Green Day(グリーン・デイ)の徹底解説まとめ
Green Day(グリーン・デイ)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身、ビリー・ジョーアームストロング(Gt.Vo.)、トレ・クール(Dr.)、マイク・ダーント(Ba.)によるスリーピース構成のパンク・ロックバンド。1994年にメジャーデビューを果たす。3コードによるメロディアスかつキャッチーな楽曲、社会情勢を風刺した皮肉の効いた歌詞、70年代のパンク・シーンを引き継ぎポップ・パンクへと昇華したサウンドを武器に活動する、米国をはじめ世界中で根強いファンをもつロックバンド。
Green Dayの概要
Green Day(グリーン・デイ)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身、Billie Joe Armstrong(ビリー・ジョー・アームストロング)、Tré Cool(トレ・クール)、Mike Dirnt(マイク・ダーント)によるスリーピース構成のパンク・ロックバンド。1994年にメジャーデビューを果たす。3コードによるメロディアスかつキャッチーな楽曲、社会情勢を風刺した皮肉の効いた歌詞、1980年代のパンク・シーンを引き継ぎポップ・パンクへと昇華したサウンドを武器に活動する、米国をはじめ世界中で根強いファンをもつロックバンド。2004年、全米・全英1位となった7thアルバム『アメリカン・イディオット(American Idiot)』は第47回グラミー賞で「ベスト・ロック・アルバム」を受賞。2005年、シングル『ブールバード・オブ・ブロークン・ドリームス(Boulevard of Broken Dreams)』が「レコード・オブ・ジ・イヤー」受賞、2006年グラミー賞の「最優秀レコード賞」を受賞する。2009年5月15日に8thアルバム『21世紀のブレイクダウン(21st Century Breakdown)』が全世界同時発売され、第52回グラミー賞のロック部門にて「最優秀ロック・アルバム賞」を受賞した。2015年、ロックの殿堂入りを果たした。
Green Dayの活動経歴
結成-1990年代 メジャーデビューアルバムが全世界でヒット
1987年、当時14歳、親友同士であるビリー、マイクらによってグリーン・デイの前身であるバンド、スウィート・チルドレン(Sweet Children)が結成される。1989年、バンド名を「Green Day(グリーン・デイ)」と改名、ルックアウト・レコーズと契約しライブ出演を軸として活動を展開する。ライブ活動の傍ら、楽曲制作・レコーディングにも注力し、1990年1stアルバム『1039/スムーズド・アウト・スラッピー・アワーズ (1,039/Smoothed Out Slappy Hours)』でレコードデビュー。1991年、現バンドメンバー、トレが加入。徐々に知名度を上げ、1993年、メジャーレーベル、リプリーズ・レコーズに移籍、1994年、3rdアルバム『ドゥーキー (Dookie) 』にてメジャーデビューを果たす。1stシングル「ロングビュー(Longview)」や3rdシングル「バスケット・ケース(Basket Case)」がモダン・ロックチャートで1位となり、これらはライヴ定番の彼らの代表曲となる。しかし当時は彼らの音楽性に拒否反応を示すリスナーも多数存在し、ウッドストック'94では、演奏中のステージに多くの観客が乱入、出番最後の曲は途中から観客との泥の投げ合いとなり彼らの伝説のうちのひとつとなった。『ドゥーキー』は結果的に全世界で1400万枚を売り上げるロングヒットとなり、1995年、グラミー賞の複数部門にノミネートされ、「最優秀オルタナティブ・グループ」を受賞する。勢いをそのままに4thアルバム『インソムニアック(Insomniac)』を発表、全米2位を記録する。1996年、初の来日公演を完遂。1997年、第1回フジロックフェスティバルに出演するため再来日するが、出演予定だった2日目の公演が台風の接近によって中止、中止発表に怒り狂った彼らは宿泊先ホテルをエアガンなどをもちいて破壊した。以後、徐々に発表速度を落としながら、5thアルバム『ニムロッド(Nimrod)』(1997年)、6thアルバム『ウォーニング(WARNING:)』(2000年)を発表するが、この頃から、パンクよりロックンロールへ曲調が変化し、バンドはポップ・ロックを追求していく。
2000年代 グラミー賞受賞する傑作の誕生
