ほのぼのだけど深いSF漫画、川原泉の『ブレーメンⅡ(ツー)』
おっとり、ほのぼの、そしてまったり。そんな形容が似合いそうな絵柄とは裏腹の、哲学的かつ計算されつくしたストーリー。深いのに重くなりすぎない川原泉氏のSF漫画、『ブレーメンⅡ』という作品について。「人間並みの知性を持った動物とお仕事」というある種メルヘンチックな題材の裏には、やはり深いものがありました。
『ブレーメンⅡ』という作品
【世界観】
時は24世紀。文明は高度に進化、宇宙進出まで果たすようになります。植民惑星の開発、鉱山の採掘等で仕事こそ増えたものの、女性の社会進出も相まって、少子化により(つまり、仕事が忙しいから出産、育児に時間をかけられない)人手が足りない状態。そこで「遺伝子学やバイオテクノロジーの研究をしている」学者、モーゲンスターン博士により、元の動物としての能力、特性はそのままに、人間並みの知能と体格、従順な性格を持った働く動物、「ブレーメン」が登場するにいたったわけです。文明が進んでいるため、「分解しない限り人間と区別がつかない」超A級アンドロイド(宇宙船が3隻買えるほどの値段)なるものも登場。
【あらすじ】
若い女性(見ようによっては学生)ながら、「99.999…%」と9が11個付くほどに正確無比な航行技術を持った優秀な宇宙飛行士、キラ・ナルセ(通称イレブン・ナイン)は社長から貨物船「ブレーメンⅡ」の船長に任命されます。人間の乗組員は彼女だけ。後は全員ブレーメンというちょっと変わった宇宙の旅が始まるのでした。
宇宙船ブレーメンⅡと主な乗組員
劇中の主な舞台です。大企業スカイ・アイ社所有の宇宙船で、全長1.6キロ、最大全幅1.12キロ。宇宙船ながら内部に公園、農園がある他「カッシーニ」と呼ばれるセルフ・サービスの食堂に至るまで中々に快適な職場のようです。このブレーメンⅡ並びに船員たちが、立ち寄った星や航路であらゆる人助けに尽力することとなります。
【ダンテ】ゴリラの副長。出しゃばった真似はしませんが、内心では重要任務の時に「留守番状態」であることを残念に思っていたようです。
【シルヴィア】ウサギの航宙図士。
【オスカー】クロヒョウの航宙士。
【マエダ】カエルの甲板員。宇宙に旅立ってすぐ、「船内の様子を見たい」と言ったキラ船長に対し、船内案内を買って出ました。
【アームストロング】カンガルーの船医。元は「ヘンデル」という名前でしたが、助手の名前がオルドリン、コリンズだったため改名。いずれも初めて月面着陸を果たしたアポロ11号の宇宙飛行士の名前。「アスラン」という星に奇病がはびこっていると知るや、人間の医師たちが目を向けなかった「ある星」に原因があると見て不眠不休で調査、研究。ワクチンまで開発します。「医者が暇なのは結構なこと」と笑って言うなど、技術、精神共に優れた医者。
ブレーメン以外の乗組員
【キラ・ナルセ】またの名を「イレブン・ナイン」。先述の通りブレーメンⅡの船長であり、99.999…%の航行技術を持つ若き宇宙飛行士。本人の独白からするに、日本人のようです。飛び級を重ね宇宙飛行士になった天才。ブレーメン達と旅をする中で、彼らが人間以上に衛生面でも精神面でも高度な存在であり、大切な仲間であると認識。偏見の目を向ける者には怒りの声を上げることも。また、相手が社長であろうと容赦のない制裁を加えるなど、結構たくましい性格です。
【ナッシュ・レギオン】スカイ・アイ社社長。黙っていれば涼しげな目元のイケメンで、幼少期からの英才教育の賜物として優秀な社長ぶりを披露。半面皆と遊びたかった、就きたい職業が他にあったという内心の不満が「駄菓子好き」という子供っぽい面として発動。時折影武者である超A級アンドロイド、通称「ナッシュ・コピー(まねっことルビが振られる)」に仕事を押し付け「遠足」に行くことも。今回もブレーメンⅡに密航したため「罰として」甲板清掃員を仰せつかります。「誰から給料もらうんだろう」とブレーメン達からも呆れられるほど、社長としての威厳はありませんでしたが、それだけ親しみやすい性格。しかしなまじ英才教育は受けておらず、種々の星ではキラ船長共々悪事に加担させられている子供たちを救ったり、虐待を受けるブレーメンを助けるための潜入捜査を行ったりと、やる時はやります。キラ船長、ナッシュ社長共々『アンドロイドはミスティ・ブルーの夢を見るか?』という作品に登場。こちらは『空の食欲魔人』(白泉社文庫)に収録されています。
