氷菓(古典部シリーズ)のネタバレ解説・考察まとめ

『氷菓(ひょうか)』とは、『KADOKAWA』から刊行されている米澤穂信の推理小説『古典部シリーズ』をTVアニメ化したもの。2012年4月から9月まで放送された。原作小説の大筋を踏襲した内容になっており、ところどころ短編の話やアニメオリジナルの話が織り込まれている。
省エネを信条とする主人公・折木奉太郎はひょんなことから古典部に入部することとなる。好奇心旺盛なヒロイン・千反田える、中学生からの腐れ縁・福部里志と伊原摩耶花、彼ら4人が神山高校を舞台に数々の事件を推理していく青春学園ミステリー。

洞察力と推理能力に優れている奉太郎であるが、いつの頃からか「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に。」という省エネ主義者を自称するようになった。
そのモットーゆえ何事にも極力最小限の力で片付け、逆に厄介なことは避けることを心掛けている。
ただし、自分には自分の、他人には他人の、それぞれに合った生き方があると考えているため、別にやる気や活力に満ちている人を馬鹿にしているわけではない。
そのモットーゆえに自分から積極的に動くことは少ないが実は常人離れした推理の才と、観察眼・洞察力を併せ持っている。

「データベースは結論を出せないんだ。 」福部 里志

里志は雑学に長け、現代史から推理小説、はたまた町の名家の情報、学校のちょっとした噂までかなり広範な知識を持っている。
自らを「データベース」と自認するが、「データベースは結論を出せない」が口癖であるように自分から推論を組み立てるようなことはほとんどせず、奉太郎の推理の穴を指摘したり軌道修正したりサポートに回ることが多い。
知識はあるが推論は苦手な自分のことを内心疎ましく思っており、自分は何の才能もない凡庸な人間だと感じている。
この口癖は本当はそんな自分への諦めと自嘲の言葉でもある。

『氷菓』の見所・名シーン・名場面

演出

えるの好奇心に絡め取られる奉太郎。

第一話、初めてえるが奉太郎に好奇心旺盛さを見せたシーンは、アニメ版「氷菓」を象徴するシーンでもある。
えるは瞳をキラキラと宝石のように輝かせながら奉太郎に迫り、えるの髪の毛で奉太郎はかんじがらめにされてしまう。
まるで蜘蛛の巣に捕まってしまった蝶のようになり、えるから逃げられない奉太郎の運命が目に見えて分かる演出となっている。
勿論現実にえるの髪の毛が伸びているわけではなく、あくまで演出(奉太郎の妄想イメージ)である。
また、原作小説は行間を読む理解力がある程度必要であり、言葉だけだと少々分かりにくい部分もある。
アニメ版ではそう言った部分に分かり易い補足映像が付くことで、原作未読の視聴者がストーリーや設定を飲み込みやすくなっている。
しかし言い回しは原作と同じであるため、一度聞いただけでは理解できない難しい台詞などもある。

桁上がりの四名家

神山市内の旧名家、荒楠神社の「十文字家」、書肆「百日紅家」、豪農「千反田家」、山持ちの「万人橋家」の事を指す。
苗字の頭文字が「十、百、千、万」と上がるため「桁上がりの四名家」。
名づけたのは里志で、使っているのも里志のみ。