2001年、ベスト・アルバム『インターナショナル・スーパーヒッツ!(International Superhits!)』2002年、シングルのB面の曲などを集めた『シェナニガンズ〜スーパー・ウラ・ベスト!(Shenanigans)』を発表し活動に区切りをつける。2004年、全米・全英1位となった7thアルバム『アメリカン・イディオット(American Idiot)』のリリースによって、バンドイメージが変わる。本作はアルバム全編を通して、反戦や社会風刺、政権への批判等メッセージ色の強いストーリーが展開し「パンク・オペラ」と評される。第47回グラミー賞で「ベスト・ロック・アルバム」を受賞。2005年、同アルバムからのシングル『ブールバード・オブ・ブロークン・ドリームス(Boulevard of Broken Dreams)』が「レコード・オブ・ジ・イヤー」を受賞する。全米・全世界ツアー中であっても、バンドや個人として様々なボランティア活動に参加しており、『アメリカン・イディオット』から多くの大ヒットシングルが生まれるが、これらの売上金をインド洋大津波の被災地に寄付するなど社会貢献活動も行う。不定期的に発売されるミニライヴ・アルバムシリーズ以外では初のフルライヴ・アルバム『ブレット・イン・ア・バイブル(Bullet in a Bible)』を発表。2006年、シングル『ブールバード・オブ・ブロークン・ドリームス』でグラミー賞の「最優秀レコード賞」を受賞する。同年、ハリケーン・カトリーナの被害者支援の一環として、U2とのコラボ『セインツ・アー・カミング(The Saints Are Coming)』(ザ・スキッズのカバー)をリリース。全英チャート2位を記録した。2007年ジョン・レノントリビュートアルバム『Instant Karma: The Campaign to Save Darfur』「労働階級の英雄」カバーが発売。同年公開の『ザ・シンプソンズ MOVIE』でのカメオ出演も実現、劇中サウンドトラックアルバムをリリース。2009年5月15日に8thアルバム『21世紀のブレイクダウン(21st Century Breakdown)』が全世界同時発売された。本作は、三部構成のコンセプト・アルバムで、その制作にはニルヴァーナの不朽の名盤『ネヴァーマインド(Nevermind)』を手がけたプロデューサー、ブッチ・ヴィグ(Butch Vig)氏も携わった。
2010年代 一時活動休止とロックの殿堂入り
2010年、8thアルバム『21世紀のブレイクダウン』でグラミー賞の「最優秀ロック・アルバム賞」を受賞する。同年4月、『アメリカン・イディオット』や『21世紀のブレイクダウン』の楽曲を中心とするミュージカル『アメリカン・イディオット 』がブロードウェイにて上演された。また、同年6月にはミュージカルのサウンドトラックアルバム「アメリカン・イディオット(ブロードウェイ・ミュージカル・キャスト・ヴァージョン)」も発売された。2011年、2枚目となるフルライヴ・アルバム『最強ライヴ!(Awesome As F**k)』を発売。DVDにはさいたまスーパーアリーナでのライヴ映像が収録されている。2012年、アルバム3部作品を続けてリリースすることを発表、9th『ウノ! (Uno!)』(2012年9月26日発売)、10th『ドス! (Dos!)』(2012年11月14日発売)、11th『トレ! (Tre!)』(2012年12月12日発売)3作品は売り上げを伸ばせず、彼らの失速を物語っていた。2014年、オーストラリアで開催されるサウンドウェーブ・フェスティバルツアー終了後に、バンドとしての活動を一時休止することを発表した。同年、『クアトロ!~ザ・メイキング・オブ・ウノ!、ドス!、トレ!~』をリリース。同年4月19日にリリースしたコンピレーション・アルバム『デモリシャス (Demolicious)』には3部作品『ウノ!』、『ドス!』、『トレ!』レコーディング時のデモ音源や未公開トラックが収録された。同年12月、2015年のロックの殿堂入りが決定、翌年、殿堂入りを果たした。2015年、公式サイトにて、同年4月16日にライブ開催の発表がされ、同年12月24日、グリーン・デイの公式YouTubeにてクリスマスに向けて「Xmas Time Of The Year」を公開した。2016年、ビリーのインスタグラムでレコーディングの様子が投稿され、同年8月に12thアルバム『レボリューション・レディオ(Revolution Radio)』を発表した。同アルバムは2016年10月に日本も含めた全世界で同時リリースされた。2017年、新曲を収録したベスト盤『グレイテスト・ヒッツ:ゴッズ・フェイバリット・バンド(Greatest Hits: God' s Favorite Band)』をリリースし再び活動に区切りをつける。
2020年代 ポップパンク・ロックンロールの新境地へ
前作の発表からバンドは活動が不活発であったが、新曲制作やライブ活動などの様子をSNSに投稿し再起を匂わせ、ついに2020年、13thアルバム『ファザー・オブ・オール…(Father Of All...)』全世界同時リリースを発表。同時に盟友ウィーザー、フォール・アウト・ボーイと共に「ヘラ・メガ・ツアー」と銘打った大規模ジョイント・ツアーを北米、ヨーロッパ、UKにて実施することも発表。しかし新型コロナウイルス蔓延によりツアーは中断。バンドは自国にてSNS上での活動や個々の音楽活動に注力していく。コロナ禍において、メンバー個々の自宅での録音やオンラインセッションを駆使するなど楽曲制作が活性化、2021年、配信シングル「ポリアンナ(Pollyanna )」、「ホーリー・トレド!(Holy Toledo!)」を発表。同年12月、1994~2001年の間に実施された、計4回の歴史的なBBCライブ・セッション音源計16曲を収めた『BBCセッションズ(BBC Sessions)』がリリースされる。中断されていた「ヘラ・メガ・ツアー」も新型コロナウイルス感染対策を行ったうえで再開される。
