逆境ナイン(島本和彦)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『逆境ナイン』とは、熱血漫画家として名高い島本和彦による、高校野球を題材とした漫画。略称は『GK9』。いかにも漫画らしいコメディ色の強い荒唐無稽な内容だが、その中で語られる数々の名言が胸を打つ傑作として知られる。2005年に実写映画化された。
野球部の廃部を告げられた野球部主将の不屈闘志は、「甲子園で優勝したら廃部撤回」という約束を校長相手に一方的に取り付ける。無理だ無茶だと訴える部員たちを励まし、猛練習に励み、時に自身が「もうダメだ」と泣き叫びつつ、不屈は甲子園の優勝を目指して突き進む。

『逆境ナイン』(島本和彦)の名言・名セリフ/名シーン・名場面

不屈「この宇宙のどこかでは今も―おたがいの星の運命をかけて壮大な宇宙戦争がおこなわれているんだろうなぁ…」

赤点やらバイトやら失恋やらで次々と部員たちが脱落し、地区最強の日の出商業を相手に“クラスの暇な人”を率いて勝利しなければならなくなった不屈。あまりに絶望的な状況に打ちひしがれた彼は、おもむろに夜空を見上げて壮大な宇宙に想いを馳せる。

「この宇宙のどこかでは今も―おたがいの星の運命をかけて壮大な宇宙戦争がおこなわれているんだろうなぁ…」
「それにくらべりゃ…たかが野球!!」
「まだまだ…まだまだ…!どうにでもなるさ…なぁ宇宙よ」

なんだかよく分からないがとにかくスケールの大きい発言である。星の運命をかけた宇宙戦争と比べれば、確かに大抵の問題は「たたが」となる。とにかく何がなんでも自分を鼓舞しようとする不屈の努力と執念が垣間見える。

不屈「なにはともあれ…俺たちの勝ちだ!!」

大雨降る中、まともに試合ができる者など1人しかいない状態で、地区最強の日の出商業との練習試合に臨む不屈たち。野球部の運命を賭けた大一番は、「明日の試合の方が大事だから、雨で体調を崩したくない」という日の出商業の申し出により不屈たちの不戦勝となる。
「なにがともあれ…おれたちの勝ちだ!!」とは、日の出商業を相手に完全勝利を収めた不屈が漏らした言葉である。一丸となってつかんだ奇跡の勝利に野球部員たちは狂喜乱舞し、ナレーションまでもが「全力学園は勝った!満身創痍の体で見事強豪日の出商業に打ち勝ったのだ!ありがとう、ありがとう全力高校野球部ナイン!」と感動的に盛り上げる。

不戦勝であれ勝利は勝利であり、言っていることはまったく間違っていない。彼らが「さぁ試合だ」と気合に満ちた顔で野球場に現れなければ、日の出商業側が「試合を放棄する、そちらの不戦勝でいい」と言い出さなかった可能性は高く、実際“野球部全員でつかんだ奇跡の勝利”というのも確かではある。
自分たちにできるベストを尽くした不屈たちが、この勝利を恥じる必要は微塵も無い。それでもなんだか一言でも言いたくなってしまうのが、島本和彦作品特有の「島本節」の真骨頂だ。

明子「いいことキャプテン!!夢ばかり見ていると現実に足をすくわれてよ!!」

「甲子園に出場し、快進撃を続けていく全力学園野球部。しかし3回戦で対戦した投手が投げるフォークボールに手も足も出ず、大苦戦を強いられる」
という内容の夢を見た不屈が「これから大会までフォーク打ちの特訓をする」と言い出した際、マネージャーの明子は隙をついて彼を転ばせて水たまりに蹴り飛ばして「いいことキャプテン!!夢ばかり見ていると現実に足をすくわれてよ!!」とドヤ顔で言い放つ。

「夢に見た」というだけで大騒ぎする不屈はおかしいし、それを止めるため水たまりに向かって蹴飛ばす明子もかなりおかしい。それでも言っていることはまったくもって正しいので反論しにくい、なんともシュールな名セリフ。

不屈「野球の歴史などたかだか150年!!人類が生まれてから現在に至るまでの歴史の流れにくらべれば…ゴミも同然ッ!!」

新しい監督が欲しいと校長に直談判した不屈は、「野球部最後の我がままとして自由に選ばせてやる」という彼の言葉に、歴史教師のサカキバラを指名する。「歴史は教えられるが野球は教えられない」と嘯くサカキバラに、不屈は「野球の歴史などたかだか150年!!人類が生まれてから現在に至るまでの歴史の流れにくらべれば…ゴミも同然ッ!!」と言い放って野球の知識よりも深い何かを教えてくれと頼み込む。
すさまじいスケールを感じさせるインパクト抜群の名セリフ。野球の歴史を「ゴミも同然」と言い切る不屈のスタンスは、冷静になると問題があるような気もしてくるが、こうも豪快に言われると反論しにくいのも事実である。

不屈「王貞治は野球を観てた偉大な男ではないっ、やり抜いた生き様が偉大なのだ くやしかったら756本打ってみろっ」

熱烈な王貞治マニアで、ただのマニアに留まらないバッティング技術を持つ亀屋。にも関わらず「野球は見る主義」といって野球部に興味を示さない亀屋を奮い立たせるべく、不屈は「王貞治は野球を観てた偉大な男ではないっ、やり抜いた生き様が偉大なのだ くやしかったら756本打ってみろっ」と彼を挑発する。
いかにもな熱血漢に見える不屈だが、要所要所で意外と舌の回るところを見せており、時に相手の関心を引き時に相手の痛いところを刺激する。このセリフはその両方がよく表れており、実際にこの発言に腹を立てた亀屋と野球部への入部を賭けた勝負を繰り広げることとなるのだった。

