キング・クリムゾン(King Crimson)とは、英国のプログレッシブ・ロックバンドである。5大プログレッシブ・ロックバンドの一つでもあるが、実験音楽としてジャンル分けされる事もある。伝説的ロックグループでもあり、1968年に結成以来、後世のミュージックシーンに多大な影響を与えている。メンバー構成が目まぐるしく変化するが、グループ創設の一人であるロバート・フリップだけがただ一人、オリジナルメンバーとして残っている。
しかし、多くのアーティストとの交流は非常に盛んに行っており、コラボレートやセッションで組んだ相手も、デヴィッド・ボウイ、ブライアン・イーノ、ピーター・ガブリエル、ダリル・ホール、デヴィッド・バーン(Talking Heads)、アンディー・サマーズ(The Police)、デヴィッド・シルヴィアン(Japan)など、そうそうたる面々である。また、2017年に、デヴィッド・ボウイを偲んでの、トリビュート・アルバム「HEROES」を発表している。
ローリングストーン誌が選ぶ「最も偉大な100人のギタリスト」2016年で42位。
マイケル・ジャイルズ(Michael Rex Giles)(1969年在籍)
1942年3月1日 イギリス・ハンプシャー州出身 担当:ドラムス
King Crimsonの創設者の一人で、前身のバンドから参加していたメンバー。初代ドラマーである。1stアルバム参加。
10代の頃よりドラマーとして活動し始め、1964年より、ベーシストで弟のピーター・ジャイルズと共にプロとして活動を始める。幾つかのバンドでの経験を経た後、1967年、自身のバンドを立ち上げる為、ピーターのバックボーカルとオルガンが弾けるメンバーを募集した処、ロバート・フリップと出会う。
1969年の「In The Court Of The Crimson King」発表の後に、フリップとの意見の違いによりグループを脱退。その後、セッションミュージシャンとして、ロジャー・グローヴァー、アンソニー・フィリップス、ブライアン・フェリーなどの作品に参加している。
2012年のローリングストーン誌が選ぶ「最も偉大な100人のドラマー」で49位に選ばれた。
グレッグ・レイク(Greg Lake)(1969年~1970年在籍)
出典: img.barks.jp
1947年11月10日~2016年12月7日 イギリス・ドーセット州出身 担当:ベース、ヴォーカル
King Crimson結成時のメンバーにして、Emerson, Lake & Palmer (以下、ELP)の創設者でもある。
幼いころから音楽に親しみ、10代でベースを弾き始める。1968年、フリップの誘いでKing Crimsonの結成に参加する。1970年発表の2ndアルバム「In The Wake Of Poseidon」レコーディング中にキース・エマーソンとELP結成に誘われて、グループを脱退している。
その後、ELPのベーシストとして活躍。
2016年12月、癌のため逝去。
ジョン・ウェットン(John Kenneth Wetton)(1973年~1975年在籍)
1949年6月12日~2017年1月31日 イギリス・ダービー州出身 担当:ベース、ヴォーカル
アルバム「Larks' Tongues in Aspic」から「Red」までの間、グループに参加した。キング・クリムゾン黄金時代を支えた存在。技巧的なベース演奏は高い評価を得ており、その為King Crimsonの他にもスーパーバンド「Asia(エイジア)」や「U.K.」などといった有名バンドを渡り歩いている。
晩年は病気を患う事が多くなり、2006年には、心臓のバイパス手術を受けている。2017年、大腸がんのため逝去。
ビル・ブルーフォード(William Scott Bruford)(1972年~1997年在籍)
1949年5月17日 イギリス・ケント州出身 担当:ドラムス
King Crimsonのみならず、Yes、Genesisなど、名だたるプログレッシブ・ロックバンドを渡り歩いた、伝説的ドラマーとして有名である。
幼少の頃よりジャズが好きで、歯ブラシをスティック代わりにして、ジャズのレコードに合わせて演奏していたという。
目立った活動は、1968年のYesに参加から始まる。その後1972年まで在籍し、Yesの黄金時代を支えた。King Crimsonには20年以上在籍しているが、グループが解散・再結成を繰り返す為、その合間に他のバンドに参加したことも多く、特にジョン・ウェットンと結成したU.K.は、当時スーパーバンドともてはやされた。1974年のKing Crimson二度目の解散時には、フィル・コリンズの紹介で、Genesisのドラマーとして活躍している。
