Jaco Pastorius(ジャコ・パストリアス)の徹底解説まとめ

ジャコ・パストリアスとは、アメリカのエレクトリックベース奏者、作編曲家である。フレットレス・ベースを用いた驚異的な技巧で、リズム楽器だったベースをメロディ楽器の主役へと昇華させた。1976年に『ジャコ・パストリアスの肖像』でソロデビューし、同年ウェザー・リポートに加入。世界を席巻した。パット・メセニーやジョニ・ミッチェルとの共演などジャンルを超えて活動し、音楽史に不滅の足跡を残した。エレクトリック・ベースをアンサンブルの花形へと押し上げた伝説的ミュージシャンである。

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ウェザー・リポート時代の最大のヒット曲。ジャコはウェザー・リポートの一員として、ジョー・ザヴィヌルやウェイン・ショーターらと共に黄金期を築いた。

Jaco Pastorius(ジャコ・パストリアス)の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

ジャコの奇行はアルコールやドラッグだけでなくトップスターであることのストレスが原因説

ジャコは世界最高のベーシストと称されながらも、35歳という若さで悲劇的な最期を遂げた。彼の死因は、乱闘の際に投げ飛ばされたことによる負傷がもととなった。
ジャコの晩年の奇行は、長らくアルコールやドラッグによるものとされてきた。しかし、家族の証言によれば、彼は双極性障害(躁鬱病)を患っていた可能性が高い。過度なアルコールとドラッグの摂取が、この病状をさらに悪化させたことは否定できないが、彼が依存に走った背景には「音楽家として常にトップスターでいなければならない」という極限のプレッシャーがあったという。
また、妻であったイングリッド・パストリアスは、1980年代の日本公演での奇行が、日本の某ジャズ系音楽誌を通じてアメリカへ誇張された形で伝わったことを指摘している。この報道が彼に対する偏見を強める原因になったとして、彼女は生涯日本のメディアを快く思っていなかった。天才ゆえの孤独とプレッシャーが、彼を酒とドラッグ、そして悲劇的な結末へと追いやってしまったと言えるだろう。

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