天才と凡人

本作では主人公・奉太郎が探偵役となり、物語が動いていく。
「クドリャフカの順番」では奉太郎たち「天才」と、天才に憧れる「凡人」が対比して描かれている。
奉太郎の天才的な推理力に憧れているのは、友人でありライバルの里志である。
推理小説が好きな里志は、本当は奉太郎のような探偵役に憧れているが、自分はそうはなれないのだと知り、あくまで自分を結論を出さないデータベースと言うようになった。
しかしクドリャフカの順番では、文化祭で起こった十文字事件に興味を持ち、奉太郎より先に自分が解決すると意気込む。
結論から言うと結局里志は奉太郎に勝てず、里志の行動は全て空まわりするのに対し、奉太郎は簡単に真相に辿り着いてしまう。
摩耶花にとっての憧れの相手は、「夕べには骸に」という同人誌を製作した人であった。
摩耶花は部活で部員達と衝突しており、名作とは何かという議論の末に先輩の「河内 亜也子」に「夕べには骸に」の話をする。
しかし河内は「夕べには骸に」の原作担当の「安城春菜」と知り合いで、河内もまた安城に憧れと劣等感を抱いていた。
「夕べには骸に」は原作を安城春菜、作画を現生徒会長の「陸山 宗芳」、背景とあとがきを総務委員会委員長の「田名辺 治朗」が手がけていた。
特に安城のストーリー製作能力と、陸山の作画能力は天才的で、田名部は陸山に憧れていたが、陸山はあくまで漫画は遊びとし、それ以降漫画は描かなかった。
里志の追っていた十文字事件は、「夕べには骸に」が大きく関係しており、田名部が陸山に対して当て付けで起こした事件であった。
陸山は閉会式で田名辺に「お疲れ」と声をかけるが、これは全てを知っていて言った言葉だったのだろうか、知らないで言った言葉だったのだろうか。
田名辺は、微笑みかける陸山に苦い顔をした。
摩耶花は言い争いになった河内が、自分が「夕べには骸に」より一枚劣ると評価した「ボディートーク」の作者だったことを知る。
摩耶花はボディートークと自分の漫画の出来を比べて落ち込んでもいて、そのボディートークの作者の河内もまた同じ気持ちを安城に感じていたのだと知り、自分の及ばなさに涙する。
えるが欲していたものを持っていたのは、女帝と愛称のついた「入須 冬実」であった。
入須は高い人心掌握能力を持っており、えるは自分も人と交渉する能力を得たいと思っていた。
しかし純粋なえるにとって相手の裏をかいたり、心を読む事は難しく、えるもまた挫折してしまう。
里志と奉太郎、摩耶花と「夕べには骸に」の関係者、河内と安城、田名部と陸山、えると入須、の対比で描かれた。

手作りチョコレート事件

摩耶花は一年前のバレンタインの日、里志に手作りチョコをあげたが、カカオ豆から作らなければ手作りチョコとはいえないと拒否されてしまう。
そんな態度を取られても里志の事が好きだった摩耶花は、今年のバレンタインにも手作りチョコでリベンジをしようとしていた。
えるは摩耶花がチョコを作ろうとしているのを知って摩耶花を応援し、2人でラッピング用品などを買いに行った。
奉太郎と里志は一緒に帰る途中、ゲームセンターに寄って対戦ゲームをしていた。
中学時代の里志は勝負に感情的になり、負けると本気で悔しがり、負け惜しみを言うなどしていた。
しかし現在の里志は負けても悔しくないという態度を取るようになり、奉太郎は里志の振る舞いに変化を感じていた。

バレンタイン当日、登校中に奉太郎とえるが出会う。
えるはバレンタインの話を切り出し、自分の家では本当に身近な人にはお中元やお歳暮などを贈らない事になっていると奉太郎に話した。
つまり、奉太郎にはあげないということである。
摩耶花は漫画研究部の都合で古典部の部室に来られなくなり、古典部の部室に里志へのチョコを置いて行った。
しかしそのチョコはえるが少し目を離した間に消えてしまう。
奉太郎の元に、血相を変えたえると里志が来て事情を話す。
自分の責任で摩耶花の気持ちが込められた大事なチョコが盗まれてしまったと、えるはとても責任を感じていた。
一方、えると一緒に来た里志は何か気まずそうな顔をしていた。
奉太郎たちは摩耶花のチョコを捜索するが見つからず、そこへ部活を終えた摩耶花がタイミング悪く部室へ来てしまう。
えるは摩耶花にチョコが消えてしまったことを話し謝った。
事情を察した摩耶花は悲しそうに微笑んで立ち去っていく。
えるはチョコを探さなければ自分が許せないと激昂し涙するが、奉太郎は天文部の中山が犯人であるとえるを説得し、自分が取り返すと言ってえるを帰らせた。
しかしこの推理はそれっぽく言いくるめた嘘であった。

