異世界居酒屋「のぶ」(蝉川夏哉)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『異世界居酒屋「のぶ」』は、蝉川夏哉によるライトノベルを原作とし、コミカライズ・スピンアウト・アニメ・ドラマと多岐にわたるメディアミックス化をしている。異世界転移というジャンルではあるが、経営している居酒屋の入口が異世界に通じ現代日本の料理と酒で異世界の人々を癒すという異世界転移にグルメジャンルを取り入れた異色のストーリーだ。帝国の古都アイテーリアにある居酒屋「のぶ」。そこはアイテーリアの人々が見たこともないようなお酒や料理を出し訪れた客を暖かく癒やしてくれる不思議な居酒屋だった。

『異世界居酒屋「のぶ」』の概要

『異世界居酒屋「のぶ」』とは、蝉川夏哉によるライトノベル。及びそれを原作とし各種に展開したメディアミックス作品。主にコミカライズやスピンオフ作品、アニメ、ドラマと非常に幅広いメディアに展開している。
小説投稿サイト「小説家になろう」にて2012年10月より連載が始まり、ライトノベルが宝島社より2014年9月から刊行された。また、2016年8月より加筆修正を経て、新規エピソードが追加された文庫本が第2回エリュシオンライトノベルコンテスト受賞。
2020年1月時点でシリーズ累計300万部突破している

帝国の古都アイテーリアにある居酒屋のぶでは摩訶不思議な酒と料理を出す。しかもとても美味しい。そんな噂を耳にして、今日もたくさんの客が居酒屋のぶを訪れる。
やってくる客の対応をするのは無口で厳格な空気をだすノブタイショーと呼ばれる店主である料理人といつも笑顔を絶やさずお客様に細かな気配りをする女給仕のシノブちゃん。
のぶには帝国の古都の住民が通常高価で手が出せないガラス製品や見慣れない文字で書かれたお品書き、2人が着ている服も提供している酒や料理も何もかもが異国感あふれているが、そんなことはここでは関係ない。
美味い飯に酒、そして暖かい接客を求めて皆のぶに来ているのだから。

コミカライズ版について

原作をベースにコミカライズされているヴァージニア二等兵による漫画は『ヤングエース』(KADOKAWA)にて、2015年8月号より連載中。
原作者による書き下ろしストーリーをイラスト担当者である転(くるり)によってコミカライズされた漫画は『異世界居酒屋「のぶ」 しのぶと大将の古都ごはん』として2015年10月より「このマンガがすごい!WEB」に掲載。2016年4月から刊行されている。
スピンオフ作品としてシノブとエーファがおやつを作り味わう姿が可愛らしい内容のノブヨシ侍による漫画『異世界居酒屋「のぶ」〜エーファとまかないおやつ〜』は2017年11月より「このマンガがすごい!WEB」にて連載。
スピンアウト作品として、のぶとは違う別の居酒屋が異世界にオープンした内容の碓井ツカサによる漫画『異世界居酒屋「げん」』が2018年3月より「このマンガがすごい!WEB」にて連載している。

アニメ版について

2018年4月よりWEBアニメとして放映。
同年10月からBS11およびJ:COMテレビにて放送される。
アニメとアニメの間にのぶプラスという実写の企画が入る。前半はアニメで放送された料理を料理研究家のきじまりゅうたがアレンジ料理する内容で、後半は現実世界で居酒屋のぶにも負けない居酒屋をタレントであり俳優のなぎら健壱が探し歩き紹介する内容だ。

