勇者、辞めます(次の職場は魔王城)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』とは、2017年1月12日から2月7日まで小説投稿サイト「カクヨム」に連載された小説。及びそれを原作とした漫画、アニメ作品。作者はクオンタム。
機械文明時代に作られた生体兵器レオが3000年後の世界を舞台に、心に埋め込まれた呪縛から自分を解き放ち、勇者としての生き方を辞めて新たな存在意義を見出すまでのプロセスを描く。レオが物語で語る仕事術は作者が実際の仕事を通して手に入れたものであり、アニメの中だけにとどまらず日常でも活かせる有益な情報である。

メルネス「ちゃんと聞くから、ちゃんと話せ」

レオ(右)が魔王軍に入った本当の理由を問いただすメルネス(左)。

エピソード6 ”勇者、長年の悩みを聞いてもらう”で、無影将軍メルネスが元勇者レオに向けた言葉。

魔王軍採用面接でレオは「人類を滅亡させるために魔王軍に入る」と言ったが、それは嘘だとメルネスは言い切る。彼ほどの力があれば、魔王軍に合流しなくても1人で人類を滅ぼせるからだ。それなのに魔王軍に入ったのは別に理由があるはずであり、メルネスは「ちゃんと聞くから、ちゃんと話せ」と真剣な目を向ける。暗殺者としてつらい人生を生きてきた孤独な少年には、人に裏切られた元勇者の心の痛みがよく理解できた。命をかけて人類を守ってきたのに平和になった途端、態度を変えて追い出した人間たちを恨むのが当然である。しかしレオにはその気配が全くない。人への憎しみが心に巣食う暗殺ギルド育ちの少年にはその理由が分からない。だからこそ知りたい。
これまで人との関わりを避けてきたメルネスの他者への真摯な姿勢には重みがあり、これまでおちゃらけた態度ではぐらかそうとしたレオに過去を語らせた名セリフと言える。

レオ・デモンハート「お前ら、いい奴らだよ」

「魔族たちが幸せに暮らせるよう手助けする」と約束するレオ。

エピソード6 ”勇者、長年の悩みを聞いてもらう”でのレオの言葉。

元勇者レオは3000年にもわたる自分の過去をメルネスに語る。長く生きてきた元勇者は、守ってやりたいお人好しから今すぐこの世から消えてほしい悪党まで様々な人間を見てきた。そんな彼が抱く魔王エキドナや四天王への評価が「お前ら、いい奴らだよ」である。「この俺が頑張ってもいいなと思えるくらい、エキドナも四天王もバカだがいい奴らだ」とレオは笑う。そして魔族たちが幸せに暮らしていけるよう手助けすると心配顔の少年に約束した。
勇者として人類を守ってきたのに世界から拒絶された元勇者レオ。それでも過去に囚われることなく、これからは魔族のために生きると言う。そんな彼が語る魔王エキドナや四天王たちへの温かな想いは見る者の心を打つ。

レオ・デモンハート「お前のそういう真面目で真っ直ぐな思いがあれば大丈夫だ」

レオに「大丈夫だ」と励まされるメルネス。

エピソード6 ”勇者、長年の悩みを聞いてもらう”でのレオがメルネスを励ます名セリフ。

自分の過去を語った元勇者レオだが、魔王軍に入った本当の理由を説明することはなかった。メルネスは不満を見せるが元勇者は笑って「そのうち話す」とごまかす。レオに長きにわたる人生を語らせたのは、彼を気遣う少年の真摯な姿勢であった。メルネスは口下手だが、コミュニケーションにおいて重要な武器を持っている。真摯な姿勢こそが人と関わる上で1番大切なのだ。口下手だろうが無愛想だろうが「あなたと話したい」という気持ちを向けられる若き四天王に「そういう真面目で真っ直ぐな思いがあれば大丈夫だ」と微笑む。レオの心からの言葉に居心地の悪くなったメルネスは顔を枕にうずめ、やがて静かな寝息をたて始めた。
かつて己が抱えた問題に悩む若者を励ますのは年長者として理想の姿であり、元暗殺者の冷えた心をも解かす言葉には力がある。

