岳(漫画・映画)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『岳』とは2003年より『ビッグコミックオリジナル』にて連載が開始された石塚真一による漫画、および原作を基にして作られた映画のことである。山岳遭難救助隊の新人として配属された女性警察官と山を愛する山岳救助隊員との交流を中心として、山を愛する人々の想いや成長過程が細やかに描かれている。美しさだけではなく、時には人間に容赦なく襲い掛かる自然の驚異を体感させてくれる山愛に満ち溢れた作品だ。

『岳』の概要

『岳』とは小学館発行の雑誌『ビッグコミックオリジナル』にて2003年19号から連載がスタートした石塚真一による漫画、および作品を基にして作られた映画である。『ビッグコミックオリジナル』『ビッグコミックオリジナル増刊』にて不定期連載が行われ、2007年7月より『ビッグコミックオリジナル』での毎週掲載となり、2012年の12号で完結した。物語は基本的に一話完結型が多い長野県の北アルプスを中心に展開される北アルプス編と、ネパールにそびえるエベレストおよびローツェを舞台にしたエベレスト編の大きく二つに分かれて描かれている。エベレスト編は基本的にラストまで通しの物語が描かれている。
『ビッグコミックオリジナル』掲載時はタイトルが『岳 みんなの山』となっており、単行本ではタイトルが『岳』と区別されている。単行本は全18巻でマンガ大賞2008、第54回小学館漫画賞一般向け部門、第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞している。
2011年5月には実写映画版『岳-ガク-』が公開され、小栗旬と長澤まさみが主役を務めている。動員者数は公開二日間で20万人を超えるヒット作となった。

山岳遭難救助隊の新人として山に派遣された女性警察官の椎名久美と、山を愛するベテラン山岳救助隊員の島崎三歩との交流を通して山の魅力や自然の怖さ、山岳救助隊員としての成長などが描かれる。その他にも安全に登山を楽しむための注意点や登山グッズの解説など、これから山に登ってみたいという人に向けても丁寧にストーリーが作りこまれている。

『岳』のあらすじ・ストーリー

遭対協・島崎三歩

長野県山岳遭難救助隊の新人隊員として派遣されることになった椎名久美(しいなくみ)は、登山届のチェック中に一人だけ北穂高岳からの下山が遅れている人物がいることを確認する。久美の上司で救助隊チーフの野田正人(のだまさと)に確認すると、民間ボランティア団体「山岳遭難防止対策協会(通称:遭対協)」に連絡するよう指示を受けた。
久美はちょうど北穂高岳に登っていた遭対協の島崎三歩(しまざきさんぽ)に捜索を依頼する。三歩は気軽に了解してくれたが、頼りなさげな態度が気になり、正人に三歩がどのような人物なのか尋ねた。

三歩の幼馴染でもある正人は、三歩が南米やヒマラヤなど世界中の名峰を制覇してきた猛者であり、山のあらゆる面を見てきた男だと説明する。
正人の言葉通り三歩はあっという間に崖から滑落して動けなくなっていた男性会社員を発見し、男性を背負ったままほぼ垂直の崖を苦も無く登っていった。
後日久美が勤務する警察署宛に、男性からお礼の品が届く。三歩は住居を持たず、山の中にテントを張って一年中山で生活していたのだった。

三歩の過去

長野県出身の三歩は、帰国する前アメリカ・ワイオミング州のグランドティートンでレスキュー隊員として活動していた。
高校を卒業して以来世界中の山にソロで挑戦していた三歩は、ある時パタゴニアの山を登っていた時に知り合ったスコットと、偶然グランドティートンで再会する。
山での仕事を探していた三歩とスコットは高い技術力を見込まれてティートンのレスキュー隊に歓迎され、二か月後にはそれぞれレスキューチームのリーダーに抜擢される程の活躍を見せていた。

気があった三歩とスコットは一年半ほどティートンで働いた後揃って退職し、道々の山を登りながらワイオミングからマウントレーニアを目指すクライミングの旅に出た。
ある時三歩は、ソルトレイクシティで乗せたヒッチハイカーの老人に「ハイウェイにごみを捨てたら1000ドルの罰金を取られる。ではハイウェイに捨てても怒られないものはなんだ」というクイズを出される。老人は「1000ドルだ」とジョークを言い、フラリと降りていった。
暫くして目的地のマウントレーニアに到着した二人だが、頂上付近の4300メートルの高度でスコットが高山病を発症してしまう。高山病は高度なトレーニングを積んでいても前触れもなく発症することがあり、スコットは頭痛や吐き気等の症状に苦しんで登頂を断念した。スコットは三歩との旅を思い返しながら「もっといろんな人が山を楽しめばいいのに」と言葉を残し、その二か月後冬のマッキンリーで消息を絶ったのである。

