Genesis(ジェネシス)の徹底解説まとめ
英国出身の代表的プログレッシブ・ロックバンドグループ。5大プログレッシブ・ロックバンドの一つと言われる。1967年に結成。結成当時のリードボーカルは、ピーター・ゲイブリエルだったが、1975年に脱退。その後に、フィル・コリンズがリード・ボーカルを担当するようになってから、世界的スーパー・ロックバンドへと変貌した。2008年以降、事実上の活動停止状態。2010年、ロックの殿堂入りをしている。
バンド・ヒストリー
結成
1967年、英国サリー州のパブリックスクール「チャーターハウス・スクール」の同級生、ピーター・ゲイブリエル(ヴォーカル)、アンソニー・フィリップス(ギター)、トニー・バンクス(キーボード)、マイク・ラザフォード(ベース)、クリス・スチュアート(ドラムス)が、在学中にバンドを結成。結成以前から、メンバーそれぞれがセミプロなどで音楽活動などを経験していた。ゲイブリエルは校内バンド「The Anon」と言うグループに参加しており、そこに同じく参加していたマイク・ラザフォードと親しくなる。トニー・バンクスはゲイブリエルと仲が良く、またラザフォードは仲の良かったアンソニー・フィリップスと、互いの自宅で作曲やデモテープの作成を行っており、それが切っ掛けで、5人がバンドを結成する事に繋がった。
活動初期(1969年~1975年)
1969年、初のアルバム「From Genesis to Revelation」(邦題:創世記)をリリースするが、当時無名だった彼らと同名のグループがアメリカで活動しており、積極的なプロデュースが出来なかった事や、プロデューサーの顔色を窺って作った内容が、思いっきりアコースティックな方向に振られており、「ビージーズの二番煎じ」とまで言われ、まったく芳しくない評価を得た。
また、アルバム作成中からメンバーそれぞれが自分自身の将来設計を検討していた時期と重なり、クリス・スチュアートは録音時に脱退。代わりにドラムスを担当したジョン・シルバーも、収録を終えると同時に大学に進学し脱退するといった感じで、メンバーの結束もまとまりがない状態だった。
その後、残ったメンバー4人で今後の音楽活動をどうするか検討。フィリップスとラザフォードがフルタイムの音楽活動を決意し、それにゲイブリエルとバンクスが同意、ドラムスにジョン・メイヒューを迎え、ここに、プロフェッショナル・バンドとしてのGenesisが誕生した。
1970年、セカンドアルバム「Trespass」(邦題:侵入)を発表。1stアルバムに比べて、より複雑な構成で、各楽曲の演奏時間も長くなり、プログレッシブ・ロック的なアプローチがなされている。しかし、結束を固めたかに見えたグループメンバーから、脱退者が出る。グループ創設者の一人、アンソニー・フィリップスが、音楽性の違いを理由にメンバーを脱退。後任として、「Quiet World」で活躍していたスティーヴ・ハケットがメンバーに加わった。また、ドラムスとしての腕前にメンバーから不満が上がっていたメイヒューは解雇され、代わりに「Flaming Youth」のメンバーだったフィル・コリンズが後釜を埋める。ここに、Genesisの第一黄金期のメンバーがラインナップされた。
グループは1971年、3作目のアルバム「Nursery Crime」(邦題:怪奇骨董音楽箱)を発表。よりプログレッシブな方向に振られた楽曲は、イギリスの幻想文学に繋がりを感じさせる内容と併せて、グループの音楽性の方向を特徴付ける結果となる。
その後も、毎年のようにアルバムを発表し続け、1974年のアルバム「The Lamb Lies Down on Broadway」(邦題:魅惑のブロードウェイ)で全米40位にランクインされるなど、プログレッシブ・ロックバンドとしての名声を確立する。また、ピーター・ゲイブリエルの幻想的なライブ・パフォーマンスも相まって、特にヨーロッパ各国での人気を確立していく。
しかし、以前より他メンバーとの音楽性の違いに悩まされていたゲイブリエルは、結婚や出産などのプライベートでの出来事も重なった事もあり、1975年、グループからの脱退を決意。ソロとして活動していく事になる。
フィル・コリンズの時代
ゲイブリエル脱退後、ドラマーだったフィル・コリンズがリード・ボーカルも担当する事になる。1976年、アルバム「A Trick of The Tail」を発表。よりリズム感を強調した、新しいサウンドに変化している。尚、この時期に一時的に、バンドにはビル・ブルーフォードが参加している。これは、フィルがライブでリード・ボーカルをとる時、代わりにドラマーを担当していたためである。その後すぐに、フランク・ザッパの元でドラマーを担当していたチェスター・トンプソンがセッション・ミュージシャンとしてグループに加入。以後、準レギュラーとして居続ける事になる。
