スガ シカオ(Shikao Suga)の徹底解説まとめ

スガ シカオ(Shikao Suga)とは1997年にデビューしたシンガーソングライターである。自身の曲以外にも多くのアーティストに楽曲提供も行っており、「SMAP」の「夜空ノムコウ」では作詞を担当している。また代表曲にはNHK番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のテーマソング「Progress」等がある。
深い歌詞と多様な音楽ジャンルを融合させた独自のスタイルで、90年代後半から活躍し続けている。

スガ シカオ(Shikao Suga)の概要

スガ シカオ(Shikao Suga)とは、ソウル、ファンク、ロックなど多様なジャンルを融合させた独特のスタイルが特徴的なアーティストである。また、深い洞察力や独特な感情表現による詩的な歌詞が好評で、デビュー当時からラジオ局のヘビーローテーションや音楽誌を中心に業界の注目を集めていた。
そして1998年「SMAP」に歌詞を提供した「夜空ノムコウ」が大ヒットしその名が全国区となった。また当時所属していた事務所オフィスオーガスタのアーティストである山崎まさよし、杏子らと組んだスペシャルユニット「福耳」でも活動していた。
その後NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のためのスペシャルユニット「kōkua」にボーカル及び作詞・作曲として参加。この時の楽曲「Progress」で『NHK紅白歌合戦』に初出場している。2011年にはオフィスオーガスタから独立しており、その後もベテランから若手まで様々なミュージシャンとのコラボイベント等も積極的に行っている。

スガ シカオ(Shikao Suga)の活動経歴

デビュー当時から注目された才能

1997年に『ヒットチャートをかけぬけろ』でメジャーデビュー。97年後半頃から地方キャンペーンやメディアでの宣伝活動などでスケジュールが埋まり、その合間をぬって音楽制作をやるという多忙な生活が始まった。97年9月にはファーストアルバム『Clover』をリリースしオリコン最高位は10位。その後も98年にかけて精力的にシングルをリリースをした。
楽曲の良さとラジオで軽快なトークも出来るキャラクターが受けて評判が高まり、FMラジオや音楽専門誌などでは「謎のニューポップス・カマー」として注目を一身に集める存在となった。

2年目にして大ヒット、多方面での活躍

98年にはSMAPに歌詞を提供した「夜空ノムコウ」が大ヒットした。自身のセカンドアルバム『FAMILY』も高い評価を受け、同年8月には初の全国ツアーが開催された。このファーストツアー開催時からライブのサポートメンバーで構成されるバンドを「Shikao & The Family Sugar」と名付け、2007年のツアーまでこのメンバーで活動していた。
99年には「福耳」名義でのシングル『星のかけらを探しに行こう Again』もリリースし、事務所開催の野外イベント「オーガスタキャンプ」も初開催され「福耳」としてこの曲を演奏した。この初回の「オーガスタキャンプ」は山崎まさよしがメインのライブでラストに杏子、スガ シカオも登場して3人でセッションするという形式だった。
2001年にはベストアルバム『Sugarless』発売。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得した。そして2006年、NHK番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のためのスペシャルユニット「kōkua」にボーカル及び作詞、作曲として参加。シングル『Progress』をリリースした。この曲でソロ名義スガ シカオとして『第57回NHK紅白歌合戦』に初出場した。

所属事務所からの独立

2011年10月オフィスオーガスタからの独立を発表。後のインタビューでは「メジャーでは曲が生々しい形でリスナーに伝わらないため」と語っている。なおこの頃からストレスの為突発性難聴を患うようになった。
2012年6月には完全フリーランスとなって初となる配信限定シングル『Re:you/傷口』をリリース。インディーズでの活動の為、自らライブハウスに連絡を入れ交渉するなど、自分で必要最小限の機材を運びながら一人で全国各地を回った。知名度はあったが、集客のための告知ツールはSNSと無料のメールマガジンのみだった。この頃「最高傑作と自分で胸を張れるアルバムを作って、デビュー20周年を迎える」との目標を掲げた。
そして2014年、SPEEDSTAR RECORDSと契約。約2年ぶりにメジャーレーベルでの音楽活動を再開し、2016年にアルバム『THE LAST』をリリースした。このアルバムで、男性ソロアーティストとしてオリジナルアルバムは10枚連続でオリコンTop10入りの日本記録を達成した。2017年にはさいたまスーパーアリーナでデビュー20周年の記念フェスを盛大に開催し、独立当初掲げていた目標は達成された。このイベントにはスガ シカオと親交のある佐野元春やトータス松本、「Mr.Children」、「ポルノグラフィティ」、「THE BACK HORN」など多くの大物アーティストが集結している。
2020年には公式YouTubeで医療従事者にエールを送る新曲「あなたへ」を公開するなど、その後も自分の信念基づいた活動を精力的に行っている。2022年にはスガのデビュー25周年を記念してデビュー日の2月26日からツアーが開催され、15年ぶりに「Shikao & The Family Sugar」のメンバーが再集結したライブも行った。

