くるねこ(はぴはぴくるねこ)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『くるねこ(はぴはぴくるねこ)』とは、エンターブレイン社から2008年から出版されている、くるねこ大和のブログ本である。単行本20巻までが『くるねこ大和』、21巻以降は新規の読者が手に取りやすいよう『はぴはぴくるねこ』と改題された。作者くるねこ大和は愛知県在住の自称酒とケモノを愛するおばさん。江戸時代が好きで時代小説が愛読書である。作者、夫、飼い猫たちとの日常を漫画と写真で綴るほのぼのとしたブログ。飼い猫たちは愚連隊と称され、作者が彼らの病や死と向き合う様子も描かれている。

『くるねこ』の概要

『くるねこ(はぴはぴくるねこ)』とは、猫との日常を漫画と写真で描くほのぼの系作品。20年も生きるような生き物を拾い続けていたら作者がもたないため、作者がこれ以上扶養家族を増やさないために始めたブログ『くるねこ大和』が元となっている。
ブログの人気が出れば里親が見つかりやすくなるだろうと、ブログ開設当初はデジカメで撮った写真をアップしていたが、写真を組み合わせてセリフを付けていく作業はとにかく時間がかかった。そこである時漫画を描いてみたところ、とても楽だったことから漫画を続けていくことにした。絵のタッチは、一番手がかからない作者の落書き風に描かれている。
漫画のストーリーにしたのは他の猫ブログと差別化を図るためと、写真だけではアイドル猫には負けてしまうため。猫がかわいくて家が広くてきれいであればストーリーはなくても読者が増えるが、そうでなければ目を引くのは大変である。漫画化したことで猫達のキャラクターが出来上がっていった。
そんな猫達と作者との日常の1コマの他、作者が猫達の病や死と向き合う様子などがストーリーの中で触れられている。

『くるねこ』のあらすじ・ストーリー

はじまり

愛知県在住の作者、くるねこ大和はとにかくよく捨て猫に遭遇する。作者自身だけでなく妹も父もよく拾う。
作者がフリーランスになった2006年の春、妹と河原を散歩していたところ、5匹の子猫を拾った。拾って保護するところまでは手慣れたものだが里親探しが難航。器量良しはすぐに里親が見つかるものの、ブサイクはそうはいかない。貰われていきそうにないブサイクはいないかというおかあの一言によりブサイクな1匹は無事に実家に嫁いだが、知人経由で探してみても、猫好きの知人はすでに2匹3匹飼っている。
元々猫ブログをよく見ていた作者はふと思い立ち、里親募集をブログに掲載してもらったところ、すぐに里親が見つかった。どうせ今度捨て猫を見かけたら、迷うことなく(拾うかどうか迷っている時間ももったいない)拾うだろうし、いつも他所様のブログに掲載していただくのもなんだなということで、ブログを立ち上げることにした。本来はそのためのブログだったが、愚連隊(作者の飼い猫たちの総称)の最初の1匹であるもんさんが夏頃に体調を崩した折、読者から勧めてもらった病院の迅速な対応のおかげで無事に回復し、同時に読者からの温かい励ましや応援がとても力になった。なお本猫は退院後、まったく病み上がりっぽくなく、逃げ足は早いし他の猫とは喧嘩をし、三途の川に足を突っ込んだとは思えぬ回復ぶりであった。

白い王子様の愚連隊入り

車上荒らしに遭った作者の妹が警察届を出しに行ったところ、3匹の子猫が落とし物として届けられていた。見かねて引き取り、妹はそのまま作者の元へ。100グラムもない小さな小さな乳飲み子たちであった。
ようやく3匹とも離乳し、さぁ里親募集を、と思った矢先に1匹の歩き方が妙なことに気づく。骨盤脱臼であった。「もう一生この子は自力で排泄できないかもしれない」、という絶望的な猫医者の言葉に作者はめげることなく、うちの子になろうね、と声をかける。こうして愚連隊入りを果たした当猫は成長期だったのが幸いしたのか無事に全快した。
骨盤脱臼以外はなんの苦労もなく、白いお餅のようなステキ王子様となり、愚連隊のメンバーとして作者の家の1Fで優雅に暮らしている。