1977年、ライブアルバム「Second Out」作成中に、ギタリストのスティーヴ・ハケットがグループを脱退。1978年発表の「…And Then There Were Three…」(邦題:そして3人が残った)より、後期のGenesisのメンバーが確立する。マイク・ラザフォードがベースとギターを兼任し、ライブでは、準メンバーとなったダリル・スティーマーと曲によって交代で、ベースとギターを担当する事になる。
グループの楽曲性は、「…And Then….」よりフィル・コリンズの影響を強く受けた、ポップ性の強い物に変化していく事になる。事実、このアルバムは全英チャートで最高3位、全米ビルボード14位を獲得、全米での人気を確立する事になる。シングルカットされた「Follow You Follow Me」は全英チャート7位と、初めて全英トップ10にランクインした。
その後も続々とアルバムを発表、よりポップ路線を強めていくグループは、1986年に発表した「Invisible Touch」で頂点を収める。全英アルバムチャート1位、全米ビルボードのアルバムチャートで3位を収め、シングル「Invisible Touch」は、全米・全英共に1位を記録。名実ともに、世界的な人気ロックバンドとなった。
フィル・コリンズの引退と解散
「Invisible Touch」を発表した頃のフィル・コリンズは、既にソロとしての人気も確立しており、前年発表のソロ3作目のアルバム「No Jacket Required」(邦題:フィル・コリンズⅢ)は、全英・全米共にアルバムチャート1位を記録。また、当時行われたライブ・エイド参加、ドラマや映画の撮影、エリック・クラプトンなどと言った他アーティストとのコラボレート・セッションなど、非常に多忙を極めており、「世界一忙しい男」と呼ばれ、全盛期を極めていた。
1991年、アルバム「We Can’t Dance」を発表。世界中でベストセラーとなり、改めてGenesisの世界的スーパーグループを見せつける結果となる。
しかし、華やかな表舞台とは裏腹に、フィルは私生活で多くの問題を抱えていたと言われる。1996年に二人目の妻、ジルと離婚の際、彼のプライバシーについて多くのマスコミからバッシングを受け、これを切っ掛けに音楽活動からの引退を表明。
フィルが脱退した後の1997年、ボーカルにレイ・ウィルソンを迎えたアルバム「Calling All Stations」を発表するが、世界的にみても評価は芳しくなく、翌年、バンドも解散する事になる。
フィルの復帰と再度の引退、そしてグループ活動の停止
一端音楽活動を停止し、事実上の引退宣言をしたフィル・コリンズだが、1999年のディズニー映画「ターザン」の音楽を担当するなど、少しずつ活動を再開していた。2006年、フィル・コリンズ、トニー・バンクス、マイク・ラザフォードでのグループ活動再開を発表。2007年に「Turn It On Again」ツアーが実施された。
しかし、翌2008年、フィルが再び引退を表明。以前行った脊髄移植手術の後遺症で、手の感覚が一時的にマヒする事が在る事、また左耳の突発性難聴もある事などから、音楽の表舞台から引退する事を宣言。黄金期のメンバーでの活動は、事実上終了した。
Genesisのメンバー
主なメンバー
トニー・バンクス(Anthony George "Tony" Banks)
出典: img2-ak.lst.fm
1950年5月27日生まれ 担当:キーボード
イギリス・イーストサセックス州イーストホースリー出身。幼少期より、クラッシックのピアノとギターの手ほどきを受ける。パブリックスクール「チャーターハウス・スクール」でピーター・ゲイブリエルと出会い、バンド活動を開始。その後、マイク・ラザフォードとクリス・スチュアートの4人でGenesisを結成する。
バンドの音楽性の支柱を成していると言われている。ステージでは、ゲイブリエルやフィルの派手なパフォーマンスとは対照的に、殆どポーカーフェイスで淡々と演奏する姿が特徴的。彼の重層的な音の積み重ねやコード展開は、クラッシック音楽を思わせる。Genesisをプログレッシブ・ロックバンドと知らしめたのは彼の音楽性だが、その為、ゲイブリエルやスティーブ・ハケットとぶつかる事になり、彼らの脱退の一因となった。
現行メンバーの中で、マイクと共に結成時からのメンバーのうちの一人。
プログレッシブ・ロック・アワーズ2015で、プログの神(Prog God)を受賞。