ドラマ版について

2020年5月より品川ヒロシ監督、大谷亮平主演によりWOWOWプライムで全10回に渡って放送された。

『異世界居酒屋「のぶ」』のあらすじ・ストーリー

日本のシャッター通り商店街の片隅にある居酒屋「のぶ」は、白狐により居酒屋店舗の入口が異世界に通じてしまった。入口を開ければそこは中世ヨーロッパのような世界で、現代日本とは何もかもが違う異世界。帝国の古都であるアイテーリアと呼ばれるその場所で居酒屋のぶの営業が始まった。
ある冬の日情報通である衛兵のニコラウスが同僚であるハンスに連れて行きたい店がある、と居酒屋のぶへ飲みに誘った。そこは扉にも上質な硝子を使っていたためとても高級な店に見えたハンスは慌てるが、ニコラウスに促され店内へ。
外の寒さなどまったく感じない暖かい店内。異国情緒あふれる雰囲気。キンキンに冷えたエール(ビール)。いつもの食べ飽きた馬鈴薯だがまったく違う味の料理。飲んだことのない酒。それなのにとても安いときている。そして女給仕であるシノブの笑顔。
すっかり感動してしまったハンスはのぶの常連に。
もちろん、ハンスだけではない。
ハンスやニコラウスのイカ嫌いな上司に、皆の嫌われ者だった税金請負人、一筋縄ではいかなそうな聖職者達、マイスターと呼ばれる職人達や、様々なギルドマスター達に、自身のやるべき事に悩む遊び人、美食の吟遊詩人、果ては先帝や現皇帝、隣国のスパイだけじゃない、魔女だってやってくる。
しかしタイショーもシノブもやることは変わらない。
タイショーは寡黙だが変わらず美味い料理を提供し、シノブは笑顔で客を暖かく迎えて料理にあった酒を勧める。
そうして彼らと客の絆が深まっていった。
異世界の住人であるタイショーとシノブであるからこそ迎える数々のピンチに、客や従業員が一丸となって立ち向かう。
もはやそこに異世界は関係ない。
暖かい人物であるタイショーとシノブ、その象徴である居酒屋のぶを守るために奔走する人々。
美味しい料理に酒を紹介するだけじゃない。これは居酒屋で出会った人と人との交流を描いた物語である。

豚汁

帝国の古都アイテーリアでは冬になると物流が止まってしまい料理の質が落ちてしまう。
そんな中、衛兵であるニコラウスは新しくできた店に行くが"いつも通り"の固いパン、脂身ばかりのベーコン、それに酸っぱいエールを出される。
ニコラウスはがっかりしながら自分の人生も"いつも通り"なのかと落ち込みそうになるが、すぐに首を振る。
そして"いつも通り"から逸脱出来る店、居酒屋のぶへと向かった。

「いらっしゃいませ!」「…らっしゃい」と笑顔で迎えてくれる女給仕のシノブと小さく表情は変えずに迎え入れてくるノブタイショー。
そこには同僚であるハンスが先に入店して食事を始めていた。
ハンスにオトーシを尋ねると、チクゼンニだという答える。確かチクゼンニは煮物で、それに合いそうな酒はアツカンだなと言いニコラウスはその内容をシノブに注文する。
味が染みたチクゼンニにアツカンを流し込むと、沁み込むような温かさと美味しさにニコラウスの顔が緩む。
ニコラウスとハンスは雪の中での衛兵訓練についてその辛さについて愚痴りあった後で、ノブの店内と食事に有り難さを感じながら「外は雪だがノブにいる限り寒い思いをする事はないしな。暖かさも御馳走だ」と言う。
ハンスが温かい汁物をシノブに頼む。アツカンがなくなったニコラウスはアツカンのおかわりを一緒に頼み、徳利を受け取る際自身の手が震えていることに気付いた。ニコラウスは明日の訓練に障らないよう今日の酒はこれで最後と決め、ハンスと同じ汁物を頼む。
「はい!今日のおすすめの豚汁です」とシノブが持ってきたお椀の中には豚の脂がキラキラしていた。
2人は初めて見るメニューに興味津々でお椀に触れるととても温かく冷えた指先がジンと温まる。
暖かい店内でも真っ白な湯気をあげる豚汁。
口に含めばその熱さに驚きながらも喉から胃に熱いスープが通っていく感覚に思わず笑顔になった。
豚肉から出た脂身が溶け込んでそれがスープの温度を下げずに熱いまま喉から胃へ運ばれるのを感じる。そしてゴロリとした野菜の色とりどりの具、クリーミーにさえ感じるような濃い味のスープ。美味い。この熱さごとごちそうだ。
そうニコラウスは思いながら一気に豚汁を飲み干す。
あまりの温かさと美味さに2人はおかわりをタイショーに頼む。
そんな2人におかわりの豚汁をよそいながらもタイショーの口端が上がっていた。そんな彼の様子にニコラウスはいいことでもあった?と尋ねる。
タイショーは少し驚いたような顔をして「いいことですか?」と聞き返す。ニコラウスは笑顔で「笑ってたからさ」と答えるとタイショーは若干照れ臭そうな顔をしながらも先のニコラウスの質問に「ふと思ったんですよ。昼間に色々大変なことがあっても夜ここで美味しいものを食べてお客さんが幸せな顔をしてくれる。これってとてもいいことだなぁって」と答えた。タイショーの言葉にニコラウスも「美味い飯を食べるのは本当に幸せなことだ」と同意する。
おかわりの豚汁を受け取るとニコラウスはハンスと美味いなと笑い合いながら飲み込む。
そして思う。明日もまたノブに来よう。ハンスもきっと来るはずだ。訓練は毎日厳しいけど美味しいものが食べられると思えば耐えられる。
シノブが何かに気付いたように入口の扉を開けると雪が止み星が見えていることを2人に告げた。

