弁護人(映画)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『弁護人』とは、2013年に韓国で公開された映画で、監督はヤン・ウソク。主人公は韓国の元大統領の盧武鉉(ノ・ムヒョン)がモデルで、物語の大筋は彼の半生を描いている。高卒で司法試験に合格して弁護士になったソン・ウソクは、知人が共産党主義者の疑いで取り調べを受けていると知る。拷問に近い取り調べの実情に驚愕したウソクは彼らの弁護人として法廷に立つことを決め、無罪を勝ち取ろうと奔走する。この物語は、金儲けのために働いていた一人の弁護士が人々のために劇的に変化していく様を、事実に基づいて描いた作品である。

高卒という身で司法試験を受けようとしていたウソクは、当時その日の食事もままならない生活をしていた。そんな中妻との間には長男が誕生する。司法試験に受かるかわからない、生活は困窮を極めている、なのに守らなければならない存在が増えたウソクは、どうしようもなくなってスネの店で食い逃げをしてしまう。そのたった一回の食い逃げをずっと後悔し続けていたウソクは、弁護士として一人前になったと自信がついたとき、ようやくスネに謝罪に行くことができた。そして正直に過去の罪を告白したウソクに、スネは何も責めることなく「これからも食べに来て」と立派な姿になったウソクとの再会を喜ぶのだった。胸の中でずっと重石のように残っていたわだかまりを解消することができたウソクは、その後ますます弁護士として活躍することになる。そしてこの経験により、ウソクは「弱きもの」が虐げられる事のないよう戦う弁護士になるのである。

ソン・ウソク「私が弁護を。絶対に諦めません」

公権力に虐げられているジヌを見て、弁護を決意するウソク

このセリフは、ウソクがジヌの弁護を担当することを決めた際に、サンピルに言ったセリフである。ウソクはかつて店で食い逃げをしたにも関わらず、許してくれたスネの息子がアカの疑いをかけられていることを知る。始めは積極的に関わろうとしなかったウソクだったが、拘置所でのジヌの様子や泣き叫ぶスネの姿を見て愕然とする。公権力をかさに着た警察が、よく調べもせずに立場の弱いものを違法に取り調べしている実情を知ってしまったからだ。そこでウソクは「私が弁護を。絶対に諦めません」とサンピルに宣言し、持ち前のハングリーさでジヌの裁判に立ち向かうのだった。このセリフは、軍事政権下の当時の韓国で公権力にたてつくことがどれほど大変なことなのかを弁護士として知っているウソクが、自身と周囲を奮い立たせるために言った言葉なのであった。

チャ・ドンヨン「よく考えろ、我々のありがたさを」

韓国のために「アカ」を取り締まるドンヨン

このセリフは、ジヌの取り調べに関して「公権力の乱用だ」と言うウソクに対し、ドンヨンが放ったセリフである。ドンヨンが行った取り調べは明らかに違法な点が多く、それはドンヨン本人も認識していた。それなのになぜドンヨンが厳しい取り調べを続けるのかというと、アカの疑いのある者を捕らえることで韓国の平和は保たれ、そしてその平和は自分たちの手によって存在しているとかたくなに信じていたからだ。そして警察上層部からも期待を寄せられて持ち上げられ、ドンヨンは次第に増長していく。警察官は本来私利私欲なく職務を全うすべき職業だが、ドンヨンはそれを忘れ「よく考えろ、我々のありがたさを」と、自分をあがめ讃えるように要求するのだ。ドンヨンもまた、公権力という大きな力に翻弄された被害者の一人なのである。警察官として盲目に、そして行き過ぎているほど己の任務を遂行するドンヨンは、公権力の力を根底から覆そうとするウソクの最大の敵なのであった。

『弁護人』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

ソン・ウソクのモデルは韓国第16代大統領の盧武鉉(ノ・ムヒョン)

