何もかも只々美しい中央アジアがテーマの漫画
『乙嫁語り』は森薫(もりかおる)氏の作品で、19世紀後半の中央アジアが舞台となっている作品です。
物語の開始時、町で定住生活を営むエイホン家の少年当主・カルルクの下に嫁いできたのは、遊牧民ハルガル家から嫁いできた乙女アミル。カルルクより12歳年上の彼女を疎ましく思うエイホン家の親族、娘を政略結婚の道具として扱おうとするアミルの実父等々の存在がありながらも、溌溂として誠実な性格のアミルと、年若くも責任感があり夫としての自覚を持つカルルクは徐々に仲を深めていきます。
ここまで書くとこの二人が物語の主役のように映りますが、実は真の主人公は中央アジア一帯を旅し民俗学的、地政学的記録を残しているイギリス人青年スミスです。彼は旅する先々で上記の2人以外にも様々な人物、特に美しい花嫁や乙女、未亡人と出会い、交流を深め現地の文化や情勢を記録することになります(ただし漫画の冒頭で出るアミルとカルルクの出番は作中特に多いです)。
この旅の中でスミス氏が直接知り合う人物たちは女性、男性問わず善良な人々がほとんどです。加えてストーリー中で何か諍いが発生しても、話の区切りは基本的にハッピーエンドよりなので、近代の中央アジアという珍しいテーマの漫画でありながらストレスなく読み進められます。
そしてこの漫画の最大の見どころは、目が痛くなるほど精緻に書き込まれた服や敷物、装飾品、動物の描写です。特にヒロインの婚姻衣装や結納に用いる寝具の類の描き込みは凄まじく、一コマ一コマが芸術作品といって過言ではありません。
これらはどれも中央アジアという、雄大にして美しくも厳しい環境に生きる人々にとって重要な要素であり、作者の絵はそれを文章以上に雄弁に伝えてくれます。
『乙嫁語り』はストーリー構成もしっかりしていて面白いのですが、背景も含めただ美麗な絵を眺めているだけでも癒され、普段は中々触れることがない近代中央アジアの世界に浸ることができます。歴史好き、漫画好きな人は元より、万人が楽しめる作品だと思います。