勇者、辞めます(次の職場は魔王城)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』とは、2017年1月12日から2月7日まで小説投稿サイト「カクヨム」に連載された小説。及びそれを原作とした漫画、アニメ作品。作者はクオンタム。
機械文明時代に作られた生体兵器レオが3000年後の世界を舞台に、心に埋め込まれた呪縛から自分を解き放ち、勇者としての生き方を辞めて新たな存在意義を見出すまでのプロセスを描く。レオが物語で語る仕事術は作者が実際の仕事を通して手に入れたものであり、アニメの中だけにとどまらず日常でも活かせる有益な情報である。

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』の概要

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』とは、2017年1月12日から2017年2月7日までKADOKAWAの小説投稿サイト「カクヨム」に連載されたクオンタムによる小説。及びそれを原作とした漫画、アニメ作品。2018年1月16日から2018年5月6日にかけて番外編『無影将軍は旅に出たい』も「カクヨム」にて連載された。作者のクオンタムは本作品にて、第2回カクヨムWeb小説コンテストファンタジー部門で大賞を受賞。
2017年12月10日から2018年10月10日にかけて「カドカワBOOKS」から原作小説1~3巻、2022年2月19日から2022年4月20日には「ファンタジア文庫」から文庫版が発売された。2018年10月4日からは「角川コミックス・エース」にて風都ノリによるコミック版が出版されており、KADOKAWAが運営する無料のWeb漫画雑誌「ヤングエースUP」にて閲覧できる。テレビアニメは、2022年4月から2022年6月にかけて放送された。アニメ版は「amazon prime video」「Hulu」「GYAO!」などの見放題サイトで配信されている。「天然温泉湯~ねる」や「マチ★アソビカフェ」とのコラボの実現、「沙汰」や「狐印 」といった多くのイラストレーターからの応援イラストが公式サイトに届けられるなど、本作品の人気の高さが分かる。

勇者レオは魔王エキドナ率いる魔王軍を退け人類を守ったにもかかわらず、その力を人々から恐れられ居場所を失う。追放されて街から街へと彷徨う中で、自分の力を魔族のために使うことに考えが及んだレオは魔王城に赴いて面接を受ける。しかし勇者を嫌うエキドナに拒絶されてしまい、困ったレオはシュティーナたち四天王に頼み込むことで勇者の正体を隠すことを条件に仮採用される。黒騎士オニキスに姿を変えたレオは経験と知識を活かし、魔王軍の抱える問題を解決して四天王やエキドナから信頼されるようになる。しかし、レオが魔王軍に入った真の目的は勇者の力をエキドナに託すことで自分を抹殺することにあった。
『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』は、3000年もの長いときを勇者として生きてきたレオが魔族と信頼関係を築きあげ、「人類を守る」という呪縛から開放されて新しい存在意義を見出すまでの物語である。勇者を辞める決意をした元勇者が、本来なら敵対する魔王のもとで新たな生きる目的を見つけるまでのプロセスに、他では見られない本作品の面白みがある。

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』のあらすじ・ストーリー

元勇者レオが魔王軍に仮採用

元勇者レオが魔王城にて仮採用される約1年前、魔王エキドナ率いる魔族らは人間界へと攻め込んだ。国王からの命令を受けたレオは、各地から集められた精鋭たちとともに魔王の討伐に向かう。しかし魔法や剣術を極めた彼にとって仲間は足手まといでしかなく、結局1人で魔王を倒すこととなる。魔王軍を打ち破ったレオは聖都レナイェへと帰還したが、待っていたのは勇者の持つ強大な力への恐怖だった。民衆は彼の力を恐れ「次の魔王はレオ」という疑心に囚われてしまったのだ。結果、王に国外退去を申し渡された孤独な元勇者は、街から街へと彷徨うこととなる。
ある町でレオは魔王軍が人材を募っているとの噂を耳にする。自分の居場所は魔王軍しかないと悟った彼は魔王城へと向かい、魔王と四天王に再会。魔王軍への入団を希望するが、エキドナから「不採用」と拒絶されてしまう。追い出されかけた元勇者であったが、四天王に必死に頼み込んで何とか話を聞いてもらうことに成功。1ヶ月の試用期間内に成果を出すこと、エキドナに正体がバレないよう変装することを条件に魔王軍への一時採用を認められた。
魔王城では現在「兵力の増強」「城の修復」「武具の調達」など軍の再編成のためにやるべきことが山積みであり、今は四天王が仕事を振り分けることで魔王城の業務は回っている。会話の中で、レオは四天王のリリが兵站を任されていることを知り驚愕する。まだ子供の彼女に兵站という重要な任務をこなせるとは思えないからだ。元勇者は魔王軍の人材不足を思い知る。

