スパイラル(推理の絆)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『スパイラル(推理の絆)』とは、『月間少年ガンガン』にて『名探偵に薔薇を』でデビューした推理小説家の城平京(しろだいらきょう)が原作を担当し、『裏世界ピクニック』の水野英多(みずのえいた)が作画を担当した、1999年8月から2005年10月まで連載されたミステリーアドベンチャー漫画である。ブレード・チルドレンと呼ばれる常人より優れた能力を持つ少年少女たちとの命を賭けた戦いを、主人公である高校生・鳴海歩が身体能力ではなく持ち前の推理能力で切り抜けていく鮮やかさが魅力となっている。

『スパイラル(推理の絆)』の概要

『スパイラル(推理の絆)』とは、『月間少年ガンガン』にて『名探偵に薔薇を』でデビューした推理小説家の城平京(しろだいらきょう)が原作を担当し、『裏世界ピクニック』の水野英多(みずのえいた)が作画を担当した、1999年8月から2005年10月まで連載されたミステリーアドベンチャー漫画である。累計発行部数は510万部。2002年10月1日から2003年3月25日にかけてアニメも放映され、漫画版の番外編となる小説や、鳴海清隆を主人公とした短編『外伝 名探偵 鳴海清隆 〜小日向くるみの挑戦〜』も発行されている。
月臣学園の1年生・鳴海歩は、学校内で起きたある事件を解決したことをきっかけに、ブレード・チルドレンと呼ばれる常人より優れた能力を持つ少年少女たちとの戦いを切り抜けていくことになる。その戦いの中で何故過去に兄が失踪したのか、何故自分がブレード・チルドレンと戦う羽目になっているのか、その理由を知っていく。戦い自体はほぼ命がけのアクションだが、歩に驚異的な身体能力はないため、彼は持ち前の推理力と判断力を武器として戦っていくことになる。いかにして強力な敵を打破するか、その作戦を鮮やかに組み立てて行く様がこの物語の魅力となっている。各話のサブタイトルは、有名なSF小説を元にしたものが多い。

『スパイラル(推理の絆)』のあらすじ・ストーリー

導入編

主人公である月臣学園1年生・鳴海歩(なるみあゆむ)はある日、外階段の踊り場から少女が転落した直後に踊り場に出てきてしまったことから、被害者・宗宮可奈(むねみやかな)を突き落とした犯人であると目されてしまう。新聞部部長の結崎ひよの(ゆいざきひよの)から、可奈が同級生の辻井郁夫(つじいいくお)に片思いをしていたこと、可奈の親友である野原瑞枝(のはらみずえ)が二人の仲を取り持とうとしていたこと、可奈が遠くのものを見る時は眼鏡をかけていたことを聞き出した歩は、犯人が瑞枝であると推理する。瑞枝は踊り場のフェンスに細工し、可奈の眼鏡を度の強いものにすり替えた状態で、「可奈の代わりに郁夫に可奈の想いを伝える、上手くいったらVサインで合図を送る」と可奈に伝え、現場である踊り場から見える裏庭で代理告白を行った。サインを確認するため踊り場で眼鏡をかけた可奈は、度の強さにふらつき、寄りかかったフェンスから転落したのだ。それを瑞枝に突き付けるも、未だ証拠が分析中だったため、話は後日となるが、瑞枝と別れた直後、何故か瑞枝は胸に矢が刺さった死体となって発見された。
瑞枝殺害の犯人は、可奈に片思いしていた郁夫だった。瑞枝はゴムボールを強く脇に挟むことで上腕二頭筋の脈を圧迫して止め、胸に固定できる矢を付けて死んだりふりをしていたのだ。本来郁夫の役割は、瑞枝が死んだふりをしている隙に瑞枝を逃がすことだった。事件発生時校内にいた二人の刑事・歩の義理の姉である鳴海まどか(なるみまどか)と和田谷末丸(わたやすえまる)が歩、ひよのと共に瑞枝を発見した際、瑞枝はまだ生きていた。歩たち四人が犯人を捜しに行き、現場に友人二人と居合わせた郁夫は、二人に教師への連絡を任せ現場に残った。そして起き上がった瑞枝を改めて持っていた矢で殺害したのだ。
郁夫の動機は片思いしていた可奈を殺害されたことだった。そして親友だったはずの可奈を瑞枝が殺害したのは、可奈殺害の数日前に瑞枝が起こした園部隆司(そのべたかし)という男の殺害未遂を可奈に目撃されたからだった。犯行を歩に看破された郁夫は、郁夫と瑞枝が「呪われた子供たち、ブレード・チルドレン」であったため、瑞枝に協力を要請されたと漏らす。その言葉にまどかは「ブレード・チルドレンとは、呪いとはなんのことだ」と郁夫に詰め寄るが、既に放心状態だった郁夫の返事はなかった。
本編の二年前、歩の兄でありまどかの夫であった警部・鳴海清隆(なるみきよたか)は、「ブレード・チルドレンの謎を追う」とだけ歩に電話を残し、失踪していたのだ。この事件をきっかけに、歩はひよのとともに、「ブレード・チルドレン」と呼ばれる少年少女との戦いに巻き込まれていくことになる。