プレイスタイルは、極端な速さを求める傾向ではなく、複雑な変調リズム、いわゆるポリリズムを正確無比に刻む、非常に高度で堅実なプレイをする。これは、フリップのギター・プレイスタイルと非常に似ており、その為に、フリップが長年メンバーとして受け入れてきた一因とも言われている。
1997年の脱退以降、ロック・ミュージックシーンからは距離を置いており、もっぱら、コンテンポラリー・ジャズのジャンルで音楽活動を行っている。
エイドリアン・ブリュー(Adrian Belew)(1981年~2008年在籍)
1949年12月23日 アメリカ・ケンタッキー州出身 担当:ギター、ヴォーカル
初のアメリカ人メンバー。幼少よりジャズを好み、最初に取り組んだ楽器はドラムスであった。しかし、単核白血球増加性という難病を患い、入院生活を送る際にギターを弾き始めた。
退院後は、プロミュージシャンを目指していた。転機は1977年、ナッシュビルのクラブでローカルバンドの一員として演奏していたところを、フランク・ザッパに認められ、オーディションに誘われた時にあらわれる。その後、無事オーディションを通過した彼は、フランク・ザッパ・バンドの一員として活躍する。
1979年に、ザッパ・バンドでのライブ演奏をブライアン・イーノに見初められ、その当時、デヴィッド・ボウイが自身のバンドのギタリストを探していたが、イーノの口利きで、メンバーとして参加する事になった。
その後、1980年までデヴィッド・ボウイの元で活躍。その後、イーノの紹介で、ロバート・フリップと出会う。その時、フリップは新バンド”Disciple”立ち上げを計画しており、そのギタリストとして招聘されたのが、King Crimson参加のきっかけとなる。
オーソドックスだが堅実なギターテクニックを持っているが、持ち味は、多彩なエフェクターを駆使しての効果音を奏でる事で、アルバム「Discipline」の1stトラック「Elephant Talk」では、エフェクターを使った像の鳴き声をギターで再現している。
また、King Crimsonではリード・ヴォーカルとしても活躍。メロウで伸びやかな歌声を披露している。ただし、この時のクリムゾンはそれまでの音楽とは変わっていたので批判を受けていた。
2008年グループ解散後、事実上の脱退をしたと言われており、2015年の再結成には応じていない。
トニー・レヴィン(Tony Levin)(1981年~1984年、1994年~1997年、2003年~2008年、2015年~現在在籍)
1946年6月6日生まれ アメリカ・マサチューセッツ州出身 担当:ベース
幼少より、クラッシック音楽を親しんできた。10歳よりコントラバスをはじめた。
イーストマン音楽学校に在籍中に、ジャズ・ドラマーのスティーブ・ガッドに出会い、ジャズやフュージョンへ転向する。
1970年代からプロのミュージシャンとして活動を始めたが、当初はスタジオ・ミュージシャンとして活躍しており、ポール・サイモンやレノン&ヨーコのアルバム作りにも参加している。
1977年にGenesisを脱退し、ソロとして活動をし始めたピーター・ゲイブリエルのバンドへ参加して以来、一緒に活動を共にしている。
King Crimsonには1981年に加入。当時は、Discipleのベーシストを探していたフリップに、ゲイブリエルが紹介したことが経緯である。その後、グループの解散時期も含めて、何度かグループ離脱を繰り返している。
エレクトリック・ベースのみならず、コントラバス、チャップマン・スティック、チェロなど、多彩な楽器を奏でる。彼の奏でる音は非常に広く多彩であることが特徴で、幅広いジャンルに適応出来ることから、フリップやゲイブリエルに好まれている。
King Crimson(キング・クリムゾン)のディスコグラフィー
『クリムゾン・キングの宮殿』 (In The Court Of The Crimson King)
1. 21st Century Schizoid Man including Mirrors
2. I Talk to the Wind
3. Epitaph
a. March for No Reason
b. Tomorrow and Tomorrow
4. Moonchild
a. The Dream
b. The Illusion
5. The Court of the Crimson King
a. The Return of the Fire Witch
b.The Dance of the Puppets
King Crimsonの1stアルバム。1969年に発表されたキング・クリムゾンの偉大なるファースト・アルバムである。全英チャート最高5位。