魔将軍シュティーナの仕事を効率化

仮採用が決まった翌日、四天王の一端を担う魔将軍シュティーナの部屋を訪れた元勇者レオは、彼女が1人で多くの仕事を抱えていることを知る。勇者との戦いで魔王軍は壊滅的な被害を受けてしまい幹部級魔族の多くは魔界で療養中で、彼らの仕事は四天王に振り分けられている。その中には魔将軍にしかできない仕事が数多く含まれており、真面目な彼女は魔王エキドナのためと連日働きづめであった。仕事のマニュアルを作る暇もなければ人材を育成する時間もない。そんな状況を改善するため仮採用中の元勇者は行動を開始する。
レオが最初に目をつけたのは魔力炉への魔力供給。魔王城にある魔力炉のうち4機はシュティーナが作成したもので、魔力の供給は彼女しか行えない。もし他の魔族が魔力炉に魔力を供給しようとすると魔力の波長の関係で魔力炉が壊れてしまう。これは言い換えると、彼女の魔力波長と同じなら魔力炉に魔力を供給できるということ。そこでレオは魔力の波長を保存する石を手に入れ、シュティーナの魔力波長を記憶させた。この石を身に着ければ魔力の波長が彼女と同じになるので魔力炉に魔力を供給できる。黒騎士オニキスに姿を変えた元勇者はダークエルフの少女ディアネットに魔力供給の手順を教え、魔将軍の仕事を1つ減らすことに成功。さらに少女が魔力供給の手順を他の魔族に伝え、効率的に魔力炉への魔力供給が行えるようになる。つまり人材育成の手間も省けたのだ。
この功績でレオはシュティーナからの信頼を勝ち取り、魔王城が抱える問題を相談されるようになった。その1つが魔王城の南に位置するラルゴ海に浮かぶ島々での獣将軍リリの兵站任務である。魔王城の食糧は尽きかけており、任務の失敗は許されない。それにもかかわらず、彼女の提出した計画書は子供のお絵かきレベルで任務が失敗に終わるのは明らかだった。元勇者は獣将軍を補佐すべくラルゴへ向う。