事件編

天才美少年ピアニストのアイズ・ラザフォード、名前以外の経歴が辿っても見つけられない高校生の浅月香介(あさづきこうすけ)、月臣学園一年生の竹内理緒(たけうちりお)、「ブレード・チルドレン」を名乗る彼らは、「歩の知恵と勇気と運を試させてほしい」と、次々失敗すれば命がないゲームを挑んでくる。

アイズが彼自身のコンサートに仕掛けた爆弾を解除したり、歩にブレード・チルドレンの情報を渡そうとした月臣学園の教師である今里(いまざと)を殺害した、との理緒の供述を録音したテープを理緒と香介、歩とひよののチームで奪い合うなど、ひよのの力を借りつつ持ち前の推理力を駆使して潜り抜け、ブレード・チルドレンらと信頼関係を結んでいく歩だったが、その中で二つの情報を得る。
一つはブレード・チルドレンには皆揃って肋骨が一本なく、彼らを「皆殺しにしなくてはならない、呪われた子供たちである」と断じる「ハンター」たちが殺害しようとしていることである。それに抵抗するため、彼らの多くは何度も殺人を繰り返してきたが、それ故に自分たちを人殺しの罪人だと考えている者が多い。
もう一つは清隆がブレード・チルドレンらと繋がり、歩の情報を渡していることだ。それ故にブレード・チルドレンたちは歩の実力を試しつつ、歩に「運命を変える者」としての役割を期待していた。そもそも清隆はかつて「生ける神話」とまで呼ばれた世界的に有名なピアニストであり、その弟の歩も「天使の指先」と呼ばれたピアニストだった。だが歩の才能は限りなく清隆に似てはいるものの、清隆には及ばない模造品でしかなかった。ピアノだけでなく他の事についても同じだ。清隆はありとあらゆる才能に恵まれ、何もかもを自分の思うがままにする洞察力とカリスマ性、強運を持つ神のような男だった。故に歩が欲しがるものはすべて、先に兄のものになっていたのだ。その現実を突きつけられながら生きてきても、歩は兄のことが決して嫌いではなかった。だが現在兄が何を考えて、彼の妻のまどかさえ置き去りにして動いているのか、歩に何をさせようとしているのか全く分からず、歩は混乱する。
そんな中、月臣学園に香介ともう一人、ブレード・チルドレンであり香介の幼馴染である高町亮子(たかまちりょうこ)が転入してくる。それはかつて彼らに戦い方を教えた仲間であり、アイズの無二の親友でもあるブレード・チルドレンの一人、カノン・ヒルベルトがハンターとなって来日したからであった。カノンはかつて率先してハンターを殺害してきた頼もしい仲間だったが、一年前、急に「やはりブレード・チルドレンは滅びるべきだ」と意見を翻したのだという。「清隆の説得でハンターになることだけはやめていたものの、やはり止められなかった」との香介の意見を、歩は否定した。兄の説得が失敗するはずがない。失敗したのではなく、むしろそうなるように仕向けたのだ。鳴海清隆は「そういうもの」であり、カノンを含むブレード・チルドレンらは踊らされているだけである。そう主張する歩は、「一番踊らされているのは、俺だ」と自嘲交じりに叫んだ。
何度もカノンに救われてきた理緒らはなんとかカノンを止めたいと願うが、来日早々カノンはアイズの胸にナイフを突き立てた。アイズは一命はとりとめたものの、意識不明の重体が続く。混乱するブレード・チルドレン達だったが、そんな中カノンもまた月臣学園に転入してきた。
それだけ一気にブレード・チルドレンが一つの学園に集まる状況は異常だ。それに気付いた歩は一つの仮説を立て、理緒に「今、月臣学園にいるブレード・チルドレンは何人だ」と問いかける。それに理緒は、「二十五人。今日本にいるほぼ全てのブレード・チルドレンが、月臣学園に在籍している」と答えた。月臣学園は意図的にブレード・チルドレンを集めた、一種の檻だったのだ。「ウォッチャー」と呼ばれる者たちが、ブレード・チルドレンを観察するために子供たちを一か所に集めている。そして目的は観察でしかないため、ブレード・チルドレンの皆殺しを目論むカノンもまた月臣学園に転入を許されたのだ。
「清隆に踊らされているだけだ」との理緒や香介、歩の言葉もカノンには届かない。カノンはブレード・チルドレン以外は決して殺さないことを最後の一線としつつ、ブレード・チルドレンを皆殺しにし、その後自殺する覚悟を決めていた。理緒たちはカノンを止めるために歩に協力を要請する。それが兄の望みならどうせ踊るしかないのだと諦めながら、歩がそれを受けた頃、カノンはとうとう動き出した。白昼、学園の食堂でカノンは歩に暴行を加え、気絶した歩を人質に学園に立てこもったのだ。