トリアエズナマの秘密

一話完結の話が多い『異世界居酒屋「のぶ」』において複数話にわたった話。居酒屋のぶが異世界で商売をすることに対してのリスクと常連客達がどれだけ居酒屋のぶを大切に思っているかがわかる話である。

居酒屋のぶの名物であるトリアエズナマが帝国の先帝が製造流通を禁止していたラガーであることが、バッケスホーフ商会トップで市参事会の議長であるバッケスホーフから指摘された。
しかもバッケスホーフはその事を黙っている代わりに居酒屋のぶを買い取り更に女給仕であるシノブとヘルミーナを自分の妾にすると脅す。ヘルミーナはこの時すでに衛兵隊の中隊長であるベルトホルトと結婚したばかりで、シノブとタイショーは怒りを露わにしその脅しを突っぱねる。しかしラガーを無断で販売した者は莫大な違反金が支払うか、最悪死罪だとバッケスホーフは居酒屋のぶの面々に告げる。
居酒屋のぶの面々はバッケスホーフの脅しに屈しなかったため、バッケスホーフはラガーを販売していた罪で居酒屋のぶを潰すこととヘルミーナとベルトホルトの婚姻無効調査願いを教会に出すことにした。
本当に居酒屋のぶは帝国が禁止しているラガーの販売をしているのか?
その調査を居酒屋のぶの常連客であり、徴税請負人であるゲーアノートが担当することになった。ここで功績をあげれば将来も安泰であり、ゲーアノートは元々一度食い付いたら骨までしゃぶり尽くすような人間であることから居酒屋のぶに対して良い結果が出ることは期待出来ない状況。
完全なる不利な状況のなか、居酒屋のぶへバッケスホーフとゲーアノートが調査結果を告げにやってきた。
結果、ラガーは密輸されていたがその数は37樽。30樽は東王国オイリアへ、6樽は帝国の南へ、1樽は古都アイテーリアに密輸されていたことがわかる。
その1樽が居酒屋のぶに密輸されていたのか?
しかし居酒屋のぶが開店してから半年ほど経った状態で、たった1樽のラガーを例えエールと混ぜて提供していたとしてもラガーと分かる味わいが残っているものなのだろうか。
ゲーアノートの調査結果にバッケスホーフは慌ててシノブにトリアエズナマを持ってくるように指示。彼は飲めばトリアエズナマがラガーであることがわかるとゲーアノートに言うが、ゲーアノートは首を振った。何故ならゲーアノートは今までラガーを一滴たりとも飲んだことがない。だから飲んでもわからないのだ。
それならば何故バッケスホーフはラガーの味を知っているのか、ゲーアノートは逆にバッケスホーフを問い詰める。
呆然とするバッケスホーフに、ゲーアノートが答えを言う。
古都アイテーリアに密輸された1樽の行方はバッケスホーフ商会に納品されていることを。
密輸をしていたのは自分だという証拠を突きつけられ、ガックリと項垂れるバッケスホーフ。
こうして居酒屋のぶが帝国のラガーを密輸販売していないという事実が証明され、これまでのように営業出来るようになった。

