黒森町綺譚(Tales of the Black Forest)のネタバレ解説・考察まとめ

『黒森町綺譚』とは中国のインディーズゲーム制作チーム・拾英工作室が開発したSteam配信のゲーム。ジャンルはホラー探索アドベンチャー。舞台は1998年日本。黒森町という田舎町に迷い込んだ幽霊や妖怪が見える女子高生・希原夏森が、様々な神や妖怪、あるいは都市伝説のバケモノとの触れ合いを通して自らの過去の空白へと迫っていく。ノスタルジックな趣に満ちた緻密なドット絵、美麗なビジュアル、ホラー演出よりもストーリー性を重視した泣ける物語が見所。

『黒森町綺譚』の概要

『黒森町綺譚』とは中国のインディーズゲーム制作チーム、拾英工作室が開発したゲーム作品。ジャンルはホラー探索アドベンチャーでSteamにて配信されている。リリース日は2019年9月26日。
なおプレイ環境の最低条件としてOSはWindows7、Windows8、Windows10、XP、プロセッサーは1.2 GHz、メモリーは2GB、グラフィックはDirectX 9 compatible graphics card、ストレージは1GB以上が推奨されている。
ストーリーは序章、第一章、第二章、第三章、第四章、終章の6部構成でクリアに要する平均プレイ時間は4時間程度。
Steamのカスタマーレビューでは圧倒的に好評を獲得しており、中国産でありながら平成初頭の日本の雰囲気をよく表現したストーリーと、プレイヤーの心を揺り動かすしっとりした泣かせの演出、ドット絵の歩行グラフィックや立ち絵のビジュアルのクオリティの高さが絶賛された。2020年秋にサブシナリオがSteamにて配信を予定されている。
2DのRPGツクール製ホラーゲームだが、緻密に作りこまれたドット絵の魅力は特筆すべきで、妖怪の祭りが開かれる廃墟の映画館、狐の嫁入りが行われる霧深い森、昭和を引きずったレトロな街並みなど、幻想的な背景ともよくマッチしている。

「拾英工作室」は2人組で活動しており、両人とも中国人で中国で開発されたにもかかわらず、本作は和風な世界観や平成初期の時代背景に徹底してこだわり抜き、猫又をはじめとする日本古来の妖怪はもとより日本の都市伝説で有名な口裂け女など、現代人でも知っている妖怪が多数登場する。
以前は中国語のみ字幕対応だったが、現在は日本語版と英語版の字幕に対応している。また本作には地下鉄サリン事件やバブル崩壊など、平成初頭の日本を震撼させた宗教団体によるテロ事件や、バブル崩壊で破産して自殺者が相次いだ社会問題も盛り込まれており、それが主人公の過去やストーリーの核心部分に関わっている。一応ホラーゲームだが、音量が突然大きくなったり、あるいは敵が突然死角から襲ってくるような脅かし要素や恐怖演出はなく、ストーリー面に力を入れているのがわかる。
原則ストーリーは夏森の1人称視点で進行するが、過去パートでは雪やサブキャラクターに切り替わり、その当時の心情をシナリオで吐露するなどして登場人物の内面がより深く掘り下げられる。

時代は1998年(平成10年)、主人公は高校生の希原夏森。彼女は8歳の時に交通事故で母を亡くし、自分だけが生き残っていた。それ以来8歳以前の記憶を喪失した夏森は、昔の事を思い出そうとすると、はてしなく続く黒い森の光景が頭に過るようになった。
ある日電車に乗って下校していた夏森が目を開けると、深い霧に包まれたレトロな無人駅が広がっていた。そこは鹿鳴村という、彼女が8歳まで住んでいた黒森町の隣にある村だった。しかし今は廃村となり、鹿鳴村は妖怪が彷徨い歩くこの世とあの世の中間の世界と化していた。わけもわからず鹿鳴村を徘徊している途中、小説家を自称する白髪の少女・桐谷雪と出会った夏森は、彼女と協力して元の世界への帰り道をさがす。
その過程で様々な訳あり妖怪と出会い、彼らから情報をもたらされた夏森は、自らの過去の空白が黒森町や鹿鳴村、はては平成初頭の日本を震撼させた電車内での毒ガステロ事件に関わっているのを知る。