カノンは「学内に爆弾を七つ仕掛けた。学園内のブレード・チルドレンを全員第三体育館に集めろ」と要求した。そこでブレード・チルドレンを皆殺しにする。それがカノンの計画だった。
歩の救出のため、カノンを止めるため、理緒、香介、亮子は無人の学内に潜入する。一方、数日前に意識を取り戻していたアイズも清隆のことを話すのを条件に、まどかを焚き付け学園に車を走らせていた。到着したアイズは、カノンの要求を受けかかってきた電話に出る。もう一度共に歩もうと誘うカノンに、アイズは「火澄に会ったな?」と問うた。カノンはそれを肯定する。ブレード・チルドレンに希望はない、皆せめて安らかな死を迎えるべきだと説得するカノンに、「それでも孤独の中で、神の祝福を願い続けたい」とアイズは断った。
もう一度アイズを殺すことはできない。そんなことをすれば狂気に落ちて、ブレード・チルドレン以外は殺さないという誓いすら守れなくなる。せめて意味がある死を迎えたいと願うカノンは、清隆の思惑に気付く。清隆の目的は、歩にカノンを殺させることだ。歩は世界のために、人を殺すのに慣れねばならないのだ。そのお膳立てとして自分を用意したのだ、と断ずるカノンだったが、歩には意味がわからない。問うても「時が来ればわかる」としか言わないカノンは、万が一にも歩が解放されるようなことがあれば、自分は大人しく殺される。それ以外自分に意味ある死は訪れないと告げ、理緒達を本格的に殺害しにかかった。危うく全滅しかかる理緒達だったが、飛び込んできたまどかの助けを借りてカノンを校舎から放り出し、歩の解放に成功する。

だがそれは同時に、歩がカノンを殺さねば、カノンの無差別殺人を留められないことを意味していた。カノンを殺すしかないのかと歩は諦めかける。だがそれを止めたのは、同じく潜入して理緒達に手を貸していたひよのだった。まだ歩は彼自身の力である推理力を使っていない。十分程度カノンを足止めしてくる、その間にカノンを止める術を考えてくれと、ひよのはカノンの足止めに向かった。
不可能と思われたカノンの捕獲だったが、カノンの身体は既に反射で殺人を行えるほどに鍛え上げられていること、だがその反射した相手が殺してはならない相手だった時に一瞬の隙ができることを歩は推理した。ひよのの命がけの足止めも功を奏し、学内に入ったアイズも含め、六人がかりでカノンに麻酔銃を打ち込み、カノンを生きたまま止めることに成功する。