獣将軍リリの任務をフォロー

獣将軍リリが派遣されたラルゴには竜人族が住んでいる。竜人族は魔物と人間が共に暮らすようになって生まれた種族であるが、いつしか人間は竜人族を迫害するようになり、竜人族は隠れるようにラルゴに住むようになった。迫害の記憶は竜人族に受け継がれており、魔王エキドナが人間界に侵攻してきた際、竜人族は進んでエキドナに食糧や物資の支援をした。今もラルゴからの支援は続いており、魔王軍にとって重要な生命線である。
魔王城の食料や物資は尽きかけているため今回の任務は失敗が許されない。にもかかわらず、責任者であるリリの提出した計画書は子供の落書きレベルの杜撰なものであった。これではラルゴからの物資の調達は失敗に終わってしまう。そこで彼女を補佐すべく魔王軍仮採用の元勇者レオもラルゴにやって来たのだが、彼女の仕事ぶりは子供の遊びで、レオが後始末に奔走し命令に従う魔族らも大変だった。島には魔王城へつながるワープ装置があるので物資の輸送はスムーズに行なえ保管施設も充実している。人材も豊富で魔族らの特性を活かせば長くても2日で終わる任務のはず。ところが脳天気な少女のやり方では仕事は終わらず、権限のない元勇者には魔族らに指示を出すこともできない。このままでは補給不全に陥るか、竜人族に愛想を尽かされ支援を打ち切られてしまう。
そこでレオはリリが自分に寄せる好意を利用することにした。召喚した毒蛇にわざと噛まれて彼女を心配させ、山へ薬草を採りに行くよう仕向けたのだ。回復魔法で毒を解除したレオは少女の監視を始める。山には複数の試練が用意されており、突破するには仲間の力が必須。レオの狙いは仲間と連携すれば効率的に仕事ができることを学ばせることにあったが、神狼(しんろう)フェンリルに姿を変えたリリは試練を次々とクリア。神狼フェンリルは守り神として古くから伝わる巨大な狼で、この姿に変わると身体能力が上昇する。
このまま1人で試練を突破されては目的が果たせない。そこで元勇者は吟遊詩人に姿を変え、断崖に足止めされている神狼に「崖を渡るためには仲間の協力を得ればいい」と伝える。「助言をもらう」と立ち去った彼女にレオは一安心するが、谷底の川を泳いで渡ることで試練を突破されてしまった。残りの試練もことごとく失敗に終わり、疲れ果てた元勇者は拠点のテントで気を失う。
翌朝目を覚ましたレオは、リリから1枚の絵を渡された。描かれていたのは部下と協力して任務に当たるというもので、まさにレオが伝えようとしていた内容。吟遊詩人(レオのこと)の歌を参考に一晩かけて考えたと聞いて「普通に説明しても理解できない」と決めつけていた元勇者は深く反省する。少女に必要だったのは手の込んだ作戦ではなく、言葉による助言だったのだ。
こうしてラルゴでの任務を果たし魔王城に帰還したレオであったが、待っていたのは魔王エキドナからの黒騎士オニキスに対する出頭命令だった。

魔王エキドナとの飲み会

魔王エキドナに黒騎士オニキスの正体がバレていないを知り「ほっ」とする元勇者レオであったが、用意された酒と料理を見て愕然とする。豪勢なもてなしはオニキスを労うものだが、レオにとって嬉しいものではなかった。宴は長引くことが予想され、黒騎士の正体がレオだと見破られる可能性が高まるからだ。そこで黒騎士オニキス(レオ)は酒宴が早く終わるよう手を打つが、ことごとく失敗に終わる。冷や汗ものの酒宴であったが有益な情報も得られた。エキドナが人間界に侵攻したのは支配が目的ではなく、聖都レナイェの秘宝「賢者の石」を手に入れるためだったのだ。
荒れ果てた魔界は日が差さず常に薄暗い。水と空気は淀み草木は育たず、僅かな資源を巡って争いが絶えない。そんな魔界の現状を変えるべくエキドナは幼い頃から努力を重ね、魔王の地位を手に入れた。魔界から争いをなくして、太陽と緑あふれる大地をもたらす。「賢者の石があれば可能」と信じて彼女は人間界にやって来たのだ。
しかし賢者の石に期待する力がないことをレオは知っている。賢者の石の正体は生体兵器である彼の心臓に当たるもので、無限にエネルギーを供給するが魔界を変える力はない。それを知らない魔王様は「賢者の石の力を使えるなら人と手を結んでも良い」と語る。彼女は人間と無駄に争いたくないのだ。実際、かつての戦いにおいて魔族らの間では「不要な殺し」が禁じられていた。
意外なことにエキドナは勇者レオに深い恨みはないと言う。勇者とは人間たちを守る存在で、侵略者である魔族に立ち向かうのは当然のこと。計画は台無しにされたが勇者の行いは間違っておらず、今回の戦争のあらゆる責任は自分にある。
改めて魔王の優しさを確認した元勇者は、自分の持つ「賢者の石」を彼女に託す決心を固めた。