『黒森町綺譚』のあらすじ・ストーリー

序章

下校中の列車に乗ってたはずが、何故か鹿鳴駅前のベンチで目覚める夏森。

主人公・希原 夏森(きはら かしん)は閑散とした夜の無人駅で目覚める。
駅の名前は鹿鳴駅、この駅がある鹿鳴村は夏森が8歳まで住んでいた黒森町の隣の村だった。夏森は現在高校生だが8歳以前の記憶がない。彼女は8歳の時に母親と交通事故に遭い、自分1人助かったものの、それ以前の記憶を喪失していたのだった。
8歳より前の事を思い出そうとすると何故かはてしない黒い森の光景が頭に過るようになった夏森は、電車に乗って下校していたはずなのに、鹿鳴駅前のベンチで目を覚ました事を訝しむ。何がどうなっているのか、ひとまず周囲を観察した夏森は自分の学生鞄を発見し、紛失物がないか中を検める。中にあったのは彼女が愛読しているミステリー作家の新刊と父親が作ってくれた図書リストだった。父親は母親の死後無口になり、娘と疎遠になっていったが、そんな彼が本好きな娘の為に作成したのがこのリストだった。最愛の母親の死が父親の性格に影を落としているのだろうと推理する夏森。
とりあえず盗られた物はなく安心した夏森は、駅周辺を探索する。駅前の掲示板には「果物の里 鹿鳴村にようこそ」と歓迎のポスターが貼られていたが、それも随分色褪せており、鹿鳴村がとっくに廃村と化した事実を物語る。同じく駅周辺で黒猫を見かけるが、その猫は夏森が声をかける前に去ってしまった。
その時、夏森の耳を間延びした警笛が貫く。音が聞こえた駅舎に戻った夏森は、床に落ちた白い羽を拾うが、直後にドアが閉ざされる。駅舎に閉じ込められてしまった夏森は困惑する。同時に壁のスピーカーに電源が入り、鹿鳴鉄道広報のラジオ放送が流れる。ラジオに耳を傾ける夏森だが、そこから聞こえるのは世界の終末を予言する、宗教団体の宣伝じみた内容だった。夏森は来年1999年に世界が滅ぶという予言を思い出す。放送はまだ続き、ノイズまじりのラジオ音声が「希……原……」と、途切れ途切れに夏森に呼びかけてくる。