北アルプスに戻ってきた三歩は、雪庇(稜線からせり出した雪のひさし)から落ちかかっていた青年を救助する。「迷惑をかけて申し訳ない」と謝る青年に、三歩はかつての老人と同じように「山に捨てても怒られないものなーんだ」とクイズを出した。
戸惑う青年に「答えはごみと命以外全部!」と明るく答え、美しい景色が広がる頂上へと青年を誘うのだった。

生還

正人の依頼で久美に基礎的な技術訓練をすることになった三歩は、ソロで前穂高岳に登りに来た青年を見かける。軽装備だったことが気になった三歩は青年に声を掛け、雪面でも滑らずに登ることができる「クランポン」を貸して見送った。
一方青年はクランポンにまとわりつく雪が煩わしくなってクランポンを外した途端足を滑らせ、残雪が創り出した雪の壁「シェルンド」の中に落ちてしまう。
シェルンドは壁の下に雪解け水が流れているため猛烈に体温を奪われる構造になっており、青年はあっという間に気を失った。
正人たちと別れた後も青年の事が気にかかっていた三歩が登ってみると、シェルンドに落ちた形跡を発見する。正人に連絡を取った三歩だが、救助ヘリが飛べない状況だった為時間がかかると言われ、通信を切断すると服を着こんでシェルンドへと降りていった。

どんなに着込んだ人間でも30分が限界だと言われるシェルンドから運よく生還した青年は、「大学の冒険部に所属している」と説明し、パラオで見つけた遺骨の写真を前穂高岳の頂上に届けるために登っていたと事情を明かす。青年から写真を借りた三歩は翌日、良く晴れた前穂高岳の頂上に笑顔で立っていた。

救助の現実

三歩と共に訓練で屏風岩を登っていた久美は、途中先行パーティ二人の滑落場面に遭遇する。雷雲が発生する時間帯だった為三歩は救助を躊躇するが、「三歩の言う事を絶対に聞く」という条件のもと正人から許可を取り、雷が鳴り響く中二人は救助に向かった。

一人は落石によって即死状態だったが、もう一人は生存しており岩の割れ目(クラック)に身を隠していた。三歩は「雷はクラックを伝うからそこから出て指示に従ってほしい」というものの、滑落者は恐怖心から拒否する。普段穏やかな三歩だったが、滑落者の胸ぐらを掴むと無理やりクラックから引きずり出した。その瞬間轟音とともに数秒前まで滑落者がいたクラックに雷が落ち、バックパックが黒焦げになってしまう。
唖然とする久美と滑落者を励まし続けて雷を無事やり過ごした三歩だが、遺体を背負って降りた先で待っていたのは、遺族からの罵倒だった。
理不尽に殴られる三歩だが、何も言い返すこともなく土下座して謝罪する。久美は三歩が理不尽を受け入れているのが理解できず憤っていたが、三歩の行動には理由があった。

三歩がかつて海外で登っていた頃、パートナーの人間が目の前で滑落死するという出来事があった。何もできなかった三歩は遺族から責められることを恐れていたが、一週間後ようやく意を決して遺族の元へ向かう。
殴られる覚悟をしていた三歩だが、出迎えたファミリーはレモネードを勧め「来てくれてありがとう」と感謝を述べてくれた。
その時三歩は「どうしても助けられない人はいる。だからせめて『助けられず申し訳ない』と謝りたい」と思ったのだった。

ザック・ウェザース

ある日三歩の元に、ティートンレスキューチームのメンバーだったピッツィーとザック・ウェザースがやって来る。大喜びで山を案内する三歩だったが、正人から「親子が行方不明」という捜索以来の連絡が入った。ザックとピッツィーは救助の手伝いを申し出て、手掛かりをもとに捜索を開始する。
一方滑落した親子は、怪我が原因でかなり衰弱状態にあった。父親の方は生きることを諦めていたが、子供の方は「困ったらお母さんを呼んでね」といった母親の遺言を思い出し「オカアサン」と大声で呼び始める。子供の気力に触発された父親も一緒に叫び出し、その声を聞きつけた三歩達によって親子は無事に救出された。
その後ザックは三歩の紹介で居酒屋のバイトを始め、ボランティアの救助隊員として日本にしばらく滞在することとなった。

オトコメシ

久美が山岳救助を始めて少し現場に慣れたころ、小学生の横井ナオタが行方不明になった父親を捜索してほしいと警察署に依頼にやって来る。
父子家庭だった為ナオタの父は様々な経験をナオタにさせており、「高いところでオトコメシ(おにぎり)食べたい」というナオタの希望で、山に下見に行っていたのだった。
依頼を受けた三歩は滑落していた父親を発見するも、崖上に引き上げた途端に容体が急変する。急いでヘリを飛ばして現場に駆け付けたが、ナオタが到着した時には父親は息を引き取っていた。
その後ナオタは富山の祖父母の元へ引き取られ、活発な少年へと成長する。そしてナオタを気にかけていた三歩は長期休暇に合わせて度々ナオタの元を訪れ、兄弟のような交流を楽しむのだった。そして幾度目かの交流の際、三歩がかつて勤めていたティートンの話を聞き、いつか二人で登ることを約束した。