後にタイショーとシノブが居酒屋のぶ開店半年記念日を2人でお祝いしていた時、この事件のことを「バッケスホーフ事件」と語っているので今後この事件のことはバッケスホーフ事件と言うことにする。

いつもの

帝国古都アイテーリアの衛兵であるハンスとニコラウスは今日も一緒に居酒屋のぶへとやってきた。
ハンスはニコラウスに今日は何を食べるか決まった?と尋ねると彼は「ああ」と短く答え、笑顔でシノブに「シノブちゃん。オレ、トリアエズナマと″イツモノ″!」注文する。
"イツモノ"という聞いたことのないメニュー名にハンスは目を点にした。
「いつの間にメニューが増えたのか?」とニコラウスに詰め寄るハンスだったが、シノブに注文を促され思わず「オレもその"イツモノ"で!トリアエズナマも!」と注文をする。
ニコラウスにしつこく"イツモノ"とはなんなのか教えるように言うハンスだったが彼は答えない。そんなやりとりの間にも他の常連客がやってくる。
徴税請負人であるゲーアノートも、教会の助祭であるエトヴィンも、鍛治職人であるホルガーも決まって皆"イツモノ"を注文し、ますます混乱するハンス。
トリアエズナマがまずやってきてハンスとニコラウスが一気に飲み込むと、ニコラウスはニヤリと笑って「それで?ハンス。そろそろ教えろよ」言う。
「ん?何が?」と返すハンス。
ニコラウスに「何がって、最近節約している理由をさ」と言われてハンスはトリアエズナマをくぴーと飲みながら「ああ、そのことか」と呟く。
「相手は誰だよ、ん?オレに秘密なんて水臭いぜ!」とニコラウスがグイグイと迫ってくるが、ハンスはジトッとした目で彼を見る。
「…残念だけどニコラウスが思ってるようなことじゃないぞ」と応えるハンス。
「なんだ、女じゃないのか。だって金といえば女。女といえば金だろ」と言うニコラウスに話が聞こえていたシノブがじとっと、彼を見つめて非難した。タイショーからも呆れた様子で女遊びもほどほどにしろよと注意されてしまいニコラウスは焦る。
「オレの話は置いといて…で?話の続きだよ、ハンス」と焦りながらも話題を元に戻すニコラウスにハンスは真剣な顔でポツリと「オレさ、衛兵、辞めようと思ってんだ」と言った。
その言葉にニコラウスは訓練もきついしなと相打ちを返すがハンスは否定する。
衛兵が嫌になったわけじゃない、訓練は意味もなくきついわけじゃない、あの厳しさは戦場で生き残るためのものだから。
そう言うハンスにニコラウスは茶化すように「はー、前から思ってたけどハンス!お前さんそゆとこホント真面目っつうか素直っつうか」と言った。「真面目で悪いか」とニコラウスの茶化しにムッとしながらも答えるハンスにニコラウスは更に、厳しさはベルトホルト中隊長の愛のムチかと揶揄う。そんなこと言ってないとハンスも否定する。
「で、辞めてどーすんのよ。親爺さんの硝子職人を継ぐのか?」とニコラウスの真面目な質問にハンスは硝子職人は兄が継ぐからと答えた。その答えにニコラウスは何かに気付いたのか質問を重ねる。
「何か急にやりたいことでも見つかった?」
「ん、まぁ、そんなとこ」
「衛兵もいつまでも続けられる仕事じゃねーしな…」
「ニコラウスは何かやりたい事とか考えないのか?」
逆にハンスがニコラウスへ質問をすると彼は結婚がしたいと言い真実の愛はどこにあるんだーと落ち込みカウンターの席に突っ伏す。それをみてハンスは笑いながらそこは中隊長を見習おうぜと答えた。そんな2人の後ろでベルトホルト中隊長の新妻であるヘルミーナは幸せそうに笑っている。