ジェリエッタが、父エドヴァルトの名誉のためレオに立ちはだかる

エドヴァルト(左の男性)にわざときつい言葉を投げつけるレオに立ちはだかるジェリエッタ(右)。

エピソード7”良い戦士が良い上司になるとは限らない”にて、ジェリエッタが新人に対する教育のあり方を語る名場面。

竜将軍エドヴァルトの件で、ジェリエッタはレオに相談を持ちかける。「部下の訓練に失敗した」と自害しかけた父に娘は頭を悩ませていたのだ。キマイラを軽く倒せる竜将軍にとって、自分の部下がキマイラに勝てなかったのは許しがたいこと。だから責任をとる形で命を断とうとしたのだが、一般の兵士にとってキマイラは強敵である。決して訓練不足の新兵がどうこうできる相手ではない。しかし強者にはそれが分からないのだ。ようやく頭が冷えたエドヴァルトであるが「自分が情けない」を繰り返すばかりだという。見かねた娘は頼れる元勇者に相談することとなった。
レオは快く引き受け、折よく発掘された機械文明時代の兵器マシンゴーレムとエドヴァルトを戦わせることを思いつく。マシンゴーレムは強敵であり、たとえ竜将軍といえど簡単に倒せる相手ではない。思惑通り苦戦を強いられたエドヴァルトだが、レオの助言で何とかマシンゴーレムの動きを止める。礼を言う竜将軍に対し、いつもは優しき元勇者は「マシンゴーレムの倒し方は一般常識、知らないのは努力不足」と厳しい言葉を投げつけた。これはかつてエドヴァルトが兵士らに放った言葉そのものであり、気づかされた強者は愕然とする。
なおも言いたい放題のレオに「初めて遭遇する敵の倒し方を知らないのは当然のこと」とジェリエッタが立ちはだかる。自分の常識が他人にとっても常識とは限らない。「だからこそ自分にできることは、他人にもできて当然だと考えてはいけない」と竜将軍の娘は熱く語る。どんな些細なことでも新人には1つ1つ丁寧に教え、知識と技術を伝承していく。人を育てるなら、それこそが重要なこと。屈強な四天王は部下の兵士らに頭を下げて謝罪した。
自分の非に気づいたら直ちに謝罪するエドヴァルトの潔さ。落ち込む父を元気づけようと頑張るジェリエッタ。そんな2人のために力を尽くすレオ。それぞれの人物の人としての生き方に心地よさを感じる名場面である。

エイブラッド「生体兵器だか何だか知らんが、お前の人生、お前の好きに使え!」

兵士たちに両脇を抱えられつつもレオに忠告の言葉を投げかけるエイブラッド(中央の魔族)。

エピソード8”A.D.2060東京某所にて”におけるエイブラッドのセリフ。

「人間を守るためだけに作られた」というレオの未来をエイブラッドは心配する。魔族との戦いが終わり、世の中に平和が訪れたとき目の前の若者はどう生きるのか。人間を守るという存在理由を失った生体兵器は居場所を失う。平和になった世界は彼にとって苦痛に満ちた世界で「自分は必要ない存在」という虚しさが蓄積されていく。寿命がない生体兵器は、人類を守るという目的を失ったまま永遠に生きなければならないのだ。再び争いが起きたとしてもレオの活躍で世界は平和を取り戻すであろうが、彼自身にやすらぎは訪れない。やがては活躍の場を得るため世界の窮地を待ち望むようになる。心の葛藤に苦しみ続けるのだ。
捕虜回収部隊が到着し、兵士らに両脇を抱えられつつも「生体兵器だか何だか知らんが、お前の人生、お前の好きに使え!」とエイブラッドは叫ぶ。さらに「苦しくなったら全部放り出せばいい。つらくなったら自分のやりたいことをやればいい」と必死にわめく。そんなおせっかいなインプを乗せた護送車はレオを残し走り去った。
魔族と人類の垣根を超えて芽生えた友情。物語の柱とも言える言葉であり、孤独な生体兵器を心の底から心配する1人の魔族の姿は見る者の心を打つ。この渾身の言葉は3000年後のレオを救うこととなった。

