屍者の帝国(Project Itoh)のネタバレ解説・考察まとめ

『屍者の帝国』とは、作家・伊藤計劃(いとう けいかく)と円城塔(えんじょう とう)による小説、およびそれを原作とした漫画・アニメ映画である。物語の舞台は、生者が屍者として生き返り、産業や文明を支えるようになった19世紀の世界。屍者の秘密と魂の正体について迫る主人公のジョン・H・ワトソンと、仲間達の旅を描いている。日本のSF文学賞・星雲賞日本長編部門と日本SF大賞特別賞を受賞。第2回SUGOI JAPAN Awardエンタメ小説部門で1位を獲得した。

『屍者の帝国』の登場人物・キャラクター

主要人物

ジョン・H・ワトソン

CV:細谷佳正

元ロンドン大学の医学部生。小説版では、冷静沈着な性格で指導教授のセワードからも認められる程に非常に優秀な元医学生として登場したが、映画版・漫画版では感情的で友情に厚い人間として描かれた。特に友人・フライデーに対しては強い感情を抱いており、彼が立てた「魂とは言葉である」という考えを証明する為にフライデーを蘇生する事に執着している。その為、フライデーの蘇生に関係するかもしれないヴィクターの手記への執着度も原作以上となっており、映画・漫画共にその執着が原因で問題を起こしている。
小説版でウォルシンガム機関の一員になったのは、彼自身の優秀さが見込まれて機関にスカウトされた為となっている。映画版・漫画版では、その優秀さと勤勉さ故の技術を使い、亡き友・フライデーとの約束で彼を屍者化する。その技術をウォルシンガム機関の指揮官・Mに認められ、ウォルシンガム機関にスカウトされる。
ウォルシンガム機関加入後は、機関の命でアフガニスタン北方にある「屍者の王国」について調査をする。その中で新型の屍者の秘密を知った事、そして屍者の王国の建設者であるカラマーゾフからの依頼を受けた事で、最初の屍者ザ・ワンと彼が持つ人造生命の創造に関する秘密が書かれた「ヴィクターの手記」を探す事になる。

キャラクターの元ネタは、推理小説『シャーロック・ホームズ』シリーズに登場する、探偵ホームズの助手・ジョン・H・ワトソン。なお『屍者の帝国』のラストにてホームズと共にロンドンを駆け巡る様が描写されており、彼がシャーロック・ホームズのワトソンと同一人物として描かれていた事が判明している。

フライデー

CV:村瀬歩

ウォルシンガム機関所有の青年型の記録専用屍者。正式登録名は、Noble_Savage_007。屍者の肉体を動かす為の運動制御用エンジン・ケンブリッジ・エンジンと、記録をメモする為のエンジン・拡張エディンバラ言語エンジンが書き込まれ、た「二重機関(ツイン・エンジン)」と呼ばれる最新鋭技術が用いられた屍者である。小説版ではワトソンの任務を記録する為、ワトソンのもとに派遣された屍者となっている。映画版・コミック版では生前はワトソンの友人であり、自身の魂に対する仮説を証明する為、死後ワトソンに頼んで屍者化して貰う。その後、ワトソンがウォルシンガム機関に迎え入れられたのと一緒に、彼もウォルシンガム機関の所有物となる。また記録以外にも、ワトソンが大英博物館の図書閲覧室で集めた情報が全て詰め込まれている為に、辞書としての役割も担っている。屍者に新たな情報を追加できる簡易霊素書込機を使えば、新たな機能の追加も可能。作中では、暗号解説用のプラグインをインストールするシーンが描かれている。映画版においては銃に関するプラグインがインストールされており、銃による戦闘が可能ともなった。物語の最後に、これまでの旅の記録がもとで「フライデー」としての自我が彼の中に芽生える。
映画版・漫画版で登場する生前のフライデーは、天才肌の青年として描かれており、漫画版では「大学の毎週のカリキュラムは木曜日までに消化して、金曜日は必ず大英図書館で過ごしていた」というさらなるプロフィールの掘り下げが行われた。フライデーという名も、彼のこの毎週の行動からつけられたあだ名であったとのこと。なお生前のフライデーが語っている魂は言葉だという仮説は、原作ではウォルシンガム機関の一員であるヘルシングが唱えている。映画版にヘルシングは登場しない為、彼が原作で担った役割を代わりに担ったキャラクターとなった模様。