そこへシノブがニコラウスへ注文した″イツモノ″を持ってきた。
それはチキン南蛮であった。
ゲーアノートにはナポリタン。
エトヴィンには塩辛と冷酒。
人によって料理の種類が違うことに呆気に取られているハンスにニコラウスは笑いながら教えてくれる。
「″イツモノ″ってのはな。メニュー名じゃなくて″自分がいつも頼んでいるもの″ってことさ」
だから皆違う料理が出てきたのか、と納得するハンス。
ニコラウスは美味しそうにチキン南蛮を食べながら、シノブちゃんはここの常連の顔も注文も全部覚えているらしいと言う。
それを聞いてハンスは悩む。最近自分はノブに来れてないし、どの料理も美味しいから決まった注文をしていない。
何がくるのか、ハンスがそわそわと待っていると、シノブが「里いもの煮っ転がしです」とハンスの"イツモノ"を持ってきた。
それを見てハンスは「サトイモ…!!これがオレの"イツモノ"…?」と嬉しそうに笑う。
そこでハタッとハンスは気付きシノブに尋ねる。「ニッコロガシなんて頼んだことがない」と。
それに対してシノブは勝手にごめんなさいと謝りながらも笑顔で「どんな料理に入ってる時でも、サトイモだけはいつも美味しそうに食べてるから」と答える。
それに驚き目を見開くハンスにタイショーも小さく笑う。
ハンスは照れながら2人にありがとうとお礼を言った。
とても美味しそうに食べるハンスにニコラウスが物欲しそうに里いもの煮っ転がしを見るが、ハンスはこれはオレのだからやらないと料理をガードする。
そんなニコラウスにシノブがニコラウスさんの分も出しましょうか?と聞き彼は頷きついでにアツカンも合わせて注文した。ハンスも慌ててアツカンを注文する。
美味しそうに食べているハンスにタイショーがこれもどうだ?と新作の料理を渡す。それはサトイモの天ぷらであった。ハンスは嬉しそうに口に運び、思わず「あ…」と声を漏らす。その反応にニコラウスも気になって思わずその天ぷらを食べ同じように「あ…」と声を漏らしハンスと顔を見合わせた。
「サトイモだけどサトイモじゃない…」
2人が同時に感想を言う。煮物にした時のねっとり感じゃなく、じゃがいも以上のほくほく感が強い食感に驚いたのだ。
タイショーはエーファにも一つその天ぷらを渡す。
それをはふはふと食べたエーファは得意げな顔で頷いた。
「…これはよいものです!」
その反応にハンス達はハハハハと笑った。
「ああ。″よいもの″だ!」
そんな皆の反応にタイショーも笑顔で品書きに加えてもよさそうだと言う。
そしてハンスは笑顔でタイショーに
「口の中がテンプラになっちまった。タイショー他のも揚げてくれよ!」
と注文を追加し、タイショーも笑顔であいよと答える。
わくわくと天ぷらが揚がるのを待つハンスは笑顔でタイショーに伝えた。
「″イツモノ″も美味いけれど、新しいメニューも美味いよ、タイショー」
その言葉に対してタイショーは馴染みの客が来てくれて店の料理を気に入ってまた食べに来てくれるのはありがたい話だと言いつつも、ハンスにこそっと言う。
「本音はね、″いつもの″だけじゃなくどんどん新しい料理を皆に頼んでもらえるようになりたいもんだよ。…ハンスお前さんも、今の仕事を辞めた後もお前さんが進みたい道で、なりたい自分になれるようにな」とのタイショーの暖かい言葉にハンスはアツカンに口をつけながら「…ああ、ありがとう」と答える。