Green Dayのメンバー
現メンバー
Billie Joe Armstrong(ビリー・ジョー・アームストロング)
ソロ名義でも音源を制作する。グリーン・デイにおける作詞作曲、ヴォーカリスト、ギタリストを担う。1972年2月17日、アメリカ・カリフォルニア州オークランドに6人兄弟の末っ子として生まれる。小学校の先生の勧めで歌を始め、病院へ慰問し患者のために歌うなど幼いころから音楽に親しむ。11歳の時、父からブルーと名付けられた、青色のストラトキャスターを貰いそのギターは彼のアイコンとなる。ビリーが11歳の時に父が食道癌で亡くなる。12歳になり、ビリーは地元のミドルスクールにてマイク・ダーントと出会う。10代の頃のビリーは、他の同世代と同じくメタルやハードロックを好んで聴いていたが、14~15歳の頃にセックス・ピストルズの「ホリデー・イン・ザ・サン」を聞いて以降パンクに傾倒していくこととなり、ハスカー・ドゥ、リプレイスメンツ、ラモーンズなどのバンドに影響を受ける。やがて地元の高校へと進学するが、1990年2月の18歳の誕生日を目前に音楽の道を志し、退学。マイクと共にグリーン・デイ前身のバンドとなるスウィート・チルドレンを結成。1990年初め、ミネソタ州でのコンサートでアドリエナ・ネッサーと出会い、4年後の7月2日には結婚。2児の父。アドヴォケイト誌のインタビューで、「同性にも性的興味はある」と述べたが同性との性的経験はないとも発言している。ザ・クラッシュのジョー・ストラマーを尊敬していると公言しており、「I Fought The Law」などをカヴァーしている。マイ・ケミカル・ロマンスのボーカルジェラルド・ウェイに、売り上げ増大による過度のプレッシャーについて相談されることがあった。そして、「世界は正当なロックを必要としてるんだ」と彼に言い、成功へ導いた。父の死から2年後、母は再婚するが、ビリーとその兄弟は再婚相手のことをひどく嫌っていた。
Mike Dirnt(マイク・ダーント)
アメリカ合衆国のフロリダ州オーランド出身、1972年5月4日生まれ、本名Michael Ryan Prichard。ベーシスト。小学生時代には、いつもエア・ベースで弦を弾く真似をしていた。1982年、後にグリーン・デイで活動を共にするビリー・ジョー・アームストロングと出会い、グリーン・デイの原型となるバンド、スウィート・チルドレン (Sweet Children)を結成。結成当時は、別にベース担当のメンバーがいたため、ギターを担当していた。「J.A.R. (Jason Andrew Relva)」などを作曲しているほか、一部の曲ではリードボーカルも担当している。フェンダー傘下のスクワイアから、シグネイチャーモデルのプレシジョンベースが発売されている。
Tré Cool(トレ・クール)
1972年12月9日旧西ドイツフランクフルト生まれアメリカカリフォルニア州メンドシーノ・マウンテン育ち、本名Frank Edwin Wright III。ドラマー。ベトナム戦争でパイロットをしていた父親が家族を守るために移住した片田舎で、姉ロリと共に育つ。その一番近い隣家に住んでいたのが、ローレンス・リバモアで、後にローレンスは、インディーレーベル「Lookout」を設立。その縁でトレは、12歳でデビュー。後に加入することになるグリーン・デイのデビュー・アルバム『39/スムーズ』とセカンド・アルバム『カープランク』も、「Lookout」からリリースされている。「トレ・クール」という名前も、ローレンスより授かっている。「Tre」とはフランス語で、英語でいうところの「VERY」に当たり、「VERY COOL」という意味合いのネーミングである。1990年、大学進学のためにグリーン・デイを脱退したジョン・キフメイヤーに代わって加入。元々は、トレがジョンにドラムの手解きをしていたのがきっかけである。バンド加入後はトレの家の居間でバンドのリハーサルをしたり、トレの父親によって改造されたバスでツアーに繰り出したりもした。1995年に、フォト・グラファーのLisea Lyonsと結婚。娘のラモナ・イザベルを儲けている。彼女の名は、トレのアイドルであるラモーンズのジョーイ・ラモーンにあやかって命名された。2010年に、世界的なドラムサイト「ドラマーワールド」において、世界のトップドラマー500人の1人に選ばれた。グリーン・デイでは一部の曲を作曲しているほか、自身がリードボーカルやギターを担ってレコーディングされた曲もある。
旧メンバー
John Kiffmeyer(ジョン・キフメイヤー)
目次 - Contents
- Green Dayの概要