猫のお守り

2008年6月12日、担当編集者の岡本氏から猫のお守りを頂戴する。ご厚意ではあるが、なんとなく嫌な予感が、と思ったその翌日、お守りのありがたいご利益により、作者は手のひらサイズの3匹の子猫を拾う。
これまで愚連隊の末っ子で愛情をほしいまま貰っていた胡ぼんはむくれているが、作者は猫風邪に罹患している子猫たちにこまめに点眼、せっせとミルクをあげるくるねこ保育園が開園。胡ぼんが拗ねるので、時折子猫のミルクを作った後の鍋をたまに舐めさせてあげることにしている。3匹の子猫が来たことにより、胡ぼんをずっと子猫だと思っていた愚連隊の兄貴分のカラスぼんはようやく胡ぼんがすっかり大きくなったことに気付いたのだった。
このころから作者の老化がはじまり、白髪と飛蚊症に罹患する。
なおこの年はお守りのご利益か、二度目の保育園が開かれることとなる。5匹の子猫を竹藪で拾ったのだった。うち2匹は少々せっかちにこの世を後にしてしまったのだが、残った3匹のうち一番小さな1匹(デビル)が、ミルクを飲めば鼻から出し、トイレは使わず畳で粗相し、歯も生えないうちから噛みついてくるやさぐれ屋で、これまでに少なくともトイレのしつけで困ったことのなかった作者にとって、一番の問題児となった。
色々と考えた末、作者は犬用ペットシーツをガムテープで畳に貼り付け、猫砂をごく薄くその上に敷き、好奇心をくすぐられた2匹がそこで催すのを見せることでデビルに徐々にトイレを覚えさせていったのだった。

将来とくるねこ保育園

2009年に飼い主を亡くしてしまった成猫の一時預かりを受け入れた折、作者は将来を考えることとなる。還暦を迎えるころには愚連隊はもうきっと天寿をまっとうしているだろうけれど、ばあさんが孤独に晩酌をしている姿はなんとも淋しいものがある。かといって子猫を飼うには無責任な年齢でもある。越谷から来た2匹の成猫を迎え入れ、自身の人生のこれからを折しも考えさせられたのだった。
猫のお守りをもらっていないにも関わらず、くるねこ保育園は2009年も開園。猫医者いわく胡ぼんに似ている白い子(胡太(こた))と、サビ柄(ぴょ子)の2匹がやってきた。去年の問題児デビルのトイレトレーニングには約1か月を要したが、今年度は手のかからないとても良い子たちだった。胡ぼんはなぜかぴょ子がお気に入り。胡太はほんのり犬っぽい。
名古屋の夏は暑いため、本来は保温が大事な子猫を好きなように涼ませていたところお腹を壊すハプニングもあったものの、かりかりを食べられるようになったころ、胡太とぴょ子の2匹とも無事に貰い手が見つかった。

6番目の愚連隊員

2010年の初夏から作者の家の庭に住み着いた、野良猫のボロン太。元々は飼い猫だったが、飼い主が引っ越しをする際に置いて行かれてしまったらしい。隙をついて抱っこし、病院で去勢手術を行ったところ、3か月ほどかけて育んだ友情が瓦解してしまい、作者とボロン太の距離感は振り出しに戻る。
しかし、梅雨時期に外は辛かろうと作者が段ボール箱を横倒しにして中にぼろ布を敷いた簡易ベッドを玄関に置いたところ、ボロン太は割とすぐに気が向いてベッドを使うのだった。
朝と晩にごはんを与え続けた作者は少しならボロン太に触ることができるようになったものの、中々捕獲がうまくいかない日が続いていた。が、ある日ボロン太が怪我をしているのを見つける。すぐさま病院へ行かなければ、という思いが先に立ったのが幸いしたのかすんなり捕獲に成功し、そのまま病院へ駆け込んだ。
作者の家へあげてボロン太からトラ松へ改名。ところがトラ松は、人間は大好きだがほかの猫が大嫌い。猫だらけの作者の家ではトラ松と愚連隊は一緒に暮らせないことが判明した。猫にはそれぞれ気性があるため愚連隊員もトラ松もそれぞれが幸せに暮らしていくため改めて里親募集。トラ松はむぅちゃんとして無事に里親の元へ縁付いたのだった。

くるねこ避難所

東日本大震災により被害を受けてしまったご家族から一時的に猫を預かる、くるねこ避難所を作者が自宅に開設。元気で朗らかな三毛の3匹、花梨(かりん)、胡桃(くるみ)、美緒(みお)をお預かりし、同年の2011年7月に3匹(花梨、胡桃、美緒)は福島へと帰還。また、飼い主が見つからずに被災地に取り残されたままだった猫4匹を福島愚連隊として預かることに。
福島愚連隊のメンバーは、来たばかりの頃は飢餓状態で、規定量の給餌では足りないとばかりに毛布までかじる始末だった。見かねた作者が山盛りのかりかりを1日3回与え続けた後、しばらくしてからはそれを残すようになった。作者のところではちゃんとご飯が食べられると分かったのだった。元の飼い主さんが見つからないまま一定期間が経過してしまったものの、無事に4匹とも新しい家族のもとへ縁付いた。