ハギワラ「女責めたり殴ったりしてもしょうがない!!きみを育てた父親をだせっ」

試合当日、不屈は桑原と一緒に遊園地デートを楽しみ、野球部での面目を失ってしまう。野球部員一同これに腹を立て、その点はハギワラも同じだった。しかし気質の似ている不屈のことを強く信頼するハギワラは、許せないと思う一方で「不屈があんなことをするとは信じられない」とも考えており、ついには「不屈はあの女に騙されているに違いない」と思い込む。そのまま桑原診療所に乗り込んだハギワラは、顔を出した桑原に「女責めたり殴ったりしてもしょうがない!!きみを育てた父親をだせっ」と言い放ち、彼女の父とその場のノリでボクシング対決を繰り広げる。
言っていることもやっていることも無茶苦茶だが、病院に殴り込むようなことまでしておいて「女を責めたり殴ったりしてもしょうがない」とはっきり言い切るのは、ハギワラが根本的には善良な性格であることを表している。

不屈「はっきりいって歴史に名が残る!!」

日の出商業の圧倒的実力を目の当たりにして、すっかり弱気になる全力学園高校野球部一同。そんな彼らを励ますため、不屈は「もともと強豪の日の出商業が甲子園に出たところで、誰も騒がないし記憶にも残らない。だが毎年地区大会序盤で姿を消す自分たちが日の出商業を倒して甲子園に出場し、あまつさえ優勝したとしたら」と前置きして、「はっきりいって歴史に名が残る!!」と言い切る。
不屈の弁舌が光る、やたらと強烈なセリフである。実際にそうなるかどうかは別にして、「良い意味で歴史に名を残せる」なんて言われれば、誰でも少しはがんばりたくなる。このセリフでやる気を取り戻した野球部員たちは、不屈と共に日の出商業との決戦に臨むのだった。

不屈「たかが100点差 形の上だって勝ちます!!」

日の出商業相手に100点以上の大差をつけられてしまった全力学園高校野球部。1回表に気を失い、9回になって目覚めた不屈は、「まだ勝ち目はある」と仲間を鼓舞して再びマウンドに上がる。
「ここで負けるとしても、野球部がそれで無くなるとしても、形の上の勝利以外の何かを得ることはできるはずだ」と言って自分たちを送り出したサカキバラに、不屈はおもむろに振り返って「たかが100点差 形の上だって勝ちます!!」と言い切る。

「勝つ」と口にするのは意外と難しい。状況が絶望的であればあるほど、それはより困難なこととなっていく。それでも、「野球で9回で100点差」という漫画でなければありえない大差をつけられた上で「勝ちます」と言い切れること自体が不屈の強さであり、彼が主人公であることを証明する部分でもある。

サカキバラ「下手な想像ならするな!!自らの範囲をせばめるようなことは…男の中の男のすることではないっ!!」

日の出商業との試合は翌日に持ち越しとなるも、点差はまだ54点。疲労困憊で仲間たちは倒れ、試合ができるのは不屈のみ。あまりに絶望的な状況に、さすがの不屈も「もうダメです先生」と弱音を口にする。そんな彼に、サカキバラは「下手な想像ならするな!!自らの範囲をせばめるようなことは…男の中の男のすることではないっ!!」との言葉をかける。
人間誰にでも限界はある。しかし、それを越えていける者だけが新しい何かを手にすることができる。自分の限界を自分で決めるのではなく、その先を目指して突き進むことも、人生には時に必要だと思わせてくれる名セリフ。

高田父「こじつけでもつじつまがあえばそれにこしたことはない いいこといってるんだから最後まで聞けーっ!!」

100点差を覆されて、まさかの敗北を喫した日の出商業。主将の高田は半狂乱になって泣き叫び、しかし「俺はまだまだ成長できるはずだ」と立ち上がろうとする。そんな高田の前に彼の父が現れ、「お前に二流と名付けたのは、常に謙虚な姿勢を忘れないよう心掛けてほしかったからだ」と語り出す。これに高田が「こじつけだろ」と反論すると、彼の父は「こじつけでもつじつまがあえばそれにこしたことはない いいこといってるんだから最後まで聞けーっ!!」と焦ったように言い返す。
世の中、最初から計画通りにうまいこと事が進むなんてことはまずありえない。人生の意味などというものは迷いに迷って振り返った時に初めて見付けられるのが当たり前で、つまりは大抵がこじつけである。それでもその先の人生を歩む力になるのなら、それこそ「こじつけでもつじつまがあえばそれにこしたことはない」のだ。支離滅裂なようで意外と趣深いセリフである。

校長「若いうちは増長もよしっ!!」

100点差を引っ繰り返して日の出商業を打ち破り、甲子園出場を果たした不屈。校長にこれを報告した彼は、街中で野球部のことが話題になっていることを指摘し、「これで優勝できなくても野球部を潰せなくなりましたね」と冷笑を浮かべる。校長は苦々しい表情で不屈の増長を仕方のないことだと割り切り、意外にも「若いうちは増長もよしっ!!」と彼を肯定する。
大人の増長は失敗の元でしかないが、若者の増長は成長のきっかけでもある。野球部の廃部を決定した敵役ながら、校長がただそれだけのキャラクターではないことを証明する味わい深いセリフだ。

不屈父「わしは もっとすごいことをやったぞ」

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