まだ胸の奥にあるだけの夢だけど、いつかきっとハンスの誓いは果たされる。

古都の大市

今日はアイテーリアの大市。
最近では来訪者の数も減ってきていたが、先帝のおかげで北方三領邦との関係も和らいだこともあるのか、ここ十数年にはない来訪者の数がやってきた。

大市の賑やかさは居酒屋のぶにも伝わっていた。
人の多さにシノブが驚いていると、タイショーが焦りながら手伝いをお願いする。夕方に間に合うように支度をしないといけない。
そんな慌ただしさの中、エーファがシノブに今日は誰か来るのかを尋ねた。
聞かれたシノブは指をおりながら今日の来訪者を確認する。が、とにかくたくさん来るという言葉でまとめてしまい、テーブルを中央に寄せて椅子を片すことにした。立食形式での提供に決める。
1番最初にやってきたのはクローヴィンケルとブランターノ。そしてすぐにヨハンと先帝もやってきた。それに続きヒルデガルドとその夫のマクシミリアンものぶに来訪する。そしてアンカケドーフの注文をシノブに笑いながら言う。
その後水運ギルドのゴドハルトとラインホルトとエレオノーラがやってきた。彼らの話題は今日出される新しいメニューでとても楽しみにしているようだ。
薬師のイングリドとその弟子カミラもやってきて、一番乗りだと思ってたのにすでに多くの人達がいて思わず笑ってしまう。その後も大勢の客達が居酒屋のぶにやってきた。
そしてタイショーが料理を提供し始め、テーブルに様々な料理が並び出すと人々の賑わいが一気に加速していく。
そんな居酒屋のぶへゴドハルトとゲーアノートがバッケスホーフの代わりに新議長になったマルセルを連れてきた。
彼は店内の光景に思わず驚く。
先帝にその甥、大司教に枢機卿、男爵達と子爵の面々。
あまりの重要人物達の多さに顔が青ざめるが、彼らがとても美味しそうに料理を食べている姿を見て、まさかこの居酒屋の新作料理を皆食べに来たのかと言うが、ホルガーがそれを否定する。
何が始まるのかわからずにいるマルセルだったが、そこへタイショーの言葉をきっかけに家業を継ぐことを決めたアルヌがやってきた。今から始まるのはサクヌッセンブルク侯爵アルヌ・スネッフェルスの即位前御披露目式だ。
アルヌは集まってくれた人々へ挨拶をし、枢機卿から祝福の言葉を受ける。
それを皆が拍手をしながら見守った。
少し離れたところでシノブがタイショーにこそっと尋ねる。
侯爵ってどれくらい偉いの?と。
タイショーも異世界と自分達の世界で同じかわからないが、男爵子爵伯爵の上だと答えた。
アルヌがとても位の高い人間だったことにシノブは驚きながらも、侯爵になったらもう来なくなるのか…と心配する。
タイショーはそれはどうだろうねと言いながらも、自分でその道を決めたんだ、今日は心からお祝いしてあげようとシノブに答えた。
シノブもその言葉に同意する。
そして居酒屋のぶの新作料理である″肉じゃが″が登場した。
皆に配り、皆がその美味さに微笑みを浮かべる。
その様子を見ていたマルセルは声をかけてきたゲーアノートに「最初は驚いたが、良い店だ、と。皆笑顔で身分の上下も分け隔てなく、美味しいものを美味しいと心から楽しみ、料理と酒とその喜びを分かち合える、人と人をつなぐあたたかい店だ…」と言った。
マルセルの言葉にゲーアノートも頷き、皆ノブが好きなんだと答える。
そして皆が笑顔で乾杯をした。

おすすめ

衛兵だったハンスが、居酒屋のぶへと料理人として転職してから少し経った頃のこと。
元同僚であったニコラウスは居酒屋のぶへ向かう途中、ハンスと出会う。
料理人の格好もだいぶ板についてきたと言うニコラウスにハンスは嬉しそうに笑う。
居酒屋のぶへと入店するとカウンター席へと案内され、メニューに悩みながらもニコラウスはトリアエズナマを注文し一気に飲み込む。
ニコラウスの飲みっぷりにハンスは良い飲みっぷりですねと言うと、ニコラウスはニヤと笑いながらちゃんと店員しちゃってぇ〜と揶揄う。
そしてハンスの仕事っぷりに目をやりながらニコラウスは思った。

「ノブで働くと聞いた時はどうなる事かと思ったけど、それなりにちゃんとやれてるじゃないの。手先も器用だし、ちょっとばかり気の優しすぎるところもあるお前にゃ、少なくとも剣を振り回すよかこっちの方が性に合ってるだろうな。…オレには何が向いているんだろ。」