無影将軍メルネスの悩みを解決

無影将軍メルネスと竜将軍エドヴァルトが手紙を残して姿を消した。竜将軍は「部下の教育失敗の責任を取り自刃する」と訓練場に引きこもり、無影将軍は「探さないで」と言い残し旅に出たという。竜将軍のもとへはエキドナが向かい、レオはメルネスを追跡する。
追いついたレオが出奔の理由を問うと「話すことが苦手な自分に面接官はつとまらない」と言う。人材が不足している魔王城では3日後に採用面接があるのだが、話すのが苦手なメルネスには面接官をやりきる自信がなかった。だから旅に出て人と上手く話せるようになるヒントを見つけるつもりだったが、レオが連れ戻しに来たため予定が狂ってしまった。その責任を取るかたちで、レオは口下手少年と2人で魔王城食堂にてウェイターを始める。接客を通してコミュニケーションの基本を学ばせるのが目的だ。しかし暗殺者として生きてきたメルネスにとって、客に愛想よく振る舞うのは難しかった。「人と接する簡単な方法はないのか」と口を尖らせる少年に、元勇者は「黙って人の話を聞く」ことを勧める。人は自分の話を聞いてくれる誰かを求めているから、会話スキルが壊滅的なら相手に喋ってもらえばいい。実際、生体兵器の元勇者もそうやって人との接し方を磨いてきた。
初日のバイトの仕上げとして、レオは「自分を相手に面接官をやってみろ」と促す。「何でも答える」という彼にメルネスは魔王軍に来た本当の理由を問う。かつてエキドナとの面談で「人類を滅ぼすために魔王軍に入りたい」と元勇者は言った。しかし彼なら魔王軍の力を借りなくても人類を滅ぼせるはずだ。なのに、そうしないのはレオが人類への憎しみとは別の理由で動いているからではないか。暗殺ギルド出身の少年には人に裏切られた元勇者がなぜ人を恨まないのか理解できない。彼自身、つらい過去を生きてきたから。「ちゃんと聞くから、ちゃんと話せ」と涙を流すメルネスに、レオは己の認識を改める。少年は冷酷な暗殺者ではなく、他人の苦しみを理解できる優しさの持ち主なのだ。真摯な態度には真剣に向き合わなければならない。元勇者は自分の過去を語り始める。

機械文明時代、聖都のあたりは東京と呼ばれていた。ある日、東京の真ん中に穴が開いて、現れた魔族と人との間で戦争が始まる。戦いは東京から世界中に広がり、魔族に比べて力の弱い人間は対抗できる強力な武器を開発。それがレオを含めた12体の生体兵器であり、魔族との戦いでレオだけが生き残った。機械文明は滅び魔術文明を迎えるが、孤独な生体兵器は人類のために戦い人類を救い続けた。やがて彼の中で「自分の行いは人類の成長を妨げているのではないか?」という疑問が芽生える。それでも人類を守るようプログラムされたレオに義務を放棄することはできなかった。

だからこそ、人類から拒絶されたのは「嬉しかった」と元勇者は語る。「人を守らなくても良くなったとき、自分のやりたいことをやる」と決めていた。レオはメルネスに魔界の住人が幸せに暮らせる未来を約束する。

竜将軍エドヴァルトの抱える問題を解決

竜将軍エドヴァルトの自刃未遂の件で、娘のジェリエッタは元勇者レオに相談を持ちかける。竜将軍が今回の愚行に及んだのは、自分が訓練した兵士らがキマイラに敗北したからだ。キマイラとは錬金術師たちが実験で作り出した魔獣であり、意思の疎通はできず無差別に襲ってくるため人と魔族共通の敵として認識されている。「キマイラごときに勝てなかったのは自分の責任」と自害しかけた父の短絡思考に娘は頭を悩ますが、問題はそれだけではなかった。訓練の厳しさに倒れる兵士も出始めているのだ。何でも自分基準で考えるエドヴァルトに自分が強いという自覚はなく、部下たちに必要以上の努力を要求する。兵士らには真面目な者が多く、訓練についていこうと頑張るから体力の限界を迎えて倒れてしまう。これらの問題をどうにかしたいジェリエッタであったが解決策が分からず、レオに相談を持ちかけたのである。
引き受けた元勇者は機械文明時代に作られた兵器の利用を思いつく。魔王城の所有する炭坑から掘り出されたマシンゴーレムである。起動されたゴーレムは竜将軍と兵士らが集まる訓練所に姿を現して攻撃を開始。部下たちを蹴散らかした強敵にエドヴァルトは立ち向かうが、初めて戦う相手に倒し方が分からず苦戦を強いられる。古代兵器の予想外の強さに驚いたレオは姿を現しマシンの倒し方を指示。激戦の末、ゴーレムの動きを封じた竜将軍は元勇者に感謝を告げるが、返ってきたのは辛辣な言葉であった。敵の倒し方は知っていて当然であり、それを知らないのは努力不足だと言うのだ。いつもとは異なる物言いにエドヴァルトは戸惑うが、これはレオの作戦だった。あえて竜将軍が部下たちに言っていることを繰り返すことで、過ちに気づかせようとしたのである。愕然としたエドヴァルトは成り行きを見守っていた兵士らに頭を下げた。潔い上司の態度に部下たちは一層の信頼を寄せることとなる。