本作以前にも、アンダーグラウンド・シーンにおけるサイケデリックな音楽として、プログレッシヴ・ロックのひな形的存在はあった。ピンク・フロイドをはじめとする実験的音楽を行うグループも登場し始めた矢先、1960年代の英国ロックで主流だったブルース調の傾向に反して、ジャズやクラシックといった要素をロックの世界に持ち込んだ本作の影響は非常に大きく、その衝撃はプログレッシヴ・ロックという新しい音楽の創造へとつながることとなった。グループ名の「キング・クリムゾン(King Crimson)」は、このアルバム名から取られたものである。
当時、ローリング・ストーン誌のジョン・モースランドは本作について、「キング・クリムゾンは一部の人から尊大であると非難されるだろう。だが、そういった批判は実に不当だ。彼らはエネルギーと独創性を持ったシュールな作品を創作するために、あらゆる音楽スタイルの要素を組み合わせたのだ」と評している。
アルバムに収録されているのはわずか5曲であるが、1曲1曲の濃密度が濃く、聴き手を決して飽きさせない。不気味なノイズから始まる1曲目から展開する変拍子は、まさに「これぞプログレ」といった風格を感じさせる。その一方で、アルバムの途中には美しいバラードも配置されているため、バンドの作品のなかで一番聴きやすいアルバムでもある。
また、非常に目を引く不気味なライナー・ジャケットのアートワークも有名である。イギリスのアーティスト、バリー・ゴッドバーの自画像と言われるこの絵は、本作の世界観を表現するにはあまりにも的確に表現されたものであり、アルバムの象徴として広く知られている。
タグ - Tags
目次 - Contents
- King Crimson(キング・クリムゾン)の概要
- King Crimson(キング・クリムゾン)の活動経歴
- 結成から1969年
- 1970年~1972年
- 1973年~1974年
- 1980年代のニューウェーブ期
- ダブルトリオ時代(1994年~2000年)
- ヌーヴォー・メタルへの傾倒と活動休止(2001年~2008年)
- トリプルドラム編成での再始動(2011年~2016年)
- ダブルカルテット編成と結成50周年(2017年~2020年)
- ツアーの終焉とプロジェクトの今後(2021年~)
- King Crimson(キング・クリムゾン)のメンバー
- ロバート・フリップ(Robert Fripp)
- マイケル・ジャイルズ(Michael Rex Giles)(1969年在籍)
- グレッグ・レイク(Greg Lake)(1969年~1970年在籍)
- ジョン・ウェットン(John Kenneth Wetton)(1973年~1975年在籍)
- ビル・ブルーフォード(William Scott Bruford)(1972年~1997年在籍)
- エイドリアン・ブリュー(Adrian Belew)(1981年~2008年在籍)
- トニー・レヴィン(Tony Levin)(1981年~1984年、1994年~1997年、2003年~2008年、2015年~現在在籍)
- King Crimson(キング・クリムゾン)のディスコグラフィー
- 『クリムゾン・キングの宮殿』 (In The Court Of The Crimson King)
- 『ポセイドンのめざめ』(In The Wake Of Poseidon)
- 『リザード』(Lizard)
- 『アイランズ』(Islands)
- 『太陽と戦慄』(Larks’ Tongues in Aspic)
- 『暗黒の世界』(Starless and Bible Black)
- 『レッド』(Red)
- 『ディシプリン』(Discipline)
- 『ビート』 (Beat)
- 『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』(Three of a Perfect Pair)
- 『スラック』(Thrak)
- 『ザ・コンストラクション・オブ・ライト』(The ConstruKction of Light)
- 『ザ・パワー・トゥ・ビリーヴ』(The Power to Believe)
- King Crimson(キング・クリムゾン)の代表曲とミュージックビデオ(MV/PV)
- Epitaph
- In The Wake Of Poseidon
- Larks’ Tongues In Aspic Part Two(邦題:太陽と旋律 パートⅡ)
- Elephant Talk
- Frame by Frame
- King Crimsonのエピソード・逸話
- 大学生時代
- ギターに対する取り組み
- 日本好き?
![RENOTE [リノート]](/assets/logo-5688eb3a2f68a41587a2fb8689fbbe2895080c67a7a472e9e76c994871d89e83.png)