スガ シカオ(Shikao Suga)のプロフィール・人物像

1966年7月28日生まれ、東京都出身。本名は菅 止戈男(スガ シカオ)。止戈男という名前は、彼の父親が中国の古典文学に出てくる言葉から取って名付けた。
中学生の頃から「イエローマジックオーケストラ」などの音楽を聞き始めたが、音楽にどっぷりはまり始めたのは高校生からだった。軽音楽部に入り、最初はポジティブパンクやノイズミュージックのようなジャンルの音楽をやっていたが、それに飽きてきた頃にFMラジオから流れて来たマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーの曲に衝撃を受け、それ以来ブラックミュージックにのめり込んでいった。
その後2年間の浪人時代を得て大学生になり、ジャズ、ロック、フュージョン、歌謡曲など様々なジャンルのバンドに参加し、色々な楽器を演奏するようになった。ギター、ベース、ドラム、サックス、ピアノ、コーラスなどをそこそこ演奏出来るレベルになったという。だがその当時はプロのミュージシャンになる事は考えておらず、大学卒業後は制作会社に就職した。
サラリーマンをやりながら音楽活動も続け、社会人1年目頃から曲を作り始めた。多忙な社会人生活を送りながら曲作りを続ける事によって自信が芽生え、本人曰く「ある日突然プロになるぞ」と思い20代後半で4年間勤務した会社を退職した。
退職後は一度一軒家に籠り音楽活動だけに専念していたが、父親が倒れたことにより家業を手伝いながら音楽活動を行い金銭的にも厳しい日々が続いた。
そして退職してから約2年後の1995年、インディーズレーベルからシングルをリリースしその後オフィスオーガスタと契約。1997年に30歳でメジャーデビューする事となった。その後は「SMAP」を始め多くのアーティストに詞や曲を提供し、自身の曲も含め多くのヒット曲を生み出している。
2011年にオフィスオーガスタを独立後も精力的に活動を続け、個人事務所の状態で2014年にはメジャーレーベルに見事復活も果たし、20周年、25周年を無事迎えるなど活躍は衰えていない。テレビやその他メディアへの露出等も引き続き行っている。

人物像としては、スガ シカオは音楽への情熱が非常に強く、自身の音楽を追求する姿勢が際立っている。彼はデビュー当時からテレビやラジオなどのメディアにも積極的に出演し、ユーモア溢れるトークや真摯な姿勢で人気が高まった。また、彼の活躍によってこれまでJ-POPに親しんできたリスナーにも、ファンクという音楽を身近に感じさせる事に成功している。楽曲では日常の光や闇を毒々しい歌詞で表現する一方、人柄は飾らず自然体で親しみやすいキャラクターであり多くのファンやアーティストから親しまれている。

スガ シカオ(Shikao Suga)のディスコグラフィー

シングル

『ヒットチャートをかけぬけろ』

1997年2月26日発売

1. ヒットチャートをかけぬけろ
2. サービス・クーポン
3. ひとりぼっち

デビューシングル。疾走感あふれるポップチューンとなっている。1曲目のアコースティックギターは山崎まさよし、サックスは菊地成孔という実は大物ミュージシャンが参加している作品でもある。

『黄金の月』

1997年5月28日発売

1. SWEET BABY, Half
2. 黄金の月
3. これから むかえにいくよ

A面扱いとなる「黄金の月」が2曲目に収録されており、1曲目の「SWEET BABY, Half」からメドレー形式で2曲目が始まるようになっている。当初スタッフから「難解な歌詞でサビがどこにあるのかも分からない」と言われシングルにするのは反対されていたが、スガ シカオ本人がゴリ押しをしてシングル曲となった。後に「黄金の月」はスガ シカオの代表曲の1つとなり、村上春樹をはじめ多数の著名人も好きな曲の1つに上げている。

『ドキドキしちゃう』

sakakio1
sakakio1
@sakakio1

目次 - Contents