「子供を殺してください」という親たち(漫画)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『「子供を殺してください」という親たち』とは、押川剛のノンフィクションを原作に鈴木マサカズが漫画化した作品。現代社会の家族が抱える闇を追及しており、様々なメディアにも取り上げられた話題作である。病に蝕まれたそれぞれの登場人物達は、一歩間違えれば犯罪者になる可能性を孕んでいる。主人公の押川剛がそうなる一歩手前であらゆる伝手や手段を取り、救出を試みる話である。原作の『「子供を殺してください」という親たち』は2015年07月1日に発売。

『「子供を殺してください」という親たち』の概要

『「子供を殺してください」という親たち』とは、押川剛著の原作ノンフィクションを基に鈴木マサカズが漫画化し、新潮社の『月刊コミックパンチ』にて連載されていた物語。
押川剛著の原作ノンフィクションは2015年7月1日発売、漫画は2017年8月9日から連載が開始し、全12巻。現代社会の病理を赤裸々に描写したこの作品は、累計140万部売り上げた大ヒット問題作として注目された。
原作者・押川剛による実話である本作は、昨今ニュースで事件として取り上げられるような人物がどのような問題と闇を抱えているのかが、淡々と描写されている。引きこもりやアルコール中毒者、ドラッグに溺れる人物、家庭内暴力、悪化した適応障害といった問題を抱える人達を救出すべく奮闘する、原作で執筆された内容が漫画になっている。物語はオムニバス形式で繰り広げられている。

『「子供を殺してください」という親たち』のあらすじ・ストーリー

精神障害か犯罪者か

殺人事件摘発件数のうち、容疑者と被害者の関係が親族間である割合はほぼ半分を占めている。その中で子による犯罪は減少傾向にあるが、家族間の犯罪事件は増加している。
子供たちは重度の統合失調症・パニック障害・依存症等を抱え、精神科による治療を必要としている場合でも適切な処置をされていないことがある。
トキワ精神保健所事務所は、その様な人物たちを治療へと繋ぐ施設であり、その日も施設を経営する主人公・押川剛(おしかわたけし)のもとへ親から「助けて欲しい」という依頼が入ってきた。

さっそく押川とスタッフの実吉あかね(さねよしあかね)は調査対象である青年・荒井慎介(あらかわしんすけ)がいる家へと調査に向かう。青年は実家の庭で素っ裸の状態で野球のバットをフルスイングしていた。押川は一目で青年が「本物」の精神疾患者であると見抜く。

彼はいわゆるエリート一家の長男であり、父親が法律事務所を営んでいた為、彼の将来は弁護士だと定められていた。順調に伸びていた成績が大学受験を期に急激に下がり、法学部への道が絶たれてしまった挫折が病み始める原因となった。妄想することで現実から逃れようとし、次第に自身の妄想が真実だと思うようになっていく。次第に怒りのコントロールが出来なくなり、自身が飼っていたネコをバットで叩き殺してしまう程に彼は病に蝕まれていった。

押川は両親の協力を得て、青年を強制入院させるという手を取った。しかし青年は病院での態度が穏やかだった為、僅か3か月で退院の処置をされる事になる。
「子供に殺される」と恐れた両親は、「どんなにお金が掛かっても良い」と押川に他の引き取り先を見つけるよう懇願する。
しかし青年を引き取り、入院を許可する精神病院は見つからなかった。これを機に押川は一軒家を借り、そこで青年の世話をすることにした。懸命な介助をした結果、青年は外で働けるようになるまで回復する。しかしながら完全な回復には至っていないせいで、青年は労働中に職場の同僚を二度暴行し、最終的には逮捕され警察の精神病院に収容される事となった。

押川は定期的に病院へ訪問し青年と会話をするものの、妄想病理は固定されてしまい、その病に付き合う事でしか、彼を労わる事が出来ない結果となってしまった。

母と娘の壊れた生活

押川の元へ一人の女性が訪問する。女性の要望は「母を助けて欲しい」というものだった。彼女の家族構成は母と姉・和田晴美(わだはるみ)、妹・和田朋子(わだともこ)の3人家族であり、女性は妹であった。ある日を境に母と全く連絡が取れなくなった為、トキワ精神保健所事務所に救いを求めたのである。