鹿鳴駅の駅舎で夏森と出会った謎の少女・雪。

どこからか響く何者かの怨嗟の声に意識を失いかける夏森だが、再び目を開けると待合室の椅子に白髪の少女が座っていた。
少女の出現に驚いた夏森が周囲を見回せば駅舎が新しくなっている。少女に事情を問えば、ノートに筆談で返す。彼女は呪いのせいで口が利けないらしい。呪いを解くには黒森町劇場という映画館に行く必要があると彼女はノートに書く。
彼女のノートには予言めいた内容がひとりでに書き加えられ、鹿鳴駅で待てば少し真面目なボブヘアーの女の子(=夏森)と出会うといった記述もあった。白髪の少女が予言に従ってここを訪れた結果、二人は出会うこととなったのだ。ノートには霊験があり、これは神のお導きだと主張する謎の少女。続いて彼女は、元の場所に戻るには念写を解除する必要があると説明する。
なんでも夏森が拾った白い羽には念写という不思議な力が宿り、この羽を持ったまま作動中の電化製品に触れると、過去のある時点まで遡れるのだそうだ。駅舎が新しくなっていたのは、夏森が念写によって過去に戻ったからだった。念写を解くには別の電化製品に触る必要があるが、故障や電池切れの場合は無効だそうだ。
謎の少女は桐谷 雪(きりたに ゆき)といい、職業は作家だった。自分と同じ年頃なのにと驚く夏森。雪の執筆テーマは日本各地で起きた不思議な出来事、いわゆる怪談話らしく、彼女はその取材で鹿鳴村に訪れたそうだ。過去の駅舎を探索していた夏森は、南京錠がかかった戸棚を発見し中身を気にする。さらに待合室の椅子の下を探ると、「隠さなければ……もし見つかったら間違いなく殺される……」と、物騒なメモが出てきた。
メモに書かれた数字に南京錠のダイヤルを合わせると戸棚が開く。中にはこまごましたレシートや電池、チラシが入っていた。それは真理天堂という新興宗教団体の布教のチラシであり、夏森はこの教団が、1995年の営団地下鉄毒ガス事件を起こした主犯であることを思い出す。その事件は1995年の7月に、真理天堂の信者が地下鉄の電車内で毒ガスを散布し、多数の犠牲者を出した有名なテロ事件だった。鹿鳴駅の駅員も信者だったのかと憶測する夏森。駅員の日誌を見ると、営団地下鉄毒ガス事件を受けて、不審者や不審物には十分注意するようにと駅員全てに警戒が促されていた。夏森は今いるのが1995年だと確信する。
夏森は元の時代に戻る為にスピーカーの電池を入れ替える。するとラジオから今年発売された最新機種の携帯のCMが流れてくる。それを聞いた雪が「ケイタイ?」ときょとんとする。なんと彼女は携帯の存在を知らなかったのだ。時代に取り残されていると自嘲する雪。夏森は1998年のCMが1995年のスピーカーから聞こえるのに戸惑うが、雪曰くそれが念写の本質で、電化製品の電波は異なる時代を繋ぐのだそうだ。
スピーカーに触れた夏森は無事1998年に帰還するが、雪は愛くるしい鳩の雛へと変身していた。夏森は驚くが、雪曰くこれも彼女にかけられた呪いのせいらしい。
おにぎりサイズの雪をポケットに入れて移動する夏森。呪いによって姿を変えられた雪をひとりぽっちにするのは気が咎めたし、彼女に「一緒に連れていって」とせがまれたからだ。ちなみに少女の姿では口が利けないが、鳩の姿の雪は普通にお喋りができた。雪がかけられた呪いは一種の言霊の呪いで、それ故彼女は知っている秘密を話せず、そのルールを破ろうものなら勝手に声がでなくなるのだそうだ。
重大な秘密を打ち明けてくれた雪の誠意に免じ、夏森も自分の秘密を話す。実は夏森は幼い頃から霊感が強く、普通の人には見えない妖怪や幽霊の姿が見えたのだ。そんな特殊体質のせいで周囲から孤立し、むしろ妖怪たちの方に親しみを感じていた夏森は、呪いに苦しむ雪に理解を示し、彼女が秘密を黙っている事も許す。

第一章「鹿骨怪談」

第一章の冒頭スチル。

雪という同行者を得た夏森は、村を徘徊する1羽の鶏と遭遇する。何故かその鶏は人間の言葉で喋っていた。鶏の言葉がわかることを不思議がる夏森に、それも白い羽のご利益だと雪が指摘する。鶏は「主人を吊るして殺した」と言っていたが意味はよくわからない。
じっとしてても仕方ないので、夏森は村中を歩いて帰り道の手がかりを探す。
村の掲示板には営団地下鉄毒ガス事件の記事が貼られていた。それによると鹿鳴駅の駅員・松山正男が、この事件への関与を疑われていたのだが、警察が到着した時には既に自宅で首を吊っていたらしい。先程の鶏は松山に飼われていたのだ。しかし「主人を吊るして殺した」という言葉を信じるなら、松山は自殺ではなく、誰かに殺害された可能性が高い。
1995年の毒ガス事件以降、日本全国で類似する電車への毒ガステロ事件が発生した。鹿鳴駅でも似たような事件が起きたのだろうかと想像する夏森。村の掲示板には小学校が児童不足で閉鎖する報せも出ており、鹿鳴村が過疎化に悩まされていた事がわかる。掲示板には「一村一品運動」なる村興しの宣伝も出ていたが、日付は1982年であり、鹿鳴村を名産品で盛り上げるこの企画はバブル崩壊の煽りで頓挫したようだった。夏森の父親は経済学の教授であり、その為夏森も日本経済に詳しいのだ。
掲示板から離れた夏森は、赤子を抱いた怪しい女とでくわす。ここ数日何も食べてなくて力が入らない、少しの間自分の代わりに赤子を抱いてくれと頼まれた夏森を、雪は「私の言う事を聞いて」と追い立てる。怪しい女のもとを去った夏森は、雪から鹿鳴村に伝わる怪談を聞く。鹿鳴村には昔から赤子を抱いた女の妖怪が出るのだが、彼女の言う通り赤子を抱くと、どんどん赤子が重たくなってしまいには押し潰されてしまうのだそうだ。今まで夏森が出会った妖怪は無害でも、鹿鳴村には危険な妖怪もいるのだと釘をさす雪。
さらに探索を続けた夏森は、廃校になった鹿鳴小学校の外にポツンとおかれた机を発見する。机には色々な悪口が書かれていた。「いじめかしら」と眉をひそめる雪に対し、「こんなの普通でしょ」と夏森はクールに返す。彼女自身子供の頃は妖怪が見えるせいでいじめられていたのだった。

