虐殺器官(Project Itoh)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『虐殺器官』とは、作家・伊藤計劃(いとう けいかく)による小説、およびそれを原作とした漫画・アニメ映画の事である。ジャンルはSF。実在する国・ボスニア・ヘルツェゴビナの首都であるサラエボが、テロによりクレーターとなったIF世界観の現代が舞台となっている。アメリカの特殊部隊に所属する主人公・クラヴィスが、世界各地でテロを起こす虐殺の王・ジョン・ポールを捕獲するまでの様を描く。SFのプロが選ぶ「ベストSF2007」の国内篇と「ゼロ年代SFベスト」国内篇で第1位を獲得した、日本SF界を代表する作品。

『虐殺器官』の概要

『虐殺器官』は小説家・伊藤計劃(いとう けいかく)による小説、またはそれを原作とした漫画・アニメ映画の事である。伊藤計劃のデビュー作でもある。2006年に、SF小説を大賞にした公募新人文学賞・第七回小松左京賞にて最終候補にまで残る。その後同年6月に早川書房から書籍として発行・発売される。また読者が選ぶ小説の大賞・第一回PLAYBOYミステリー大賞にて大賞を受賞した経歴もある。SFのプロが選ぶ「ベストSF2007」の国内篇と「ゼロ年代SFベスト」国内篇でも第1位を獲得している。
2015年にアニメ映画化が決定。「Project Itoh」の名で、フジテレビのアニメ放送枠であるノイタミナが伊藤計劃の他2作『ハーモニー』と『屍者の帝国』とあわせて映画化する事となった。なお作者の伊藤計劃は、2009年時点で癌の再発により亡くなっている。その為、この映画化の企画は原作者不在の状態で行われた。制作発表後、「表現方法の追求」や「制作体制の見直し」を理由に2回の延期が挟まれる。後者の理由においては、『虐殺器官』のアニメ制作を担当していた会社「マングローブ」が、経営難を理由に会社を解散する事態に至った事が大きな要因となっている。その後、チーフプロデューサーであった山本幸治(やまもと こうじ)が設立したアニメ制作会社「ジェノスタジオ」へ、制作が引き継がれる事になる。無事、2017年2月3日に映画が公開される事となった。映画監督には、アニメ『Ergo Proxy』で監督をしていた村瀬修功(むらせ しゅうこう)が迎えられ、キャラクターデザインはかつてノイタミナ枠で放送されていたアニメ『ギルティクラウン』のキャラクター原案を担当したredjuice(レッドジュース)が担当した。redjuiceは、クリエイター集団supercellのメンバーとしても有名である。虐殺や戦争を取り扱った生々しい描写が多い為、映画はR15+指定での公開となった。また最初の映画公開決定時期に、漫画雑誌『月刊ニュータイプ』にて、コミカライズ化が決定。漫画連載が開始される事となった。これは『月刊ニュータイプ』の創刊30周年記念企画として行われた試みとなる。

本作の舞台は、共和制国家であるボスニア・ヘルツェゴビナの首都・サラエボが核爆発によってクレーターとなってしまったという、IF世界観の現代である。世界中で「核兵器は実戦に投入可能で効果的な兵器」といった認識がされており、核兵器でのテロ対策の為に先進国ではIDを使った国民の徹底的な管理体制を行っていた。しかし技術的な進歩が見込めない後進国では、管理体制が曖昧なままとなっており、大規模虐殺や内戦が急激に増えている状況にあった。さらにそれらの虐殺・内戦の影には、ジョン・ポールという名の男が関わっている事が判明する。後進国の虐殺・内戦の対処を行っていたアメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊のクラヴィス・シェパード大尉は、上層部に命じられ、相棒のウィリアムズと共にジョン・ポールの暗殺を命じられる。こうして彼らは、ジョン・ポールを追って、彼が最後に目撃された場所であるチェコ共和国の首都・プラハへ向かう事となった。

『虐殺器官』のあらすじ・ストーリー

虐殺の王・ジョン・ポールの追跡

共和制国家であるボスニア・ヘルツェゴビナの首都・サラエボが、核爆発によってクレーターとなってしまった世界。これにより世界各地で、「核兵器は実戦に投入可能で効果的な兵器」といった認識がされてしまい、先進国はテロを対策する為に人々の行動をIDを使って管理する事を決める。IDの投入により、人々の日々の行動は全て国の情報セキュリティ会社に監視される事となるが、代わりに金銭のやり取りを生体認証で済ます事ができたり、オルタナと呼ばれる装置を用いて現実に仮想現実を敷き、街中のさまざまな情報を共有する権利を得る。一見すると便利な世界となったが、しかし自身の行動は全て国に筒抜けというプライベートがない世界が完成してしまう。
主人公のクラヴィス・シェパ―ドはそんな社会において、アメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊(通称:i分遣隊)と呼ばれる、アメリカ軍所属の特殊部隊に大尉として所属していた。実は先進国にて高度なテロ対策が行われるのに対し、後進国では内戦やテロが多発しており、i分遣隊はそれらの虐殺に関わる要人(犯人格)の暗殺を主とする部隊だった。ある時クラヴィスは、相棒のウィリアムズと共に上層部からの呼び出しを受ける。そこで2人は、後進国で多発している内戦や虐殺の影にジョン・ポールという名の男が関わっている事を知らされる。上層部にジョン・ポールの暗殺を命じられた2人は、彼が最後にいたとされるチェコ共和国の首都・プラハへ向かう事になる。