解決編

先の事件で入院することになった歩は、何が原因でこんなことが始まったのか、とアイズに問う。それに対し、アイズは「何事もに表と裏がある。光がなければ闇はなく、事件がなければ名探偵は存在しない。ナルミキヨタカのような神のごとき人間が存在するならば、それと対を成す悪魔のごとき人間がいるとは思わないか」と答えた。
アイズの説明はこうだ。この世界には造物主がいて、ありとあらゆるものを造物主が作った。そしてある時気まぐれで、人間を滅ぼすことにした。そのために遣わしたのが「悪魔」であるミズシロ・ヤイバだ。ヤイバは元々肋骨が一本欠け、ありとあらゆる才能に長けた神のような男だった。清隆が生まれる十六年前に生まれたヤイバは、才能だけでなくそのカリスマ性で人々を惹きつけた。二十三歳の時に自らをリーダーとする「騎士団」と呼ばれる組織を結成、活動内容は不明瞭ながら政財界まで取り込み組織を巨大化させていった。彼に従えば必ず成功し、彼に歯向かえば例外なく破滅する。だがそれだけで人間を滅ぼせるはずもない。人間を滅ぼすためにヤイバが二十九歳の時に立ち上げたのが、ヤイバの子供を人工授精で大量に量産する、「ブレード・チルドレン計画」だった。誰もがヤイバの血統を欲しがり、結果として八十人ものブレード・チルドレンたちが誕生した。つまりヤイバはブレード・チルドレンたちの父親なのだ。この計画はヤイバの能力がどれほど遺伝子によって引き継がれるものなのかを図るためのものでもあったが、子供たちは四歳の時点で、誰一人例外なく優れた能力を得た。優れた才とカリスマ性を持つ子供は、やがて集団のリーダーとなるだろう。ブレード・チルドレン計画が続けば、優れた子供たちは更に増える。やがてこの世にヤイバの血統を持たない者はいなくなる。また、ヤイバは本能的に人間を嫌っているように見えたことがあった。ネアンデルタール人をホモサピエンスが駆逐したように、ヤイバは自らの遺伝子で現在の人間を駆逐するつもりだったのだ。誰一人の例外なくヤイバ同様の優秀さを得るという子供たちの成長に慄いた者たちは、ヤイバに計画の中止を訴えた。その際ヤイバが語ったのがこの造物主の話であり、「我が意志は人間の駆逐 我が血はこの意志を伝える 成人したブレード・チルドレンは人間を滅ぼすように行動する 逃れようもなく」だったのだ。歩はヤイバとブレード・チルドレンの関係が、遺伝子のつながりという面において自分と清隆にそのまま跳ね返ってくることに戦慄する。
アイズは続けて語る。ヤイバもまた、成人前は慈悲深き神のようであり、心から人間の未来を思っていた。だが二十歳の時に「神託」を受け、その時何故自分がこのような力をもって生まれたのか、何をすべきなのかを知ったのだという。そしてヤイバは「悪魔」として覚醒した。それまでのヤイバは完全に塗りつぶされたのだ。生まれつき残虐な悪魔であれば、人間社会からはじき出されてリーダーとなることはない。だが成人後に悪魔となるならば、それまでの業績で目覚めた本性を覆い隠すことができる。事実、ヤイバは二十歳以降に影で相当な人数の人を死に追いやっていたのだ。