黒森町への唯一の道である橋は巨大な鹿骨で塞がれていた。

鹿鳴村にある沼へ行った夏森は、霧深い沼の中央に沈む、巨大な鹿の頭蓋骨に度肝を抜かれる。
その時、木陰から子鹿から飛び出して「栄枯様に近付くな」と夏森たちを牽制する。沼に沈む鹿の骨は栄枯という名の古の神らしい。夏森は子鹿に謝罪し、黒森町への行き方を聞く。子鹿曰く、鹿鳴村から黒森町へ行くには沼に架かる橋を渡るしかないが、唯一の通り道は鹿の頭蓋骨で塞がれていた。栄枯とはこの土地の天候を司る神であり、沼の岸辺に植わる玉前(たまさき)という神木を守っていた。この神木は狐の嫁入りの日にしか降らない天気雨でしか育たない特別な木で、天気雨を降らせる事ができたのは栄枯だけだが、人々の信仰が薄れたせいで彼は眠りに就かざるえず、玉前を枯らしてしまうと憂えていた。数百年間この地を守り続けた栄枯から新しい神へ鹿鳴村の人々の信仰対象が移ったことを酷く憤る子鹿。
玉前を甦らせるには天気雨を手に入れなければいけない。この神木は元々鹿鳴村に棲まう玉前一族という狐の一族から献上されたもので、その礼として栄枯は狐の嫁入りが行われる逢魔時に天気雨を降らせたのだった。もし天気雨を手に入れて戻れば、子鹿が責任もって秘密の抜け道を教えてくれると言うので、夏森と雪は了承する。
狐の嫁入りの手がかりを求め、嘗て嫁入りが行われた校舎の近くに行く夏森。途中でスイカ畑の案山子が声をかけてくる。彼が振ってくる謎かけは、全部スイカ絡みのものだった。「一番大きいスイカを持ってくれば狐の嫁入りの手がかりを教えてやる」と案山子に言われた夏森は、畑から一番大きなスイカを持ってくるが、その時に人骨を掘りだす。悪戯が成功して大喜びの案山子。彼は道行く者に謎々をかけては畑に埋まった人骨を見せて脅かす、悪趣味な性格の持ち主だった。しかし幼い頃から怪異に慣れている夏森と、怪奇小説家の雪は全く動じず、渾身のドッキリが不発に終わった案山子は落ち込む。夏森たちは逆に「顔に悪戯を企んでると書いて人払いしてやる」と案山子を脅し、今後悪戯できなくなると焦った案山子は、知っている事を全部話す。
夏森が採ったスイカが大きかったのは、畑に葬られた死体の養分を吸収していたからだ。それは鹿鳴駅の駅員、松山正男の骨だ。案山子の証言によると松山は自殺ではなく、村人に自殺に見せかけ吊り殺されたのだそうだ。松山の殺害時、村人は「何故俺達を裏切った」と憤っていた。畑の傍らの駄菓子屋はもともと松山の店なのだが、松山の妻は共同墓地に夫の骨を埋葬するのも許されず、仕方なくスイカ畑に埋めてから川に身を投げていた。
続いて案山子は狐の嫁入りの事を話す。案山子の証言で狐の嫁入りが1986年に行われたと突き止めた夏森たちは、駄菓子屋の店先の公衆電話に触り、1986年へ飛ぶ。
1986年の鹿鳴村には狐火が灯り、幻想的な光景の中狐の嫁入りが行われていたが、どうも狐たちの様子がおかしい。どうやら花嫁の狐が姿を消したそうだ。花嫁は狐の頭領の娘で、彼女の父親である玉前一族の長は、結婚式までに娘を連れ戻そうと躍起になる。狐の嫁入りを見ると不幸が起きるという迷信を思い出した雪は、その裏話を盗み聞きしたのがバレたら口封じに殺されると慌て、松山家が営んでいた駄菓子屋に夏森と隠れる。外には確かに雨が降っていたが、天気雨とは少し違うと夏森は訝しむ。第一、狐たちも不測の雨のせいで花嫁の匂いが追えないと嘆いていた。栄枯と玉前一族の間で合意が成立しているなら食い違いが起こるはずがない。夏森は予定通り狐の嫁入りが行われ、本物の天気雨が降るまで1986年に残ると決める。
駄菓子屋に隠れた夏森は、松山が殺された理由を推理する。松山は元々栄枯を信仰する村人だったが、途中で真理天堂に寝返った事から村人たちのリンチを受けたのではないか。それを聞いた雪は、詳しい事情は黒森町に行けばわかるかもしれないと発言する。
その時、店の奥から怪しい咀嚼音が聞こえる。夏森たちが覗き込むと、狐耳を生やした若い女性がスイカを食い散らかしていた。彼女は現代風のスーツを着ていたが、足元に白無垢を踏み付けており、夏森はその正体が狐の花嫁と見抜く。女性は玉前 静(たまさき しずか)と名乗り、天気雨を手に入れる手伝いをする代わりに、自分を鹿鳴駅まで連れていけと要求する。静は親が勝手に決めた嫁入りを不満に思い、新しい世界に憧れ、電車に乗って逃げようとしていた。玉前一族は人間を忌み嫌っていたが、静だけは例外として人間が書いた本を好み、それ故変わり者扱いされていた。もし他の狐にバレても、玉前一族のお嬢様である自分が夏森たちにだけは危害を加えないでお願いするから大丈夫だと静は請負い、夏森と静は協力関係を結ぶ。
夏森たちが外へ出ると大勢の狐が見回り歩き、静が人間に誘拐されたのかもしれないと憶測を交わす。玉前一族の長は人間の本のせいで静が堕落したと決め付けていた為、人間を見かけたら殺せと厳命していた。静はそれを聞いて青くなり、自分のわがままに夏森たちを巻き込んだのを詫びる。大人しく出ていこうとする静を夏森は引き止め、「自分の目で外の世界を見てみないと一生後悔する」と説得し、再び鹿鳴駅をめざす。
夏森は静がしていた電気仕掛けの腕時計を借り、これさえ付けておけばもし狐たちに捕まっても、今の時点まで戻ってこれると発言する。危なくなったら腕時計に触り、駄菓子屋へ戻ればいいのだ。
夏森たち一行は狐の見張りを避けて、駅への近道の池に辿り着く。この池を渡れば鹿鳴駅はすぐそこだ。夏森たちはあひるのボートに乗って池を渡る。夏森があひるボートのエンジンに触れると、機械の記憶を読み取る念写の力が発動し、過去の映像が流れ込んでくる。