キャラクターの元ネタは不明。しかしイギリス発の長編小説『ロビンソン・クルーソー(ロビンソン漂流記)』にて、主人公の従者としてフライデーという人物が登場している。これが元ネタなのではないか、とファンの間では推測される。映画版・漫画版に登場する生前のフライデーについては、「ワトソンの親友」「天才肌の人物」というキャラクター設定から、ホームズが元ネタなのではないかとやはりファンの間にて予想がされている。Noble_Savage_007という正式名は、映画『007』シリーズが元ネタと噂される。

フレデリック・ギュスターヴ・バーナビー

CV:楠大典
ウォルシンガム機関の一員。表の顔は、イギリス陸軍大尉である。単身でイギリスの敵国であるロシアやヒヴァ・ハン国を縦横断した事があり、それに関する手記を出版した事で作中では知られている。ワトソンの協力者であると同時に、ワトソンの監視役も担っている。軍隊育ちな事もあってか、屍者に関する技術面への知識は疎い。頭脳派のワトソンに対して肉体派のキャラクターとして描かれており、作中では敵との戦闘時に戦闘員として大いに活躍している。性格も豪快な為、冷静沈着なワトソンとはやはり対の位置にある。小説版ではそれなりに相性があっていたが、映画版・漫画版ではフライデーとヴィクターの手記に執着するあまり度々我を見失うワトソンと衝突したり喝を入れたりしているシーンが多い。また小説版では屍者技術に対して多少なりと頭を働かせていたのに対し、映画版・漫画版のバーナビーはさらに脳筋寄りのキャラクターに改変されており、時折戦闘狂のようなセリフを吐く様も見受けられた。

元ネタは、イギリスに実在した諜報員・フレデリック・ギュスターヴ・バーナビー。階位は大佐。旅行記作家としても知られており、旅行記の『ヒヴァ騎行』が彼の代表作である。『屍者の帝国』のバーナビーが出版した手記は、この旅行記が元ネタとされる。

ハダリー/ハダリー・リリス

CV:花澤香菜

アメリカの発明家・トーマス・エジソンが造り上げた、架空の人造人間の女性。小説版では「計算者」と呼ばれている。同じくアメリカにある民間軍事会社・ピンカートンに所属している。ピンカートンの命でザ・ワンを追っていた。ワトソン一行とは別行動をしていたが、途中で目的が一致した事から共に行動するようになる。解析機関並みの高い計算能力を持っており、その力を使って屍者に使用されているネクロウェアの脆弱性を突く事で、屍者を自在に操れる「音」を出せる。それ以外にも、戦場で火炎放射器を使って敵の屍者達を屠る様も描かれており、屍者に対する戦闘能力が非常に強い。
原作では、自身と関わりが深いレット・バトラーが望んでいると思い、ピンカートンの代表であるユリシーズ・シンプソン・グラントの暗殺を企てる。しかしそれは彼女の人間性が欠落している故に生まれてしまった、いわゆる誤作動のようなものとなっている。映画版では、人造人間として「魂」を求めており、原作よりも人間みが強いキャラクターに改変されている。また原作では「ハダリー」という名であったが、ザ・ワンが「リリス」と呼称していた設定から映画版・漫画版では「ハダリー・リリス」というフルネームが誕生した。

元ネタは、フランスのSF小説『未来のイヴ』の登場している人造人間のハダリー。なお物語終盤にてアイリーン・アドラーという偽名を名乗るシーンがあり、こちらの元ネタは『シャーロック・ホームズ』シリーズに登場した、女性オペラ歌手のアイリーン・アドラーにある。名探偵ホームズを出し抜いた唯一の女性として、ファンの間では有名な登場人物でもある。