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

作者クオンタムが『勇者、辞めます』を執筆したのは、TRPG仲間「ロケット商会」の受賞がきっかけ

次の3つの理由から、作者のクオンタムは『勇者、辞めます』を書き始めたと言う。
1. TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)で遊ぶ仲だったロケット商会が「第1回カクヨムWeb小説コンテスト」の現代アクション部門で大賞を受賞し、賞金100万円を手に入れた。
2. ロケット商会の受賞に刺激されて、他のTRPG仲間の中で「自分も賞金を手に入れたい」という意気込みが高まっていた
3. 作者のクオンタムが勤めていた会社が解散し、お金がなかった。
そうして書かれた『勇者、辞めます』はクオンタムの処女作であり、「第2回カクヨムWeb小説コンテスト」の異世界ファンタジー部門の大賞を受賞するという快挙を成し遂げた。
クオンタムは子供の頃から作文を書くのが得意で作家に憧れていたが、実際になれるとは思っていなかったという。しかし、ゲームのプレイ日記をブログに上げていたので長文を書くことには慣れていたそうである。さらに友達とサイドストーリーを書いて、どちらが面白いか勝負したりしていたので物語を書くのは始めてではなかった。そういった経験が『勇者、辞めます』の作成に大きく貢献したとクオンタムは語る。

レオが語る仕事術は作者クオンタムの実体験によるもの

「仕事というものは1人でやるものじゃない。能力のある者が1人で頑張るよりも、凡人でもいいから1人1人が自分にできることをやる」「上に立つ者は、明日自分が死んでも組織が上手く回るようにすべき」「1人で乗り越えられない障害も、皆で力を合わせれば乗り越えられる」「苦手な上司との飲み会を早く終わらすには、その上司にガンガン酒を勧めて酔い潰すのが一番」「話し上手よりも聞き上手をめざしてみろ」「どんな些細なことでも他人には初めから教え、知識と技術を丁寧に伝承していく。人を育てる上でそれこそが重要」
このように作品中で語られる有益な仕事術は多い。それらは作者クオンタムが実生活で仕事をする中で培ったものだとか。会社に勤めていると「こうしたほうがいい」というアイディアを思いつくことがある。しかし、組織の中でそれが活かされることはあまりない。長年の慣習が邪魔をする、契約上できない、時間がなくて手が回らないといった事情があるからだ。「体制を変えたいけど変えられない」という歯がゆさ。大抵の人は黙って我慢するところだが、クオンタムはその歯がゆさをバネにして仕事の質を上げたという。その経験が『勇者辞めます』のレオが語る仕事術に活かされた。

作者のクオンタムはファンタジーが大好き

学生時代は「ラグナロクオンライン」や「FINAL FANTASY XI」に夢中になり、社会人になってからは「FEZ」「FF14」「PSO2」といったオンラインゲームをプレイしてブログに書いていたという。2014年あたりからTRPGを始め、それ以降はずっとTRPG漬けなのだとか。名作と呼ばれるファンタジー作品が多く生み出された時代に育ったので、余計にファンタジーが好きになったそうである。
特に思い入れのある作品は、漫画の『BASTARD!!』や小説の『スレイヤーズ』。『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』は1988年から週刊少年ジャンプで連載が始まった漫画で作者は萩原一至。主人公のダーク・シュナイダーが、魔物や邪神、天使や悪魔と戦うバトルストーリー。『スレイヤーズ』は、神坂一による日本のライトノベル。主人公リナ・インバースと仲間たちの珍騒動の旅を描いた剣と魔法の物語。
父の本棚からも小説を借りて読んでおり、中でも菊地秀行の『退魔針』が面白かったという。主人公が最強であり、なろう系に類似のシーンも多くあったのがその理由。五代ゆうの『アバタールチューナー』という「女神転生」シリーズの派生作品のノベライズも好んで読んでいた。SFとファンタジーが合わさった感じが好きだったと語る。

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