エイブラッドの教え

黒騎士オニキスを幹部として迎える茶会が開かれることとなった。レオはその茶会にて、自分の正体と魔王軍に入った本当の目的を明かすつもりである。久しぶりに読む『架け橋のエイブラッド』を手にしながら、元勇者は1人の魔族との出会いを回想する。エイブラッドは人と魔族の共存を主張した珍しい魔界の住人で、そんな彼のエピソードが『架け橋のエイブラッド』に記録されている。

生体兵器レオに剣を向けられ、エイブラッドは必死に「人間を襲うつもりはなかった」と主張していた。争いの絶えない魔界にうんざりしていた彼。そんなとき人間界へつながる穴が開いたから住心地が良いと評判の人間界へやって来たのだ。魔界から人間界に開いた穴は大霊穴(だいれいけつ)と呼ばれる。数百年に一度だけ開く穴で、維持するには多数の魔術装置と魔力が必要となる。少なくともエイブラッドたちインプ族は人と争うつもりはなく平和的に接触するつもりだった。しかし考えなしに暴れた他の魔族らのせいで戦いが始まってしまったのである。巻き込まれたくないエイブラッドは慌てて魔界に帰ろうとしたが大霊穴は閉じてしまい、多くの下級魔族らが人間界に置き去りにされることとなった。「人間界を偵察するのも目的の1つだった」とエイブラッドは語る。人が弱いことを知った魔王ベリアルは、人間界を侵略するために再び穴を開けるだろう。
レオに殺意がないと知ったエイブラッドは胸をなでおろすが「人類を守るためだけに作られた」と語る彼が心配になる。人間と魔族の戦いが終われば生体兵器らの活躍する場は失われる。それは人を守る使命を持ったレオたちの存在理由も失われるということだ。やがて彼らは世界の窮地を待ち望むようになる。それではあまりにも不憫だ。立ち去る1体の生体兵器に「お前の人生、お前の好きなように使え」とエイブラッドは叫び、その言葉は彼の心に刻まれた。

おせっかいなインプ族の教えに従い「自分の人生を自分の好きに使う」ことを胸に秘めたレオはエキドナの待つ茶会の場に到着する。

レオの豹変

魔王城にある大霊穴(だいれいけつ)が閉じかけているとの連絡がエキドナたちにもたらされる。大霊穴は魔界と人間界をつなぐ道で、穴が閉じれば魔族は魔界に帰れなくなる。大霊穴へと向かったエキドナと四天王、レオが魔力を供給し穴は維持できたが依然として不安定なままであった。いつ閉じてもおかしくない大霊穴に打てる対策は2つ。今すぐ魔界へ撤退するか、聖都レナイェに侵撃し賢者の石を奪い取るか。選択を迫られたエキドナは魔界に戻る決断を下す。もし人間から賢者の石を奪おうとすれば、今度こそ勇者に全軍を滅ぼされかねないからだ。自分だけならともかく、部下たちまで巻き込むわけにはいかない。
魔王の覚悟を見た元勇者はオニキスの変身を解いて正体を明かし「賢者の石は2つある」と伝えた。聖都レナイェとは別に、もう1つの賢者の石が魔王城から見えるセシャト山脈に存在する。それを魔界に持ち帰れば良い。レオは魔王と四天王を引き連れ賢者の石のもとへ向かった。その道すがら賢者の石の性質について説明する。賢者の石は万能ではないし、正しく扱うには世界に散らばった機能仕様書が必要。古代について詳しすぎる彼にエキドナは疑問を持つが、約3000年前の機械文明時代に作られた生体兵器であることを知り驚愕する。そんな魔王に元勇者は語り続ける。心に「人類を守れ」と刻み込まれた自分は、その命令に従い人類を守ってきた。しかし人間は勇者の力なしに魔王を倒せるようになるかもしれず、そのとき己の存在理由は失われる。それを避けるために自分は世界に混沌をもたらし世界を救う矛盾した存在になるだろう。賢者の石の正体は生体兵器を動かす無限エネルギー機関。自分の胸に埋め込まれ、この瞬間もエネルギーを供給している。
ここに来て元勇者は「賢者の石が欲しければ俺を殺して抉り取れ。でないと人を滅ぼし機能仕様書を燃やす」と言い放ち、態度を豹変させた。戸惑った四天王らは説得を試みるが失敗に終わり、立ち向かったエドヴァルト、メルネス、リリは返り討ちにされてしまう。「このままでは魔族も人間もレオに滅ぼされる」と判断したエキドナは「対勇者拘束呪アンチレオ」を使う決心をする。古代の魔王が開発し魔力をすべて消費する危険な魔術だが、エキドナに取れる手段はそれしかない。シュティーナが稼いだ時間で術式は完成し、元勇者はすべての能力を封じられ動きを止めた。