奉太郎は帰り道、里志にいつも持っている巾着袋を見せろという。
里志が巾着を奉太郎に渡すと、奉太郎は巾着を里志に再び渡し「伊原のチョコをお前に渡す」と言った。
摩耶花のチョコを盗んだ犯人とは、里志の事だったのである。
里志は日頃から自分は第一人者にはなれない、データベースは結論を出せない、と自分を一歩引いた位置から語る事がある。
それは何かに執着する事で負けた時に劣等感を煽られる事に気づき、執着しない事で負けても悔しくないという位置に立ったのである。
奉太郎は気づいていないが、里志の劣等感を煽ったのは天才的な推理力を持った奉太郎であった。
里志は「何にも執着しない事」をモットーにするようになり、そう決めた日から毎日は気軽で楽しいものであった。
しかし、このモットーは摩耶花に対してだけは当てはまらなかった。
里志も摩耶花の事が好きであったが、好きということは執着するということである。
摩耶花への気持ちを認めてしまうことで昔の自分に戻るのを恐れ、摩耶花の気持ちを知りながらはぐらかし続けている。
摩耶花も里志のその気持ちを理解しており、二人にとって今年のバレンタインは里志の心の準備が整ったかどうかの確認でもあった。
結果、里志は「保留」の結論を出し、チョコを盗んで摩耶花から里志へのチョコのやり取り自体を消し去った。
摩耶花もチョコが盗まれたことでその事を察した。
あくまで里志と摩耶花の間では無言で成立したやりとりであったが、ここに予想外の人物が現れた。それが千反田えるであった。
事情を知らない第三者のえるが介入したことで、摩耶花のチョコを里志は受け取ったのか、里志はなんと答えたのか、一部始終をえるが見守ってしまう。
里志はえるにチョコを受け取ったが結論は出さないという事を知られたくなく、えるの居ない一瞬の隙を狙ってチョコを盗んだのである。
そしていつも持ち歩いている巾着にチョコを隠した。
しかし摩耶花のチョコは巾着に入らないサイズであり、里志はチョコを砕いて巾着に入れた。
えるはチョコを砕いて隠すという事自体思いつかなかったのか、里志を疑う事は無かった。
奉太郎は里志に、チョコを砕く時に躊躇いは無かったのかと聞くが、里志は何も答えなかった。
奉太郎はこの件に関して、里志に対し怒りを感じていた。
摩耶花の気持ちのこともあるが、里志の身勝手に巻き込まれる形になったえるを傷つけた事に特に腹を立てていた。
奉太郎は里志の表情などから最初から里志が犯人であると目星をつけていたが、友人である里志を思ってか、傷つきやすいえるを思ってか、えるの前で犯人を暴く事はしなかった。
一方、えるは摩耶花と一緒に帰宅した。
道中で摩耶花は犯人は里志であったこと、奉太郎は里志を庇って嘘をついた事をえるに打ち明けた。
摩耶花はチョコを盗まれても結論を先延ばしにされても、それでも里志が好きであるとえるに話した。
奉太郎は帰宅後、えるに電話でチョコは里志に渡したことを告げ、えるはそれを追求せずに納得した。
そして奉太郎は、姉・供恵から貰ったチョコを口にし、「苦い」と呟いた。

ちなみに、摩耶花と里志はその後電話で話し合い、春休み頃から交際を始める。

奉太郎とえる

省エネをモットーとする奉太郎は、えるに出会ってからというもの、日々好奇心旺盛なえるに振り回されている。
奉太郎がえるを意識する場面は何度かあり、えるもまた奉太郎を意識する場面が何度かある。
しかし具体的な恋愛エピソードは少なく、物語の中でたまに垣間見える程度に描かれている。
「遠まわりする雛」では、雛役で十二単を着たえるに奉太郎は心をざわつかせる。
何にも執着しないとした里志が、そのモットーが当てはまらない摩耶花に対しての対処に困ったように、省エネをモットーとする奉太郎にも同じ気持ちが沸いてしまう。
えるへの好意を認識するということは、奉太郎がえるに対して省エネになれなくなるという事でもある。
えるは千反田家の娘として貢献できるよう理系の道を進むと奉太郎に話し、奉太郎はえるの将来に自分が介入するある意味プロポーズにも似た言葉を発する妄想をするが、言えずに終わった。
一方えるはバレンタインの時、摩耶花に好きな人は居ないのかと聞かれて赤面したり、本当に近しい人には贈り物はしないと言って奉太郎にバレンタインチョコをあげなかった。
そんな2人のもどかしい距離感が描かれる。

『氷菓』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

オマージュ要素

えるはウィスキーボンボンを食べてしまい、酔って笑い上戸になる。

古典部のメンバーをシャーロックホームズのキャラクターに例えているなど、本作はミステリー作品のオマージュ要素が散りばめられている。
愚者のエンドロールで、えるが食べたウィスキーボンボンの数が7個であるが、これは『毒入りチョコレート事件』(著:アントニー・バークリー)で被害者が食べた数と同一。
また、バレンタインのエピソード「手作りチョコレート事件」も「毒入りチョコレート事件」に準えている。
作中で語られる、奉太郎が読んだという「黄色い背表紙の文庫」は、ミステリー小説を扱う「創元推理文庫」の事を指している。
十文字事件ではアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』の法則性を採用している。
作中に出てくる秘密倶楽部「女郎蜘蛛の会」は、『絡新婦の理』(著:京極夏彦)と『黒後家蜘蛛の会』(著:アイザック・アシモフ)が元になっている。
小説の英題も推理小説のタイトルなどからのオマージュとなっている。

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