子猫の当たり年と7番目の愚連隊員

2012年は(猫のお守りをもらっていないにも関わらず)5月に5匹、7月に1匹、更に警察署持ち込まれた4匹がやってくるなど、くるねこ保育園は大忙しとなる。常に子猫を保温しつつ、ミルクは6時間おきに1日4回(それぞれ温度の好みもある)、これを離乳食が食べられるようになるまで繰り返す。リビングの床も、仕事場の床も清潔第一に掃除を怠ることは許されない。消耗するかと思いきや、作者は仕事より育児を優先できたため割と元気であった。理解のある担当編集者の清水くんと出版社のおかげである。
7匹目の愚連隊員となる胡てつを拾ったのも2012年だった。
作者の夫が高速道路で胡てつを発見した時には両足骨折、猫風邪で目ヤニ鼻水がひどく、がりがりでぼろぼろの状態だった。そんな半死半生な状態ながら、動物病院で入院中に点滴の管をぶちぶちに噛み千切るというもんさんばりの強さも見せる。胡てつは退院後、白くてもちもちな胡ぼんくんに大層懐き、ブラッシングされるのが大好きになる。
作者は、小牧市で起きた多頭飼崩壊現場から保護された4匹の猫を8月に預かる。40匹以上が一軒の家に押し込められ、4匹は来た当初はほこりとカビの匂いがしたものだったが、そんな環境でも温厚で人好きな猫たちだったため、無事に里親が見つかり4匹とも縁付くことができたのだった。

「食べる」ということ

作者のもとには時折おかあから自家製梅干しや野菜が届く。購入品には値段を消す気配りがしてあるがレシートが入っていたりするのであまり意味はない。これまでに縁付いた猫たちの里親さんも様々な差し入れを贈ってくれることがあり、料理上手なおかあからその才能を受け継いだ作者も納豆を手作りするなどしている。
お刺身や、お肉などが食卓に上がる時には猫たちにもちょっぴりおやつとして与えている。「たまのおやつは良いことだ」と作中でも描かれているように、「食い気は生きる強さ」となるのだ。
2013年、春日井市で起きた猫の置き去り現場から、作者は3匹を保護。元の飼い主は、最初は外にいた1匹だけに餌をあげていたはずが、適切なタイミングで去勢手術をしなかった。そのためどんどん猫の数が増えてしまい、元の飼い主だけでは収拾がつかなくなる。挙句に元の飼い主が引っ越しなどでいなくなってしまったら、残された猫たちは運よく保護されるまで鳴き続けることになるのだ。
この一件について作者は、「『猫好きの優しい人』が置き去りにされる猫を作り続けている」と述べている。

8番目と9番目の愚連隊員

2014年4月、猫仲間が発見した3匹の子猫がやってきた。300グラムほどの大きさで、これまでは母乳で育ってきたため、哺乳瓶を受け付けてくれない。シリンジを使って授乳するのだが、哺乳瓶であれば満腹になると自分から吸わなくなるので満腹になったことがわかりやすい。また哺乳瓶であれば、子猫も自分で適量を吸い込むことができる。しかし、シリンジでの授乳は人間の側で子猫の一口分を見極めて押し出し、満腹になったところも見極めて授乳をストップしなければならない。くるねこ保育園史上もっともやっかいな園児となったのだった。
また胃腸風邪や嘔吐風邪を繰り返し、何度も入退院。兄弟だけでなく成猫のカラスぼんと胡ぼんにも伝染し、作者はここから3か月以上に渡り、家のあちこちを消毒しまくる羽目になるのだった。
3匹のうち1匹は足腰も丈夫で大きな疾患も見られなかったため、猫医者経由で無事に縁付いたのだが、残りの白い2匹はどうにも足元が覚束ない。検査をしてもらった結果、血液に異常は見られなかったものの2匹は小脳に先天的な異常があり、運動障害を持っているため将来のことを考えて愚連隊入りすることとなった。成長するにつれ、相変わらず2匹ともよたよたとはしているが、トイレで転ばなくなり、高いところにも登れるようになった。着々とできることが増えていく中、どうにもおねしょは治らず、時折漏らしては作者に洗われている。
同年、作者は7年間過ごした家から引っ越した。2011年に結婚したものの、式や披露宴もなく写真等も撮っていなかったので新居のお披露目は少し豪華に噺家さんを呼んで執り行なった。
また新居には薪ストーブがあり、これは他の暖房と比較しても「温かさの質が違う」らしく、年をとって寒さに弱くなったカラスぼんがすっかり元気になった。
加えて新居の中庭にはカマツカの木があり、赤い実がなる。ヒヨドリやツグミがやってきたり、キジがフランクに散歩をしていたりするので、愚連隊(とカメラを構えた作者)はじっと熱い視線を送っている。

ロシアのアサシン登場

8歳のロシアンブルーのトムがホームステイにやってくる。ボイスレスキャットとも呼ばれるほど口数が少ないロシアンブルーにしては珍しくよくしゃべるトムだったが、元々1匹で飼われていたため他の猫は苦手だろうと一人部屋にしていた。が、封鎖していたはずの猫ドアをあっさりと突破して、生活圏を胡ぼん、気難しくわがままな老猫ポっちゃんと共にすることになる。一人っ子だったトムだが案外コミュニケーション上手なのだった。
トムの飼い主さんは末期がんを患っており、当初は里親を募集していたが見つからず、作者が預かることになった。トムは時々虫をハントしてくるワイルドな一面も持つ。

クローズドハートの胡マさん

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