ザ・ワン

CV:菅生隆之

ヴィクター・フランケンシュタイン博士が造り出した、世界初の屍者。作中では「第二のアダム」とも呼ばれている。外見は老人。生者並みの思考や言語を話す事ができる。小説版・漫画版では、本編開始20年前に屍者の帝国を築くも、ウォルシンガム機関の一員であるヘルシングに壊滅させられる。以降は表社会から姿を消し、裏で暗躍するようになる。また、屍者技術の原典となった・ヴィクターの手記を所持しており、それ故にウォルシンガム機関含む世界中の組織から狙われている。物語終盤にて、実はかつて共にあった伴侶を蘇生する為に本編中の事件を引き起こした事が明かされる。

元ネタは、イギリスのゴシック・ホラー小説『フランケンシュタイン』に登場する怪物。ザ・ワンを造り上げたヴィクター・フランケンシュタイン博士も、同作に登場するヴィクター・フランケンシュタイン博士が元ネタとなっている。怪物を作り上げた人物であり、マッドサイエンティストの代表格としても有名である。
なお小説版『屍者の帝国』によれば、小説『フランケンシュタイン』とその著者のメアリー・シェリーも作中にて実在している。実際にあったザ・ワンに関するヴィクター・フランケンシュタインの事件を脚色したフィクション小説として、刊行されている模様。だがその全てが嘘というわけではなかった事が、物語後半で明かされる。

ウォルシンガム機関

M

CV:大塚明夫

ウォルシンガム機関の指揮官の男性。ワトソンをウォルシンガムにスカウトした張本人である。小説版は、ワトソンが通う医大の教授・セワードと講師として来校していたヘルシングを通して、彼をウォルシンガム機関に勧誘する。映画版・漫画版ではフライデーを屍者化させたワトソンのもとへ彼自らが出向き、勧誘する。ロシアと英国の中央アジアの覇権をめぐる戦い「グレート・ゲーム」に勝利すべく、戦争の肝となる屍者の情報を得る為にワトソン達に屍者の王国の動向調査の任を下した。映画版ではラスボス的な存在の1人として描かれており、世界から戦争を消す為に全人類の屍者化を目的に、屍者技術の原点であるヴィクターの手記を欲している。また独学で二重機関を造り上げたワトソン自身の技術に目をつけ、彼のフライデーの蘇生に対する執着心を利用する形でヴィクターの手記を手に入れようと考える。

元ネタは『シャーロック・ホームズ』シリーズの主人公・シャーロックの兄・マイクロフト・ホームズ。『屍者の帝国』作中のMという呼称は、マイクロフトの頭文字であると同時に、ファン間では映画『007』シリーズの登場人物・Mのオマージュと推測されている。また本編で深く語られてはいないが、探偵をしている弟がいる事が明かされており、シャーロック・ホームズ自身も物語ラストに登場する為、M=マイクロフト本人であると捉えられる。

エイブラハム・ヴァン・ヘルシング

ウォルシンガム機関の1人。表の顔としては精神科医、東欧の民俗学の研究者として知られている。なかでもドラキュラ伯爵に関する研究が有名で、人々の間では「吸血鬼ハンター」とも認知されている。ウォルシンガム機関のメンバーとしては、イギリスとロシアの戦争・グレート・ゲームの最前線でスパイとして活躍している。小説・漫画版では、本編開始の20年前にザ・ワンが作り上げた「屍者の帝国」を壊滅させている。以降、行方知れずとなったザ・ワンをずっと追っている。映画版は未登場。漫画版でもほとんど登場しない。また小説版は老人として描かれたが、漫画版は荒々しい性格の青年として描かれた。

元ネタは、ゴシック・ホラー小説『吸血鬼ドラキュラ』に出てくる吸血鬼ハンターのエイブラハム・ヴァン・ヘルシング。世界一有名な架空の吸血鬼ハンターであり、本作に登場するヘルシング以外にも多くのパロディ・オマージュキャラが存在している。『屍者の国』の中では、小説版のヘルシングが一番原典に近いキャラ作りがされている。

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