ/名シーン・名場面
ガブリエル・ウィルソン 「砂浜で走れ。負荷がかかりキツいからさ。砂浜で鍛えれば地上で無敵だ。」
サンタクルーズの近くにある別荘に到着し家族で会話をしていた際に、ゾーラの夢の話題となった。陸上が好きなゾーラだが彼女は才能がないと言い、自身の夢に対し消極的である。陸上から離れようとしているゾーラにアデレードは信じれば夢は叶うと言い、ガブリエルはオリンピックの話題を持ち出すことで、彼女に陸上を続ける気持ちを持たせようとした。ガブリエルはちょうどビーチが近いこともあり 「砂浜で走れ。負荷がかかりキツいからさ。砂浜で鍛えれば地上で無敵だ。」と言ってゾーラに具体的なアドバイスも提示。陸上よりも車の運転に意識が向いている彼女に両親の想いが届いたかは不明だが、ガブリエルの言葉は陸上だけでなく、どんなことをするにしても自身を大きく成長させる有効な方法である。普段からキツい環境で練習を重ねることで基準値が上がり、自身を優位に立たせることへと繋がっていくことが理解できるセリフである。
レッド「そしてある日影は気付いたのです。彼女は神によって試されていたのだと。」
アデレードたちの別荘に入り、一家4人と対面するようにして並んだ赤い服を着たレッドたち4人。レッドはそこで涙を流しながら良い暮らしをするお姫様と悲惨な生活を強いられる影の話を語り始める。影の暮らしは惨たらしいものであり、人間であれば精神が崩壊しておかしくない境遇のものであった。涙を流し掠れた声で話すレッドだが、彼女はお姫様と影の話を「そしてある日影は気付いたのです。彼女は神によって試されていたのだと。」として締めくくった。あまりの内容にガブリエルは理解が追いつかない。とても受け入れ難い内容である。レッドが地上で果たした殺戮は許されることではない。しかし自身に降りかかる厄災を試されごととし、人間でありながらテザードに混ざり生き延びることは、余程の強さがなければできることではなかった。救世主と言われ多くのテザードを束ねる存在となった理由が表れているセリフである。
レッド「空の下で育つのはどんな気分だ。太陽を感じ、風を感じ、木々を感じる。お前らには当然のことか。」
地下にある教室でアデレードが来るのを待っていたレッド。
ミラーハウスの地下にある薄暗い教室でアデレードを待っていたレッド。彼女は手を繋ぐたくさんの棒人間が描かれた黒板の方を向き、アデレードに背中を向けながら「空の下で育つのはどんな気分だ。太陽を感じ、風を感じ、木々を感じる。お前らには当然のことか。」と話しかける。太陽も風も木々も無い、地下の密室にいながら、それらがあることを知っており、レッドに感性があることを仄かしているセリフ。テザードにどこまでの知性が備わっているのかは明らかにされていないが、本作に登場するテザードは言語を話せるところまでに至っていない。アデレードたちと会話をしているのはレッドだけである。これはレッドが人間であるからこそ出たセリフであることが窺える。太陽や風、木々を感じながら地上で生きるはずであったレッドの人生はアデレードによって奪われた。レッドの言葉には彼女が人間である証言のようなセリフが隠されている。
『アス』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
作中に点在するエレミヤ書の11章11節を象徴する数字
作中、複数の箇所にエレミヤ書の11章11節を象徴する11の数字が登場する。幼少期にアデレードが遊園地で遭遇したグレンは「Jeremiah11:11」と書かれた段ボールを持っていた。またアデレードの一家4人が別荘に滞在した際、ジェイソンの部屋の時計が気付くと「11:11」を指していたこともある。他にもアデレードが一家でビーチに行く際にタンカで運ばれていた男性が、幼少期にアデレードが遊園地ですれ違ったグレンであるエピソードも存在している。映画の最後に一家が乗っていた車にも1111のナンバーが印字されていた。11の数字を度々目にするが、これらはエレミヤ書の11章11節との結びつきを強めるものとして登場している。エレミヤ書の11章11節は預言者のエレミヤが生きていた時代に神がユダヤ人に語ったとされている言葉。その内容は「それゆえ主はこう言われる。『見よ、わたしは彼らに災いをくだす。彼らはこれを逃れることはできない。』わたしに助けを求めて叫んでも、わたしはそれを聞き入れない。」というものであり、映画の中で警告されていることが伺える。
分断や断絶を象徴するハサミやサンタクルーズ
テザードが武器にしていたハサミ。ピールはスリラー映画へ最高の敬意を払うため、作品の中心にハサミという武器を据えたことを明かしている。また左右対称の刃で挟んだものを切っていくハサミであるが、一対の刃が合わさり切断していくことから、分裂や断絶を起こすものとして捉えることができる。それは人間とテザードの対の関係を表していた。また分断を象徴するものとして、ハサミの他にも表れているものがある。それがロケ地であり、撮影場所に選ばれたのは分断の象徴であるカリフォルニア。その中でサンタクルーズ海岸は観光地として賑わっていながらも、貧困やホームレスなどの問題を抱える側面をもった2面性のある土地であるため、サンタクルーズがロケ地として選ばれていた。
「ハンズ・アクロス・アメリカ」が元になっている手を繋いだテザードの並ぶ光景