マイク・ラザフォード(Michael John Cloete Crawford "Mike" Rutherford)
1950年10月2日生まれ 担当:ベース、ギター
イギリス・サリー州ギルフォード出身。8歳の時にギターを与えられて、9歳の時に「The Chesters」と言うバンドで、初めて人前でギターを演奏する。
チャーターハウス・スクールでアンソニー・フィリップスと出会い、「The Garden」を結成。同じく学内バンドとして活動していたゲイブリエルとバンクスの「Anon」と合併し、Genesisが誕生する事になる。
バンドのクレジット上ではベースを担当するが、曲によってはギターも演奏する。学生時代は、フィリップスと12弦ギターについて探求していた事もあり、ステージでは、12弦ギターと4弦ベースのダブルネックを使用する姿が見られる。
ギターとベースの腕前は、特に派手さはないが、コードに捕らわれない複雑な演奏を行う事が特徴。また、ベーシストとしても、ベースを前面に出すようなプレイは無く、あくまでも曲に装飾を施すようなプレイスタイルだが、グルーヴはストイックに低音を弾き出すタイプではなく、ゴムボールの様に曲中を跳ね回るようなスタイルである。また、フレージングについても同様で、通常のベーシストの様なフレージングは行わず、ギターライクなフレージングを奏でる。
ソロ活動としては、Mike + The Mechanics(邦名:マイク&ザ・メカニックス)を結成し、1989年に発表したシングル「The Living Years」は全米チャート1位を獲得するなど、成功を収めている。
現在二人残っているオリジナルメンバーの内の一人。
目次 - Contents
- バンド・ヒストリー
- 結成
- 活動初期(1969年~1975年)
- フィル・コリンズの時代
- フィル・コリンズの引退と解散
- フィルの復帰と再度の引退、そしてグループ活動の停止
- Genesisのメンバー
- 主なメンバー
- トニー・バンクス(Anthony George "Tony" Banks)
- マイク・ラザフォード(Michael John Cloete Crawford "Mike" Rutherford)
- フィル・コリンズ(Philip David Charles "Phil" Collins)
- 準メンバー
- チェスター・トンプソン(Chester Cortez Thompson)
- ダリル・スティーマー(Daryl Mark Stuermer)
- ディスコグラフィ―
- From Genesis to Revelation(邦題:創世記)
- Trespass(邦題:侵入)
- Nursery Cryme(邦題:怪奇骨董音楽箱)
- Foxtrot
- Selling England by The Pound(邦題:月影の騎士)
- The Lamb Lies Down on Broadway(邦題:眩惑のブロードウェイ)
- A Trick of The Tail
- Wind and Wuthering(邦題:静寂の嵐)
- …And Then There Were Three…
- Duke
- Abacab
- Genesis
- Invisible Touch
- We Can’t Dance
- Calling All Stations
- Genesisの代表曲
- The Musical Box
- Supper’s Ready
- Dancing With The Moonlit Knight
- I Know What I Like
- Firth of Fifth
- Cinema Show
- The Lamb Lies Down on Broadway
- Dance on a Volcano
- Los Endos
- Afterglow
- Follow You, Follow Me
- Behind The Lines
- Turn It on Again
- Abacab
- Mama
- That's All
- Invisible Touch
- Tonight Tonight Tonight
- Land of Confusion
- In to Deep
- Throwing It All Away
- Genesisのエピソード・逸話
- ゲイブリエルの舞台衣装
- リード・ボーカルとしてのフィル
- バリライト(VALI LITE)
- ツイン・ドラムス・セッション
- ラザフォードの12弦ギター
- 現段階でのグループ活動状況