つボイノリオ(坪井令夫)の徹底解説まとめ

つボイノリオ(坪井令夫)とは、愛知県中島郡奥町(現:一宮市奥町)出身のラジオパーソナリティ、シンガーソングライター。自身で立ち上げた企業、有限会社坪井令夫商店の代表取締役としても活躍している。パーソナリティーとして多くのラジオ番組で活躍する傍ら、1970年、スリー・ステップ・トゥ・ヘブン名義で同局をリリースしてレコードデビュー。「金太の大冒険」や「極付け!お万の方」などをはじめ、数多くの下ネタ満載のコミックソングを発表して人気を獲得し、「放送禁止歌の帝王」の二つ名で呼ばれている。

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つボイノリオ(坪井令夫)の概要

つボイノリオ(坪井令夫)とは、愛知県中島郡奥町(現:一宮市奥町)出身のラジオパーソナリティ、シンガーソングライター。自身で立ち上げた企業、有限会社坪井令夫商店の代表取締役としても活躍している。旧芸名は坪井のりおで、テレビリポートの際は坪井金太(つぼいきんた)という活動名義を使用することもある。
大学在学中にCBCラジオの深夜番組『CBCヤングリクエスト』へ出演し、自作曲「本願寺ぶるーす」を披露して頭角を表す。1970年、スリー・ステップ・トゥ・ヘブン名義で同局をリリースしてレコードデビュー。「金太の大冒険」や「極付け!お万の方」など、読点の位置を違えて読み、本来とは全く違う意味になってしまうという「ぎなた読み」での言葉遊びを多用した歌詞を多く取り入れた曲で人気を博す。これらの曲の最大の特徴でもある下ネタをふんだんに取り上げたコミックソングを数多く発表し、「放送禁止歌の帝王」の二つ名で呼ばれている。
ミュージシャンとしてのほか、ラジオパーソナリティーとしての人気も根強く、中部地方や関西地方ローカル番組のほか、『オールナイトニッポン』などの全国番組にも出演。テレビ番組の司会や声優としてなど、マルチな活躍でお茶の間を楽しませている。
また、1985年に自身で立ち上げた有限会社坪井令夫商店の代表取締役も務めており、当時8ビットが主流だったパソコン向けに、ていねい君、まるみちゃん、乱筆君などのフォントを開発して発売した。同社は任天堂のファミリーコンピュータ用ソフトの製作下請けをしていたことでも知られている。

つボイノリオ(坪井令夫)のプロフィール・人物像

出典: ameblo.jp

1949年4月18日生まれ。愛知県中島郡奥町(現:一宮市奥町)で生まれ、1歳半の頃に中島郡今伊勢町(現:一宮市今伊勢町)への引っ越しを経験する。一宮市立今伊勢南保育園、一宮市立今伊勢小学校、一宮市立今伊勢中学校、愛知県立一宮高等学校、愛知大学法経学部経営学科を卒業。大学在学中にCBCラジオの深夜番組『CBCヤングリクエスト』へ出演し、自作楽曲「本願寺ぶるーす」を披露して頭角を表す。大学卒業後に芸能界入りし、1970年にスリー・ステップ・トゥ・ヘブン名義で同楽曲をリリースして歌手デビュー。以降は地元の愛知県を拠点としてラジオDJやテレビ出演、音楽活動を並行して続け、「金太の大冒険」「怪傑黒頭巾」などの「下ネタコミックソング」で一世を風靡する。
1985年には自身が経営する企業「坪井令夫商店」を開業し、パソコン業界においてのフォントの販売、任天堂のゲームの下請けなどの業態で話題となった。
2000年代以降はインターネットラジオ出演や声優としても活動してマルチな活躍を見せるものの、2025年1月に自身が前立腺がんに侵されていることを公表した。

つボイノリオ(坪井令夫)の活動経歴

安定しない鬼才

愛知県中島郡奥町(現:一宮市奥町)に生まれ、1歳半の頃に中島郡今伊勢町(現:一宮市今伊勢町)に引っ越した。愛知大学法経学部経営学科在学中、CBCラジオの深夜番組『CBCヤングリクエスト』へ出演し、自作曲「本願寺ぶるーす」を披露して話題となる。
大学卒業後、就職先として、父親が社員であった名古屋鉄道の入社試験を受けるも失敗。就職先もなくぶらぶらすることになる。その後、学生時代に『CBCヤングリクエスト』へ出演したことが足掛かりとしなって芸能界入りを果たし、番組出演時に歌った「本願寺ぶるーす」で、1970年4月25日にテイチクレコード(現:テイチクエンタテインメント)より、スリー・ステップ・トゥ・ヘブン名義でレコードデビュー。
1972年5月『ミッドナイト東海』のメインDJに採用され、本格的に名古屋でラジオDJとしての活躍を開始。しかし、鈴蘭高原で行われたウッドストック・フェスティバルに「放送局がスト(ストライキ)しているみたいだねー」と放言した「ウッドストック舌禍事件」の引責や、同番組にて行き過ぎた下ネタを繰り返したことで、愛知県教育委員会からのクレームが入る。結果として、つボイは就任からたった5ヶ月で降板を余儀なくされるのであった。
同時期に元スリー・ステップ・トゥ・ヘブン、元チェリッシュの奥山敬造、桑原宏司らと「欲求不満フォークソング・ボーイズ」を結成して音楽活動も本格的に開始。日本ビクター(現:JVCケンウッド)の音楽レコード事業部であるビクターレコード(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)からメジャーデビューを果たすが、それから約2年後に同グループの脱退を表明。つボイの脱退により、バンドも解散することとなってしまう。