映画の冒頭のテレビCMで流れていた「ハンズ・アクロス・アメリカ」。これは1986年、実際に行われたチャリティーキャンペーンである。総勢約650万人もの人が参加した。その際に大勢の人が手を繋ぎヒューマン・チェーンが作られた。大勢の人によって作られたヒューマン・チェーンの連なる光景に恐怖を感じたというピール。そうしたピールの幼少期の記憶からテザードたちの手を繋ぐ光景のモチーフとして「ハンズ・アクロス・アメリカ」が採用された。そこにテザードたちクローンによる恐怖が加わり、本作における怖さとなって映し出されている。
『アス』の主題歌・挿入歌
ED(エンディング):Minnie Riperton「Les Fleurs」
Related Articles関連記事
17歳のカルテ(映画)のネタバレ解説・考察まとめ
『17歳のカルテ』とはアメリカの映画。原題は、『Girl, interrupted』。青年期に精神疾患と診断された主人公スザンナ・ケイセンの精神病棟での成長を描いている。ベトナム戦争の長期化や貧困・人種差別による社会分断の深刻化、主要人物の暗殺など情勢が不安定だった60年代アメリカを舞台に、病棟の内と外、パーソナリティーの正常と異常、自己存在への疑問と確信、それらとは一体何なのかを「境界性パーソナリティー障害」と診断されたスザンナ・ケイセンの視点を通して描いていく。1999年公開。
Read Article
ゲット・アウト(映画)のネタバレ解説・考察まとめ
『ゲット・アウト』とは2017年に公開されたアメリカのサイコ・スリラー映画である。監督・脚本を務めるのはジョーダン・ピール。主人公の黒人男性をダニエル・カルーヤが演じた。アフリカ系アメリカ人の写真家、クリス・ワシントン。白人の恋人であるローズ・アーミテージの実家を訪れたことで、常軌を逸脱した悍ましい陰謀に巻き込まれていく。大勢の白人が集うパーティーが開かれ、クリスは次のターゲットに選ばれていた。本作はアメリカに深く根付いている人種差別の社会的な問題に、映画で踏み込んでいった作品である。
Read Article
NOPE/ノープ(映画)のネタバレ解説・考察まとめ
『NOPE/ノープ』は、2022年8月26日に日本で公開されたジョーダン・ピール監督・脚本のホラー映画作品。日本の配給会社は東宝東和。田舎町で牧場を経営し、ハリウッドへ撮影用の馬を貸し出し生計を立てているヘイウッド一家。ある日突然、空から金属片が降ってくる。OJの父はその金属片が頭部に直撃し亡くなってしまう。数カ月後、OJは心の傷が癒えないまま家業を継ごうと必死だったが、父が亡くなった異常現象の謎に挑むことを決心する。単なる「ホラー映画」ではなく、黒人差別の歴史を踏まえた作品となっている。
Read Article
タグ - Tags
目次 - Contents
- 『アス』の概要
- 『アス』のあらすじ・ストーリー
- 再びサンタクルーズのビーチを訪れたアデレード・ウィルソン
- 瓜二つの姿をしている赤い服の集団
- 地下で作られていたクローン人間のテザード
- 『アス』の登場人物・キャラクター
- ウィルソン一家とテザード
- アデレード・ウィルソン/レッド(演:ルピタ・ニョンゴ/マディソン・カリー(子供時代)/アシュリー・マッコイ(10代))
- ガブリエル・ウィルソン/アブラハム(演:ウィンストン・デューク)
- ゾーラ・ウィルソン/アンブラ(演:シャハディ・ライト・ジョセフ)
- ジェイソン・ウィルソン/プルートー(演:エヴァン・アレックス)
- タイラー一家とテザード
- キティ・タイラー/ダリア(演:エリザベス・モス)
- ジョシュ・タイラー/テックス(演:ティム・ハイデッカー)
- ベッカ・タイラー/イオ(演:カリ・シェルドン)
- リンジー・タイラー/ニックス(演:ノエル・シェルドン)
- その他
- ラッセル・トーマス/ウェイランド(演:ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)
- レイン・トーマス/アーサ(演:アナ・ジョップ)
- ダニー/トニー(演:デューク・ニコルソン)
- ナンシー/シド(演:カーラ・ヘイワード)
- グレン/ジャック(演:ネイサン・ハリントン)
- 『アス』の用語
- ハンズ・アクロス・アメリカ
- エレミヤ書
- テザード
- 『アス』の名言・名セリフ/名シーン・名場面
- ガブリエル・ウィルソン 「砂浜で走れ。負荷がかかりキツいからさ。砂浜で鍛えれば地上で無敵だ。」
- レッド「そしてある日影は気付いたのです。彼女は神によって試されていたのだと。」
- レッド「空の下で育つのはどんな気分だ。太陽を感じ、風を感じ、木々を感じる。お前らには当然のことか。」
- 『アス』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
- 作中に点在するエレミヤ書の11章11節を象徴する数字
- 分断や断絶を象徴するハサミやサンタクルーズ
- 「ハンズ・アクロス・アメリカ」が元になっている手を繋いだテザードの並ぶ光景
- 『アス』の主題歌・挿入歌
- ED(エンディング):Minnie Riperton「Les Fleurs」
![RENOTE [リノート]](/assets/logo-5688eb3a2f68a41587a2fb8689fbbe2895080c67a7a472e9e76c994871d89e83.png)