重要人物・ルツィア・シュクロウポヴァとの接触

プラハに降り立った2人は、ジョン・ポールと関係のある女性・ルツィア・シュクロウポヴァとの接触を試みる。彼女はジョン・ポールの元愛人だった。彼女が外国人相手にチェコ語の教師をしていた事もあり、クラヴィスは海外出張でチェコに来た広告代理店の者のフリをして彼女の教え子になる。だがジョン・ポールに関する情報を探る中で、クラヴィスはルツィア自身に惹かれてしまう。またその傍らでクラヴィスは、ウィリアムズと共にプラハでは人の足取りが追えなくなる傾向が多い事実を知る。さらに、その事象に関わると思われる相手に尾行されたクラヴィスは、逆に相手を捕まえて正体を探ろうとする。しかし相手の網膜や指紋は全て他人のもので形成されており、情報を掴む事はできなかった。
後日、ウィリアムズはルツィアに連れられてプラハ市内にあるクラブに連れて行かれる。そこは現代において珍しい、現金でのやり取りが行われている場所だった。クラヴィスはそこで彼女の口から、ジョン・ポールとの間にあった出来事を聞く。サラエボの事件にジョン・ポールの妻子が巻き込まれた時、彼女はジョン・ポールと共に過ごしていた。彼の家族が亡くなった時に、それに気づかず共に過ごしていた自分達にルツィアは後悔の念を抱くようになる。それを聞いたクラヴィスは、自分が彼女に惹かれた理由が、彼女が抱えているこの後悔(罪)にある事を悟る。というのもクラヴィスにも、彼女と同じように抱えている後悔があった。彼には数年前に、交通事故にあって脳死状態になった母の生命維持装置を止めた過去があった。医師からの許可のもとの決断であったが、クラヴィスはずっと母を本当に殺したのは自分ではないか、と葛藤し続けていたのだ。クラヴィスは自らの胸の内にある後悔を、ルツィアに打ち明ける。ルツィアはクラヴィスがした選択を否定しなかった。してしまった選択への葛藤は消えないが、クラヴィスはルツィアのおかげで救われたような気持ちになる。

ジョン・ポールが明かす「虐殺器官」の意味

クラブでのルツィアとの温かな時間は、その後、すぐに終わりを迎える。クラブの帰り道、クラヴィスとルツィアを謎の集団が襲ってきたのだ。集団の名は「計数されざる者たち」。反情報管理社会の者達の集団で、先日クラヴィスを襲ってきた青年も所属していた。また集団はジョン・ポールと協力関係にもあり、彼らに捕らえられたクラヴィスは、そのアジトでジョン・ポールと対峙する。
ジョン・ポールはクラヴィスが特殊部隊の人間であると見抜いた上で、彼に「虐殺器官」と呼ばれる人間の中にある器官を利用して虐殺を誘発している事を告げる。元言語学者として、国から費用を貰う形で研究をしていた経験があったジョン・ポールは、そこで虐殺を誘発できる文法に気づく。彼は、この文法を作れる人間が持つ脳機能の事を「虐殺器官」と命名する。そしてサラエボの事件以降、自らの研究結果を応用して、各地で虐殺を起こすようになる。
虐殺器官の事を話し終えたジョン・ポールは、ルツィアを連れてクラヴィスの前から去る。残されたクラヴィスは計数されざる者たちからの報復を受ける事となるが、そのタイミングでウィリアムズが彼の救出にやってくる。窮地を脱したクラヴィスはルツィアを取り戻す為、ジョン・ポールを捕獲する事を強く決意する。

先進国の技術が生んだ残酷な戦場

ジョン・ポールとの対峙後、クラヴィスはウィリアムズと共にアメリカに戻る。そこで今度は他i分遣隊メンバーと共に、上層部からジョン・ポールがアフリカで新たな虐殺を展開している事を知らされる。クラヴィスが持ち帰ったジョン・ポールの虐殺方法を聞いた情報軍の指揮官・ロックウェル大佐は、クラヴィス達にジョン・ポールと今回の虐殺に関わる要人達を確保し、アメリカへ連れ帰るように命じる。
すぐさま他の兵士達と現地へ向かったクラヴィス達は、作戦通りにジョン・ポールと標的達を無事捕獲する。だがそこにルツィアの姿はなかった。さらにジョン・ポール達を列車で護送している最中に、彼の協力者であったアメリカの政党の幹部役員・上院院内総務が派遣した部隊に襲撃される事件が発生。戦闘が開始される。さらにその場にいた兵士達は皆、敵も味方も先進国が生み出した最新鋭の技術で痛覚を認知できても痛み自体は感じない身体になっていた。その為、相手に致命傷を負わせても戦力を削ぐ事ができず、多くの兵士が亡くなってしまう。ジョン・ポールは、救出に来た派遣部隊のおかげで逃亡。要人達も派遣部隊によって殺され、作戦は失敗に終わる。