名古屋を拠点に「下ネタソング」で人気を獲得

「欲求不満フォークソング・ボーイズ」の解散後は、名古屋を中心にラジオのパーソナリティとして活動を始める。1973年からは担当番組が増えていき『土曜天国』や『ばつぐんジョッキー』などの看板番組を数多く担当するほどの人気を獲得。天野鎮雄や兵藤ゆき、CBCアナウンサーの多田しげおや小堀勝啓らと並ぶ、名古屋のラジオスターとしての地位を築くようになる。
音楽活動も続けており、「金太の大冒険」や「怪盗黒頭巾」など、放送禁止指定を受けた曲を多数発表し、下ネタコミックソングの雄として着実にファンを掴んでいった。
1970年代後半からは活動拠点を東京にも広げ、『オールナイトニッポン』などの全国区のラジオ番組や、『おはよう!こどもショー』、『プリンプリン物語』などのテレビ番組にも出演を始める。その後は体調を崩したことを機に、東京での仕事を切り上げて地元の名古屋へ戻っていった。1981年には、KBS京都の深夜番組『ハイヤングKYOTO』の出演をきっかけに、京都にも活動の場を広げていく。
1985年、自身の手掛ける企業として坪井令夫商店を設立。当時はパソコンも8ビットが主流の時代だが、ていねい君、まるみちゃん、乱筆君などのフォントを発売して話題となった。同社は任天堂のファミリーコンピュータ用ソフトの製作下請けをしていたことでも知られている。

インターネットでの人気獲得と闘病

1990年代後半に入り、インターネット上で「Flashアニメ」と呼ばれる自作動画が流行し始めると、匿名掲示板のキャラクターを起用した動画で使用された「金太の大冒険」が再ブレイク。新たな世代のファンも掴み、後年まで語り継がれる「下ネタコミックソング」として名を馳せるようになった。
このころつボイはインターネットラジオにも進出を始め、『つボイ@ラジオ』や『つボイ楽耳王』といった番組のパーソナリティーを担当。『つボイ楽耳王』は2005年に一旦配信を終了したが、同年8月に生放送番組として復活を果たす。その後約5年間にわたって番組は続き、2010年をもって再度配信を終了した。
また、2006年よりiTunes Storeを中心に新曲の発表を続けており、ミュージシャンとしての活動も再開。2009年4月には、自身の生まれ故郷である愛知県一宮市にある、尾西市民会館で還暦記念のクラシックコンサートも敢行した。しかし同年、体の不調を訴えて病院で検査を受けた結果、軽い心筋梗塞を起こしていたことが判明。約1か月間、担当番組である『つボイノリオの聞けば聞くほど』の出演を休養することが番組冒頭で発表された。
2016年、愛知県が芸術文化の各分野においての向上発展に貢献した個人や団体に贈る「平成28年度愛知県芸術文化選奨・文化賞」を受賞。2018年に日本記念日協会が6月9日を「つボイノリオ記念日」として認定するなど、つボイが長きに亘って打ち立ててきた功績が公に評価され始める。
2022年6月にラジオ番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』出演後に体調を崩し発熱。PCR検査の結果コロナウイルス陽性判定を受け、翌日の『聞けば聞くほど』を休養することを発表した。2025年1月には『つボイノリオの聞けば聞くほど』で、前立腺癌の診断を受けていることを公表。体調に問題を抱え、治療に励みながらも多くのファンを楽しませ続けている。

つボイノリオ(坪井令夫)のディスコグラフィー

シングル楽曲

本願寺ぶるーす

1970年リリース。学生時代にCBCラジオの公開録音に出演した際に披露した楽曲。シングルは「スリー・ステップス・トゥ・ヘブン」名義でのリリースとなった。
初めて民放連から要注意歌謡曲指定を受けた曲である。親鸞による基本経典のひとつ「正信念仏偈」の冒頭部分を繰り返し登場させた歌詞やタイトルが浄土真宗(真宗)系各教団を小ばかにしたものと受け取られかねないが、これが理由かどうかは定かではない。
クレイジーケンバンドの横山剣は、自ら作詞作曲した「まっぴらロック」のサビはこの曲からヒントを得たと語っている。

断絶の壁

1970年リリース。「本願寺ぶるーす」のB面曲。歴然と存在する「壁」に対しての、男の怒りと嘆きを唄ったプロテストソングを自称している。歌詞そのものは大変シリアスなストーリー性を孕んでいるが、最後の最後のオチの仕込みがつボイらしい一曲となっている。

金太の大冒険

出典: www.geocities.jp

1975年リリース。リリースから長きに亘って愛される、つボイの名刺代わりともいえるコミックソング。歌詞そのものは「金太」という一人の男が旅をするというだけのものだが、仕組まれた言葉遊びの数々のおかげで爆笑を誘うものとなっている。

一宮の夜

1975年リリース。「金太の大冒険」のB面曲。つボイの出身地である愛知県一宮市を舞台にした歌謡曲で、CBS・ソニー(現・ソニー・ミュージックレコーズ)版ではA面曲扱いになったバージョンも存在している。このA面曲版では、歌詞がこちらのオリジナル版とは一部異なっているのも特徴。

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