「ま、それはさておき。さてハンス!今日の″オススメ″は何だ?」
ニコラウスは悩んでいたことを顔にまったく出さずに笑顔でハンスに聞く。
「今日はコナベダテ…いや、ブリダイコンがよく炊けてますよ」と答えるハンス。
その答えにニコラウスは満足して注文をする。
元傭兵で居酒屋のぶに縁を感じ給仕として働くことになったリオンティーヌの提案で酒はクロウシのヌルカンを合わせて注文した。次々と注文をとっていくリオンティーヌの姿に、ハンスと同時期に入ったのにソツなくこなしているとニコラウスは感心する。
その様子にハンスはもじっと居心地が悪そうな顔をした。それを見てニコラウスはクスと笑う。
ハンスはタイショーに確認をしてからニコラウスにブリ大根とクロウシのヌルカンを出す。
「これはハンスが?」とニコラウスは聞くがハンスは恥ずかしげにまだ盛り付けだけですと答える。その答えにニコラウスは満面の笑顔で大したものだ、と褒めた。
そうですか?と照れるハンスにニコラウスは「料理に厳しそうなタイショーが客の口に入るものを任せてくれてるってことだろ。自信を持っていい!もしオレが剣を包丁に持ち替えてもこんなにすぐに厨房には入れてもらえないさ。タイショーがお前の事を認めてるってことだろ。安心しろよ」続けて言う。
その言葉に僅かに自信をつけたような顔をするハンスを見てタイショーも優しい顔をする。
ありがとうございますと言う彼にニコラウスはまた揶揄うように笑いながら、ホンット真面目な、と返した。
そのあとニコラウスは出てきたブリ大根を口に運ぶ。
相変わらずの美味さだ。ブリ大根と料理に合う酒を飲みニコラウスは満足な表情をした。
「思えばノブに来るまでは魚なんてほとんど食べなかったのにな…。今ではすっかり…、煮物でも生でも好物になっちまった!」
と笑顔でブリ大根に舌鼓をうつ。
この時、居酒屋のぶのメンバーはヘルミーナの代わりにリオンティーヌが給仕になり、ハンスが厨房に入るという変化があったが、ニコラウスはやっぱりノブはノブだなと言い、続けて言葉を重ねた。
「店員が客に合うオススメを選んでくれて、美味しい飯と酒をさらに美味しくしてくれる!あの時ノレンを潜った時からずっと変わらないままだ」
ニコラウスの言葉にタイショーは照れたような顔をし、最初の頃からの常連客であるニコラウスにそう言われるのはありがたいと告げる。
他の客には小鍋立てが提供されているのをチラリと見てニコラウスはハンスに聞いた。
なんで自分にコナベダテじゃなくてブリダイコンをオススメしたんだ?と。
それにハンスはすぐに「そりゃだって、コナベダテは"1人用"ですからね」と答える。
ハンスのこの言葉にニコラウスはますます不思議そうな顔をした。そこへ1人の客が入ってくる。その人物は水運ギルドの鳥娘の舟唄マスター、エレオノーラだ。
水運ギルドの人だぐらいの認識で彼女を見るニコラウスだったが、エレオノーラが自分の隣の席に案内されて思わずギクッとする。
隣にやってきたエレオノーラは、ニコラウスが隣の席だと気付くとまた会いましたねと挨拶をしてきた。
どうもと返すニコラウスだったが慌ててハンスに彼女と知り合いだったっけ?と確認するが、ハンスはニヤニヤしているだけで答えてくれない。
その間にエレオノーラもオススメの料理を尋ね、ブリ大根をオススメされる。ブリ大根がテーブルの上に置かれるとエレオノーラは困ったような様子でブリが魚だと知らなかった、美味しそうだが上手く食べれるかと言ってニコラウスを見た。
「″また″手伝って頂けるかしら。色男さん」
クスと笑うエレオノーラにニコラウスは衝撃を受けるが、すぐさまとあることを思い出す。
以前自身がとても酔っ払った時、居酒屋のぶでエレオノーラが秋刀魚を上手に食べられずにいたので自分が彼女の上手くとれなかった秋刀魚の身を取り分け、更にお節介にもオススメの料理である秋刀魚ご飯を食べさせていた事を。そして最後には「お姉さん美人だからまた美味しいもの教えちゃいますよ」と言っていた事を。その時ニコラウスは相手がエレオノーラだと分かっていないままお節介を焼き口説いてしまったのだが、彼女から「色男さん。機会があればまた会いましょう。次も美味しい料理を教えて頂きたいわ」と言われていた。
その出来事を一気に思い出しニコラウスは真っ赤になり拳を握る。そもそもハンスはエレオノーラが来る事を知っていて自分にブリ大根をオススメし、更にさりげなく自分の隣の席はずっと空席になるように他の従業員がしていたことに気付いた。
焦りながらニコラウスはすぐさまエレオノーラに自分が以前差し出がましいマネをしてしまったことを謝罪をする。そんなニコラウスにエレオノーラは笑顔でとんでもない、美味しい食事ができて良かったと答えてくれた。
それで彼女が怒っていないことに安堵するニコラウスだったが、厨房にいるハンスをはじめノブの看板娘であるシノブや給仕役もしていた少女エーファもニヤニヤと自分を見ていることに皆グルだったんだなと、まんまとしてやられた気持ちになる。
タイショーが若干気の毒そうに割り箸と小皿いるかい?と聞いてそれらを渡してくれた。ニコラウスは受け取るとブリを綺麗にとりわけてエレオノーラに渡す。
エレオノーラはありがとうとお礼を言うと何と呼べばいいのかと尋ねてくる。ニコラウスですと自己紹介した。そして彼女がブリ大根を食べ始めようとした時に、リオンティーヌがジェスチャーでニコラウスに酒の紹介をと伝えてくる。
ニコラウスははっと気付くとエレオノーラに良く合うお酒があるからオススメしていいかを聞いた。エレオノーラはぜひと答え、クロウシのヌルカンを彼女に持ってきてもらえるよう、ニコラウスはシノブに注文する。
がそこでエレオノーラはシノブに「オチョコは2つ、お願いしますわ」と1つ追加のお願いをした。
そのお願いにニコラウスはじっとエレオノーラを見つめ、彼女はニコリと笑う。
居酒屋のぶの従業員達が笑いながら自分達を見守っているのを感じる.。
「なんだかまるで、オレ自身が″オススメ″されてるみたいな…。でもま…それはそれで…」とニコラウスはエレオノーラとお猪口をカチンと合わせながら思ったのだった。