虐殺の理由

作戦失敗後、アメリカに帰還した同じく戦場を生き延びたウィリアムズら他の兵達と共にアメリカへ戻る。またその少し後に、今回の襲撃の主犯であった上院院内総務は、情報軍とのやり取りの結果政界から引退する。それを機に、クラヴィスは再びウィリアムズ達と共にジョン・ポール捕獲の任につく。だが現地へ向かう最中に、現在ジョン・ポールが居るとされる組織・ヴィクトリア湖沿岸産業者連盟からの攻撃を受け、クラヴィス達は分散させられる。1人になったクラヴィスは、そのまま単身でジョン・ポールの居住とされる館に乗り込む。館にはジョン・ポールだけではなく、ルツィアの姿もあった。改めてジョン・ポールと対峙したクラヴィスは、そこで彼が虐殺を起こしていた理由が「アメリカを守る為」であった事を知る。サラエボの件で妻子を亡くしたジョン・ポールは、このような悲しみを二度と引き起こさない為、自身の愛するアメリカを守ろうと決める。アメリカにテロの矛先が向かぬよう、虐殺の文法を用いて後進国でテロや内戦を起こす事を考えついた彼は、以降各地で虐殺を展開するようになったのだった。
クラヴィスと共にそれを聞いていたルツィアは、クラヴィスに彼を逮捕して、彼を公的な裁判にかけてほしいと訴える。クラヴィスはそれを受け入れる。だがその時、彼らの話を影で聞いていたウィリアムズがルツィアを射殺する。実はウィリアムズには、上からの命令でジョン・ポールの件をもみ消す為に、関係者であるルツィアの暗殺命もくだされていたのだ。愛した人を殺されたクラヴィスは激昂し、ウィリアムズと戦う。最終的にその場にグネードを放り投げ、ジョン・ポールと共に館から逃亡する。ルツィアを巻き込み死なせてしまった事を後悔したジョン・ポールは、裁きを受ける覚悟を決める。クラヴィスと共にアメリカへ向かおうとするも、途中にいた特殊部隊の兵士に銃殺されてしまう。逃亡したジョン・ポールを追いかけていたと兵士に勘違いされたクラヴィスは、そのまま彼と共にその場を後にする。

クラヴィスが選んだ罪

ジョン・ポールの死後、クラヴィスはジョン・ポールとの逃亡中に彼から渡された虐殺の文法に関するメモをもとに、今回の事件に関する文章を作り上げる。その後小説版ではニュースクリップで、映画版では公聴会を通して、作り上げた文章を公表する。それにより、アメリカ全土に彼の作り上げた文章が広がり、アメリカは虐殺の坩堝と化す。一連の出来事を通して、クラヴィスは残虐な軍用技術や虐殺器官を発見するきっかけとなった研究をジョン・ポールに行わせたアメリカを、世界にとって危険な場所として捉えるようになっていた。そんなアメリカから世界を守る為、クラヴィスはアメリカ人を殺す罪を背負う覚悟を決める。そして虐殺の文法を用いて、アメリカ国内で虐殺を起こすよう誘発させたのである。
なおこの後の終わらせ方は、小説版・コミック版・映画版で全て異なる。小説版は、残虐な世界となったアメリカでクラヴィスがピザを食べながら、アメリカ以外の平和な国々へ思いを馳せて終わる。コミック版は作中で死んでいった人物達と頭の中でクラヴィスが対話をしながら、虐殺が始まるのを待つ形で終わりを迎え、映画版は公聴会で彼が全てを話し終えたところで終幕する。

『虐殺器官』の登場人物・キャラクター

アメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊

クラヴィス・シェパード

CV:中村悠一
本作の主人公。アメリカ情報軍特殊検索i分遣隊の大尉。小説版は彼の一人称視点で、物語が綴られている。一人称は「ぼく」である。上層部の命で、各地の内戦やテロに関わっているとされる謎の男・ジョン・ポールを追う事になる。
父が銃自殺で、母が交通事故で亡くなっている。特に母の場合は脳死状態に至った彼女を、クラヴィス自身の選択で生命維持装置を止めている。その事がずっと心の中に残っており、作中ではその影響からか時々夢で、死者だらけの「死者の国」の光景を見るようになる。
映画と文学に関して明るい。「言葉」そのものが好きで、「ことばにフェティッシュがある」と母親に評されたほどである。無神論者であり、カトリック信者であるi分遣隊メンバー・アレックスとは対照的な存在。だが神に否定的というわけではなく、作中でも神学についてアレックスと語らっている。

ウィリアムズ

CV:三上哲
i分遣隊の隊員。クラヴィスとは相棒関係にあたる。プライベートな交友関係もある。作中でも、クラヴィスの家でピザを食べながら映画を見ている様が描かれている。ゴシップ話とモンティ・パイソンのコントが好き。軽口が多い傾向にある。妻と子どもがいる。

アレックス

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