勇者レオが魔王軍に入った真の目的

「世界を救え」という絶対命令を受けて誕生したレオにとって最初の頃は戦うべき敵がおり、存在意義にあふれていた。同じ生体兵器である仲間とともに戦い、もたらされた平和を人々と共に喜ぶことができたのだ。やがて長い平和が訪れ勇者が必要とされない日々が続き、いつしかレオは世界の危機を待ち望むようになっていた。「それなら世界の危機を自分で作れば良い」という考えに至ったレオは、機械文明時代の設備を修復し、人類を滅ぼす生体兵器を生み出すこととなる。そして我に返ったレオは愕然とする。今の自分こそ魔王そのものだと気づいたからだ。レオは自分を倒せる力を持ち、なおかつ人類を守ってくれる存在に賢者の石を託す決断を下す。その条件を満たしたのが魔王エキドナであった。
魔王軍と戦い、壊滅させたときからレオの作戦は始まっていた。じかにエキドナと戦って勇者の力を見せたのち、自分を魔王軍に売り込んで魔王軍に潜入する。そして信頼を得たところで、あえて悪役を演じて自分を殺させるのだ。紆余曲折はあったものの、計画通りに事を進めたレオは「あとは任せた」と笑みを浮かべる。

勇者を辞めたレオの新しい使命

動きを封じられた元勇者は四天王による攻撃で地に伏した。これで賢者の石はエキドナたち魔族のもの。石からのエネルギー供給を一時的に断ったレオは、残り300秒の間に石を取り出すようエキドナに促し「迷惑をかけた」と謝罪する。エドヴァルトに抱えられたリリは泣きわめき、メルネスも表情が固い。重い雰囲気のなか、シュティーナに支えられつつ話を聞いていたエキドナは「賢者の石を取り出すのを止めた」と言い放つ。そして仮採用の元勇者を正式採用し、賢者の石を持つ者として魔界と人間界の和平特使に任命した。魔王の想定外の行動にレオは焦り、四天王たちに早く石を取り出すよう言うが聞く耳を持たない。
「人類を守れ」という命令に生体兵器は逆らえない。人類に反逆できないよう作られているのだ。しかしレオは成長し、自我が芽生え「人類を守るために人類を滅ぼす」という矛盾した意志を持つに至ってしまった。「その芽生えた自我で『人類を守る』という絶対命令に抗えるのではないか?」このシュティーナの言葉で1人生き残った生体兵器の運命に変化が起きる。深層意識にアクセスしたレオは命令の無効化に成功し「人類を守る」という使命から開放された。
「もし生きたいのなら、与えられた使命に囚われ過ぎるな」というエキドナからの言葉を受けて、元勇者は新しい生き方を見つける。人類と共存しつつ魔界を住みよい世界に変えていく。エキドナが悪の侵略者ではなく、優しい王様であり続けるよう全力で支え続ける。それがレオの新たな使命となった。

『勇者、辞めます(次の職場は魔王城)』の登場人物・キャラクター

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