久美と牧

山岳救助を行う上で迅速な対応が必要となる際に活躍していたのが、ヘリコプターだった。元山岳部部長だった牧英紀(まきひでのり)は、遭難者に対して「死に場所でも探してたのか?」と問いかけるなど厳しい態度をとることで有名な人物だった。
あまりにもきつい物言いに反発心を持っていた久美だが、ある時牧とともに救助を行う機会がやって来る。遭難したのは女性も混じった比較的高齢のグループだったが、天候不順でヘリを寄せられず、久美が視界の開けた部分までグループを登らせることとなった。
絶望するグループメンバーをどうにか励ましていた久美だったが、衰弱したメンバーの女性が座り込んでしまう。久美の体力では担いで登ることもできず、久美は心を鬼にして女性を怒鳴りつけ、なんとかヘリまで辿りつくことができた。
牧は全員を登らせた久美にねぎらいの言葉を掛け、久美は牧が遭難者たちに厳しい言葉を掛ける意味をようやく理解したのだった。
その後牧は経営難によってレスキューからの撤退を決意したが、三歩に説得されて独立し、パイロットの青木と共に「燕(つばくろ)レスキュー」を立ち上げた。

新人隊員

山岳救助隊の新人として配属された久美の後輩阿久津敏夫(あくつとしお)は、深刻な高所恐怖症によってロープ降下ができないという、山岳救助隊としては致命的な弱点を抱えていた。失敗続きの阿久津は救助隊員を諦めようと決意するが、そんな折青果市場で働く父親が事故で急死したという知らせが届く。
阿久津は酒ばかり飲んでいた父親に対してずっと苦手意識を持っていたが、弔問に訪れてきた市場仲間たちが語ったのは、阿久津の知らない「仕事人」としての輝いた父親の顔だった。
父の死後現場に戻った阿久津は、新しい道を一歩踏み出しロープ降下を成功させる。そして山岳救助隊員を続けることを決意し、三歩に教えを乞うて技術を学んでいくのだった。

ナオタの成長

父が事故死して以来山に登ることが無かったナオタだが、中学生の夏休みに三歩とともに山に登る約束を交わす。
当日山岳ガイドとしてクライマーのナオタを迎えた三歩はがっちりと握手を交わし、小学4年生の頃に父を亡くした山に登り始めた。三歩の教えを忠実に守って順調にキャンプ地に到着し、二人はナオタが作った「オトコメシ」を楽しむ。
しかし翌日あいにくの雨の中、三歩は遭難者捜索の依頼を受けた。ナオタを置いて行くことを躊躇う三歩だったが、ナオタは笑顔で三歩を送り出す。周囲のクライマーから生存が危ぶまれていた遭難者だったが、救助が間に合い無事命を救うことができた。
三日目の晴れた朝、ナオタはいよいよ頂上に向かって歩き出す。道中「とうちゃんを助けてくれてありがとう」と三歩に感謝を述べ、ただひたすらに頂上へ向かうナオタを見ながら、三歩は「大きくなったな」と成長を感じるのだった。
無事頂上に辿りつき握手を交わしたナオタと三歩を、優しい山の風が撫でていった。

阿久津の事故

頼りない新人隊員だった阿久津も三歩の元で様々なことを学んで成長し、さらには伴侶と子供を得て幸せな生活を送っていた。
ある日阿久津は久美から出動要請の交代を頼まれ、山へと向かう。三歩の指導によってたくましくなった阿久津だが、「三歩の役に立ちたい」と単独行動を起こした結果、落石事故に巻き込まれて意識不明の重体に陥った。
目の前で起こった阿久津の事故に三歩は打ちのめされ、正人も事故の責任を問われて山を降りることになってしまう。
阿久津は奇跡的に目を覚ましたが下半身不随の状態になり、二度と立ち上がれないと診断される。責任を感じた久美は正人に辞表を渡そうとしたが、正人が高校時代山を諦めようとしたときの思い出話を聞き「山岳救助を続けてほしい」と後を託された。

一方の三歩は阿久津の事故を受けて酔いつぶれる日々を送っていたが、ザックの励ましを受けて自分を見つめなおし、世界で三番目に高い山のローツェに挑むことを決意する。
久美にこれまで記録してきた北アルプスでの山岳事故の調査結果をまとめたノートを託し、ローツェへと旅立った。

再会

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