そしてブレード・チルドレン達にも同じことが起こる。年齢は絶対的な基準ではなく、外的要因からスイッチが入った者もいる。ハンターを殺し続けたカノンもまた、あと一歩でスイッチが入るところに来ていた。擬態を覚える前にスイッチが入った子供は、血の目覚めに頭も体も対応できず、人を見境なく殺し続ける悪魔になる。アイズや理緒、香介たちももうすぐ二十歳だ。もうすぐ彼らは彼らでなくなり、人間を殺す「悪魔」となる。
退屈しのぎにヤイバが教えたこの事実に、騎士団はハンター、ウォッチャー、あくまでヤイバを支持するセイバーに分裂した。この時五歳になっていたブレード・チルドレンたちは、いずれ人を滅ぼす悪魔になるのだとハンターたちの手で二十人以上が殺された。その際、彼らは自分たちが呪われた子供たちであると、血と爆風の中で嫌でも理解させられたのだ。ハンターたちは当然ヤイバの殺害を目論んだが、ヤイバを殺すことはできなかった。どれほどの凶刃、どれほどの爆薬が迫ろうとも、信じられないような強運・偶然の連続がヤイバを守った。人間にヤイバは殺せなかったのだ。それを殺したのが、二十歳になった清隆だった。清隆は「神託」を受け、もう一人の造物主から遣わされた「神」だったのだ。造物主にも「善」と「悪」の両者がいたのだ。清隆はヤイバの影響力を全て破壊した。
後はブレード・チルドレンが残されたが、残された五十八人の子供たちは六歳だった。まだ六歳、しかし彼らはやがて人間を滅ぼす「悪魔」となる。生かすか殺すかの議論の中、清隆が示したのが当時五歳だった歩だった。神に似て神でないもの、盤上に残された歩は、ブレード・チルドレンを救う「神」になりうるかもしれない。苦し紛れの時間稼ぎと思う者も多かったが、歩が一定の年齢に成長するのを待ってブレード・チルドレンを救済する計画として、ひとまず問題は先送りにされた。歩はあらゆる力に恵まれながら、似ている故に清隆に全てを奪われてきた。故に奪われる者の気持ちがわかる、だから奪われ失われる者のために必死になれる、そういった人間になるよう育てられてきたのだ。「救いの神」として目覚めるためにそう育てられた彼は、ひとまず「救いの神」として目覚めたのだ。
ここまでが表向きの話である。だが事実はそうではなかった。清隆がヤイバを殺すために生み出されたように、歩も「もう一人の悪魔」を殺すために生み出されたにすぎなかったのだ。それがミズシロ火澄という、ヤイバの弟である現在十六歳の少年だった。ヤイバ同様にどれほどの攻撃が加えられようと死ぬことのない、現在はまだ神のような少年だ。彼の存在を知ったことで、カノンはブレード・チルドレンに救いはないと絶望してハンターに回ったのだ。
それでも歩はまだ何もしていない、誰も殺していない故に、「神」にも「悪魔」にもなる可能性があるし、もしかするとブレード・チルドレンと火澄両方を救える存在になるかもしれない。その薄い希望にアイズは賭けた。それを受け、歩もまた絶望的でもその可能性に賭けると決めた。何も信じはしない、おとぎ話としか思えない造物主たちがいるという話も、ブレード・チルドレンたちが変貌するとも信じない。ただ造物主がいないとも、彼らが変貌しないとも信じない、絶望さえ信じはしない。そうすることでこの現実に立ち向かうのだと、心に決めた。

