十次と亞一(漫画)のネタバレ解説・考察まとめ

『十次と亞一』とは、2019年9月からコドモペーパーがwebサイト『note』などで公開している漫画。新書館より単行本が出版された。漫画家の小林十次は、ある日売れっ子作家の一川未生こと大江亞一に出会う。彼は十次と同じ下宿に住み始めるが、どこか恨むような目で十次を見ていた。亞一の態度に興味が湧いた十次は、彼の謎を探っていく。下宿「緑館」を中心に、どこか歪んだ2人の運命が絡み合うミステリー。大正期のノスタルジーを醸し出すペン画と、文豪作品を取り入れた独創的な物語が多くの読者を惹きつけている。

小説『屋根裏の散歩者』

1925年に、江戸川乱歩によって発表された短編ミステリー小説。犯人の視点で事件が語られる倒叙形式で書かれており、探偵役として明智小五郎が登場する。
新築の下宿に引っ越してきた主人公は、ある日押し入れの天井板を外せば屋根裏に行けることに気づく。屋根裏には仕切りがなく、各部屋が筒抜けになっていた。主人公は他人の私生活を覗くことに夢中になる。屋根裏から、虫の好かない歯科医助手の男が節穴の真下で口を開けて眠っているのを見ているうちに、この節穴からモルヒネを垂らして男の口に入れれば、毒殺できるのではないかと思いつく。節穴の真下に口が来ることなんて少ないと思いとどまるが、毒薬をもったまま男のことを見続けた。ある日、節穴と男の口が一直線に並んでしまった。主人公はモルヒネを男の口に垂らして殺害し、瓶も部屋に落として穴を塞ぐ。結果、男の死は自殺として処理された。しかし、明智が事件を調べに下宿を訪れ、謎を解き明かしていく。
十次からこの本を借りたことで、亞一は毎日のように十次の部屋を屋根裏から覗くようになる。

亞一の箱

亞一の実家の蔵に置かれている箱。成人男性1人が入れる大きさで、蓋を閉めて鍵をかけることが出来る。二重底になっており、一番底には千鳥に読んであげるために用意した本が隠されている。亞一はよく箱の中で本を読んでいた。
亞一は弟の万起男と喧嘩した時、勢い余って彼を箱に閉じ込めてしまった。鍵をかけて逃げたので、亞一はよく万起男が箱の中から叫ぶ夢を見ている。現実の万起男は、自力で鍵を壊して脱出している。

『十次と亞一』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

大江亞一「あなたを殺して僕も死にます」

十次に殺害予告する亞一(右)

十次を見ていると小説が出てきそうになると言う亞一に、十次は「手伝うよ」と原稿用紙を取り出した。しかし、亞一はなぜか小説の筆記を止めてくる。「あなた邪魔なんですよ」と亞一が項垂れるので、十次は「わけが分からん。僕が嫌なら僕の側へ来るな。倒錯してるぜ」と呆れてしまった。机に突っ伏した亞一は「計画があるんです」と十次の腕を掴む。そして「あなたを殺して僕も死にます」と告げたのだった。亞一が初めて目的を口にしたシーンで、その後の物語の根幹に関わる重要なセリフである。

田貫「いいかもしれない…だって、誰も彼のことを知らないんだから」

一川未生を題材に、連載を描きたいという十次の案に乗る田貫(左)

匿名作家として活動してきた一川未生。十次が彼を題材に連載を書きたいと持ちかけた時、同意した田貫は「いいかもしれない…だって、誰も彼のことを知らないんだから」と話す。それまで原稿を持ってきていたのは弟の万起男であり、出版社ですら一川未生の正体である亞一を知らなかった。この時のやりとりが連載に繋がり、亞一の日常が十次のユーモラスな絵で記録されることになった。

小林十次「大江だよ。実践しているんだ。『屋根裏の散歩者』を…」

小説のトリックを試そうとする亞一に気づき、十次は感動していた

十次の殺害方法を探るため、亞一がミステリー小説を読み漁っていると知った十次は、江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』を貸した。その晩、部屋に夜食を持ってきた花に本のあらすじを教えていると、実際に十次の部屋の屋根裏からミシミシと音がする。亞一が小説のトリックを試そうとしていると分かった十次は、好奇心をくすぐられたのか嬉しそうに頬を染めて、興奮した様子で「大江だよ。実践しているんだ。『屋根裏の散歩者』を…」と花に教えた。

小林十次「君は文字の中に物語を描いているんだなぁ」

独特な文字の捉え方をしている亞一が興味深い十次

文字が書けない亞一に、十次が書き方を教えることになった。半紙からはみ出るほどのまっすぐな線を引く亞一に「はみ出てるよ」と十次が止めに入るが、書いた本人は「ここが地面!地面の下には壺が…」と興奮した様子で伝えてくる。すぐに亞一は、この書き方が弟の万起男には訂正されていたことを思い出して謝るのだが、十次はそのまま続けるよう促した。「壺の下にはミミズが」と唱えると、半紙には「亞一」の文字が出来上がっていた。
次に、「フクシュウ」を漢字で書きたいと言う亞一に、十次は復讐の字はややこしいからと「仇」を教えた。十次の書いた見本を見ながら書こうとするのだが、亞一は一画目を「笹の葉」と表現する。これまでの流れを見て、十次は「君は文字の中に物語を描いているんだなぁ」と感心した。亞一としても、文字の書き方を認められた初めての体験となった。

小林十次「箱を開けなくちゃ」

十次は文字を書いて疲れ切った亞一から、新作小説の内容を聞く。蔵の中に大きな箱があり、夕暮れの橋の上で大きな箱の小さな鍵は手のひらから落ちてしまった。「そうして、箱の中には今も」まで呟いて眠った亞一に、十次は「それって、本当に小説の話かい?」と尋ねた。
その後、おかみさんが売ってしまった亞一のカフスボタンを取り返しに、十次は質屋に足を運ぶ。緑館の住民である宮沢と遭遇し、彼が亞一から譲り受けた時計を売りにきたことを知った。宮沢は、譲ってきたときの亞一が「まぁちゃんの時計もう要らないんです」「だって、箱の中では見えないでしょう」と上の空で言ってきた話してくれた。亞一が語った小説は、本当の話かもしれない。そう思った十次は「箱を開けなくちゃ」と決意するのだった。

大江万起男「千鳥、千鳥って、いい加減にしてくれよ。そんなものどこにもいない」

千鳥の存在を否定する万起男

亞一がまだ10代だった頃、実家の女中が亞一との子どもを妊娠したと言い始めた。女中はすぐに亞一の実家を追い出され、その後どうなったのか分からない。亞一は生まれたかも分からない子どもに「千鳥」という名前をつけて、会える日を待ち望んでいた。万起男も「千鳥のために立派な父にならないとな」と亞一に話していた。小説を書いたのも千鳥のためで、亞一はずっと子どもの存在を心の支えに頑張ってきた。だからこそ、小説の献辞に「千鳥には愛を」と記したのだ。そのことを万起男が突っ込むと、亞一は「もう10歳になるんだよ。自分ももう作家になったのだから」と答える。ついに万起男は「千鳥、千鳥って、いい加減にしてくれよ。そんなものどこにもいない」と叫んでしまい、亞一と喧嘩になった。
亞一が家を飛び出すきっかけになり、この物語をスタートさせたセリフとも言える。

『十次と亞一』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

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