鹿鳴村を数百年にわたり守ってきた神・栄枯の在りし日の姿。

そこにはあひるボートに乗って遊ぶ幼い静と、在りし日の栄枯の姿があった。幼い静は栄枯を慕い、どうすれば人間の世界へ行けるか彼に尋ねる。栄枯は人間に憧れる静に理解を示し、人間社会に溶け込む為には人間の生活様式や知識を沢山学ばなければいけないと静香に読書を勧める。その後、少し成長した静は人間の本で日々学び、人間の本に書かれていた自由の概念に憧憬を抱く。今の生活には自由がない、しきたりに縛られて息苦しいと静は嘆く。
大人になった静は教員免許を取得し、人間の友達を大勢作り、今なら外の世界へ行ってもいいだろうと栄枯に伺いを立てる。
以前の静は両親への反発や好奇心から軽々しく人間の世界へ行こうとしたが、今は人間の本質を理解したいと望み、自由という結果そのものではなく自由への道のりを楽しみたいと栄枯へ話す。仕事や人間関係に悩みながらも、より良い生き方を模索する人間たちに静は共感したのだった。心身ともに立派になった静を栄枯は優しく見守り、「自分が教えることはもう何もない」と告げる。
ボートの記憶を垣間見た夏森は、栄枯が静の良きアドバイザーであり、2人が固い絆で結ばれているのを痛感する。
鹿鳴駅へ辿り着いた夏森は、静から黒森町の隠れ家の話を聞く。鹿鳴駅まで連れてきてくれたお礼に、その隠れ家を自由に使ってくれと静は許可を出す。