民主主義に関心を寄せるようになったウソク

本作の主人公であるソン・ウソクは、韓国の第16代大統領だったノ・ムヒョンがモデルとなっている。ノ・ムヒョンはウソクと同じように高卒で司法試験を受け、金儲けのために不動産登記や税金専門の弁護士となった。しかし本作でジヌの事件のモデルとなった「釜林(プリム)事件」により、政治の世界に足を踏み入れることとなる。その後大統領となったノ・ムヒョンはなかなか評価されることのない政治家だったが、引退後は地元に根付いた活動を続け人気を博す。最終的に大統領在任時の不正献金疑惑で追い詰められて2009年に自殺しその命を終えることになるが、亡くなって10年以上たってもなおその人気は変わらない。『弁護人』の監督であるヤン・ウソクは「ひとりの男がドラマティックに根底から変わる瞬間を映画にしたかった」と言い、まさにノ・ムヒョンの弁護士時代から政治家になるまでの道筋を描き、ウソクという一人の男の思想や環境もが一気に変わる瞬間を表現したのだった。

1990年から『弁護人』の構想を練り続けていたヤン・ウソク監督

弁護士になる前は非常に貧しかったウソク

本作の監督であるヤン・ウソクが初めてノ・ムヒョンに興味を抱いたのは、彼が映画監督になる10年以上前の1990年のことである。すでにノ・ムヒョンは政界で注目を集める存在だったのだが、その人気に胡坐をかかない姿勢がヤン監督の目にとまった。政治家として過酷な選択を続けるノ・ムヒョンを見て、ヤン監督はこのドラマチックな人生を歩む男を映画作品として描きたいと考えたのだ。しかし映画化への企画を進めている最中、ノ・ムヒョンは不正献金疑惑の嫌疑をかけられ投身自殺。映画化の話は一旦白紙になってしまう。その後ヤン監督は本作のウソクやジヌのように貧しく厳しい環境の中で苦労している2010年代以降の韓国の若者のため、彼らを前向きにさせられるような作品を作りたいと考えるようになった。そこで再びノ・ムヒョンを題材にした映画を制作することとなったのだった。

ブラックリスト入りをしても役者魂を燃やし続けるソン・ガンホ

真摯にウソクを演じたソン・ガンホ(左)

2016年に当時の韓国大統領である朴槿恵(パク・クネ)により、「検閲対象とするタレントや文化人のリスト」、いわゆる「ブラックリスト」が作成されて関係省庁に配布されていたことがわかった。そのリストの中には、本作の主人公を演じたソン・ガンホの名前もあった。ソン・ガンホがリスト入りしてしまった直接の原因は「セウォル号事件」の署名活動に加わったからと言われているが、実はそれだけではない。本作の公権力が乱用される時代背景はパク・クネの父親である朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領が作り出したものであり、『弁護人』は暗にその時代を否定する描き方がされている。さらにソン・ガンホは2004年にパク・チョンヒが軍事独裁政権を敷いていた時代を描いた『大統領の理髪師』にも出演するなど、なにかとパク・クネと因縁のある作品に出演しているのだ。ソン・ガンホはパク・チョンヒを批判する内容の作品に出続けたことで娘のパク・クネに睨まれることとなってしまったわけだが、ソン・ガンホ自身それに怯む様子は全くない。実際、『弁護人』は韓国国民の5人に1人は観ているという観客動員数であったし、一般の観客からも高評価を得ているからだ。そんな観客の作品への真っ当な評価が、ソン・ガンホの力の源なのである。

『弁護人』の主題歌・挿入歌

挿入歌:チョ・ヨンウク 「99人の弁護人」

『弁護人』の挿入歌である「99人の弁護人」は、本作のオリジナルサウンドトラックに収録されている。民主化運動によって裁判にかけられたウソクに99人もの弁護人がつくラストシーンに使われており、ウソクがこれまでの活動が評価されたことを静かに喜んでいるという感情を表現している。韓国の国民にとってウソクのモデルとなったノ・ムヒョンは非常に人気の高い人物であり、本作で「99人の弁護人」を聞いた人々は一様にノ・ムヒョンに思いを馳せ涙を誘われている。

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