火澄が歩に接触してくる。火澄は歩とまどかが入院している間、清隆の勧めで歩の家に住んでいたのだ。歩は火澄を殺し、火澄は歩に殺される。そんな運命を背負っているはずの火澄だが、「殺されるまでの人生を楽しく過ごしたい」と歩に人懐っこく接してくる。

月臣学園に入学してきた火澄はあっという間に衆目を集め、彼と一緒にいることの多い歩もあっという間に学園の人気者になるが、歩は注意深く火澄を観察し続けていた。そして火澄が「何故、兄に全てを奪われ続けた自分とは違い、何も奪われたことのないはずの火澄が彼自身が殺される、などという運命を大人しく受け入れているのか。何か火澄は自分たちの知らない「絶望」にぶち当たったことがある」との仮説を立て、カノンの事件以降火澄の監視もあって近くにいることが多いウォッチャーの土屋キリエ(つちやきりえ)に「本当に火澄はヤイバの弟で、自分は清隆の弟なのか」と問うた。それが事実でないはずがないと思いつつ、キリエは二人のDNAの調査にかかる。
一方、歩は火澄に「お前の「絶望」はなんだ」と問うが、火澄は答えなかった。火澄の絶望は歩の希望だ。自分だけ見捨てられて、他の人間は救われるなんてことを望むほどお人よしではないと笑う火澄に、「今更お前だけ見捨てると思うか」と歩は説得するが、火澄は結局何も話さなかった。
火澄に早まったことだけはしてくれるなと望む歩だったが、その願いは叶わなかった。火澄はカノンが監禁されていた施設に侵入し、カノンを殺害したのだ。歩との穏やかで温い日常を断ち切り、歩が自分を殺すように仕向けるか、歩に自分と同じ道を歩むと決断を迫るためだった。歩は火澄との完全な決裂を覚悟する。
一方、火澄と歩のDNAを調べたキリエは混乱していた。火澄のDNAはヤイバのものと、歩のDNAは清隆のものと完全に一致したのだ。キリエが精神病院に入院している歩の母親の元で確かめた真相は残酷だった。歩は非合法に作り出された清隆のクローンだったのだ。天才ピアニストであった清隆がなんらかの事故などで指を痛めた際、最も効果的な治療を試すため、歩は作り出された。火澄もまた、ブレード・チルドレン計画の一環としてヤイバが自分の血を残すために作り出したクローンだった。
火澄に東京タワーに呼び出された歩は、その真実を伝えられる。それ自体は歩が推理していたものと一致していたが、十六年前に作り出されたクローンが完全なもののはずはない。二人の身体は十代後半にかけてほとんどの臓器機能が衰弱し、造血能力が著しく低下するようになる。遅くとも成人までには死に至るように出来ていたのだ。始めから奪われるために作られ、成長の過程で清隆に何もかもを奪われ続け、結局清隆に分けられた遺伝子によって命ごと奪われる。歩が一時でも自分の魂の自由を得るためには、清隆を殺すしかない。そして盤面に残った清隆という「神」と、歩という「神に似た者」は相殺され、全てがゼロに戻る。清隆は神としてその運命に準ずるつもりなのだ。そのためにここまで歩を育ててきた。
この運命を分かち合えるのは火澄だけだ。火澄は歩にこの運命を一緒に歩いてくれ、と縋りつく。

だがそれはまだ「未定」の歩に、救いの神となれるかもしれない道を手放すことと同義だ。歩は「命を奪われたとしても、論理が残ればそれで自分の勝ちだ」と火澄を拒絶する。火澄と共に歩くのではなく、運命と、清隆と戦う道を選んだのだ。
火澄を振り払い、迎えに来たアイズとキリエ、ひよのに歩は伝える。死は即座に希望が失われることを意味するわけではない。歩が死んでも残された者が希望をつなぐなら、自分の論理は死なない。「自分を救えるのは自分だけだ。少しでも自分が長く生きることができれば、自分は自分で救えるのだと、皆に思わせることができるかもしれない」と、歩は自分の論理を告げる。自分が死んでも、清隆にブレード・チルドレンを守らせればいい。清隆は何もかもを彼が思った通りにしてきたが、逆にすべてがそうなってきた故に、その信念が叩き潰されれば、火澄のようにその信念を叩き潰した別の論理に従うしかない。だから盤面を支配するのは清隆の論理ではなく、自分の論理だとわからせる。そうすればブレード・チルドレン達には時間ができる。破壊を望む自分の心を自分で飼いならせるかもしれないと、希望が持てる。そのためにも自分は出来る限り生き続けてみせる。それが歩の論理だ。
妄想めいた論理だが、歩がそれを信じて強く立てるのは、ひよのがずっと傍で歩を信じ、支え続けてきたからだった。清隆に呼び出された歩は、ひよのに必ず帰ってくるから待っていてほしいと約束し、ピアスの片割れを渡す。