【リトル・グレイ】火星人。または「くつくつ虫」。落書きのような外見に、意味不明な言動が特徴。とはいえ、言動の方は彼なりに意味のある物のようで、「訳」がついていることもありました。キラ船長の推測では、火星にあるという巨大な人面岩は、「嫌がらせの為に置いていった」もの。性別はオス、というか男性。女性の数が極端に少ないのに一夫一婦制だそうで、「伴侶を得られる」確率は100万分の1だとか。厳密には彼は乗組員ではなく「招かれざる客」状態です。外見、火星人という設定のキャラクターは川原氏の他作品『小人たちが騒ぐので』(白泉社文庫)にも登場します。
【アンブレラ】ブレーメンⅡのコンピュータ。名前通り、傘のキャラクターのようなグラフィックが登場。A級アンドロイドとタメを張れるほど性能は高く、人間を軽視するA級アンドロイド、アリスが祖父と慕う所有者を失い暴走しかけた際「キミが馬鹿で軽率だという人間だって大切な人を失う悲しみを負っている。でも何とか耐えてるんだよ」と諭しました。
ブレーメン達の境遇・偏見
キラ船長は、宇宙に飛び立ってすぐ船内を案内してもらうことになります。案内係、カエルのマエダ君は「こんな一流企業に就職できて嬉しい」と語り、各々が不平不満を言わず、楽し気に自分の仕事に従事しているのです。皆「動物」ではありますが極めて優秀。副長であるゴリラのダンテはキラ船長が船内探索中いきなり「全権を任せられた」ことで「信頼されている」と感涙。航中図師のウサギのシルビアは「自分の計算結果を疑いもされなかった」こと、航宙士を務めるクロヒョウのオスカーは「航行技術を褒められた」ことをそれぞれ喜ぶのです。それは単純な理由からではありませんでした。シルビアは先のセリフの直前、こんなことを口にしていたのです。「ウサギだからという理由で、よく計算結果を疑われる」。
マエダ君の話からキラ船長は悟りました。ほとんどのブレーメン達は、鉱山採掘など「人がやりたがらない仕事」に、就職の名のもと追いやられる「体のいい労働力」。「動物」に対する偏見もあり、衛生面を理由に飲食店への出入りができない事態も起こりました。爽やかな星で突き付けられた現実。ほのぼのした印象の中、徐々にブレーメンを取り巻く闇も明るみになっていきます。
ブレーメン第一期生・シャキール
ブレーメン仲間から「伝説」として尊敬される連邦捜査官。なまじ第一期生として偏見の目、風当たりは強かったようです。「虎と組むより新人の方がまし」と、相棒が見つからないためにずっと内勤状態が続いた過去があります。シャキール氏が潜入捜査中の相棒(人間)と合流すべくブレーメンⅡに乗船した際キラ船長に対しても少しそっけなく、四角四面な態度でした。
それでも相棒、アレン捜査官のおかげで一人前の捜査官となることができ、色々救われたようでした。彼が亡くなった際落ち込んでいましたが、「お前はもう大丈夫」との言葉が多少の励みになったのか、回復後は少し性格が丸くなった模様。
偏見により浮き彫りになる人間の「負」の面
「アスラン」という星に近づいた際、それは起こりました。その星では感情と関係なく笑顔になり、死に至ると言う奇病が蔓延。連邦医師会でも原因が突き止められない事態の中、一行はその星に入植すべく同乗していた人間の風水師に、「あの星の相は最悪」と言われます。アスランの衛星は「ナイフの月」と呼ばれる尖った天体。どうもこの星の開発の際、どこからか「流れて」きたもののようで、「ナイフの月」が来るまでは最高の相、竜穴とされていました。
先に述べたように、アームストロングによってワクチンが完成しますが、連邦医師会は「カンガルーだから」という理由で信頼せず。怒ったキラ船長はサンプルの中にある「病原」を自ら取り込み発病。ワクチンを接種して完治するまでを映像で記録。患者やその家族の要望もあって連邦医師会を黙らせ、奇病の治療に成功しました。アームストロング医師はブレーメンとして初めて「受賞物の栄誉」を送られることとなりますが、本人たちは「ナントカ学会から何かが送られてきた」程度の認識。元々自分の名誉の為ではなく病気の解明やワクチン開発に尽力していたため、栄誉は二の次、三の次なのです。