【織田信長】戦国武将たちの名言・格言やエピソードまとめ【徳川家康】

日本の歴史の中でも特に人気の高い戦国時代。この時代には、良くも悪くも確固たる信念を持って生きた武将たちがたくさんいました。織田信長、徳川家康、宮本武蔵…数え上げればキリがありません。この記事では、そんな彼らが残した名言・発言や格言、エピソードなどについてまとめています。戦国好きな方は必見!

そして出撃を前に城内の奮起をうながし

六角氏を打ち破ったことことから瓶割り柴田と呼ばれるようになったと言われている

「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜に 別れを誘う ほととぎすかな」

柴田 勝家の妻 お市の方(織田信長妹)の辞世の句

「夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」

柴田 勝家の辞世の句

ほととぎすは漢字表記するといくつかあり「不如帰」と書く場合もある

意味は「帰るにしかず」「帰らざるが如し」

お市の方の辞世の句を受け「ほととぎす」で返したとされる

「百万の軍勢を率いさせてみたい」

豊臣秀吉

知将として名高い大谷吉継

豊臣秀吉 に 「百万の軍勢を率いさせてみたい」 と言わせたほどの名将だったといわれています

「家康に過ぎたる者」

本多忠勝は 「家康に過ぎたる者」 と言われていた

「石田三成に過ぎたる者」

本多忠勝は 「家康に過ぎたる者」 と言われていたのに対し

島左近 は 「石田三成に過ぎたる者」 と言われていた

「城下の繁栄に驕って、下々の憂苦を思わず

武具のみに力を入れて城郭を構築しても、徳と礼儀がなければ甚だ危うい」

島 左近

「治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」

島 左近は上記のように謳われるほどの人物であった 治部少=石田三成

「東の本多忠勝、西の立花宗茂」

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