人狼 JIN-ROH(アニメ映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『人狼 JIN-ROH』とは、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の押井守が原作・脚本を担当し、「ももへの手紙」の沖浦啓之が監督した1999年制作の長編アニメ。治安部隊の青年が反政府ゲリラだった女性と出会い、愛と使命の狭間で苦悩する、人間ドラマに重点を置いた作品。実写とみまがう、きめ細かい演出と映像表現が光り、世界の国際映画祭でも注目を浴びたアニメーション。

押井守の推薦を受け、本作で監督デビューした沖浦啓之は、とことんディテールにこだわり、キャラクターの内面を深く掘り下げ、実写と見まがうほどのきめ細かい演出と映像表現で、深みある人間ドラマに仕上げている。
CGを極力排し、手描きセル画でのアニメーションにこだわった映像は緻密極まりなく、海外では、人物の動きや水の表現など、ロトスコープやCGを使ったのではないかと疑う観客もいたほどで、そのリアル過ぎる動きや表現が見どころのひとつとなっている。
リアルへのこだわりは、銃撃シーンでも、スプラッター映画のごとく血しぶきが派手に飛び散り、生々しく残虐で、PG12指定を受けたほどだ。
また、物語の舞台となる昭和30年代(60年代)の丁寧な風景描写も見どころだ。路面電車が走る銀座の街並み、数多くのバルーンがあがるデパートの屋上など、中高年層には懐かしく、若い人には新鮮な風景として目に映るはずだ。

『人狼 JIN-ROH』の名シーン・名場面

阿川七生の自爆

阿川七生の自爆を目の前にし、反体制組織を抹殺するという特機隊としての信念が揺らぎ、伏の心に迷いが生じる重要なシーン。
突然現れた甲冑服・プロテクトギア姿の伏に驚き、もう逃げ場がないと悟って、爆弾の信管の紐を引き抜くまでの七生の表情や仕草を、緊張感を漂わせながら、実写もどきにリアルかつ丁寧に描いて見せている。
また、プロテクトギアの中の伏の表情や心情までが読み取れるような、繊細な描写にも驚かされてしまう。
後に、衝撃的なこの出来事がどうしても脳裏から離れず、たびたび彼女の姿が夢にまで出てきて伏の心を揺るがせるが、それを納得させるに十分な場面に仕上がっている。

伏と圭の最後の別れ

公安部の計略を阻止し、最後に彼らの手足として動いていた圭の殺害を塔部から命じられ、動揺する伏。
そんな彼に命乞いをするでもなく、童話「赤ずきん」の物語の最後を泣き叫びながら語る圭。
愛と使命の狭間で葛藤する伏、彼にすがりつく圭、
二人の表情や動作が、きめ細かく描写され、情感たっぷりで、ドラマ的に大いに盛り上がる。

そして、伏と圭のバストショットから遠景にカットが切り替わったところで銃声が鳴り響く。
もの悲しくも深い余韻を残す名シーンだ。

『人狼 JIN-ROH』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

30分ビデオシリーズから劇場用作品に

もともと「人狼」は30分のアニメビデオシリーズとして企画されたもので、当初は押井自身が監督する予定だったそうだ。
だが、押井が他の仕事の都合で断念、当時「機動警察パトレイパー2 The Movie」などで力量を発揮したアニメーター・沖浦に声をかけたが、演出経験のなかった彼は、あまり乗り気がしなかったんだそう。でも“ビデオシリーズの1本”ならと仕方なく引き受けることに。
だが、その後、ビデオシリーズのはずが劇場用作品に変更となり、そんな無茶な!と驚いた沖浦は押井に詰め寄り文句を言ったそうだが、最終的に「自分の好きなように作らせてもらう」という条件で、監督を引き受けることになった。

徹底的にこだわった手描きセル画の動き

「人狼 JIN-ROH」は、当初の予定を大幅にオーバーし、完成までに3年近くかかったそうだ。
原因は、アニメーター出身の沖浦監督の、“絵を動かすこと”へのこだわり過ぎる性格のせい。
その一つが、甲冑服・プロテクトギアを着た人間の動き。なんでも、プロテクトギアの中の人間が動くと、甲冑はほんの少し遅れて動くらしく、そんな感じを出すことに気を配り、動画にしていったんだそう。
また、少女・七生が歩くたびに揺れるスカート、雨の中を手前に向かって走ってくる路面電車と中の車掌の動き、伏と圭が螺旋階段を上がる場面など、実写映画では何てことのない映像でも、手描きアニメでリアルに表現しようとすると非常に手間暇がかかり、技術的も難易度が高くなってしまい、アニメーター泣かせらしいが、沖浦監督はあえて、そういう作画にこだわった。
だから、作品を見る側にとっては、映像の流れがナチュラル過ぎて、凄い手間がかかっているようには思えないが、アニメーターやアニメ関係者が見ると、その苦労が痛いほど分るんだそうだ。

スタッフ

監督/キャラクターデザイン・沖浦啓之(おきうらひろゆき)

1966年、大阪府交野市に生まれる。
16歳の時、大阪にあるアニメ作画スタジオ・アニメアールに入社。84年にテレビアニメ「星銃士ビスマルク」で初の作画監督を務める。
「AKIRA」「老人Z」などの原画を経てフリーとなり、その後、数々の作品の原画を手掛ける。
「人狼 JIN-ROH」で初監督に進出。第54回麻日映画コンクールアニメーション映画賞、ゆうばり国際絵ファンタスティック映画祭2000南俊子賞、海外のファンタスポルト1999最優秀アニメーション賞/審査員特別大賞、他を受賞。
12年、原案・監督・脚本・絵コンテ を一人で手掛けた「ももへの手紙」で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門・優秀賞、他多数の賞を受賞。
妻は、「人狼 JIN-ROH」で雨宮圭の声を務めた寿美。

原作/脚本・押井守(おしいまもる)

1951年、東京都に生まれる。
1977年に竜の子プロプロダクションに入社。1979年にスタジオぴえろに移籍。「うる星やつら」のテレビシリーズのチーフディレクターを担当し、83年「うる星やつら オンリー・ユー」で劇場映画初監督。その後、フリーとなり「機動警察パトレイパー the Movie」「機動警察パトレイパー2 the Movie」などを監督。95年制作の「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」が海外でも人気を呼び、アメリカのビルボード誌のホームビデオ部門で売上1位を記録。
アニメだけでなく、87年のオリジナルビデオ「紅い眼鏡」を皮切りに実写作品も手掛けており、「アヴァロン」「アサトルガールズ」「ガルム・ウォーズ」などを撮っている。

音楽・溝口肇(みぞぐちはじめ)

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