屍者の帝国(Project Itoh)のネタバレ解説・考察まとめ

『屍者の帝国』とは、作家・伊藤計劃(いとう けいかく)と円城塔(えんじょう とう)による小説、およびそれを原作とした漫画・アニメ映画である。物語の舞台は、生者が屍者として生き返り、産業や文明を支えるようになった19世紀の世界。屍者の秘密と魂の正体について迫る主人公のジョン・H・ワトソンと、仲間達の旅を描いている。日本のSF文学賞・星雲賞日本長編部門と日本SF大賞特別賞を受賞。第2回SUGOI JAPAN Awardエンタメ小説部門で1位を獲得した。

ジョン・H・ワトソン「おかえり、フライデー」

映画冒頭、屍者となったフライデーの様子を確かめるワトソン。

映画版の物語冒頭、フライデーとの生前の約束を果たす為に彼を屍者化したワトソンは、屍者として蘇った友に「おかえり、フライデー」述べた。このシーンは、2人の関係性に「友人」が追加された映画版ならではのオリジナルの為、小説版には存在しない。その為、本セリフが映画の告知PV内で公開された際、『屍者の帝国』の映画化を待っていたファンを騒然とさせる事態となった。予想外のセリフではあったが、だからこそ映画版が小説版とは異なる展開になる事がハッキリとわかる印象的なものだったともいえる。また映画版『屍者の帝国』のワトソンは、生前のフライデーとの約束や彼の蘇生に強く執着し、それが彼の行動理念になっている。屍者として蘇ったフライデーが生前の彼ではないという事をあくまで理解しながらも、あえて「おかえり」と声をかける様からは、ワトソンのフライデーへの深い友愛や映画版のストーリーの目的を一挙に感じ取れる。映画版『屍者の帝国』を代表する名セリフだといえる。

ハダリー「私は魂がほしい。涙を流すための、悲しみや苦しみを感じるための魂がほしい」

ワトソンに自身の目的を告げるハダリー。

映画版『屍者の帝国』で、「魂」を求める存在として描かれたハダリー。小説版ではレッド・バトラーという行動理念が存在していたからか、ハダリー自身はそこまで深く魂に執着はしていない。だが映画版ではレッド・バトラーの登場はカットされた為、その代わりとなったのが「魂」だった。人造人間として造られた事がハッキリと明確に演出された映画版ハダリーは、自身の父であるトーマス・エジソンと同じものを感じようとしてか執拗に「魂」の正体を探ろうとしている。「私は魂がほしい。涙を流すための、悲しみや苦しみを感じるための魂がほしい」というセリフは、そんな映画版ハダリーの信念を表現したセリフだ。
また『屍者の帝国』は、全てのメディアミックスの中で「魂」に焦点をあてたストーリーが展開されている。これはどんなに改変が行われたとしても、変わらない。映画版ハダリーのこのセリフは、そんな本作の根底にある題材を映画版の注目の仕方で表現したものだといえるだろう。

フライデー「ぼくは、物質化した情報としてここにある。今、ぼくが今こうして存在するのは、あなたのおかげだ。もし叶うなら、せめてただ一言を、あなたに聞いてもらいたい。この言葉が物質化して、あなたの残した物語に新たな生命をもたらしますよう。ありがとう」

映画ラストで「意識」を手に入れた後のフライデー。

小説版映画版共にワトソンと共に行動し、彼の旅の記録を取る事を任としていた屍者のフライデー。「ぼくは、物質化した情報としてここにある。今、ぼくが今こうして存在するのは、あなたのおかげだ。」というセリフからは、フライデーが記録者として記し続けてきたワトソンの旅(情報)を言葉として知り、それが魂(自我)を生み出すきっかけになった事が推測できる。映画版では、生前のフライデーの魂=言葉だという仮説を実証する為にワトソンは動いていた為、フライデーが自我を持った事でワトソンは生前の友の仮説を証明できたようにも思える。だがこの時点でワトソンは「屍者の言語」を自身の中に封じ込めていた為に、今までの自分の上に新たな意識を植え付けてしまっている。明確な詳細は不明だが、これによりフライデーの自我が芽生えた時点でそこにいるワトソンはこれまでのワトソンとはまた異なる魂を持った存在となった。フライデーの知るワトソンの「魂」を持つ彼は、もうそこにはいないと捉える事ができる。「もし叶うなら、せめてただ一言を、あなたに聞いてもらいたい。この言葉が物質化して、あなたの残した物語に新たな生命をもたらしますよう。ありがとう」という後者のセリフは、名探偵ホームズの助手のワトソンとして新たな人生(物語)を歩み始めた彼に、フライデーがそれでも魂(自我)をくれた事へのお礼を述べたいという彼の意思にほかならない。それと同時に、感謝を述べるために今度は彼がワトソンの「魂」を探す存在になろうとしている、という風にも捉えられる。ファン間で「今後もフライデーがワトソンに関わるのではないか」と推測されているのは、これが最大の理由だと言える。「魂」の存在について考察し続ける『屍者の帝国』の物語に結論が出ると同時に今後の展開をも想像させられる、未来を感じる名セリフである。