『異世界居酒屋「のぶ」』の用語

居酒屋のぶの世界観

居酒屋のぶが繋がった異世界の国について

居酒屋のぶの入口が繋がった世界は中世ヨーロッパのような世界。
そして帝国と呼ばれる国の北に位置する城壁の古都アイテーリアと呼ばれる街の馬丁宿通りの奥にある場所にひっそりと繋がった。
アイテーリアは歴史と伝統の溢れる街であり帝国直轄領でもある。治めているのは貴族ではなく商会のギルドマスターや有権者達による″市参事会″であり、居酒屋のぶが開店した当初はバッケスホーフ商会のトップが議長を務め絶大な権力を握っていた。
更にアイテーリアの位置は帝国の内地になっており北から流れているベルフラウ河で流通をしていたが、アイテーリア北部の貴族達が下流に通行税を課したことと北方三領邦との相続問題により徐々にアイテーリアの流通は難しいものになっていく。特に冬になると食料が一気に少なくなり、この季節にアイテーリアを訪れた者達やアイテーリアに住んでいる者ですらもうじゃがいもは食べたくないと言うほどじゃがいもばかり食べることになる。
しかしこれも居酒屋のぶが開店した当初の話であり、物語が進むと帝国先帝が内政問題で揉めていた北方三領邦との会議を成功させたことにより北方分断の危機は回避された。これにより治安が良くなったため新しい水路を作る計画が持ち上がり一気に水上による流通が復活しようとしている。

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