妹が中学生の頃から、精神を病んでいた引きこもり状態の姉は、実家の自分の部屋から度々騒音を立てていた為、到底心を休められるような住処ではなかった。彼女はその環境から逃れようと、母の協力の元、高校は寮があるところへ入学する。
母は「今後はこの家には近づかないようにしなさい」と言い、姉の看病を全て引き受ける。「いつかお母さんの事を助けるから」と言い残し、彼女は家を出たのだった。

それから10年程経ち、母の連絡が途絶えた事を期に母を救う為動いた彼女は、押川の協力のもと警察と役所の人たちを引き連れて実家へと赴いた。家の中は惨憺たる状態であった。窓には新聞紙がビッタリと張り付けられていて部屋は薄暗く、ごみが散乱している。押川は脳裏に最悪の事態も考えた。二階にいるかもしれないと上がると、母親が亡霊のような面持ちでやかんを持って立っていた。彼女は家の現状に全く頓着していない状態で、むしろ押し掛けた妹と押川に迷惑している様子だった。そこへ姉の叫び声が部屋に響く。警察が姉を確保し、押川は姉と会話を試みた。「今の状況が理解できるか」と尋ねると姉は「田中のせいだ」と全く責任の無い、むしろ姉の被害妄想の被害者でもある人間の名を挙げて、更に「自分を貶めようとしている」と叫んだ。
「警察を呼んで!」と叫ぶ姉は、目の前にいる人々が制服を着た警察官だということにすら気づかない程に病理が進んでいた。

役所の人たちに正しく母と姉の現状を把握された結果、姉は精神科病院に移送され、母親は依頼人である妹に引き取られる。
一か月が経ち、妹からトキワ精神保健所事務所の元へメールが届く。内容は「姉は統合失調症だと診断された」というものであった。

押川は、姉は早い段階で精神疾患の症状が出ていたのにもかかわらず、母親はただの「ひきこもり」だと受け止め、病気だという認識が出来なかったせいでこうなったのだと結び付けた。

親を許さない子供たち

快晴のある日、押川は依頼人の家庭環境を知る為、試合が行われている野球場へと訪れていた。保護対象者である男性、田辺卓也(たなべたくや)は試合には全く興味を示さず、俯いてブツブツと一人事をつぶやいている。かたや父親は息子のことはおかまいなしに野球観戦に夢中になっており、母親は息子の様子が気になってしょうがない様子だった。いつ誰とトラブルになるか分からない状態であるからだ。案の定、子供に少し当たられた際、卓也は異常な剣幕で子供の母親を怒鳴りつけた。

保護対象者・田辺卓也は10年以上精神科に通院しているものの、症状は一向に良くならず、更に通院自体をやめてしまい、家族への暴力が増していった結果、母親が限界を迎えて押川に助けを求めたのである。夜通し何時間も同じ話をする卓也に軽く居眠りをしてしまった母親を執拗に怒り、エアガンで撃つほど暴力性が強くなっていた為、卓也のかかりつけ医である主治医の縦山(たてやま)に対して、母親と同行していた押川は入院治療をしてもらうよう要望する。しかし主治医は入院治療は必要ないと言い、要求を跳ね返した。

医者を変える必要があると感じた押川は、保健所に申し出て他の医者を紹介するように要望する。役人は憔悴しきった母親の様子を鑑みて、他の医者を紹介してもらえることになった。新たに紹介された医者は卓也の通院履歴・生い立ちを知り、入院は可能だが「警察と保健所の立ち合いの元行うように」と条件を出した。卓也自身には立派な学歴があり弁が立つ為、不当入院だと本人から訴えられないようにする為だった。
果たして入院当日、押川は一人部屋でパソコンを使用している卓也の部屋に無断で立ち入る。断りもなく急に侵入した押川に対して、「警察を呼ぶぞ!」と怒鳴る卓也に「警察はもう来ている」と言い返し、お互いに話をしようと要求した。話し合いの結果、卓也は「自分で病院に行きます、でも今日は行かない」と言う。その言葉に押川は「それを誰が信用する?今のお前には信用など誰も出来ない」と教える。咄嗟に卓也は母親を見たが、母親の様子で今の置かれている状況を理解し、入院する事をしぶしぶ受け入れた。

これで一安心と思いきや、紹介された病院「いるか野病院」でもたった一か月で入院を解かれることになる。主治医である鹿野(かの)には「家で暴力を振るわれたら警察を呼べばいいでしょう」と言われる始末であった。