『屍者の帝国』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

『屍者の帝国』は『虐殺器官』と『ハーモニー』と同世界線の可能性がある

同世界観の作品だとされる、『虐殺器官』・『ハーモニー』の劇場版メインビジュアル。

一つの作品として独立している『屍者の帝国』だが、一部のファン間では伊藤計劃の作品『虐殺器官』・『ハーモニー』と同世界観の物語である可能性が考えられている。その主な理由は、『屍者の帝国』に登場した民間軍事会社・ピンカートンの設定が『虐殺器官』の世界観に通ずるものがあるから、というものである。『虐殺器官』にもピンカートンのような民間軍事企業が登場しており、こちらでは屍者ではなく戦争そのものを商品として売買しているような形となっている。設定が類似している事から、『屍者の帝国』の世界観が発展した先にあるのが『虐殺器官』なのではないか、と推測されている模様。『虐殺器官』と同世界線の場合、公式で同世界である事が明かされている『ハーモニー』とも自然と世界線が繋がっている事になる。あくまでもファン間での憶測であり、公式からの明言はない。

映画・漫画版が大幅に改変された原因は放映時間

小説版『屍者の帝国』の表紙。

映画版・漫画版では、原作者の伊藤計劃が書き遺した冒頭30ページがまるまる削除されてしまった『屍者の帝国』。この理由について、映画のパンフレットにて監督の牧原亮太郎が「放映時間」に原因があった事を明かしている。
牧原亮太郎いわく、当初は原作をそのまま脚本化したとのこと。だがそれをそのまま映像化すると、3~4時間ものの長編大作となってしまう為、致し方なくさまざまなシーンをカットしたのだそう。冒頭を削る事は特に勇気がいる事だったとも明かされており、言い換えれば放映時間という制約さえなければ冒頭シーンが消される事がなかったとも捉えられるだろう。結果として、削除自体には否定的な意見を挙げたファンもいたが、「原作の膨大なストーリー・情報量を考えればよく2時間でまとめた」といった肯定的な意見も多く見られる。

小説版と映画・漫画版の違いに対する評価

漫画版『屍者の帝国』1巻の表紙。

原作である小説と映画版・漫画版の違いは、以下の3点である。

・小説において存在していた冒頭30ページがまるまるカット
・細かいシーンの展開がいくつか変更・追加されている
・ワトソンとフライデーの関係性が変改している

特にファンの間で物議をかもしたのは、3番目のワトソンとフライデーの関係である。小説版ではウォルシンガム機関所有の記録専用屍者であるフライデーが、機関の一員であるワトソンの旅路を記録する為に彼に同行しているだけだった。それが映画版・漫画版では、生前はワトソンの学友であったという設定が追加された。これに合わせて冒頭のストーリーも、若くして病で亡くなったフライデーの代わりに、彼が提示した「言葉が魂の本質である」という仮説を証明する為、ワトソンが彼を屍者化させる展開に変更された。その後の展開も、小説版では「カラマーゾフからの依頼」という理由でヴィクターの手記を探していたのに対し、友の仮説を証明する事を理由にヴィクターの手記を求める形に変更されている。このような大幅なストーリーの変更にくわえ、ワトソンがあまりにもフライデーに執着する為、「友情表現が過激すぎる」という声がファンの間で飛び交う事となった。だが、逆にこの表現によって新たなファンを獲得することにもなった。

円城塔も驚いた映画版の設定

映画版で設定が追加された、生前のフライデー。

映画版ならびそれをもとに再構築された漫画版の『屍者の帝国』では、ワトソンとフライデーに「友人であった」という新たな設定が加えられている。この設定は、映画の制作が行われる最中で生まれたものだ。小説版の際には、一切として考えられていなかった設定である。これについて円城塔は、「自分には思いつくこともできなかった、背中に貼られた紙のようなもの」といった感想を寄せている。要するに、自分では全く思いつけなかった、他の人の視点や教えでようやく気づく事ができる発想だったという事のようだ。映画の制作案が持ち上がらなければ見る事ができなかったかもしれない、奇跡的な設定だと言っても過言ではない。

『屍者の帝国』の主題歌・挿入歌

主題歌:EGOIST「Door」

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