歩は清隆と対峙する。自分の論理を告げ、「従え」と叫ぶが、清隆は今歩の心を支えているのはひよのだと言い切った。そして当のひよのは実在せず、清隆が「どんな時でも歩を信じる、都合のいいサポート役」として準備したものでしかなかったのだ。歩が帰っても帰りを待っている少女はいない。この瞬間、奪うためだけにひよのという心の支えを与えたのだと、ひよのに渡したはずのピアスの片割れを手に清隆は告げる。「私を殺す以外、お前の心はまともな形で繋ぎ止めてはおけないさ」と、清隆は歩に渡した銃で自分を撃たせようとするが、歩が撃ったのは空だった。歩は清隆の論理に取り込まれなかった。そして清隆はこれ以上、歩を操作する術がない。歩の勝ちだ。
何故自分の殺意に勝てたのかと問う清隆に、歩は「ひよのが最後の一撃だと読んでいたからだ」と答える。だが清隆は、読めたとしても心がそれを否定するように組んできたはずだと不思議そうだった。「今お前の心を支えるものはなんだ」と問う清隆に、歩は笑って「悪いがそれは、企業秘密だ」と答えた。それはひよのの口癖だ。次いで清隆は「歩の論理は美しい理想論だが、綺麗ごとを幸せな人間が言っても誰も信じはしない。それを信じられるとするならば、誰から見ても不幸で、推測される未来さえも無残な人間が笑って言った時だ。そんな人間の存在を信じることはできなかった」と告げた。だがそんな存在が今、目の前にいるのだ。
清隆と別れた歩の前に、結崎ひよのを名乗っていた女性が現れる。彼女は自分が最後の一撃になるとは知らなかったのだ。最も「そうなるとわかっていて清隆にピアスを渡したのだから変わらない」と笑う彼女に、歩は「あなたを悲しませずに済んだみたいだ」と笑った。積み重ねてきたものが偽りでも、偽りの奥にあった目の前の女性を、歩は信じたのだ。そして歩はこれから絶望の中でも、生きた目で希望を伝え続けなければならない。だが彼女が傍にいれば、歩は幸せに見えてしまう。それでは説得力がないと、歩は彼女に別れを告げた。

二年後。清隆は歩の医療体制を整え、ブレード・チルドレンを守りながらもまどかと夫婦を続けていた。理緒やアイズは海外で人々を救うために精力的に活動し、亮子と香介は大学に通っている。火澄は歩の寿命を少しでも伸ばすため、本人の希望でクローンとして様々な人体実験に挑み、つい先日息を引き取っていた。何人かのブレード・チルドレンは呪いに負けたが、「自分で自分を救えるかもしれない」と生き残ったブレード・チルドレン達は希望として戦い続けていた。
結崎ひよのを名乗っていた女性が、歩の入院する病院を訪れた。忙しい合間にやっと時間が取れて、日本に戻ってこれたのだ。もう片手が動かない、時々目も見えなくなるとぼやく歩は、「それでも自分の音楽を取り戻した」と病室で楽譜の編曲をしていた。「聞きたいか」と問う歩に、彼女は「鳴海さんがどうしてもと言うのなら」と答える。かつて歩はひよのにも、決してピアノを聞かせようとしなかった。だが歩は「じゃあ、どうしてもだ」と言って、ピアノを弾き始める。

結崎ひよのだった女性は目を閉じて、静かにそれに聞き入るのだった。

『スパイラル(推理の絆)』の登場人物・キャラクター

主人公サイド

鳴海 歩(なるみ あゆむ)

CV:鈴村健一
本作の主人公。私立月臣学園に通う高校一年生。昔から兄と同じものに興味を持つも、どの分野でも兄に及ばなかったため、一歩引いたところから物を見る癖がついている。それでも好きなものを諦められるわけではなく、ピアノは密かに続けており、同居していた義理の姉まどかのことも愛していた。身体能力は並みだが推理力に優れ、ブレード・チルドレン達との戦いをその推理力を駆使して切り抜けていくことになる。自分自身が兄の存在に全てを奪われ続けてきたため、理不尽に奪われようとする者を見捨てることができない。実際は清隆の弟ではなく、違法に作り出された清隆のクローンである。料理が得意。

結崎 ひよの(ゆいざき ひよの)

CV:浅野真澄
本作のヒロイン。月臣学園二年生であり、新聞部唯一の部員にして部長。学内で情報通と呼ばれるほど情報収集に長けており、歩の推理をサポートする。明るく人を食ったような性格だが、歩の推理能力を信頼しており、何度も彼女自身の命を危険に晒して歩のサポートにあたった。そのため歩のささやかながらたしかな心の支えとなっていたが、実際は歩を最後の最後で絶望させるために清隆が準備した「都合のいいサポート役」であり、彼女自身は結崎ひよのという名前でもなく高校生でもない。実際の名前・年齢は不明。

鳴海 まどか(なるみ まどか)

hario5288
hario5288
@hario5288

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