鹿鳴駅の待合室で夏森たちと別れを惜しむ静。

駅舎を探索した夏森は、松山の妻が死ぬ前に残した手紙を入手する。
松山の妻は手紙にて、鹿鳴村に真理天堂の比じゃない邪教がはびこっている事、その邪教の徒に松山が嬲り殺しにされた事実を告発していた。松山の妻はその邪教の犯罪の証拠を集め、駄菓子屋の化粧箱に隠したらしい。静も邪教に関して何か知ってるらしいが、「私達は神の名をみだりに呼んではいけない」とうやむやにする。どうやら鹿鳴村には栄枯とは別の邪悪な神が存在しているようだ。
そして静は汽車に乗り、東京へと旅立っていった。彼女は東京の高校への就職が既に決まっており、自分が再出発できたのは夏森のおかげだと感謝を述べる。そして夏森に約束の天気雨を渡す。天気雨とは普通の雨と狐の涙が混ざったもので、静の喜びの涙が駅舎の破れ穴から滴るただの雨を輝かせたのだ。子鹿の「天気雨は栄枯様が降らせる」という発言は、まだ若く物事をよく知らないが故の勘違いだった。
静は15歳の誕生日に栄枯から貰った腕時計を餞別として夏森に渡す。
天気雨を手に入れて1998年の鹿鳴村に戻った夏森は、その水を玉前に注ぐ。しかし変化は起きず、栄枯はもう死んでしまったのかと哀しむ子鹿。直後玉前は満開の桜を咲かせ、鹿骨にも仄かに光る美しい花が咲く。「我が屍を越え汝は自由への道を進むがよい」と栄枯の導きが聞こえ、夏森は花の蔦を掴んで鹿骨を乗り越える。
橋を渡り終えた夏森は松村の妻が残した証拠品の事を思い出し、今から取りに戻ろうとするが、過去へこだわるより黒森町へ行こうと雪へ促される。雪は鹿鳴村の邪教に触れてほしくなさそうだ。そんな雪に対し、夏森は8歳以前の記憶がないことを打ち明け、自分の過去を知る為にも極力証拠を集めたいと主張する。
夏森の説得に折れた雪は、彼女に付き添って鹿鳴村に引き返す。栄枯の力が甦った為か、鹿鳴村には美しい花々が咲き乱れ蝶々が飛んでいた。夏森は化粧箱のある戸棚を開けようとするが、鍵がかかっていて開けられない。
その時、古びた水槽が落ちて腐った魚の死体が落ちる。このタイミングに松山の妻の思し召しを感じた夏森が魚の腹を裂くと、1枚のメモが出てくる。メモには農作物を驚異的な速さで成長させる、豊水の説明が書かれていた。それは鹿鳴村に伝わる特別な水で、メモを読んだ夏森は、豊水で大きくしたスイカの中に鍵があるのではと畑に行く。畑のスイカを割ると予想通り鍵が出てきた。雪曰く、スイカの花に鍵を隠しておくと鍵が果肉に包まれる。戦時中、鹿鳴村から出征する兵士が暗号を伝える為に用いた手段だそうだ。
夏森は鍵で棚を開け、化粧箱の中身を検めるが、中に保管されていた手紙は朽ちてしまって何も読めない。鹿鳴村の秘密が手紙の文字と共に掠れて消えてしまった事に落胆する夏森。鹿鳴村を去る夏森と雪は、「お前のせいだ」と村の奥から響く亡者の呪詛を聞く。逃げる間際に見た掲示板には1998年にダム建設で鹿鳴村が沈む告知が出ており、住民は既に立ち退きを済ませていた。