押川は再度卓也の子供時代の話を母親から聞くことにする。卓也は仲の良い友人はおらず、スクールカーストの上位の立場の人間にはいじめられ、自分より年下の子にはいじめて、トラブルが絶えない学生生活を送っていた。住居周辺での医療もあてにならない事が判明し、卓也の幼少時を改めて把握した押川は、物理的に家族と離れる転地療法を行う事を決める。
もちろん嫌がった卓也だが、押川に「他人にゆだねるという一歩を踏み出せ」と言われて、転地医療をする事に了承する。転移治療先でようやく卓也の症状を正しく把握し、改善できるように対応してくれる医者に当たり、彼は少しずつ病状が改善し社会性を身に着けていった。
しかし親に対しては一向に恨みが晴れない様子の卓也に、押川は彼に「幼い卓也を追い込んだのはお母ちゃんなんだろ?」や「あの家は(お前にとって)安心できる場所じゃない」「クソ親のことはおまえからけじめをつけてもいいじゃないか?」と理解ある言葉を投げかける。自分の生い立ちの辛さを初めて理解してもらった卓也は、その日の夜一人ベッドで涙を流し続けた。

それから6年、本人の努力もあり、病院から太鼓判を押されて退院する事が出来たのだった。

依頼にならなかったケース

ある日、母親が自分の臀部に何かが触れた感触がして、咄嗟に振り返るとそこには長男が通りすぎたところだった。母親は偶然なにかの拍子に触れたんだろうと考えた。今回のケースはそんな前例のある長男を助けてほしいという依頼だった。

トキワ精神保健事務所は民間企業であるからこそ、細かなヒアリングを行う。成育歴・親子関係・夫婦関係など踏み込んだ内容まで質問し、A4用紙にして一つのファイルが埋まる程である。依頼者の長男は幼少時から落ち着きが無く、物をよく壊し、そして小学校ではいじめの対象となった。その鬱憤からか弟を毎日いじめるようになる。そして思春期になると母親に暴力を振るうようになった。既に精神科には通っており、診断の結果は統合失調症・アスペルガー障害等が生じているとの事だった。依頼者から得た報告書を読んだ押川は「いつだって問題行動の火消しにまわるのは母親だ」と複雑な想いを抱く。

後日、事務所に訪れた依頼人は品の良い上等な服を身に着けた女性だった。
彼女の口から直接息子の事を聞きだす最中に、押川は「長男のいいところを教えてください」と、一つ質問を投げかけた。質問された母親は一つも答えられず、むしろ次男の良いところを話す始末であった。「こちらはいくらで援助してくれますか?」の質問に対し、押川は「お住まいになられているタワーマンションを売って払えるかどうかです」と答える。もちろん依頼料が何千万とするマンションと同じ訳は無いのだが、母親がどれだけ本気で長男を助けたいか試すために押川は嘘をついたのだった。彼女は驚き、少し考えて「それだけするなら薬を盛ったり、安楽死させてくれるような病院を紹介してください」と言い放つ。それは押川のポリシーに反する事だった為、やんわりと「それは出来ない」と断った。

結果、依頼は断られることになる。
数日後、問題の長男は父親を刺し殺し、逮捕されてしまった。

『「子供を殺してください」という親たち』の登場人物・キャラクター

トキワ精神保健所事務所

押川剛(おしかわたけし)

マンガの原作者であり、主人公の押川剛。トキワ精神保健所事務所の所長。
彼の強面の見た目は、対象者を病院に連れていく時や相手の懐に入るときには良いように働く。
学生時代、通学途中に精神病院があり、閉じ込められるような形で治療を受けていた患者たちと一時期交流をしていた。
引っ越しを期に患者たちの交流は途絶えたものの、彼が今の仕事をするきっかけの一つになっている。
責任感が強く心の優しい男であるが、患者を救うにあたり合理的な部分も表れる。

実吉あかね(さねよしあかね)

トキワ精神保健事務所に勤める女性スタッフ。
主に助けを求めて事務所に掛かる電話の対応や相談の請け負い、依頼人の家族構成や保護対象者の現状を聞き取り、レポートにして纏める事務を行う。
必要とあらば、対象者が日ごろどういった行動をしているのか、追跡しビデオに収める等の業務も行う。
責任感が強く、心優しい人物であるが、生け花などのセンスはあまり無い。

保護対象者の主治医

縦山(たてやま)

『親を許さない子供たち』に登場する保護対象者・田辺卓也の最初の主治医。
地域では評判のいい医者だが、その実保身に走り治療を見切る医者である。
主人公の押川は「バカ医者」と一刀両断した。

鹿野(かの)

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