- Green Dayの活動経歴
- 結成-1990年代 メジャーデビューアルバムが全世界でヒット
- 2000年代 グラミー賞受賞する傑作の誕生
- 2010年代 一時活動休止とロックの殿堂入り
- 2020年代 ポップパンク・ロックンロールの新境地へ
- Green Dayのメンバー
- 現メンバー
- Billie Joe Armstrong(ビリー・ジョー・アームストロング)
- Mike Dirnt(マイク・ダーント)
- Tré Cool(トレ・クール)
- 旧メンバー
- John Kiffmeyer(ジョン・キフメイヤー)
- サポートメンバー
- Jason White(ジェイソン・ホワイト)
- Jason Freese(ジェイソン・フリース)
- Jeff Matika(ジェフ・マティカ)
- Green Dayのディスコグラフィー
- シングル
- Longview
- Welcome to Paradise
- Basket Case
- She
- When I Come Around
- J.A.R. (Jason Andrew Relva)
- Geek Stink Breath
- Stuck with Me
- Brain Stew / Jaded
- Walking Contradiction
- Hitchin' a Ride
- Good Riddance (Time of Your Life)
- Redundant
- Nice Guys Finish Last
- Minority
- Warning
- Wating
- Macy's Day Parade
- Poprocks & Coke
- Maria
- American Idiot
- Boulevard of Broken Dreams
- Holiday
- Wake Me Up When September Ends
- Jesus of Suburbia
- Know Your Enemy
- 21 Guns
- East Jesus Nowhere
- 21st Century Breakdown
- Last of the American Girls
- Oh Love
- Kill the DJ
- Let Yourself Go
- Stray Heart
- X-Kid
- Bang Bang
- Still Breathing
- Revolution Radio
- Father of All...
- Pollyanna
- Holy Toledo!
- アルバム
- 39 / Smooth
- Kerplunk
- Dookie
- Insomniac
- Nimrod
- WARNING:
- American Idiot
- 21st Century Breakdown
- Uno!
- Dos!
- Tre!
- Revolution Radio
- Father of All...
- Green Dayの代表曲
- Dookie
- American Idiot
- 21st Century Breakdown
- Green Dayのミュージックビデオ(MV/PV)
- Longview
- Basket Case
- Minority
- American Idiot
- Know Your Enemy
- Bang Bang
- Green Dayの名言・発言
- ビリー・ジョー・アームストロング「生活の中で感じてるクソみたいなことがあっても、人に『ああしろ、こうしろ』って言われても、ライヴに来れば髪の毛を振り乱して、楽しめばいい」
- ビリー・ジョー・アームストロング「俺はステージでプレイしながら、『ああ、このまま終わりたくないなあ』って思う瞬間が大好きなんだ。このまま夜が終わらなければいいのに、永遠にプレイし続けられたらいいのにって。」
- ビリー・ジョー・アームストロング「今の人たちはみんなあまりにもシングルってものの中毒になってるからね。しっかりアルバムを作るというのは、もう失われてしまったアートの形のようなものなんだよ。」
- ビリー・ジョー・アームストロング「一緒にツアーして最悪だったバンドは、まあ、やっぱり、ボン・ジョヴィってことになるね」
- ビリー・ジョー・アームストロング「糞っ、俺たちは今アメリカで一番デカいパンクバンドだ、時々そう思うんだ。」
- ビリー・ジョー・アームストロング「試すまでやめるな。」
- ビリー・ジョー・アームストロング「30年以上にわたってガラクタや素晴らしい楽器たちを集めてきたから、その一部を売ってしまおうと思ったんだ。」
- Green Dayの裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
- ウッドストックで観客と泥の投げ合い
- 2015年4月にロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入り
- バンドの第一歩目は母親がアルバイトをしていたレストランでのステージ出演