黒森町にある静の隠れ家で休息する夏森。

橋を渡って夜の黒森町へ辿り着いた夏森は、静に教えられた隠れ家に立ち寄る。静の隠れ家はポストの中にあり、夏森がポストを覗くと空間が歪んで引きこまれる。人間の世界で暮らす妖怪もいるにはいるのだが、普通にアパートを借りるのは敷居が高く、妖術で隠れ家を用意するパターンが多いのだそうだ。
隠れ家には夏森宛の静の手紙も沢山届いていた。静は東京で元気にやっているらしく、遊びに来ないかと夏森を招いていた。静の隠れ家には炬燵にストーブに薬缶、彼女の愛読書が詰まった本棚もあり、休憩所にするには最適だった。狐は人を化かすのが仕事であり、机と壁の隙間や絵の中、押し入れの中などに隠れ家を作るのだと雪が話す。
雪は「これで原稿が書ける」と喜んで炬燵に滑り込み、鳩から人間へと戻る。夏森は彼女が鳩から人間へ変身するのを訝しみ、最初に駅舎で会った時、過去と現在どちらにも雪がいた疑問を述べる。雪は「念写が私達の運命を交差させたの。黒森町劇場に行けば全ての謎が解けるわ」とはぐらかす。
静の本棚には彼女が集めた毒ガス事件のファイルがあった。それによると真理天堂の毒ガス事件は最初に東京で起き、その後急激に全国に広がっていった。鹿鳴駅に停まる黒森町135列車でも毒ガス散布事件が発生し、犯人2名と乗客5名、乗務員1名が死亡。さらに黒森町劇場の屋上からも毒ガスが散布され、雨に溶けた毒ガスが周囲に降り注ぎ4名が死亡、近隣住民も後遺症を被ったらしい。黒森町および鹿鳴村で真理天堂の動きが活発化しているのは、バブル崩壊で地方経済が破綻し、人々の間に不安が蔓延したのが原因だと静の資料にはあった。

炬燵で寛ぐ雪から念写の注意事項を教わる夏森。

炬燵に入った雪は、ノートに念写の注意事項を記す。それによると念写は使用者本人だけでなく、近くにいる人間を伴って過去へ戻るのも可能であり、使用者の身に危険が迫ると自動的に発動するケースもある。しかし時間を遡っても死者を生き返らすのは不可能だそうだ。夏森は雪が教えてくれた注意事項を心に留めておく。
隠れ家を出た夏森たちは、鹿鳴駅で見かけた黒猫と再会する。その猫は普通に夏森に喋りかけてきて、夏森が黒森町に訪れた理由を聞く。鹿鳴村で既に喋る狐や子鹿と出会っていた夏森たちは、猫がしゃべりだしても特に驚かず、そんなこともあるかと受け入れる。黒森町劇場へ行きたいと夏森が言えば、劇場周辺は猛毒の雨が降るから危険だと黒猫が止める。黒猫は黒森町劇場で起きた毒ガステロ事件の目撃者であり、毒ガスで非業の死を遂げた犠牲者の亡霊が、劇場前の泣雨路(なきさめみち)を彷徨い歩いていると夏森を脅す。泣雨には強烈な腐食性があって危険だが、黒猫が居候してる森の猫カフェの店主なら雨から身を守る方法を知っているといい、夏森は森の猫カフェをめざす。

第二章「森の猫カフェ」

森の猫カフェの店主、木下櫻子は夏森を歓迎する。

森の猫カフェに行った夏森は、猫カフェ店員の相沢 真(あいざわ まこと)と店主の木下 櫻子(きのした さくらこ)に歓迎される。猫カフェは廃車になった黒森町135列車を店舗にして営業していた。
櫻子は猫カフェの猫が2匹逃げて困っていた。真は店を見ていてやるから探しに行けと櫻子を急かすが、櫻子は「自分は人見知りだから遠出は荷が重い」と渋る。夏森は自分が猫さがしを代行するから、戻ってきたら泣雨路の雨を凌ぐ方法を教えてくれと交渉する。夏森も猫を飼っており、猫さがしには手慣れていたのだ。櫻子はそれを快諾し、夏森が猫と帰ってきたら雨から身を守る方法を教えると約束する。
櫻子は夏森を外に案内し、店の前の猫じるしの看板を見せる。夏森はその看板と同じ物を鹿鳴村で見かけていた。櫻子曰く、この看板は幻影列車の中継駅の道標になっているらしい。幻影列車とは明治初期、鉄道を敷く為に森林が伐採され、住処を追われた動物の怨念が汽車に祟ったものである。動物の怨霊は幻の汽車を生み出し夜の線路を走らせ、付近の住民を震え上がらせた。しかし歳月が経った今はその怨念も薄れ、ただ列車の幻だけが残り、特殊なネットワークを形成したのだ。いなくなった猫たちは中継駅の看板から、別所の看板にワープしたに違いないと櫻子は予測を立てる。

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